第109話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令17
「ラフィニアさん? どうかしましたか?」
ミリエラ校長がラフィニアに尋ねる。
「さっき、セオドア様から新型の魔印武具を預かりました! 見た目は同じですけど、これも二つ奇蹟があるんです。もう一つの奇蹟は傷を癒す効果だって……!」
「ええっ!? セオドアさんったら、そんな暇なんて無かったはずなのに……でも、大助かりですね! こんな事もあろうかと――ってやつです! 研究者が言ってみたい台詞ナンバーワンですよお!」
ミリエラ校長の顔がぱっと輝く。
「だけどまだ、一度も試せてないんです――だけどやってみます! やらせて下さい!」
イングリスが言うまでも無く、こういう時はラフィニアは率先して動く。
自分の心の中の善意に従って、臆する事も怯む事も無い。
我が孫のようにラフィニアを見ているイングリスとしては、その様子は好ましい。
真剣なラフィニアの横顔を見て、思わず目を細める。
「ええ勿論です! ぜひお願いします……! 私もお手伝いしますよお!」
「大丈夫よラフィニア、私にも新型の魔印武具は扱えたから、ラフィニアならきっと出来るわ!」
「さあ急ぎませんと、ラフィニアさん!」
「ええ、やるわ! 見ててね、クリス!」
「うん。大丈夫、ラニなら出来るよ」
イングリスが頷くと、ラフィニアは息を整えて深く集中をする。
「うう……やっぱり、いつもと違う……!」
「いつもと違うと感じる事は、いつもと違う奇蹟に力が流れているという事です。そのままでいいんですよ」
「は、はい……!」
二人の奇蹟を持つ魔印武具のそれぞれの奇蹟を使いこなすには、慣れが必要だろう。
はじめのうちは、戸惑うのも仕方がない。
だがそれを克服できたのなら――
それは、魔印の力を借りるとは言え、二種類の魔素の波長を意識的に操るという事だ。
魔素を操る事が出来るのならば――
それは魔術を独力で行使できるという事にも繋がる。
それはラフィニアやレオーネの実力を高めるために、とてもいい影響を及ぼすはずだ。
二つの奇蹟を持つ新型の魔印武具には、ただの利便性の向上ではなくそう言った影響もある。
だが逆に、それは天上領側にとっては好ましくない事のはずだ。
ラフィニアやレオーネをきっかけに、地上の人間が独力で魔術を行使できるようになり、それが広まれば、天上領と地上の力のバランスが崩れてしまう。
魔石獣から身を守るためには、地上の人々は天上領から魔印武具の下賜を受ける他は無い。
その前提を崩す可能性のあるものなのだ。
恐らく、セオドア特使やミリエラ校長が何も気づいていないわけはない。
気付いた上で何も言わないのだ。
飛空戦艦の事もそうだが、セオドア特使からは天上領と地上の差を縮めてしまおうという意図を感じる。
それがどういう結果に繋がって行くのか――
分からないが、今はシルヴァを救う事に繋がるはず。
ミリエラ校長の助言に導かれるように、ラフィニアの体を柔らかな光が覆って行く。
「この光に癒しの力が……?」
「まだです。手の先に意識を集中して下さい――」
「はい……!」
ラフィニアの体を覆う光が、左手に向けて収束して行く。
光が収束して小さくなればなる程、輝きは増して目に眩しく――
これが治癒の力を持つ奇蹟の力だろうか。
光を構成する魔素の動きは複雑で、そう簡単に再現できそうにはない。
「いいですよ、ラフィニアさん! その光をシルヴァさんに翳してあげて下さい」
「はい!」
ラフィニアはミリエラ校長の言葉に従い、シルヴァの傍らに跪き左手の光を翳す。
シルヴァの全身の負傷が、だんだんと治癒を始めた。
「おおぉぉっ! シルヴァさんの怪我が……!」
「治って行く……!」
「よし……! いけるわ――!」
そう言うラフィニアの額に汗が滲む。
慣れない事もあるが、治癒の奇蹟は、かなりラフィニアの負担が大きいようだ。
「うう……! くっ――」
「ラニ、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ……!」
ラフィニアの頬を伝う汗が、地面に落ちる。
シルヴァの傷は少しずつ癒えてはいるが、このままでは先にラフィニアの限界が来てしまいそうだ。
なら、ここは――
「ラニ。手伝うね」
イングリスはラフィニアが新しい光の雨を握っている手に、そっと自らの手を添える。
奇蹟そのものを魔素の操作で再現するのは難しそうだが、ラフィニアの魔素に近い波長を再現し、一緒に魔印武具に流し込む事は出来る。
それを魔印武具が奇蹟という現象に変換するわけだ。変換前の源流の方を再現しようという試みである。
「クリス……!? うん、これならもっとやれる!」
ラフィニアの左手の光が輝きを増す。
それは治癒の力が強まった事の証である。
シルヴァの傷が癒える速度がグンと上がる。
見る見るうちに、傷は元通りになっていた。
「うん、もう大丈夫ですね! お二人ともありがとうございます! さあ、シルヴァさんを医務室へ――怪我はもう治りましたから、じきに目を覚ますでしょう」
「はい!」
「ありがとうな、君達!」
「シルヴァさんを助けてくれてありがとう!」
三回生達が礼を言いながら、シルヴァを運んで行く。
この様子を見る限り、結構シルヴァに人望はあるようだ。
「いいえ、当り前の事ですから」
ラフィニアが爽やかな笑顔で応じる。
「右に同じです」
イングリスは微笑を浮かべる。
そして、三回生達を見送ると、ラフィニアはイングリスにも笑顔を向ける。
「ありがと、クリス! 助かったわ」
それは先輩達に向けたものよりも一段と可愛らしい笑顔だったので、イングリスとしては満足だった。
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