駅前にて
夜の駅前――
男がベンチに腰掛け、スマートフォンを操作している。
そう見せかけて、実際は、さりげなく人の流れに目を向けていた。
駅の改札から出てくる人々、そのなかの女性だけを目で追っている。
会社帰りと思われるスーツ姿で、黒いロングヘアーの若い女ばかりを狙っているように思う。
ターゲットが決まると、男は女性の後ろをついてゆくのだ。
戻って来ることもあれば、そのまま戻って来ないこともある。
いま、また、男は女性を追ってゆっくりと歩いていった。
ボクはその様子を、ワキにあるビルから見下ろしていた。
六階にあるオフィスの休憩室、その窓際の席に座ると、ちょうど駅前がよく見えるのだ。
ボクは、駅前で人間が虫けらのように動き回る姿を見下ろすのが好きだった。
残業中の休憩時間にそうして楽しんでいたとき、偶然あの男を見つけた。
――獲物を物色している。
第一印象がそれだった。
そして、その第一印象から、すぐにピンッと来た。
最近この付近で起きている数件の殺人事件と傷害事件。
あの男こそがその犯人だ、とボクは確信していた。
目撃者がテレビで語る犯人像とも近いものがあり、間違いはないだろう。
駅前に男がもどって来る。
あの女性はどうやら獲物に適さなかったようだ。
何事もなかったかのように、もとの場所に座り獲物の物色を再開する。
そのとき、電車から降りてきた人間とこれから乗り込む人間で、駅前がごった返しはじめる。
その中のひとりの女性に目を付けた。
まさに男が探し求めていた理想にぴったりの女性だ。
女性は、片手でスマホの画面を操作しながら足早に男の前を通り過ぎた。
ボクの予想通り、男はそれを追ってゆく。
十分……十五分……二十分……
三十分経っても、もどっては来なかった。
――女性は無事に済むだろうか。
――男は戻って来るだろうか。
暗闇に消えたふたりに思いをはせながら、イスに寄り掛かるようにして目を閉じた。
ボクの眼の前も真っ暗になる。
女性は、駅を出て高架沿いの細い道へ歩いていった。
あの道は、営業時間の終わった小さな商店や駐車場がならんでいる。
昼間はいいが、夜になると暗く不気味な雰囲気があった。
月明かりもはいりにくく、街灯もまばらで足元すらおぼつかない。
そのため、ヒトもめったに通らない。
だが、その細道は、奥にある住宅地への近道になっている。
女性はたぶん、そこに住んでいるのだろう。
地元民でなければあの道は通らないはずだ。
そして、その細道には、並走するように裏路地がある。
細道から裏路地へ入るための道、その暗がりに男は先回りをして待ち伏せをする。
あそこは、ヒトを連れ込むのに最適な、うまく目隠しされている場所だ。
そこへ足音が近づいてくる。さきほどの女性がこちらへ向かってくる。
女性は、不安や恐怖をごまかすように、一心にスマホを操作し続けている。
暗がりに身をひそめ、女性を待つ。
こちらへ近づいてくる。
前を通り過ぎ、こちらへ背を向けた。
――今だ!
音もなく駆け出した。
羽交い絞めにして、手でクチを押え、チカラづくでわざと乱暴に女性を暗がりへ引っ張り込む。
チカラの差を見せつけたことで抵抗も弱まり、連れ込むのは造作もなかった。
あとは煮ようが焼こうが好きに――いや、することは決まっている。
ベルトの背中側に挟んでいた鋭利な刃物を握った。
クチを抑えている手にチカラを込めてアゴをそらせる。
美しく伸びた細い首に、刃物をスルリと滑り込ませる。
カラダ全体を使うようにして、刃を動かす。
手に生暖かいものがかかった。
とてもあたたかい。
……あたたかい?
目を開くと、ボクは真っ暗な路地に立っていた。
さきほどまで休憩室にいたはずなのに――
手には刃物。そして、あたたかい液体で濡れていた。
足元にはさきほどの女性が、大きな水たまりにうつぶせで倒れている。
ボクは思わず手に持ったナイフを落としてしまう。
――早く逃げないと!
ナイフも女性もそのままにして路地から急いで走り出した。
だが、どこにゆくべきなのだろう。
悩んでいるうちに、いつのまにか駅前に戻ってきてしまっていた。
濡れた手をポケットに隠し、ベンチへと座る。あの男の定位置だ。
それが正しいような気がした。
ふと、ワキにあるビルを見上げる。
六階の窓からあの男がボクを見ている。
愉快そうに笑い、ボクを見下ろしていた。
男は休憩室を後にして、ボクのデスクへと戻る。




