4話『田塚が仲間になった』
長きにわたる田塚講座が終了してから、一息。
「まぷんば。創作物にまつわる素晴らしきを表顕せり、吾輩、快然たる! 快然たる!」
とても満足頂けたようだ。というか切り替え早いな、さっきまで普通に喋ってたのに。なぜわざわざ理解しがたい、というか用法すら合っているのか分からない田塚語に戻すのか。
そして、ぶっちゃけメトロノームの音の方が気になって、全て聞き流していたから素晴らしさなどいっこも伝わっていないのは、黙っておこう。きっと奇声を上げながら垂直ジャンプで踏まれちゃう。
「してして、愚直の何某よ。創作活動なるは、それなるほど素晴らしき物事に因らず、何故しこたま廖廓たる量の志望者が半ばにて諦念至るか、分かるであるか?」
そんなに素晴らしいかな、創作って。
ていうか廖廓とか無理矢理むつかしい言葉使うんじゃねえよ。
「そんなもん、自分に才能が無いって悟ったからじゃねえの」
面倒なので、ろくに思考を働かせず適当に答える。
「ぷるんま。半分 慥か、半分 謬りである」
「ふうん。つまり?」
「すふん。才能の無さに頓悟してしまうと言うより、才能が枯渇してしまう、が正鵠を射る」
「うーん。元から無かったわけではなく、あったものが無くなってしまう、って言いたいのか?」
「つぁまいむ然り。真に才もセンスも具えぬ人間も御座るには御座候うが」
「そりゃあね」
「ぱするんば。宿運や命遇も相関するため、一概に全員に取るに足る足る才が在するとは弁ぜ得ぬが、されどそれなるは程度の問題であり、誰にであろう、多少なかれ才は存ずる――ゼロの人間かくなし。九分通が、才あり然り」
「……あのさあ、田塚。疲れるから、説明する時ぐらいは普通に喋ってくんない?」
「ぱひゃ!? だ、断固! 断固!」
「断固するな。帰っちゃうぞ」
「だって吾輩のアイデンティティだもの」
「だものじゃねえ――あ、いや、それでいいや。その調子で喋れ。さっきまで熱く分かりやすく漫画論を説いていたお前を出せ、頼むから、俺と長話する時だけでいいから、他では好きに暴虐を尽くしていいから」
「る、るもうっ。ぎちょちょちょ……」
とても渋っている。
俺は立ち上がり、玄関へと向かう。
「ちっ」
舌打ちされる。
「あいすまんあいすまん。仕方の無い輩め、本当に長話する時に限るぞ」
うおお!
田塚が狂態の面を脱いだ!
「もぷうむ。皆目いけ好かんが、百歩譲って緩んでやる」
「ありがてーありがてー」
「こふん。して、話を戻すが――ええと、そうである。大方の人間には、多かれ少なかれ才能はある。正確な数値など出せるはずも無いが、十人に九人程度が才能を有せるであろう」
「ほんとかあ?」
「ほんとだ。さもありさもあり。まず前提として、ここで言う“才能”の解釈を改めないとならないのである。何某は、才能がどのようなものであると考えるか?」
「生まれついての才ってやつじゃねえの。ちょっとやってみただけで人並み外れちゃう、みたいな」
「ぎちゅん。違うのである。確かに生まれついて飛び抜けて何かに優れた人間は居るが、それは極々一部であり、百に一人――いや、万に一人もいない。されど、生まれついての才などなくとも、極めて優秀な、ある種天才と目される人間が、社会のそこかしこで名声を上げている。生まれは同じにも関わらず、彼らと一般人では何が違うのか」
「えー。年齢を経てから埋もれていた才能に気づいちゃったとか、目覚めちゃったとか?」
「もちゅん。違うのである。完全に違うわけではないが、概ね違う。それまで平凡であった人間が、ある日才能に気づくとか目覚めるとか、それでは結局、生まれついてからそういう人間であった――つまり生まれ付き天才であった、と言っているのと同じであろう。そうではなく、吾輩が言っているのは、元来持ち合わせている能力やセンスが一般的であっても、天才と呼ばれる人間にはなれる、ということ――先天的ではなく、後天的に才能は育まれるということである」
「ふうん。後天的に才能を育める人間も、先天的な天才と同じく天才であるというわけか?」
