第102話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令10
ミリエラ校長の悲鳴を聞きながら、イングリスは現れた魔石獣に目を奪われていた。
今現れたのは一体のみ。これまでと同じく、耳と尾のある獣人種の魔石獣だ。
しかし――
「お、おっきい……! 何よこれ!」
ラフィニアの言う通り、大きい。これまでの倍以上ある。
体がより硬質な鉱石のようなものに近くなっており、その色の種類も増えた。
瞳自体が真っ黒い宝石のようになっており、闇の属性の力を――
つまり、これまでのものより上位の力を身につけた個体であることが分かる。
ミリエラ校長の魔素を吸った分、強い魔石獣が呼び寄せられたのだと解釈できる。
「気を付けて、ラニ。きっと魔石獣になったラーアル殿やセイリーン様くらい強いよ」
セオドア特使曰く今リップルの身に起きている現象は、天上領側が意にそぐわない地上の勢力を制裁するために用意した罠のようなもの。
正直、天上領の仕業にしては、少々手ぬるいなと思っていた所だ。
今までのレベルの魔石獣を呼び出す程度では、確かに頻度は多いにせよ、自然に虹の雨が降るのとそう変わらない。
だが、さすが天上領はそれだけではなかった。
それでこそ、リップルを騎士アカデミーにと進言した価値がある。
「どうでもいいけど、台詞と顔が合ってないわよ、クリス!」
「おっと、いけない――任務だし顔だけは真面目にしておかないとね」
「別にそれはいいですから速攻で倒して下さい!」
言いながらミリエラ校長が結界用の魔印武具を振りかざす。
窓の外が結界の光に覆われるのが見えた。
「くれぐれも相手の力を全部見てから――とかはやめて下さいね!」
機先を制されてしまった。
「……わたし、人は長い目で見る主義なんですが――?」
「周辺への被害は最小にとどめる方向で! 決して校長室に私物もあるからとかではないですからねっ! 本当ですよっ!? 本当に本当ですよっ!?」
「…………」
まあどちらでもいいが――
確かに支給された結界の魔印武具は範囲がやや広いので、その内部の、戦場となった建物が壊れたりすることはあり得る。
「レオーネ。もう一度さっきの異空間は?」
「すぐには無理よ! 悪いけど――!」
「! 皆さん、お気を付けになって! 何か仕掛けてきますわよ……!」
グオオオオォォォーーーーッ!
魔石獣が大きな雄叫びを上げると、その周囲にいくつもの黒い光点が収束を始めた。
色は違うが、前に見た魔石獣化したセイリーンが放つ熱線に似た力の流れを感じる。
という事は――光を放射して攻撃するような技になるか。
「光を放つつもりですね――!」
この建物の中で四方八方にそれを放てば――まずい事になる。
「えぇっ!? と、止めて下さいっ!」
確かに、防いだ方がいいだろう。
「クリス……! 遊んでる場合じゃないわよ!」
「うん分かってるよ、ラニ!」
校長室の下の階には食堂があるのだ。
この位置関係であれを放てば、食堂に被害が出るのは免れない。
それは避けねばならない――絶対に!
食堂に被害が出て一番困るのは、一番食堂にお世話になっているイングリスやラフィニアなのだ。
「校長先生! 一度結界を解いてください! そうすれば何とかします!」
イングリスはミリエラ校長にそう願い出た。
「は、はい――! ではお願いしますイングリスさんっ!」
ミリエラ校長の結界が解かれる。
「はい……!」
自重は、しない!
イングリスはすかさず霊素殻を発動。
霊素の青白い光に覆われたイングリスは、一筋の閃光のような速さで、魔石獣に向かって踏み込んでいた。
――大きく腰を捻り、蹴り足を振りかぶりながら。
「止められないまでもっ――!」
光が放たれても問題のない場所まで、吹き飛ばす!
ドゴオオオオオォォォォンッ!
イングリスが振り抜いた蹴りで、魔石獣の巨体は猛烈な速度で宙に飛んだ。
屋根を天井と屋根をバリバリと突き破り、一瞬で豆粒のような大きさになった。
そこで、黒い光が周囲に向かって拡散していた。
空の上なので、特に何も被害を及ぼさない。
――食堂は守られた。良かった。
「いいわよ、クリス! あたし達の食堂は守られたっ!」
「相変わらずイングリスはイングリスね……!」
「……う、うわあぁぁ! す、凄い勢いで飛んで行きましたねえ!」
「と、とんでもない馬鹿力ですわね……!」
「す、凄い力だ……こ、これは一体――!?」
「すみません校長先生。天井と屋根には穴が開いてしまいました」
ぺこり、と一つ頭を下げる。
「ま、まあいいですよ。それくらいなら損害軽微ですし――」
「で、でも落ちてきますわよ!? それに魔石獣に物理的な力は効きませんから、蹴っただけでは倒せませんわ!」
「うん。とりあえず、校舎に落ちないようにするね」
実際霊素殻の状態で蹴ったので、魔石獣にはかなりのダメージになっているはずではある。
しかし、倒した事の確認はするべきだし、校舎に落ちてこないようにする必要はある。
「はあぁっ!」
イングリスは天井に空いた穴から上へ上へと飛び上がり、屋根に上った。
後からラフィニア達もついて来て、皆で落下する魔石獣の軌道を見守った。
「――校舎には落ちてこないわね」
「そうね、校庭に落ちそう!」
「落ちたらすぐにとどめですわね!」
少し落下地点がずれて、校庭に落ちそうである。
だが――
「あっ! 向こうから誰か来たわよ!?」
「ユア先輩!?」
丁度ふらっと、ユアがその場を通りかかった。
「ユアさーーーーーーーん! 上上っ! 危ないですよおおぉぉぉーーっ!」
ミリエラ校長が大声で警告する。
ユアは上を見上げ――落下する魔石獣に気が付いた。
そして――
「ちょあぁぁ~~っ」
ユアは何でもない感じで手刀を一閃。
ズバシュッ!
落ちて来た魔石獣の体を、真っ二つに両断した!
「おぉぉぉぉ~~っ! ユア先輩、すごい……!」
霊素殻の蹴りで瀕死だったとはいえ、あの魔石獣を手刀で両断するとは。これは素晴らしい。やはりユアは逸材である。
是非とも、手合わせをしてもらわなければ。
【21019/12/06】
本日、コミックファイア様にてコミカライズ版第1話が公開されました!
まだの方は是非ご覧になってみて下さい!