第114話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令22
「では話は決まった。早速、明日から我が近衛騎士団への引継ぎをはじめよう。よいですな? ミリエラ殿」
「え、ええ……結構です」
「シルヴァもいいな? よろしく頼むぞ」
「分かった、兄さん――」
シルヴァもぐっと堪えた様子で頷いていた。
最後にレダスは、イングリスへと視線を向ける。
「イングリスくんと言ったか、君は従騎士科か……?」
「はい。従騎士科一回生、イングリス・ユークスです」
「ふむ……だが、君の話しぶり、肝の座り方、そして頭の冴え――その若さで実に素晴らしい。ミリエラ殿が激高して話にならん所を、助かったぞ。一方的に悪者にされる所だったからな」
「だってえ……仕方ないじゃないですかあ」
と、ミリエラ校長は少々不貞腐れた顔をする。
彼女も重い責任を背負ってリップルの護衛作戦を取り仕切っていたのだ。
文句の一つも言いたくなる気持ちは、分からなくはない。
「恐れ入ります」
イングリスはレダスにぺこり、と一礼しておく。
「君の事は覚えておく。アカデミーを卒業したら、近衛騎士団を志望するといいぞ。魔印と頭脳とは別だ、従騎士だからと格下に扱われるのはもう古い。我々が参謀役として、君の能力を存分に活かす道を用意しよう」
「いえ、わたしは最前線への配属を希望しますので、せっかくですがお断りします」
イングリスは即答で断った。
参謀として権謀術数にまみれて頭脳労働など、最もやりたくない。
より重い王という立場で、散々やって来た事だ。もう飽き飽きしている。
今口を挟んだのも、それが自分のやりたい事に繋げられそうだからである。
世のため人のためも、権力の綱引きも、出世も、功名もどうでもいい。
あまり言い過ぎてラフィニアが怒られてはまずいな、とは思ったが。
とにかくおかしな事に巻き込もうとしないで頂きたいものだ。
「ぬう……っ!? ま、まあいいが――」
レダスは面食らっている様子だった。喜ばれると思っていたのだろう。
それが可笑しかったのか、ラフィニアはくすくすしている。
「では私は失礼する。後でこちらからも担当者を寄越すので、よろしく頼む」
そう言い残して、レダスは校長室を後にした。
「ふふふっ。クリスの事盛大に誤解してたわね、あの人――」
「そうだね。アカデミーを卒業した後、近衛騎士団に行くのは止めてね、ラニ」
イングリスはラフィニアに付いて行く事になるので、後方に回される事になりそうな近衛騎士団は勘弁して欲しい。
「約束して欲しかったら――ちゃんと納得行く話を聞かせてよね? 何を企んでるの?」
「とりあえず、リップルさんが今すぐ連れて行かれるのを避けただけだよ。王様の命令である以上、いくら嫌だって言っても、本気で抵抗したら反逆者になるから。まあ、ラニがそれでいいなら、わたしはいいけど――」
「よ、良くありませんよっ!? 馬鹿な事は考えないで下さいね……!?」
「さ、さらりと凄い事言うなあ……イングリスちゃん――」
ミリエラ校長とリップルがビックリしていた。
「さ、さすがにそんな事できないわよ……! ラファ兄様と敵になるんでしょ? ユミルだってどうなるか分からないし――」
「うん、そうだね。だからそれよりも、素直に協力するふりで時間をかけさせて――その間にいい案を考えるんだよ」
「うん……! よぉしいい考えいい考え――」
ラフィニアは、凄く真面目な顔をして頷いた。
何かいい案が無いか、必死に考え出したようだ。それでいいと思う。
「校長先生、出過ぎた真似をして済みませんでした」
「いえ、構いませんよお。イングリスさんの意図は分かりましたし――私も頭に来て冷静じゃなかったです。あまりレダスさんを責めて怒らせでもしたら、この猶予期間すら貰えなかったかも知れませんからね……」
「ですが校長先生、ここからどんな手を打ちますか? 時間は無いんだ、早く何とかしなければ……!」
と、シルヴァの口調にも表情にも、焦りが滲み出ている。かなり必死な様子だ。
冷静そうなシルヴァが、ラフィニアと同じくらい興奮していたのは少々意外である。
何か特別な事情でもあるのだろうか? 兄への反発? という事だろうか。
「ひ、一つだけ――今すぐ思い浮かぶ案がありますが……」
「何ですか? 校長先生!?」
「リップルさんに私やシルヴァさんの――特級印を持つ人間の魔素を吸って貰います……そうすれば、その力で魔石獣が召喚されますから――それが止まるまで、ひたすら魔石獣を倒し続けます。現れる魔石獣は獣人種のものだけで、獣人種の魔石獣の数は有限です。全滅させれば、実質的に異変は無効化されます――」
と、ミリエラ校長はどこかで聞いたような事を言うのだった。
「う……!? と、とんでもない力押しだ……!」
「は、はい。それを、この猶予期間の間にやってしまう、という事になります……」
非常に奥歯に物が挟まったような物言いである。
本音ならやりたくない、というのがありありと分かる。
「ミリエラ……!? それってイングリスちゃんが言ってた……!?」
「は、はい――」
そう、それだ。僅かな猶予の中で解決しようと思えば、強引な手に訴えざるを得ない。
しかも別に王命に背くわけでもない。
あくまで引継ぎ中に、新たな異変が発生してしまったというだけにすればいい。
「い、イングリス……もしかして――」
「ひょっとして……」
「クリス、それ狙いでレダスさんにああ言ってたの……!?」
ラフィニア達が疑いの線を向けてくる。
「……みんな、がんばろうね!」
イングリスは、にっこり笑顔ではぐらかした。
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