第108話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令16
騎士団の出撃準備の手伝いを終え、その出発を見送ると、イングリス達は騎士アカデミーへと戻った。時刻は既に夕刻、丁度お腹も空いた所だ。
「あー、お腹空いたわね~早く食堂に行って晩ご飯にしましょ」
ラフィニアはお腹をすりすりと擦っている。
「うんラニ。今日から新メニューが出るはずだよ」
「あ! そうだったわね! 楽しみ~♪」
「へぇ? どんなメニューかな? 新しいサラダか野菜のスープが欲しいわね」
と、レオーネが反応した。
太りやすいからと普段から食事に気を使っているレオーネらしい望みである。
「わたくしはもう少しデザートの種類が欲しいですわ。あまり種類が無くて、飽きますのもの」
リーゼロッテのリクエストも分かる。しかし――
「「どっちもちがう」」
イングリスとラフィニアは揃って首を振る。
「知ってるの? 何?」
「「超特大骨付き肉の炙りチーズ焼きと、超特大全部乗せホワイトソースパスタと、超特大全部乗せ激辛パスタと……」」
「ちょっと! 超特大ばっかりじゃない! 何なのよそれは……!?」
「「リクエストしたから」」
食堂で新メニュー案を募集していたのだが、皆あまり関心が無いのか現状に満足なのか、それ程案は集まっていなかった。
だがイングリスとラフィニアは積極的に案を出した。
こういうのは声の大きい者の意見が通るのだ。しない者が悪い。
「ぜ、全部乗せは何ですの?」
「「うしとぶたととりとおさかなが全部具になってるの!」」
「う……聞いただけで胸やけがしてきますわね……」
「お、美味しいの、それ?」
「うん。見た目は悪いかも知れないけど、食べてしまえば一緒だし」
「そう。あたし達はどうせ全部食べるから、一まとめにしちゃおうって事よ」
その方が食堂のおばさんたちも助かるだろう。
「ホワイトソースも激辛も新しい味だし」
「新しい味と、具は選べないから全部乗せちゃえ! って事ね」
「楽しみだね、ラニ」
「そうね、クリス」
イングリスとラフィニアは目を輝かせて頷き合っている。
「「ははは……」」
見守るレオーネとリーゼロッテは、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
と――
ドガアァァァンッ!
アカデミーの中庭の方から轟音が響き、煙が上がった。
「!?」
「な、何……!?」
「煙が上がってるわ!」
「中庭の方ですわね!」
直後にざわめきが起き――
この正門側からは死角になっているが、混乱した様子は伝わって来る。
「行ってみましょ!」
ラフィニアが号令し、皆で中庭の現場に向かった。
校舎の壁の一部が大きく崩れ、更に炎上しかかっていた。
崩れた壁の前には倒された魔石獣の残骸が転がっていた。
少し前から姿を見せ始めた、上位の力を身につけた大型の個体だ。
とりあえず戦い自体は、もう終わっているようだった。
「火を消すぞ!」
「大丈夫、すぐ消し止められる!」
既にその場にいた三回生の先輩達が、消火を始めていた。
こちらは心配はなさそうだ。
だが、彼等の心配はそれとは別にあるようで――
「それより、シルヴァさんは大丈夫か!?」
「シルヴァさん! 大丈夫ですか!?」
「しっかりして下さい!」
三回生達に囲まれた輪の中に、シルヴァが横たわっていた。
かなりの攻撃を受けた様子で、全身が傷だらけになっていた。
辛うじて意識はあるようだが、自分では立てず、他の生徒に助け起こされていた。
「シルヴァ先輩……!?」
「ひ、ひどい怪我だわ……!」
特級印を持つシルヴァをここまで傷つけるとは、あの魔石獣が余程強かったのか、それとも現れた数が大量過ぎて多勢に無勢だったか――?
いずれにせよ、異常事態が起こったのだろう。
「だ、大丈夫だ……この程度。それよりリップル様が目を覚まされる前に、別な場所にお連れしろ。こんな姿をご覧に入れるわけには行かない。お気になされてしまう」
「わ、分かりました!」
シルヴァの指令を受けた生徒が、リップルを連れて行こうとする。
そこにちょうど、騒ぎを聞きつけたミリエラ校長がやって来た。
「こ、これは――!? し、シルヴァさん、大丈夫ですか!? あなた程の人がこんなになるなんて、一体何が……!?」
「こ、校長先生……面目ありません、これは僕の不手際です。済みませんでした」
しかしそのシルヴァの発言に、異を唱える三回生達がいた。
「違う! シルヴァさんが悪いんじゃない!」
「そうだ! こいつがヘマしたせいで!」
三回生の一人に掴みかかられている生徒は――
「ラティ?」
イングリスと同じ従騎士科の一回生のラティである。
いつものように、騎士科のプラムも一緒である。
「す、済まねえ……あんたらの言うとおりだ――俺のせいでこんな事になっちまった」
ラティは顔を青ざめさせて、俯いている。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! ラティは私を助けようとして……! だから私のせいです! 本当にごめんなさいっ!」
プラムは涙目で、何度も頭を下げていた。
「ラティ、プラム。何があったの?」
「あ、イングリスか……あ、あの先輩が、魔石獣にやられそうになった俺を庇ってくれてさ……それでこんな大怪我を――」
「そうだ! お前のせいだぞ! お前のせいでシルヴァさんが!」
「よ、止せみんな……!」
シルヴァが熱くなる三回生達を制止した。
「シルヴァさん――!」
「そもそも、異空間への隔離に巻き込んでしまったこちらのミスだ。それに魔印を持たない力無き者を、力ある僕が守るのは当然のこと――怪我は無かったか?」
と、シルヴァはラティに問いかけた。
「う、うっす……ありません」
「そうか――なら、いい……」
それっきり、がくりと気を失ってしまった。
「シルヴァさん……! い、いけませんかなりの深手です! 下手すれば命に関わりかねません! すぐに医務室へ!」
ミリエラ校長が慌てて指示をする。
これは――先程ラフィニアがセオドア特使から受け取った新たな魔印武具の力。いきなり試す時が来たようだ。
「ラニ……」
とイングリスが声をかける前に――
「待って下さい! あたしが何とかしてみます! 試したい事があるの!」
ラフィニアは既に前に進み出て、そう宣言していた。
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