1話
ツイッターでrt数だけ話を書く、ということで以前考えたお話を書きました。
久し振りといううことで変な所もあるかと思いますが、よろしくお願いします。
「これで……終わりだああああ!」
その叫び声と共に、胸元に不快感が広がる。次に、痛み。
視線を下ろせば、私の身体に折れた剣が突き刺さっていた。致命傷────そう判断せざるを得なかった。
「……ごふっ」
赤い血が、吐息と共に漏れる。私の体から血が流れるのを見て、滑稽な光景だと思わず頬が緩んだ。
「……あんた、何が可笑しいんだよ」
「可笑しい、とは?」
問い掛けて来た、目の前の少年に応える。彼は目的を達したというのに、傷を負った私と違って苦悶の表情を浮かべていた。
「体を貫かれて、あんたの計画を俺にさんざん邪魔されて……おまけに、利用しようとしていた相手に逆に利用されて。それでも、何で笑っていられるんだよ! あんたは理解できない。理解しようもない。あんたは、一体なんなんだ!!」
「何者か、か……。哲学的な問いだな」
カチリ、と脳裏にスイッチが入ったような音がする。────そろそろ、刻限だ。
「それについ、て……答える義理も意味も、ない……」
急速に、身体から力が抜けていく。息も弱く、体温すらもはや内から感じられなくなってきた。
「!? それはどういう……」
「この、問答も意味は、無くなる……」
生命という名の針が、ゆっくりと遅くなる。誰しもが持つ、絶対にして不可避の摂理。あらゆるモノに与えられた、平等な慈悲。
「さらばだ、見知らぬ少年よ」
言の葉が口から発せられ、閉じられた時には私は終わっていた。絶対的に、不可逆的に。
そして、時間は巻き戻る。
私が目を開くと、薄暗い路地に一人立っていた。路地の先には、雑多な人混みがまるで働きアリのように群れている。
「ふむ、今回はこうなったか」
そう独り言を漏らし、路地を歩く。
マーカーは正常に作動した────つまり、この計画に失敗はないことを意味する。この星で跳躍を行うのは初めてだった為、少々不安ではあったが無事成功したようで安心した。
そう、私はこの星の存在ではない。いや、この間借りしている肉体はこの星、地球の人間という種族のものだったが。
我々には肉体というものが無い。精神的な、形を伴わない生命体である。故に、我々と同等の処理能力がある存在に寄生しなければ物理的な活動はとても難しい。
その点では、この星の生物は優秀だった。
我々が寄生するに十分なスペック。さらに、未開な星にしてはまあまあな文明。そして、我々の技術を再現可能な豊富な資源────。この星の情報がもたらされた時には、同胞たちは────私を含めて────沸き立ったものだ。
我々の故郷における我々の立場は、非常に微々たるものだった。
精神を喰らう巨大生命体が闊歩し、地表には意識を保つにはあまりにも過酷な磁場嵐が吹き荒れる。我々が生き残るには、薄暗い星の中心部でこじんまりと精神活動をする他なかった。
底辺の中の底辺に位置していた我々ではあったが、唯一、誰者にも負けない強い武器を持っていた。それが、知能である。
我々は演算能力に非常に優れた種族だった。どうすれば生き残れるか。どうすればこの環境から逃れることが出来るか。遠く、非常に気の遠くなるような膨大な時間をかけて、ついにこの星の存在に行きたった。
この星における文明は、確かに彼らが築いた尊いものであるだろう。しかし、彼らはこの星の資源を漫然と食い荒らし、汚し、あまつさえ顧みるということがない。
なんと傲慢であることか。なんと怠惰であることか。そして、そんなことが我々に我慢できようか。
答えは否。否だった。
我々は協議した。手と手を取り合い、共生することも可能なのではなかろうか、と。しかし、いくら演算を重ねても答えは常に一緒だった。
ならば、奪うしかない。故郷の星にて這いずっていた捕食者のように、我が物顔でいる奴らからこの星を。我らの第二の故郷となる星を────。
つらつらと思考を重ねていたが、ふと視線を上に向ける。タイミングよく風に吹かれ流されてきた風船を掴み、駆けてきた子供に手渡した。
「大丈夫かい? もう離したりしてはいけないよ」
「うん、ありがとうおじちゃん!」
そう言って、子供は無邪気に笑った。
後から来た保護者に礼を言われながら、大したことではないと流してその場を立ち去る。
今は人間の皮を被っている以上、それに則った行動を取らなければならないのはいささか苦痛ではあったが、今後の計画の為にも行われるべきことだ。前回は、非人間的な行動が多かった。今回は、なるべくそういった行動は自粛しなくては──。
しかし、と後ろを振り返る。
「やはり、人間という生き物はやはり気持ちが悪いな。どいつもこいつも同じに見える」
◇◇◇
