三章 アルフレッド教官 。
小説を書いてると時間を忘れてしまいますね笑
翌朝。
前日、共に校内施設を見て回った友人カルロや、その他数人の学生と共にヨハンはとある教官室にいた。
この士官学校は全寮制であり、入学式の日のうちに八人一組の部屋割りが事前にされている。そしてその部屋のルームメイトこそがこの一年間共に訓練や講習を受ける一つの班となる。
幸いにもヨハンはカルロと同じ部屋割りーー同じ班ーーであった。
さらに最初の二年間はその班ごとに退役軍人の教官が一人ずつ付くのだ。
そしていまヨハンたちがいる教官室は、彼らとこれから二年間を共にする教官、アルフレッド元中佐である。ちなみに余談だが、佐官クラスの退役軍人が班の担当をすることは極めて珍しいらしい。
「全員、それぞれ自己紹介を頼んでいいかな?」
ヨハンたちが横一列に並ぶ正面に位置する教官用のデスクのイスに腰掛けていたアルフレッドは、ヨハンたちを微笑みながら見渡し、そう質問した。アルフレッドは、温厚そうな顔に似合わず肩幅がとても広い上に、軍服の上からでも分かるほどに筋肉質のようだった。
「は。本官はカルロ・アルキス二等兵であります!これから二年間、ご指導よろしくお願いします」
1番右端に立っているカルロがまず挨拶をした。付け加えるが、この士官学校は入学した時点で学生とはあれど二等兵という階級を与えられ、月にその階級に見合った給料も与えられるのだ。
続いてその左隣に立っているヨハンも挨拶をした。班の全員が挨拶を終えたところで、アルフレッドは満足そうな表情を見せ、ひとつ息を吐くと言った。
「皆、若い割にしっかりとしているな。もう前日の部屋の張り紙を見て知っているとは思うが、自己紹介をしよう。私はアルフレッドだ。ちょうど1年ほど前に退役したんだ。なので私にとってお前たちが初めての生徒、ということになる。これから二年間よろしく頼む」
アルフレッドはにこやかに微笑んだ。どうやら士官学校の教官はスパルタな鬼教官というイメージからは掛け離れた人だ、とヨハンは思った。
「は!」
八人が全員返事をしたところで、アルフレッドは席を立った。
「では早速だが、筋トレをして貰おうと思う。ついでに君たちがどれだけ動けるかを見たいのでな」
「は!」
「はぁ、はぁ…。さすがにちょっと応えるなこれは」
珍しく弱音を吐いたのはカルロだった。
現在、ヨハンたちはアルフレッドの指示で校内に設けられたトラックを何十周と走っていた。
ーーどうやらアルフレッドは筋金入りの筋トレ好きらしい。彼の体格からしてもそれは頷けた。
だが、弱音を吐くカルロを横目にヨハンは無言で走り続ける。
「お前…はぁ、はぁ…。持久力あるなぁほんと…」
未だに話しかけてくるカルロにさすがに反応しなくては、とヨハンは息を呑みながら答えた。
「まあ、これでも毎朝走ってたからな。カルロ、お前士官学校入るんだからこういう状況も想定して春休みの間くらいは走り込みしておけよ…」
「春休みはずっと祖父母の家でのんびりしてたからな。まあ体力も落ちるもんだよ」
あぁ、とヨハンは納得する。ヨハンはカルロの祖父母と一応面識があり、彼らの孫に対する愛情を嫌という程見せつけられた経験があるからだーー。彼らなら孫であるカルロをたらふく甘やかしていたのだろう。
「よし。今日はここまで。一日中よく頑張ったな、お前たち」
アルフレッドによる酷な筋トレが終わったのは、もう日が暮れようとしていた頃だった。
「とりあえずこれから当分は毎晩筋肉痛で苦しむことになりそうだな、カルロは」
「うぐ…」
カルロは満身創痍の様な顔で俯く。
「しかし、俺もさすがに応えたな」
ばたり、とヨハンはその場に座り込むとダウンのためのストレッチを始めた。ふと周りを見ると、彼とカルロを除く他の6人もまた辛そうな面持ちで座り込んでいたり倒れ込んでいたりしていた。
その内の一人で唯一女子であるサーニャにヨハンは声をかける。
「にしても、サーニャはよくそんな平気そうな顔できるよな。男の俺ですらここまでなるっていうのに」
