第100話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令8
「なるほど……!」
リップルが先程シルヴァと相性がいいと言っていたが、武器が同じだからか――
少々違和感のある発言だったが、これを見て納得が行った。
「さあ、行くよっ!」
バシュンッ!
リップルが右手に握る銃から、光を凝縮したような輝く弾が発射された。
それは、真っ黒な空間にキラキラとした軌跡を残しながら、イングリスに迫る。
ラフィニアが持つ魔印武具の光の矢よりも、確実に早い!
「っ!?」
大きく横に身を翻して避ける。
――それがいけなかったかも知れない。
着地を狙い澄ますかのように、リップルの銃から次弾が既に発射されていた。
「――!?」
もっと紙一重でかわせば、その隙は生まれなかっただろう。
銃など前世に存在しなかったし、イングリス・ユークスとしてもはじめて対峙する。
だから慎重になり過ぎたか。これは反省をするべきところ。
だが――まだ、問題は無い!
ピキィィン!
イングリスの右手に氷の刃が現れる。
霊素を魔素に落とし込み形成した魔術によるものだ。
神の気である霊素をわざわざ力の劣る魔素に変換した上で操るという面倒な手順を踏むが、氷の剣自体の使い勝手は悪くない。
日々の訓練と、実戦でも割とよく使うがゆえの慣れもあり、ほぼ瞬時に発動できるようになって来た。
だから咄嗟に、リップルの放った光弾を弾き返すこともできる。
カキィンッ!
澄んだ乾いた音を立て、イングリスの足元を狙った銃弾が弾かれる。
「むっ……!? 当たらないか、さすがだね! じゃあ、これはっ!?」
言いながら、さらに三連射。
普通銃というものは、弾をあらかじめ装填しておく手間がかかるものだ。
だがリップルはそういう余計な手間無しに連射をして来る。
「当たりませんっ!」
カキンカキンカキイィンッ!
三発全てを弾き返す。
リップルの目線、銃口の角度、指の動き。それらを注視すれば、軌道の予測はつく。
「あっ!? しまった!」
でも声を上げてしまったのは、弾いた光弾がミリエラ校長達の方に飛んで行ったからだった。
だがその弾は、うっすらと輝く壁によって阻まれてその場に転がった。
何かしらの防御結界を張ってくれていたようだ。
「このくらいなら大丈夫ですよお。あくまでこのくらいならですけど――」
と苦笑い気味なのは、ますます戦いが激しくなるのを危惧しているのかも知れない。
「ありがとうございます。なら思い切り、やれますね!」
「私の言ったこと聞いてくださいね!?」
それを聞き流しつつ、イングリスは前に踏み込む。
距離を詰めて、こちらから攻撃に出ないと始まらない――
いや、正確には霊素弾など撃てば反撃は可能ではある。
それも強力な反撃になるだろう。
だが、それをする事には意味を感じない。
リップルの強みは、隙の少ない銃撃により相手との間合いを完全に制し、そのまま倒してしまう事だ。
ならば、それをかいくぐって近接攻撃で挑んでこそ、最も自らの経験と成長に繋がる。
相手の強みを真っ向受け止めて、その上で勝つ。
それがイングリス・ユークスとしての戦い方である。
銃撃を紙一重で避けつつ、前にも踏み込み、どうしても当たりそうな弾だけは剣で打ち払う。
回避と、踏み込みと、薙ぎ払いと、それぞれを瞬時に判断し、接近して行く。
「ふふふ……! だけどボクも止まってないからねっ!?」
そう。リップルの厄介な所は、本人自体も凄まじく俊敏で、運動能力が高い所だ。
身のこなしは同じ天恵武姫のエリスやシスティアに何ら劣るものではない。
彼女等は武器が双剣や槍だったため、自ら近づいて来てくれた。
剣や槍での攻撃は、銃撃に比べれば大きな動作だ。しかも間合いが近いため気配や呼吸も感じやすい。つまり、比較的動きが読みやすい。
リップルはその真逆だ。
攻撃の動きも小さく、間合いが離れているため気配も読みづらい。
彼女の攻撃を凌ぐのは、エリスやシスティアのそれよりも難しい――と思える。
だからこそ、楽しい。挑み甲斐がある!
