4、まとめ役
久しぶりの投稿です。なんかもう作者自身が色々忘れてます……。
結論から言わせてもらうと、温泉プリンは格別だった。ふわりと舌の上で溶け、甘さが口の中に広がって滞りなくするりと喉の奥へと誘われる。もはや食べたのかどうかすら怪しいレベルでプリンが瞬く間に胃の中へと消えていくような感じだった。
本来なら足湯に浸かって食べたいところであったが、雅のこともあるため人気の少ない路地の石垣に座って食べた。が、足湯がなくとも味が絶品なのは変わりない。二人仲良く頬を緩ませながら味わって食べた。
「ふわぁああ……久しぶりに食べたがこれは形容し難い美味さじゃのお」
「喜んで食べてくれて何よりだよ」
「おかわりが食べたいのじゃ」
「ダメ」
僕は即答すると、雅は幼児のように駄々をこね始めた。
「なんでじゃなんでじゃあ~」
「美味しいものは少し食べるから美味しいんだ。そんなにガツガツ食べると美味しさも有り難みもなくなっちゃうだろ?」
「……むう、それも確かに」
「あと単純に一個あたりの値段が高い」
「そっちが本当の理由なのじゃな……」
温泉プリン、なんと一個三百円もするのだ。僕の好きな某メーカーの焼きプリンが3つも買える。美味しいのはお墨付きだと言えるが、何個も買いたいとは流石に思えない。
「さて、僕は次の温泉に浸かりに行くけど雅も行く?」
「無論じゃ。ここまできたなら小僧にとことんついていくぞ」
「……まさかまた男風呂に入るつもりじゃないだろうな?」
「じゃがそうせんと一緒には入れまい?」
何故か一緒に入ること前提で話が進んでいたようだ。そりゃ他の人には見えないかもしれないけど、見えるこっちの身にもなって欲しい。いくらロリとはいえ女の子である。僕がヘンな趣味嗜好に目覚めてしまわない可能性はゼロではない。これでも健全な男なのだ。
……ロリを見てそう思う時点で健全ではないのかもしれないけど。
「はあ……わかったよ。ただし他の人に迷惑はかけるなよ?」
「それは心得ておるよ。にひひ」
雅が悪戯っぽい笑みを浮かべる。絶対何か企んでやがるな。まあ他の人に迷惑をかけないという彼女の言葉を信じてみよう。
***
次に向かったのは「湯の宴」というこぢんまりとしたホテルの温泉だった。
時間帯の関係でここしか空いてなかったため、仕方なく入ったわけだが、作りはそこそこ良く、一般の温泉という感じだった。
脱衣所に入り着替えていると、ふと雅はどうやって着替えているのかが気になった。どこにいるのだろうとキョロキョロと見回すと、不意に後ろから脳天にチョップが炸裂した。
「おわっ!」
「どこを探しておるのじゃ、ワシはここじゃ」
振り返ると、すでに全裸待機している雅の姿があった。
「いつの間に着替えたんだ……」
あまり凝視しないように顔を背けつつ訊くと、彼女は「ほおう?」と何やら興味深そうなため息を漏らした。
「さては小僧、ワシの着替え姿を見たかったんじゃな?」
「……別に着替え姿を見たかったというか、座敷わらしがどうやって服を脱ぐのか知りたかっただけだよ。ほら、幽体みたいなもんだし脱ぎ着も自由なのかなーとかさ」
「そう隠さずともよい。お前さんがすけべえでろりこん? なのはワシも理解しておるぞ。趣味嗜好は人それぞれじゃ」
「すけべはともかくロリコンは勘弁してくれ」
「にしし……まあ冗談はこのあたりにして、もちろんワシは脱着が自由にできるのじゃ。でも全裸で普段過ごすとなっても居心地が悪いから服を着ているし、風呂などに入る際は着衣のままだとおかしいからちゃんと服は脱ぐ。一応は人間の常識の範囲で動いてはいるつもりじゃがの」
「年齢不詳のロリが男風呂に忍んでいる事は常識の範囲内なんだ……」
「まあワシは見た目がこんなだからの。仮に見られたとしても妹と一緒に風呂に入りに来た兄妹にでも見えるじゃろ」
「そう言えなくもないけど無理があるだろ」
