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「あの日のこと、今でも昨日のことのように思い出せるわ」
静かに語りだそうとする彼女の言葉にカンナはそっと耳を傾ける。
そう、あの日はちょうど夫と娘を亡くした一年目。
まだ愛する人達を亡くした悲しみが消えなくて独り私は泣いていた。
泣いて、ないて、ナイテ……。
いつの間にか泣きつかれて眠ってしまった私は外が暗くなってようやく目を覚ましたの。
一人で暗い部屋の中ただボーッとしているとコンコン、コンコンと誰かがノックした。
最初は反応する元気もなくて無視していた私にもう一度コンコン、コンコンってまたノックの音がしたわ。
それでようやくフラフラとしながらだったけど向かったの。
「……どなたですか?」
扉の向こうの相手は返事をしてくれなかった。
その代わりまたコンコン、コンコンとさっきより小さくノックするの。
開けるか迷ったけど意を決して少しだけ扉を開けてみると人気はなくて、悪戯かしら?と思って半分くらい扉を開けると何かが扉の前に置いてあることに気付いたわ。
大きな籠がぽつりと置いてあってその中をそっと覗くと白い布の奥から淡く青白く光っていたわ。
恐る恐る布を剥いでいくとそこには淡く輝く赤ん坊が気持ち良さそうに眠っていたの。
とても可愛い赤ん坊で思わずその場に座り込んでじっと見つめているとその子のまつげがふるふると震えてゆっくりまぶたを開けた。
そしたらね、その赤ん坊は私に向かってふりゃりと笑って手を伸ばしてくるの。
私は震える手をその子に差し出すと小さな柔らかい手が私の指をぎゅっと握ってまたふりゃりと嬉しそうに笑うの。
いつの間にか私はその赤ん坊を抱き上げていて、きっとぐしゃぐしゃな泣き笑いをしていたはずなのにその子はきゃっきゃっと笑って私の頬に手を添えてくれた。
そして私は唐突に理解した。
この子はきっと神様が憐れんだ私に贈ってくれた天使なんだと。
まだ愛しい人達の想い出は辛くて悲しくて泣きたくなるけど……。
でも、この子となら。
この天使となら。
抱き上げた温もりはとても小さいけど私にとって何よりも大きな希望と救いだった。
布の端に刺繍で書かれていた《Αγαπημένο παιδί》
この子の名前はカンナ。
神様が私に贈られた愛しい我が子。