第106話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令14
ユアを見送ると、イングリスはラフィニア達の所に戻った。
既にリーゼロッテの操る機甲親鳥は、無事に着地しているようだった。ラフィニア達は輪になって、こちらの様子を眺めている。
「クリス、ありがとう。手前の方が開いて、搬入が続けやすくなったよ」
輪の中にいるラファエルが、そう声をかけて来た。
「いえ、お安い御用です。ユア先輩とお話もできましたし」
「何を話してたの? また戦うのはイヤって言われたの?」
「ううん、ラニ。戦ってもいいけど、代わりに教えて欲しい事があるって」
「何を?」
「胸を大きくする方法」
「……ふふっ。あたし、ユア先輩とは気が合いそうだわ」
「そ、そんなに重要な事なのかしら――重くて肩が凝るし、注目も浴びるし、いい事ばかりじゃないのに」
「…………」
レオーネはイングリスと全く同じ事を言う。
女の子のレオーネがイングリスと同じ事を言うということは、自分の感性も立派に女の子と化しているという事。別にいいのだが、やはり少々気恥しい気もする。
ただし、ユアの言う「巨乳になってモテたい」というのは全く同意できないが。
男にモテて何が嬉しいんだ、と思う。
そう言う部分ではまだまだ自分は健全である。
ある程度胸がある方がドレスが似合う、だとか、鏡に映した自分自身の姿に満足感がある、という事なら同意するが。
「それは贅沢な悩みってやつよ。何の努力もしないで大きい子には、持たざる者の気持ちは分からないのよ」
ラフィニアの鼻息は荒かった。
「ラニ、色々試してたよね?」
「うん、こう見えて相当努力してるわ!」
「後で何を試したか教えてね? それは効果無いって事だから、先輩には勧めないでおくから」
「しくしく……うるさいわねえ!」
「まあまあ――ラファエル様とエリス様の前で見苦しいですわよ」
「リーゼロッテはちゃんとあるから、余裕で構えてられるのよ!」
「肩が凝るほど大きいわけじゃないし、ある意味一番いいわよね――」
「は、はあ……」
止めに入ったリーゼロッテだが、ラフィニアにもレオーネにも羨ましそうな目で見られて戸惑っていた。
「それに、リンちゃんに胸元でもぞもぞされなくていいし」
「そうね、イングリス。一度リーゼロッテも体験しておくべきよね」
「よし、リンちゃん。リーゼロッテの服の中に入っていいわよ!」
ラフィニアがリンちゃんをリーゼロッテに放った。
もぞもぞもぞもぞっ!
「きゃあっ!? あ、だ、ダメですわ、くすぐったいです……! ひゃんっ!?」
ひとしきり満足すると、リンちゃんはイングリスのところに戻って胸元に収まった。
「結局戻って来るんだから」
つんつんと突っついてみると、お返しとばかりに胸元でふるふる暴れ出す。
「も、もうリンちゃん……!」
「やっぱおっきいのが揺れてると見応えあるわね~。ユア先輩の気持ちも分かるわよ」
うんうんと頷くラフィニア。
そんな様子を見て、エリスがため息をついていた。
「……ラファエル。こういう時は、現場の指揮官が引き締めなくていいの?」
「あ、そ、そうですよね。す、すみませんエリス様……」
「仕方ないですよエリスさん。ラファ兄様はクリスがいるとクリスばっかり見てるから」
「こ、こら、ラニ……!」
「わー、ラファ兄様が怒った♪」
エリスが再びため息。
「こっちも騒がしいわね――」
イングリスはそんなエリスに話題を振ってみた。
「ところでエリスさん。エリスさんは何かご存じありませんか?」
「何を?」
「胸を大きくする方法を」
「……天恵武姫にそんな下らない事を聞いたのは、あなたが初めてだわ」
「わたしにとっては死活問題ですので!」
全てはユアと手合わせするために。
ユア程の強者を前に、手合わせせずにいられるはずがない。
エリスはこれから隣国ヴェネフィクとの国境地帯に出撃するため、聞くなら今のうちである。
「……知らないし、興味も無いわよ。天恵武姫は天恵武姫になった時から、年を取らなければ、成長もしないのよ」
「天恵武姫になる前には何か……?」
「昔過ぎて、覚えていないわね。それに、呑気にそんな事を考えていられるような平和な生活でもなかったわ」
「……という事は、つまり何かしらの恐ろしい敵がいたという事ですね!? それは魔石獣ですか? もう倒されたのですか? もしまだ生きているならば、ぜひ戦わせて貰いたいのですが?」
「……あなた、本っっっ当にそればかりね」
エリスは深く深くため息を吐き、頭を振っていた。
「そんな事より、リップルの様子はどうなの?」
「特に変わりはありません。相変わらず魔石獣を召喚する現象は続いていますが、外部への被害は食い止められています。セオドア様が今回そちらに同行されますから、お戻りになられるまでは現状維持ですね」
「……そう。よろしく頼むわね、リップルの事」
「はい。任せて下さい」
イングリスが応じる横から、ラフィニアが顔を覗かせる。
「あたし達も頑張りますから、エリスさんもヴェネフィクに負けないで下さいね! みんなで協力して魔石獣から身を守らないといけない時に人の国を攻めるなんて、ろくでもないわ。叩き返してやればいいわ!」
「……まあ、そうならないためにセオドア様も一緒に、この船で行くんだと思うけどね」
「? どういう事、クリス?」
「天上領の特使が現場にいたら、うかつに手出しできないから。ヴェネフィク側の特使は天上領の別の派閥だから、下手すれば地上の国同士の問題だけじゃなくて、天上領の勢力同士の争いに発展しかねないでしょ? セオドア様が行く事によって、そこまでする覚悟があるのかって、相手を脅す効果があるんだよ」
「……その通りです、イングリスさん。本当によく状況が見えていますね、あなたは」
いつの間にか姿を現していたセオドア特使が、そう微笑んでいた。
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