瞼を開くと、私は裏路地に立っていた。これで、通算5度目の回帰である。
どうやら、我々は人間という生物に対して過小評価をしていたらしい。かつて行った演算によれば、5回目の試行で成功していたはずだった。やはり、私個人による演算ではいささか〝ブレ〟が生まれるようだった。
(V-238よりA-990へ通達。複数規模による演算を要請。より入念な計画の練り直しを要求する)
(A-990よりV-238へ。具申を受け入れる。現地法則上表記、3600秒待機されたし)
(V-238よりA-990へ。了解した。よりよい演算を期待する)
宙に待機している我々に信号を送る。活動を任されたのは私一人なので、初動が遅くなってしまうのは少々問題だ。
そもそも、我々は元は群体であったので、こうして私が切り離されたのはかなり無茶をしている状態だ。実際、マーカーの設置以外で我々の技術を使用するのは難しい。
と、いうのも、単純に労力が足りない故の問題だ。私一人では材料の調達、組み立て。そして円滑な動作を維持するのにはこれが限界であるのだ。しかし、それでもこのマーカー一つで十分お釣りがくる存在だ。
人間にもマーカーと似た、〝タイムマシン〟という概念があるようだが、成立には至っていない。つまり、アドバンテージは常にこちらにある。焦ることは一つも無かった。我々には〝時間〟という制約は存在しないのだから。
それならば、今回は単純に情報収集するのがよかろう、ととある場所に足を向ける。今の〝私〟──、この体の持ち主だった人間の職場である。どうやら、この体の持ち主は教職を務めていたらしく、それ故か私がこの体を拝借できたのも専門的な知識を多く所有していたからだろう。
単純に、相性が良かった──僥倖なことである。
かつての主の記憶を頼りに見知らぬ建築物を目指す。門をくぐると、そこには様々な人間が歩いていた。あいも変わらず群れることしか能のない生物である。
周囲の存在を無視し、与えられた部屋へと入る。雑多に本が詰まれた空間が、かつての主を迎えた。防音に優れ、思考するに最適な環境だ。中々に良い拾い物をしたものだ――そう思いながら、我々の演算結果をここで待つことにした。それまでは、この世界のことをより知ることに専念するとしよう――と、椅子に座った際に、扉をノックする音が部屋に響いた。
「——誰かな?」
居留守を決め込むことも一瞬考えたが、すぐに下策だと却下する。既に何人かの人間とすれ違っていて、〝私〟がここにいることもバレているだろうし、何よりマーカーの存在がある。どんな失敗をしてもリカバー可能だからだ。
私の誰何の声に、扉をノックした人物は少し間を置いてから失礼します、と言って部屋に入って来た。
「——先生、お戻りになってたんですね。驚きました。何か、トラブルでもあったんですか?」
と、人間の女が質問の声をかけた。
彼女の問いに、すかさず記憶を探る。どうやら、この〝先生〟とやらは旅行中だったらしい。娯楽の最中に〝私〟に成り代われるとはなかなかに不幸な人物だ、と考えながら、私は彼女の質問に答えた。
「ああ、君の言う通りトラブルに見舞われてね。宿に泊まれなくなってしまったので計画を早めて、丁度今帰ってきたところだよ」
「そうだったんですね! いやてっきり、残っていた仕事を思い出したーって戻ってきちゃったのかと」
どうやら、この〝私〟の体の持ち主は働かなければ気が済まない、いわゆる仕事中毒であったらしい。かつては、寝食もせずにいて倒れたこともあるようだった。
「はは、君達にこっぴどく叱られたからね。今回はゆっくり休暇を楽しむよ。今日は、単に本を取りに来ただけさ」
見ての通り、まだ読んでない本もあるのでね、と私は本の山を指差す。彼女は納得したのか、苦笑しながら頷いた。
しかし──、意外と言えば意外だった。記憶を辿る限り、この〝私〟はあまり人望があるような人間だとは思えない。ただの一教師にここまで気にされるような人間なのだろうか。理解できない。理解できないということは苦痛だ。
我々ですら知らぬことがあるというのは屈辱的であるし――何より、こうして人の皮を被っている以上、不本意ながら人間というものを理解しなくてはならないのも私を苛つかせた。
「それにしても、あいかわらず散らかってますねー。一度整理整頓した方が良いんじゃないですか? なんだったら手伝いますよ」
ふと。
目の前に、無防備に背を向けている彼女を見た。
——これは、使えるのではないか?
「先生、聞いて──?」
ますか、と彼女は続けようとしたのだろう。私の方に振り返る。その瞳に──
ひどく、彼女を無感動に見下ろす私が映っていた。彼女の頭に手を当てる。バシン、と静電気がはじけるような音と、人が倒れる音が静寂に包まれた部屋に響いた。
さて──それでは、知的好奇心を満たすとしよう。私は口元をゆがませた。