第103話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令11
魔石獣はユアの手で両断されると消滅して行った。
ユア自身も、そのまま何事も無かったかのような足取りでトコトコ寮に帰ってしまう。
その様子を見届けると、セオドア特使は一息をついて言う。
「……黒い光は消えました。もう魔素の暴走は感じません。暫くすればリップル殿も目を覚ますはず――今日は色々と分かりました。空間隔離用の魔印武具の動作も問題ないようですし、暫くは現象の再発は無いでしょう。皆さんありがとうございました」
「セオドア様、どうしてそう言えるんですか?」
と、レオーネが質問をする。
「あの現象が、リップル殿自身か特級印を持つ者の魔素を吸収する事によって起きる事がはっきりしたからです」
「今の魔石獣の召還で魔素が尽きたため、再び現象が起きる水準に達するのには時間ががかかる――という事ですよね?」
「ええ。イングリスさんの言う通りです。よく理解なさっていますね」
と、向けてくる笑顔の温和さは、妹のセイリーンによく似ている。やはり兄妹だ。
「セオドア様、あたしも分からない事があるんですけど――」
「ええ。どうしました?」
「どうして、いつも出て来る魔石獣が元獣人種のものばかりなんですか?」
「……推論ですが、やはりリップルさん自身が獣人種であるからでしょう。獣人種は第六感的な感応能力に優れ、言葉を発しない念話で意思疎通する事すら可能だったようです。そういった獣人種同士の繋がりを利用して、魔石獣を呼び寄せているんですね」
その説は恐らくその通りだろう、とイングリスも思った。
ミリエラ校長の魔素も合わせ、普段よりも強力な魔石獣を呼び出したのにそれも獣人種のものだった。恐らく獣人種の魔石獣に限定された召還機構なのだろう。
「リップルさんにしか、この仕掛けは組み込めないというわけですねえ……」
「ええミリエラ。むしろこれを組み込みたいがために、獣人種の天恵武姫を生み出した可能性すら考えられます」
「虹の雨によって滅びた獣人種を利用するために――ですか」
さすがにミリエラ校長の表情も重く、鋭くなっていた。
「天上人の多くは、地上を対等に見ていない……何をしても、何を試しても構わないと思っている――だからこそこんな発想が生まれます。同じ天上人として、恥ずかしい事ですが……」
「リップルさん、可哀相……仲間をそんな事に利用されるなんて――」
「天上領にとっては、私達も何もかもただの道具でしかないのね……」
「本当にひどいですわ! リップル様はずっとわたくし達の国を守ってくれているのに」
「まぁまぁみんな。物は考えようだよ」
と、言いながらリップルが身を起こした。意識が戻ったらしい。
「逆に考えるとね、魔石獣になっちゃった仲間達を眠らせてあげるいい機会かもしれないじゃない? 仲間達も魔石獣のままなんてイヤだろうし。周りに被害さえ出なければ、きっと仲間達も喜んでるよ」
「リップルさん……はい、あたし達が絶対被害は出させません!」
「ありがと。ボク気絶しちゃって手が出せないけど、遠慮せずに思い切りやっちゃって」
「……で、あれば一つ対策を思いついたのですが、よろしいですか?」
と、イングリスは小さく手を上げる。
「ええ。イングリスさん、聞かせて下さい」
「校長先生や、シルヴァ先輩や、それにラファ兄様にも協力頂いて、リップルさんに大量の魔素を吸って頂きます。そうすれば強力な魔石獣を大量に呼び寄せる事が出来ます。それを全て倒して倒して倒し尽くせば――」
リップル達の話を聞くに、獣人種は既に種として滅んでおり、新たに増える事はない。
あの現象が獣人種の魔石獣限定で召還をするならば、数に限りがあるはずなのだ。
「いずれ呼ぶべき獣人種の魔石獣が尽き、召喚をする機能も無効化されるのでは?」
「く、クリスらしいわ……全部呼びつけて全部倒しちゃえ♪ って事でしょ?」
「うん。いいと思わない?」
イングリスとしても思う存分戦えそうである。
ラファエルやミリエラ校長やシルヴァの全力も見られそうだし、ユアやエリスの全力も見られるだろう。
なかなか見応えのある戦場となるはずだ。想像するとわくわくしてくる。
「よ、良くは無いけど――上手く行けば解決しそうではあるわね……イングリスらしいわ。本当に……」
「力押しの極致ですわねえ――でもわたくしは、意外と悪くないと思いますわ」
「ははは……それが上手く行くならボクもありだと思うけどね」
「いやいやいや、でも要は総力戦ですからねえ……こちらの被害も十分覚悟しないとできませんよお。最終手段ですねえ、それは。ね、セオドアさん?」
「ええ、そうですね――もう少し、別の手段を検討……」
とのセオドアの言葉の最期が、校長室の扉を慌ただしくノックする音で掻き消された。
「どうぞ~? 何か急ぎの用ですかあ?」
扉が開き、姿を現したのは――
ラファエルと、そしてエリスだった。
「ラファ兄様!」
「エリス!」
ラフィニアとリップルが声を上げる。
「やあラニ、クリス。すまないけど急用なんだ」
「リップル――心配していたわよ、後で話を聞かせて。今は急ぎだから」
「お二人とも、どうかなさいましたか?」
「セオドア様をお迎えに上がりました! すぐに城に戻って欲しいとウェイン王子が」
「何かありましたか?」
「隣国ヴェネフィクの軍が、国境を越えて侵入してきました! すぐに対策を相談したいと……!」
「……!? そうですか、ではすぐに参ります!」
セオドアは厳しい表情で頷いた。
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