第110話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令18
ふう、ふう……
はぁ、はぁ……
はーっ。はーっ。
イングリスの額に、珠のような汗が浮かぶ。
上気した頬は桜色。汗が頬を伝い、喉元にまで流れ落ちる。
そして胸元にまで落ちて行き、服に染みて消えて行く。
その様相は、傍から見ると普段より艶めかしい。
元々注目を浴びやすいイングリスだが、今日はいつもにも増してそうだ。
男子生徒達がチラチラと、しっとりと汗をかくイングリスに視線を送っている。
もっとも当の本人は全く気にせず、目の前にものに集中している。
隣に座るラフィニアも同じくで、しっとりと汗をかいている。
「だ、大丈夫? イングリスもラフィニアも……」
「「大丈夫!」」
「だ、だったらいいけど――」
「それにしても凄い色ですわね、それ……真っ赤ですわ」
「激辛だからね」
超特大全部乗せ激辛パスタ。
イングリス達がリクエストした食堂の新メニューである。
今日は朝から、激辛の新メニューに挑戦中なのだった。
「とても食べられそうな色に見えないわね……」
と、レオーネは気圧されしている。
「そんな事ないよ? おいしいよ?」
「刺激的な味よね!」
「私にも、おいしそうに見えますけど……」
と、プラムはイングリス達の肩を持つ。
「えぇっ!? これが美味しそうに見えますの……!?」
「はい」
「俺達、北のアルカードの出身だからな。あっちは寒いから、辛いもん食って体をあっためるんだ。だから慣れてんだよ」
「ラティの言う通りです。辛いものって、故郷の味って感じがするんですよね」
「じゃあ、プラムもこれ注文して来たら?」
「ちょ、ちょっと量が多過ぎますから……超大盛は――」
「それじゃ、あたし達のを分けてあげるわ!」
と、ラフィニアはプラムの皿に赤いパスタを取り分ける。
「わ、ありがとうございます」
「お。俺にもくれよ、イングリス」
「うん。いいよ」
「ダメッ! ラティはダメです!」
「えぇっ!? 何でだよ?」
「間接キスはいけませんっ!」
「……はいはい、わかったよ」
「おぉ。今日はプラムの言う事を素直に聞くんだね?」
珍しいこともあるものだ。
「まぁ、昨日はやらかしちまったからな……大人しくしとくしかねえさ」
と、ラティは頬を掻く。
「そんな、ラティは悪くありません! 私を助けようとしてくれただけですし、私はラティを責めたりしませんよ? 間接キスは許しませんけど!」
「……はいはい。お前がいるとまともに話も出来ねえぜ」
と斜に構えるラティに対し、ラフィニアが一言。
「あー。そんな事言ってばかりいると、プラムに愛想尽かされちゃうわよ? これでもプラムって、結構モテるんだから。この間もラブレターを貰ってたし。女の子の気持ちがずっと変わらないなんて思わない事ね」
「なっ……!? お、おいプラムマジかよ……! 相手はどいつだ!?」
がたん! と腰を浮かすラティである。
「お、焦ってる焦ってる。分かりやすいわね~。ウソよ、ウソ。焦るならはじめからちゃんとした態度を取ればいいのに」
「うぐぐ……っ!?」
たじろぐラティ。
「そーだぁそーだぁ~」
ラフィニアの影に隠れて、プラムが拳を振り振りしていた。
しかしラティに睨まれて、ラフィニアの背中に隠れてしまった。
「やめなさいよラフィニア。ウソは良くないわよ」
レオーネはそんな様子を見て可笑しそうにしている。
「そうだよ、ラニ。子供っぽい男の子って、好きな子には素直になれないものなんだよ。ラティも少し大人になれば、プラムとベタベタするようになるよ」
「本当ですか? イングリスちゃん!」
「うん。男の子ってそういうものだよ」
「勝手に決めるなあぁぁぁぁっ!」
と、ラティは悲鳴を上げるのだが、ラフィニアは怪訝そうな顔をする。
「男の子に何の興味も無いクリスが言っても、説得力に欠けるんですけど……?」
「そうねえ、前に誰が格好いいか聞いたら虹の王って言ったわよね?」
「それとこれとは別だよ」
と、さらりと言い放つイングリスに、ラフィニア達は首を捻るばかりである。
どこが別なんだ? と言いたそうだが、あえて説明はしないでおく。
「で、プラムを助けようとしたら魔石獣の攻撃を受けそうになったんだよね?」
「ああ。そこであのシルヴァ先輩が庇ってくれて、俺の代わりに攻撃を喰らって――お前達のおかげで助かったのはいいけど、悪い事しちまった。会ったらちゃんと謝らねえと」
「ですがあの方、そんなに怒ってはいらっしゃいませんでしたわね。イングリスさんやユア先輩への態度を見ていますと、従騎士科の方を嫌っていそうでしたが……」
「あ! 分かった……!」
「何が分かったの、ラニ?」
「きっと男の子が好きな男の人なのよ……! だからラティには優しかったっていうのはどう?」
「はぁ……そ、そんなはずねえだろ――!?」
「そうだ。人の事を勝手に決めつけるのはよして貰おうか」
いきなり話に割り込んで来たのは、話題の当人――シルヴァだった。
「あの……! 昨日はすいませんでした! 俺がヘマしたせいで大怪我させちまって!」
ラティは勢いよく、深々とシルヴァに頭を下げる。
「気にするな。元々は君達を空間隔離に巻き込んだこちらのミスだ。それより、僕の方こそ君達に助けられた。非礼を詫び、礼を言わせてもらう。ありがとう」
今度はシルヴァの方が、イングリスやラフィニアに向かって頭を下げる。
それを見たラフィニアは、イングリスの手を引っ張って、がたんと立ち上がる。
そしてぺこりと頭を下げる。イングリスにも同じようにさせながら。
「いいえこちらこそ、生意気言って済みませんでした! みんなで謝ったから、これでおあいこですねっ?」
ニコッと笑顔。スッとシルヴァの前に手を差し出す。
こういう爽やかさ、人懐っこさもラフィニアの魅力だ。
小さな事にはとらわれない。過ぎた事はサラリと水に流せる度量を持っている。
「ああ――そうしておこう」
シルヴァとラフィニアは握手を交わす。
その振る舞いは、微笑ましいものだ。
が――!
「はいラニは終わり。次はわたしもお願いします」
イングリスはさっさと割り込んで、ラフィニアの握手を終わらせる。
家族以外の男性がラフィニアに触れるのは好ましくない。
警戒してし過ぎる事は無いのである。
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