ちなみに前日のうちにヨハンたちは既にそれぞれ自己紹介や挨拶、世間話などをして打ち解けあっていた。
「まあ、あたしは昔から走るのが好きでね。毎日ランニングしていたから」
「そっか。しかしこれが毎日、となるとサーニャでもキツイだろうな」
ヨハンは苦笑いを浮かべる。
同じくサーニャも「そうね」と言いつつ苦笑いを返した。
少しの間を置いてヨハンは立ち上がると、班のメンバーに呼びかけた。
「そろそろ寮に戻ろう。みんなシャワー浴びて夕ご飯の準備でもしよう」
すると他のメンバーも立ち上がりながら「そうだな」「そうするか」などと呟きながら寮へと歩き出した。
夕ご飯の時間までに、ちゃんと班のメンバーは全員食堂に集っていた。
他にも沢山の班がもう準備を済ませて席に着いて箸を手にとっているところを見ると、どうやら皆早くに食べに来ているらしかった。
見当たるところに空いてる席はなく、他の班が食べ終わるまで待たなければならない様だった。
途端、なにやらヨハンたちの少し離れた席のあたりで人混みができているようだった。
「あれ、なんだろうな」
気になったヨハンはカルロにそう問うたが、答えは当然帰ってこない。
ヨハンは班のメンバーに「俺が見てくる」とだけ言い残すと、その人混みに入り込んだ。
どうやら、今日一日の筋トレーー他の班もヨハンたちと同じように筋トレ兼体力測定をさせられていたようだーーで既に挫けてしまい、「帰りたい」と駄々をこねるように騒いでいる男子生徒がいるようだった。
ヨハンは人混みの最前列まで出てきて、「なんだこんなことか」と呆れたようにため息をつく。
すると、そんな彼を目で捉えた男子生徒が指をさして言う。
「おい!おまえ!今しょうもないなこいつ、みたいな顔したな?ふざけんなよ!」
興奮気味の男子生徒は、テーブルの上にあった箸を手に取り、脅すようにヨハンを睨みつけた。
だがヨハンは全く動じずに、澄ました顔をして
「確かにそんな顔をしたが、だから何なんだよ」
と返した。
男子生徒は憤りを覚えたのか、手に持った箸をヨハンめがけて刺してきたーー。
不意にそうされたことで、ヨハンも咄嗟に反応が出来なかった。
後少しで、目に刺さるーーと、そう思った瞬間だったーー。
男子生徒の持っていた箸が、弾けんだ。
ヨハンは、苦痛と共に箸を握っていた右手を抑え、その場に膝をついた男子生徒を見ると、なんとその男子生徒の指のうち、人差し指が金色に輝いていたのだ。
なにが起こったのだ、と周りの生徒にもどよめきが起きる。無論ヨハンにも状況が飲み込めず、ただ呆然とその男子生徒を見ているだけだった。
すると、その男子生徒の人差し指がぽろりと抜け落ちたではないか。途端にその抜け落ちた先から血が噴き出す。さらなる苦痛に男子生徒は騒ぎ出した。
「こら!お前たち!」
どうやらこの騒ぎを誰かに聞きつけたどこかの班の担当の教官が駆けつけ、こちらに駆け寄ると、その男子生徒の指を見た。
さらに抜け落ちた彼の金色に輝く指を見て、驚いた様子で「これはどういうことだ、なにがあったのか説明しろ」と目の前に立っていたヨハンに問いた。
これまでの経緯をそのまま語ると、彼は尚驚いた様子でヨハンを見た。
「まさか。こんな学生が…」
と、なにやら意味ありげに呟くと、
「事態は了解した。コイツは俺がちゃんと医務室に連れていく。それと、ヨハン・エドガーと言ったな?」
「はい」
「お前には後日話がある。分かったな」
「は」
そのまま深刻そうな面持ちのまま、教官は男子生徒を肩に背負うと食堂を出て行った。
「にしても、こんな状況で飯、食えないよな…」
「あ、あぁ…」
今まで集まっていた人混みが離れていきながら、そんな話し声が聞こえた。
確かにヨハンの立つ目の前に、男子生徒の血が飛び散っていた。
だが、そんな状況でもヨハンは無言で立ち続けていた。
「な、なんなんだ、さっきの…。もしかして…」
駆けつけたカルロたち班のメンバーが、その後ヨハンに事情を聞いたが、その日ヨハンはうわの空で話すことはなかった。