「追いついて見せますっ!」
イングリスとリップルの距離は徐々に縮まって行く。
「嬉しそうな顔しちゃって! そんなに喜んでくれると、ボクも楽しいよ!」
――が、まだリップルの顔には余裕があった。
まだ打てる手はある。それをいつ出すかの問題だった。
しかし――今のままでもイングリスは十分に凄い。
見切りが的確で動きも超がつく程に俊敏、さらに一つ一つの動きが流れるようで、美しささえ感じる。
エリスやラファエルより速いのではないだろうか。
エリスの情報によると、良く分からない力で更に速くなるらしい。
底知れない少女だ。あんなに可愛らしいのに。
だがその得体の知れなさも、虹の王を倒したいなどという大言壮語も、リップルとしては歓迎したい。
理解不能な者こそ、自分達にはどうにもならないものを打ち破ってくれるかもしれないからだ。
是非、全力を出す姿くらいは見てやろう――
そして、イングリスがリップルの右手の銃撃をかいくぐり、目の前までやって来た。
銃口に正対し辛いように、きっちりリップルの左側に回り込んできている。
あと一つ踏み込めば、剣が届く距離だ。
これは、イングリスにしてみれば絶好の攻撃のチャンスだ。
絶対に踏み込んで来る――その出鼻を撃つ!
リップルは攻撃を繰り出そうとするイングリスに、空いていた左手を突きつけた。
その手の中に――すっと黄金に輝く銃が姿を見せる。
「!? もう一つ!?」
「そ! 二丁拳銃っ!」
バシュンッ!
「くうっ!?」
イングリスはギリギリ身を捻って何とか直撃を避けたが、弾は肩をかすめた。
服が破れてその部分が飛び、弾の威力の余波で全身が後ろに押された。
「隙あり! そこっ!」
「まだまだっ!」
吹っ飛ばされながらも、何とか体勢の立て直しを試みる。
容赦なく追いかけて来る銃撃を、後退しながら氷の剣で何とか弾くが――
体勢が立て直った時には、もうリップルとの距離は、最初以上に開いていた。
「攻守逆転だねっ! これでも近づける!?」
「くっ――!」
弾幕に隙がない――!
リップルの銃は全く弾切れをしないし、当たらないまでも、近づく余裕が無くなった。
回避と、銃弾を薙ぎ払うので手一杯だ。
このままこれを続ければ、いつかリップルの銃が弾切れするだろうか?
それともこちらの体力が尽きるか……?
「――いや!」
打つべき手が見えた!
攻守が逆転したせいで、動き回っているのはこちらだけ。
リップルの足は止まっているのだ。
ならば――! イングリスはわざと後ろ脚を引き、半身になって立った。
氷の剣は両手で柄を握り、体の横の腰の高さで構える。
剣の速度と操作性を高めるためだ。
バシュバシュバシュウウゥンッ!
リップルの三連射はその半身の範囲に当たるように、近い軌道で飛んで来る。
――イングリスの目が、獲物を狙う猛禽のようにギラリと輝いた。
「見えたっ! はあぁぁぁっ!」
イングリスの氷の剣が一閃!
カキカキカキイィィィィンッ!
三つの済んだ乾いた音が響いて――リップルはその後の光景に驚愕していた。
光弾が跳ね返っていたのだ。まっすぐに、リップルに向かって。
「ええええぇぇっ!?」
驚愕して思わず声を上げた。
リップルも天恵武姫になって長いが、この銃撃を剣で受け流されたことはあっても、そのまま撃ち返されたのは初めてだった。
リップルが攻撃的になって足を止めたため、撃ち返せば当たると狙われたのだ。
何という、恐ろしい技を持っているのか。
これは単なる力の問題ではなく、超絶的な技巧だ。
何故こんな若くて可愛い子に、こんな技量が備わっている――!?
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