「見える輩などそうそうおらんから安心せい。ほら、入るぞ」
とててっ、と可愛らしく走って入り口まで駆けていく。ご丁寧にタオルまで頭に乗せており、準備万端といったところだ。でもあのタオル、周りから見ると浮いて見えたりするんじゃないだろうな……。
* * *
次の温泉でもやはり人は少なく、暖かな湯気が室内一面に広がっていた。大衆向けの良いところはこういう全身で感じることの出来る湯気だったりするのだ。なにせ自分の家でやろうとすると、お湯を蛇口から出しながら風呂の蓋を開けっ放しにしなきゃいけないからお湯がぬるくなる。ゆえにやりたくないのだ。おまけに一人暮らししている自分の家はユニットバス。換気も良くないので湯気のせいでカビが生えたりトイレットペーパーが萎びてしまう。湯気がどうのなんて言ってられないのだ。
頭と身体を洗ってから湯船に浸かろうとしたが、視界の端にルパンダイブするが如く大浴槽へ入る雅が見えたので早急に引っ張り上げた。
「なっ、なにをするのじゃ!」
「そりゃこっちのセリフだ! 『不二子ちゃーん!』って聞こえそうなくらいのダイブをかましやがって……」
「でも誰も浸かっていなかったせいか、表面と底の温度差があったのじゃ。ダイブするなりしてかき回したほうが気持ちよく入れようて」
「それは結果論だ。早く身体を洗って入るぞ。いくら妖怪とはいえマナーは守ってもらう」
僕はそう言って自分の隣に雅を座らせた。
温泉に備え付けられているシャンプーやボディーソープというものは、シンプルなものから凝ったものまで場所によってマチマチではあるが、どうやらここは凝っているほうらしい。容器に書かれている文字をみると、どうやら天然由来の成分で構成されており、泡立ちも良いのだとか。
早速持ってきた手拭いにつけて擦ってみる。なるほど、たしかに泡立ちが市販のものよりも良い気がする。僕としてはもう少し香りがあってもいい気がするが、これはこれで悪くない。
「……小僧、ワシが背中を流してやろう」
「えっ、いいのか?」
僕は身体の柔軟性が皆無なため、背中を洗うのに少し手間取る。なので、誰かに洗ってもらえるのは非常にありがたい。
「痛くしないでくれよ?」
「わかっておるわ」
「あれ、手拭いは使わ――」
むにゅり、と背中に水まんじゅうのような感触が伝わる。
そしてそれに遅れて、手拭いのザラザラした表面ではなく、すべすべで柔らかいものが僕の背中にピタリと押し付けられ、上下に動き始めた。これはもしや……。
「……おい」
「なんじゃ小僧、痛くしてないであろう?」
「誰がそういうプレイをしろと言ったんだよ」
「おかしいの……こういうのを男は好むという話だったんじゃが」
「どこ情報だそれは」
「いんや、このあいだどこかの旅館に泊まりに来ていたカップルがそんなことを話しながら露天風呂付きの個室でこういうことをしておったぞ?」
呆れてため息がこぼれた。そりゃカップルならそーいう空気になってそーなるのも分かるが、僕達でそれをやるのは違うだろう。というより絵柄が完全に犯罪だ。いかがわし過ぎる。
「つか雅、分かっててやってるだろ。顔がニヤついているし」
ニヤついている、と言うと少し違うと思うが。それはまるで小悪魔の魅惑的な笑みだったからだ。うっかり気を抜くと何かに敗北しそうな、そんな気分にさせられるのだ。
「むっふっふ、口ではそう言っても身体はしょ――ぐへっ」
何やらエロ親父みたいな言い方をしながらあらぬところに手を伸ばしかけていたので後ろ手に顔を押しつぶして押し戻した。なんという破廉恥な座敷わらしだ。もしかして妖怪なんてのはこういう類の輩しかいないのかと思うと頭が痛くなってくる。
その後、自分で身体を洗い雅に「ワシの身体も洗ってもらおうかの」と言われるのを華麗にスルーしつつ温泉を楽しんだ。
* * *
