第104話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令12
王都郊外の低空に、天上領の飛空戦艦が滞空している。
船体下部の格納庫が解放され、そこに続々と機甲鳥や機甲親鳥が吸い込まれて行く。
これから隣国ヴェネフィクとの国境地帯に出撃する騎士団の、出撃準備だった。
イングリス達もその手伝いに駆り出され――今はラフィニアの操る機甲親鳥に同乗していた。
これ自体と、搭載した機甲鳥や兵糧などの物資を飛空戦艦の格納庫に搬入するのが目的である。
アカデミーでも機甲鳥の訓練は既に盛んに行われているが、機甲親鳥の方はまだ触った程度だ。
ラフィニアにとっては、いい訓練になっているだろう。
「ふー。結構疲れるわね、これ」
と、ラフィニアは額に滲んだ汗をぬぐう。
機甲鳥は機甲親鳥に搭載、接続する事によって動力を充填できる。
が、機甲親鳥の方の動力がどうなっているかと言うと、魔印武具のように魔素を供給する必要がある。
あらかじめ充填しておく事も可能だが、今はラフィニアが直接動力供給を行っていた。だから操縦していて、疲労感があるのだ。
機甲親鳥への動力供給が出来ないと、動力切れの場合に再充填が出来ず、搭載している機甲鳥もまとめて機能不全に陥ってしまう。
だから必ず、機甲親鳥には担当の騎士をつける必要がある。
それも、中級印以上の騎士が望ましい。
下級印の魔印の騎士では、直接動力供給で機甲親鳥を動かせる程の出力にならないからだ。
ラフィニア達のような上級印を持つ上級騎士ならば、もっと望ましい。
機甲親鳥への充填量、速度共に魔印の強さが影響してくる。
現在の騎士団の制度では、機甲親鳥とそこに搭載される複数の機甲鳥、それらを操る人員をまとめて一つの隊と考える。
ラフィニアやレオーネやリーゼロッテ達は、アカデミーを卒業して正式に騎士団に入った瞬間から、一つの隊を任される隊長になるはずだ。
アカデミーでもそれを見越した訓練が行われていく事になるだろう。
「ではわたくしが代わりましょうか? わたくしも練習しておきたいですし」
「うんお願いリーゼロッテ」
と、ラフィニアは操縦桿をリーゼロッテに任せ、船縁に立つイングリスの隣に並ぶ。
「お疲れ様、ラニ。飲む?」
「うん、ありがとクリス」
イングリスが差し出した水筒の水をゴクゴクと飲み、ラフィニアはふうと一息。
「まだまだ運ぶものあるし、先は長いわねー」
「リーゼロッテの次は私が代わるわね」
と、レオーネが言う。
「わたしは今日は、水筒係ね」
イングリスは、首から下げた皆の分の水筒をカラカラと振る。
「クリスってば、今日は戦いじゃないからってサボる気ね……」
「いや、機甲親鳥はラニ達が動かした方がいいでしょ?」
「まあ、戦いのときはいつもイングリスが頑張ってるから――」
「それはいいのよ。クリスは好きでやってるし生き甲斐なんだから」
「うん。一つも反論の余地はないよね」
「ははは……まあイングリスがそう答えないと逆に不安になるわよね」
レオーネが苦笑いする。
「しかし船が大きいから、ホント搬入が大変。あたし達も駆り出されるわけよ」
「出撃まで時間も無いしね」
前に天上領への上納の際に王城に墜落しかけた船より更に一回り二回り大きい。船全体の装甲や武装もさらに重層化されており、相当な迫力がある。
セオドア特使の専用船との事だ。
「だけど、セオドア様って本当に色々して下さるわよね――こんな船まで出してくれるんだから……」
「多分、天上領の本国側に対しては相当危ない橋を渡ってると思う」
天上領から地上へ空飛ぶ船を下賜する事は、まだ許可されていない。
だから今度の扱いは、あくまで王国側の騎士団とセオドア特使の視察の場所が一緒だっただけだ。
屁理屈の類だが、それだけセオドアが危険を冒してくれているという事になる。
ただこの戦艦が現場に出張れば、ヴェネフィク側の脅威となる事は間違いない。
戦闘力そのものもそうだが、この船が特使の専用船である事はあちらにも分かる。
それに攻撃をするという事は、天上領への攻撃と見做されかねない。
天上領にも二大勢力があり、セオドア特使とヴェネフィク側の特使は対立派閥である。
下手すればこの船への攻撃は天上領側の二大勢力の抗争の引き金を引く事になるが、それをあちら側が許容するのか――その選択を迫る事になる。
そこまでの思い切りがあちらに無いならば、無血で兵を引かせる事も可能となる。
セオドア特使はそこまで計算して今回の措置を選んだとイングリスは推測する。
更に、ウェイン王子も乗船してそちらに向かうとの事だ。
今回の作戦は、天上領の飛空戦艦の扱いを王国側の人員が覚えるという意図もあるように思える。
つまり、正式に空飛ぶ船の下賜を許可する流れを想定しているという事だ。
「あたし達のためにそこまでしてくれるなんて、ほんとセイリーン様のお兄様なだけあるわ。天上人なのにいい人よ!」
「……ラニに変な事しなければね」
どうもセオドアはセイリーンと同じで、ラフィニアの純粋さと正義感に好感を持っていたようだから。
「変な事って……個人的な事とは話が別でしょ?」
「そうだね。こっちの方が重要。だってわたし、ラニに悪い虫が寄り付かないようにしなきゃいけないし」
人の政治的な思想信条など、イングリスにとってはどうでもいい。
正義も悪も、時間には勝てない。
時代が流れてしまえば、全ては忘れ去られて消え去る。だから拘る必要はない。
もしラフィニアにとっての悪い虫なら、イングリスにとってそれは悪い人。
単にそれだけである。
「――中に入りますわよ!」
リーゼロッテが少々緊張気味に、機甲親鳥を飛空戦艦の格納庫に侵入させる。
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