第105話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令13
飛空戦艦の格納庫の中には、既に機甲親鳥が多数運び込まれており、正規の騎士団の人員も大勢いた。
彼等もこの戦艦を扱うのは初めてだからか、少々戸惑いを含んだざわめきが聞こえる。
「空いている所に降ろしますわね」
リーゼロッテは慎重に機甲親鳥を奥に進める。
「済まない! それはこちらに降ろしてくれるかい!」
と、下から声をかけてくれるのは、ラファエルだった。
ここで陣頭指揮を執っているらしい。
少し離れた所にはエリスもいて、作業の様子を見守っているようだった。
「うんうん。ラファ兄様はこういう事でも人任せにしないで真面目よね~」
ラフィニアは嬉しそうで満足そうだった。
「はい! 承知いたしました!」
リーゼロッテは緊張気味に応じ、指示された場所に機甲親鳥を近づける。
壁や他の機甲親鳥に衝突してはいけない。
地味だが、気の抜けない作業だ。
イングリスも着地地点に注目していたが――
そこをふっと、別の機甲親鳥が横切って行った。
地面すれすれの超低空。
よく見ると、誰かが手で機甲親鳥を抱えて運んでいたのだ。
「おお……!? 何だあの力は――」
「す、凄いな――アカデミーの学生だろ、あの子は……」
「しかも従騎士科じゃないのか、彼女――」
イングリスに対してではない。
イングリスはラフィニア達の水筒を抱えて待機中である。
「ユア先輩……?」
今日はシルヴァ達三回生がリップルの護衛に付いており、一回生二回生はこの通り出陣準備の手伝いだ。
ユアは機甲親鳥を一機丸ごと抱え上げ、それを奥に運んでいる所だった。入り口側のスペースを空けようという事らしい。
中がざわついていたのは、彼女の力に皆が驚いていたからだったようである。
「ふふっ……ラニ、わたしも働いて来るね!」
「あっ! クリス――!」
イングリスは機甲親鳥から飛び降りると、ユアに接近した。
「ユア先輩、手伝います!」
「うん……? じゃあこれ奥にお願い」
ひょい、と機甲親鳥を丸ごと渡された。
「……っ!?」
ずしいいぃぃぃっ!
機甲親鳥本体に加え、いくつも機甲鳥が接続された状態だ。その重さは半端ではない。
「とと……!」
ふらついてしまい、自分への超重力を解除して持ち直した。
「ふう」
――重力の枷を外せば、普通に持てた。
つまりユアには何でもない平常時でこの位の力があるという事か。
「大丈夫?」
「はい。大丈夫です!」
イングリスとユアはひょいひょい機甲親鳥を持ち上げ、どんどん奥に並べ替えて行った。
「あっちの子も凄いぞ――!」
「あの子もアカデミーの従騎士科か……!? 従騎士科とは一体――!?」
「「「しかしなんて可愛いんだ――」」」
そこが一番声が大きかった。まあ、別にどうでもいいが――
「ん。これで終わり。ありがと、おっぱいちゃん」
やはり名前では読んでくれないのだった。
毎度毎度おっぱいちゃん呼ばわりは恥ずかしいのだが、この程度ではへこたれていられない。手合わせしてくれるまで引く気はない。
「いいえユア先輩。ところでまだこの程度では、動き足りなくありませんか?」
「……別に。動くのキライだから」
「あの、この間上から落ちてくる魔石獣を手刀で切り裂いていたのは凄かったです。どうやったのか是非教えて頂けませんか?」
「……別に、力を入れてざくっとやっただけ――」
教えないと拒否されるわけではないが、要領を得ない答えしか返ってはこない。
「ぜひ、実践を交えて教えて頂けると嬉しいのですが」
「私は別に嬉しくないけど――?」
「ま、まあそうですが……では交換条件では? わたしも何かユア先輩の嬉しい事をさせて頂きますので」
「だったら、わたしも教えてほしい事ある」
ちょっと興味を引けたらしい。
「おぉ……何ですか? 何でも言って下さい!」
「どうやったらそんなに胸が大きくなるの?」
「え? えーと……これは自然と――としか言えませんが」
そう返すと、ふるふると首を振られた。
「それじゃ参考にならない。私、巨乳になってモテたい」
と、胸元を揺すろうとするのだが、そこに殆ど膨らみは無い。
多分ラフィニア以上に無い。かなり華奢で、ほっそりしているのだ。
しかし、騎士アカデミーでそんな事を言う人を始めて見た。
やはりユアは常人とは何かが違う。
「は、はぁ……で、ですが重くて肩が凝ったりしますし、注目も浴びますし、いい事ばかりでは……」
と、言っていて何だか恥ずかしくなって来た。
自分の発言内容がもはや完全に女の子のそれで、英雄王イングリスの面影がまるで無いと気づいたからだ。
慣れとは恐ろしい。一体どこまで慣れて行ってしまうのだろう。
「上等。私もおっぱいちゃんみたいに、世間に谷間を見せつけてやりたい」
「わ、わたしはそういうつもりではありませんっ……!」
何という恐ろしい事を言うのか。
自分で鏡に映して喜んだりする事はあるが、あくまで自分の為で人の為ではない。
「とにかく、私の胸を大きくする方法を教えてくれたら、いくらでも戦ってあげる」
「う、うーん……わ、分りました――」
イングリス自身は、気づいたら大きくなっていたので全く見当もつかない。
レオーネは何か努力してああなったのだろうか?
ラフィニアが色々試している何かをユアに実行すれば大きくなる?
いや、案外一番普通に近いリーゼロッテが陰で何かしている事もある?
それとも、エリスやリップルに聞けば、天恵武姫しか知らない秘密の知恵があったりするだろうか?
いやそういえば――霊素でそれが出来ないだろうか?
あの血鉄鎖旅団の黒仮面は、魔石獣にされてしまったセイリーンを小さなリンちゃんに変えてしまった。
生き物の有り様を変えてしまったのだ。
同じ事が出来れば――ユアの胸を大きくする事も……?
リンちゃんを元のセイリーンに戻してあげる事は、霊素の操作技術を高めていく目標の一つだった。
もう一つ、ユアの胸を大きくするというのも目標にしておこう。
その前にラフィニア達の話を聞いてみようと思うが。
「じゃそういう事で」
ユアは無表情にそう言うと、すたすたとその場を去って行った。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!