雅は温泉から出たあとしばらく「小僧は男としてなっておらん」などとブツクサぼやいていた。
「むしろ男としてなっていたからよかったんでしょ」
「むむ、このワシのボディーを見ても何とも思わんというのか!」
「寧ろ何か思ったほうがいかんでしょ。それに大事なのは外見よりも中身、だろ?」
「お、おう……小僧、なかなかやるではないか」
彼女はちょっと照れていた。中身は何歳か想像もつかないが、こういったところはまだまだ乙女みたいだ。耳年増なところはあるが……いや、年増どころではないか。
「……おい小僧、今失礼なことを考えなかったか?」
「いやー、なにも」
「それならば良い。ワシはこう見えてまだまだ若いからの」
ジト目をやめて雅は次はどこへ行こうかと僕の先を歩いていったが、不意に立ち止まった。
「雅……?」
雅の見つめる先を見ると、妙齢の綺麗な女性がこちらへと歩いてきていた。
足並みは極めて普通。しかし、なんとも言えない、重い空気のようなものが押し寄せてきているような感覚があった。
「……探しましたよ、座敷わらし」
「思ったより遅かったではないか、妖狐よ」
「なっ……!」
座敷わらしだけでなく妖狐まで出てくるとは。てことは周りの人には見えてないってことかな?
「妾は人間にも姿を見えるようにしているのだよ、そこの人間よ」
げっ、まさか読心術でも使えるのか!? 厄介な能力だ……。
「小僧は顔に出やすいからのう。ほら、今も面倒くさそうな顔しておる」
「くっ……そ、それより雅、お前なんか悪いことでもしたのか?」
「悪いこと? そうじゃのう……強いて言うなら、今こうして小僧と喋っていることかの」
「は?」
「その通りじゃ、座敷わらし。人間と関わるなとあれほど申しておったのにまたしても掟を破りおって……そろそろ『長』としての自覚を持ってほしいものだな」
「『長』……? どういうことだ、雅」
「…………」
雅はうつむいたまま何も語ろうとはしない。しかし突然きっ、と顔を上げると、
「何度でも問おう。なぜ、ワシなのじゃ? 他にも力のある妖かし者は――」
「力があるないという話ではない」
ぴしゃり、と妖狐が言い放った。凄まじい眼光に、視線を向けられてない僕までもがすくみ上がるようだった。
「めぐり合わせなのだ。百年おきに、順番にその種族で年長のものがここらの妖怪をまとめ上げる……昔から続けられている古い決まりであると、妾は再三申したはずだが?」
妖狐の言葉に雅は唇を噛みしめる。自由に過ごしている彼女にとって、まとめ役というものは自分を縛る鎖なのかもしれない。
それに人間と接することも、もしかしたら禁じられているのだろうか。妖狐の言葉からはそのような雰囲気も漂ってくる。
「さあ帰りますよ、座敷わらし。以前は見逃しましたが、今回はそうはいきません。大人しくしていてください」
妖狐は雅の手を引く。自分の立場について改めて理解したのか、素直に従っているようにみえた。だが、その表情は依然として悲しげであり――淋しげであった。
「人間よ、世話をかけた。人と妖怪は本来相容れぬもの……おぬしは霊力が強いようじゃから、妾の忘却の術も効かぬ。ゆえに今日のことは忘れよ。そのほうがおぬしのためにもなろうて」
ぺこり、と妖狐が丁寧にお辞儀をする。厳しく恐ろしい印象だったが、根は優しく礼儀正しいのかもしれない。
二人が景色に溶け込むようにすうっと消えていく。雅は手を引かれながら、こちらを振り返った。そして何かを呟き、こちらに手を伸ばしかけて、そっとその手を引っ込める。
雅が落とした涙も、無理矢理な笑顔も、まるで温泉の湯気のごとくすうっと見えなくなった。
次回の投稿は未定です。
頭のなかでまとめただけなので、あとから変更するところとか諸々あるかも……さっさと頭の中にあるやつを書き起こせという話ではありますが。
誤字脱字等ございましたらお願いします。
……なるべく早く次を書きたい。