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第八話 長き怠惰の果て

 次に会う時は、明日の夜八時。

 大週さんの言葉通り、僕らは集まっていた。

 ただし、ベアトリーチェのいる異世界ではない。

 集合先は、大週さんのアパートだった。


 男独りのやもめ暮らしさ――そう、彼は言っていた。

 僕の部屋とは違って、小奇麗に片付いていた。センスのいい小物、本棚には難しそうな本がぎっしりと並んでいる。

 しかし、彼も男だ。秘蔵のエロ本とかが、隠してあるに違いない。いや、やはりあのパソコンが怪しい。秘密の画像フォルダがあるに決まっている。

 きょろきょろしていると、向かいの大週さんに睨み付けられた。 


「皆に訊きたい」

 僕達を見回して、口を開く大週さん。

「ブラックボックスのこと、それからあのベアトリーチェという少女のこと、どう思う?」

 ――魅惑的なおっぱいをしてました。

 などと、ふざけてはいけないようなシリアスな空気だった。

「俺は正直、胡散臭いと思う」

「まあ、同感ね」

 石無さんが、すぐさま同意した。

 鳴さんも無言ながらも、面倒くさそうに、だけど頷く。

「あたしもそう思います」

 僕の隣で、三色が身体を乗り出した。

 みんなの視線が、僕に集まる。

『おいおいそんなに見つめないでくれよ、照れるじゃないか』なんて言ったら、しばかれそうだった。

 石無さんあたりに、蔑まれたような視線を向けられたら興奮するかもしれないなあ、なんてアホなことを思ってみたりもした。

「そうですね」

 とち狂うのは頭の中だけにして、皆と同じく事なかれの言葉を口にすることにした。

「代償について、どうとでもこじつけられる言いようが気にかかるし、意図的に状況の説明をぼかしていたあの少女の態度にも疑念を持つ」

 その場の皆の心情を代弁かつ整理するかのように、大週さんが言葉にした。

「まー、上手い話には裏があるって、古今東西のセオリーだからねえ。最近のアニメじゃ、テンプレ展開?」

 面倒くさそうに、鳴さんが口を開いた。

「別に、叶えたい願いなんてないし。あたしは割と現状に満足してるしねー」

「じゃあ、どうするの?」 

 と、石無さん。

「この、ブラックボックスって奴」

 右手でブラックボックスを弄びながら、彼女は続けた。右腕の腕輪は、まるで手錠みたいだった。

「おとなしく返すというのが、最善手だと思うな」

 と、大週さん。

「これで、このわずらわしい件からも解放される」

「…………」

 押し黙る僕に、三色が不安そうな視線を向けてきた。

「まあ、それがいいんじゃないかな」

 安心させるように、僕は頷いて見せた。

 

      ◇ 


 今回の監察の結果は、私にとって退屈なものでした。


 揚巻大週と言う男が提案した通り、次の日の夜八時。彼らは、来ませんでした。

 やって来たのは、それから二日後。 向こう側で、相談していたのでしょう。

 私――ベアトリーチェのの観察対象者五名。

 床屋三色。

 揚巻大周。

 囲碁石石無。

 虚構論鳴。

 それから――非常口カケル。

 全員が、黒箱を返却してきたのです。


 願いを叶える願望器。

 百年ほど昔に、この星の住人に与えた時には、とても楽しく争ってくれたのに。自分の望みを叶えるために、誰かを蹴落とし、出し抜こうと、躍起になってくれたのに。

 その醜い光景は、とてもとても楽しかったのに。

 私は、数千年も生きてきました。

 その空しい怠惰を、埋めてくれたと言うのに。

 ああ――期待外れもいいところでした。


「ああ、残念」

「この星の住人も、馬鹿ではないということだな」 

 皆を見送り、ひとり残されました。

 私のつぶやきき――

 背後から、声。

 振り向くと、見知った顔が立っていました。

 見た目は、二十代半ばといったところでしょう。実際の年齢は、その数十倍でしょうけれど。

 薄紫のスーツをまとった長身痩躯。細い眼鏡が、神経質そう。銀髪をきっちりとオールバックに整えた、青年。――ルドルフ。

「わたしの監察対象者四名も全て、黒箱を返却してきた。先の教訓を、生かしていたということだ」

「私達の関わった記録は、残さなかったはずですけれど?」

「表層的な記憶は消せても、深層心理までは干渉できない」

「…………」

「お伽話、伝承、創作物……そういった中に、確かに教訓を残していたよ。上手い話には、裏がある。悪魔は甘言をちらつかせて、笑顔で歩み寄る」

 ルドルフは、小さく笑いました。

「管理外第97世界――地球。この星の住人には、未来的に我々の同胞となるかもしれない」

「そうですか~」

「不服そうだな、ベアトリーチェ」

「別に。私達の望む結果が出たのでしょう? この星の人間達には、きちんと学習能力がありました。めでたしめでたし、ですね」

「だが、君にとっては不本意な結果だということかな」

「どういう意味です?」

「気が付かなかったと思うのか? 監察対象者へ直接的な接触は禁則事項だったはずだ」「あら、うっかりしてましたね」

「それだけではない」

 ルドルフの視線が、すうっと細められました。

「隔絶領域への招致。更には監察対象者のひとり、非常口カケル。彼に、精神的な干渉をしたな」

「…………」

「ベアトリーチェ、君を査問にかけることになった」

「嫌です、と言ったら?」

「その場で処分しても構わないと、長老会の意向だ」

 ルドルフのかざした右手の中に、小さな光が生じました。それは形を為して、剣の柄にも似た物体が具現化します。

 握りしめると、炎が巻き起こり、剣の刃をかたどりました。

「君とは長い付き合いだ。できれば、穏便にすませたい」


 ――さてさて。

 私は、どうしましょうかね?



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