第115話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令23
「だ、ダメだよそんなの! 危険過ぎるよ! 今はエリスだってラファエルだってウェインだってセオドア様だって、みんないないんだよ!? アカデミーのみんなだけにそんな危ない事、ボクはさせられないよ!」
と、声を上げるのはリップルである。
彼女の立場からすれば、そう思うのも当然かもしれない。
リップルの普段の性格は明るく、深く物事を考えていないような態度をする。
だがその一方で天恵武姫として、人々を護ろうとする使命感はとても強く、その事に己の存在価値を見出しているのは言動の端々から見て取れる。
「そんな事させるくらいなら、ボクが大人しく天上領に……!」
決死の総力戦など、アカデミーの学生にさせたくはない。
ならば大人しく自分が身を差し出せば――と思ってしまうのだろう。
「ですがリップルさん。それが最も穏便に事が済むとは限らないと思います」
「え……どういう事?」
「レダスさんは気にしていませんでしたが、セオドア特使は今回の事は教主連側からの制裁と考えておいででしたし、わたしもそう思います。となれば、そう簡単に天恵武姫の交代など認められるはずがありません。叩きたい相手が、危険があるから助けてくれと言って助けますか? 余程の見返りを用意して、こちら側から頭を下げるのならば別ですが――」
「見返り……って何を渡すの? クリス?」
「たぶん、地上の領地――正確には街とそこに住んでいる人達……かな。セイリーン様がいたノーヴァの街の事を思い出して、ラニ。『浮遊魔法陣』で、街ごと天上領に持っていかれる事になるんじゃないかな」
「……! そ、そんな……」
リップルの顔が引きつる。
「も、もっとダメじゃないそんなの! セイリーン様はそんな事させないって言ってたけど、そんな人は例外だろうし……!」
「そうだね、ラニ」
「……私もイングリスさんと同意見ですよお。レダスさんはああ言っていましたけれど、もっと上では織り込み済みでしょう」
「でなければ、結局交渉は難航していずれ近衛騎士団に大きな被害が出ますね。下手をすれば王都にも」
「それはそれでまずいですよねえ……天恵武姫の指揮権は、基本的に聖騎士団――ウェイン王子に任されています。下手すれば、王子が後で責任を負わされる事になりかねませんし……そうなったらアカデミーもどうなるか――」
「本当に最悪の最悪は、これを機に内乱に発展する事ではないですか? 領地を引き換えに交渉をして、後にこの事を知ったウェイン王子が黙っておられるかも分かりませんし――反発が事前に予測できるのならば、先手を打って近衛騎士団と新たな天恵武姫を動員してウェイン王子の背後を衝く事もできます。ヴェネフィク軍と挟み撃ちにされれば、聖騎士団もひとたまりもないのではないですか?」
ヴェネフィク軍の特使は、セオドア特使とは対立する教主連側だ。
この国の国王派が教主連側に付くならば、示し合わせてウェイン王子やセオドア特使を攻撃する事もあり得るかも知れない。
「ば、馬鹿な……! 味方を背後から攻撃するなんて、いくら兄さんでも、そんな事はしない……! 決してあの人は悪い人ではないんだ……!」
と、シルヴァが声を上げる。
「でしたら余計に危険です。首をすげ替えられてしまいますから。国家にとって人は駒、いくらでも替えは効くものです」
と、イングリスは冷静に応じる。
「……君は戦闘でははしゃいでいるくせに、こういう時に恐ろしい程冷静で冷酷だな――どうしてそこまで割り切っていられる?」
「ええと――? 人生経験、でしょうか?」
と、イングリスはにこりとするが、シルヴァは困惑した表情を浮かべるだけだった。
当然ではある。彼にはイングリスの前世での経験など、知る由もないのだから。
「あり得ないと言いたいですけれど……言いたいですけれど……国王陛下とウェイン王子の関係が、決して良好でないのは事実です――最悪のケースとして、頭に入れておくべきですね」
「はい、校長先生。このままですと最悪は内乱、最高は……そうですね。交渉が長引いた上で、大きな被害が出る前にヴェネフィク側の問題を解決されたウェイン王子やセオドア特使が戻られて、結果として何も起きない――という所でしょうか。その中で最悪の方向に事態が進みそうなのであれば、先程の力技での解決が有効かと思います」
「どう転ぶか、慎重に見極めて手を打たないといけませんね」
「そうですね。ふふふっ……」
無論イングリスとしては、力技を行使せざるを得なくなる事態を望むし、恐らくそうなるだろうと思っている。
一体何処まで強い敵が呼び出されるか、楽しみではないか。
今開発中の新技は、現時点の感触では、ある程度相手が強くないと成り立たない。
新技を受けるに足る相手に出て来て欲しいものだ。
「こらクリス。考えてる事は分かったから、せめてニヤニヤするのを止めなさい」
「おっとそうだね。はしたないね」
しゃきっと真顔に。
「……まあ、イングリスがいつも通りだし、いつも通り何とかなる気もするわね――」
と、レオーネがため息交じりに言う。
「ですわねえ――緊張感を最後にぶち壊しましたわね」
リーゼロッテも同じく。
「と、とにかくシルヴァさんは、あれこれ理由をつけて、できるだけ引継ぎ期間を引き延ばして下さい」
「そうですね――分かりました」
「それから、この事はウェイン王子やセオドアさんに知らせる必要がありますから、すぐに伝令を出しましょう。後は先ほども言ったように、慎重に事態を見極めます。私もできるだけのコネを使って、交渉の様子を探ってみますねえ。それからリップルさん。という事ですから、自分が犠牲になればとは考えないで下さいねえ。私達を信じて下さい」
「う、うん……本当にごめんね、みんな……」
リップルは俯いて、か細い声でそう言った。
「気にしないで下さい。むしろいい機会を与えて頂いたと感謝していますので」
「クリス! みんな真面目に考えてるんだから、茶化さないの!」
「いひゃ、わひゃしゃりゃってみゃみめにゃら(いや、わたしだって真面目だよ)」
「戦うことにね!」
「うみゅ」
「ふふふっ……もう。いいなあイングリスちゃん達は――いい意味で図太いよね」
イングリスとラフィニアの様子を見て、リップルはちょっと笑顔になっていた。
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