「ぬめあ。しかるも然り。アプローチは違うが、どちらとも何か飛び抜けた能力や業績を獲得出来る人間である。むしろ、後天的な天才の方が、世の中には圧倒的に多い」
「で、お前が言いたいのは、努力次第では、誰でも、その後天的天才とやらに成れる可能性があるってことでいいの?」
「然り。言ってしまえば、方法次第、努力次第である」
「じゃあ皆なればいいじゃん、天才」
「もさしくどっこい。そうもいかない。後天的とは言え、天才は天才である。皆それだけの努力が出来ず、そして方法に則ることが出来ないから、天才は天才足らしめられる――、一般人とは一線を画すのである。自分が成功出来るかどうかなどと言う不確定な要素に、全力で身を任せられる人間、または身を任せようと思う人間は、そういない。逆に言えば、どれだけ元々のセンスが無く、どれだけ元々の能力が低く、どれだけ成長が遅くとも、全てを顧みずに一つの方向へ突き進める人間は、一般人よりよっぽど天才的であると言えるかも知れない――そういう類の人間も、また希であるが」
「はあん? そうか? 一つのことに集中し続けるって、そんなに難しいものだっけ? やる気がちょっとあれば、あとは根性がなんとかしてくれるんじゃね?」
「ああ――何某は“そういう類”であったな――なればこそ愚直の何某なのである。だから吾輩は何某を高く買っているのであるが」
「はあ。なんか知らんが褒めてくれてんのね。あと、どうでもいいけど、お前のその何某の使い方ってどうなのよ」
「いや、それっぽく使っているだけであるが」
ぶっちゃけた。
「ぬふふ。世の中それっぽきゃあいいのである。吾輩、世界はニュアンスで回っていると思っている」
違うと思う。
「こふんむ。話を戻すが、具体的には、才能とは三つの要素からなる」
「ふむふむ」
「一つは、欲求。一つは、実績。一つは、成長。欲求により行動が起こされ、その結果何らかの形で実績が残り、実績は積めば積むほど成長へと繋がる。成長が目に見えれば、快感が得られ、さらに欲求が沸き、その欲求からまた行動が起こり――と、つまりは循環、このサイクルの形を促進し続けることが、才能の成長である」
「ふむんふむん。じゃあ、お前の言う才能の枯渇した状態って言うのは、そのサイクルが途切れて欲求が起こらなくなっちゃった状態のことか」
「つぉむ。さはらば然り。才能サイクルの反対が、苦痛、停滞、下降――苦痛により努力を怠り、その結果停滞し、停滞するほど状況は悪く――つまり欲求などが下降し、さらに苦痛が促され、停滞、下降を繰り返す悪循環、枯渇サイクルである。このサイクルは、才能サイクルと並行して存在し、おおよそ反比例する。才能サイクルが回転すればするほど枯渇サイクルは遅くなり、枯渇サイクルが回転するほど才能サイクルも遅くなる。人間の行動原理をそこまで単純に表すことは出来ないから、これはあくまで、よくある例の一つとして考慮してもらいたいが、まあ、基本と言えば基本である」
「ふむんぐふむんぐ。なるほど。ともかく、努力次第では、この俺でも漫画家になれるってことでいいんだな?」
「然り。まあ、何某は愚直の何某であるからして、この両サイクルは単純には当てはまらないのであるが……」
「ん? なんでだよ。仲間外れすんなよ。寂しくなっちゃうだろ」
「むぷう……いやつまり――旧知である吾輩の知る限り、何某は、大した実績を得られず、目に見える成長が無く、苦痛にまみれていても、どこからともなく欲求が湧いてくる稀有な人間であるからして」
「えー。そんな珍獣みたいな扱いなの、俺」
「珍獣も珍獣、レアもレア。この吾輩をして奇人と言わしめる程である」
「いやいや、流石にあなたの方が珍獣ですから」
「ふむ………………表層はな」
意味ありげに鼻を鳴らす田塚。
「ま、珍獣という言葉に引っ掛かりを覚えるなら、そう、ゴッホの様であると言えばどうであるか?」
「ゴッホ? それはまた、大層な名が出てきたな。さすがに自分がゴッホのような鬼才であるとは思えないんだけど」
「しゅるんぷ。もちろん程度の差はあるが――何某は、彼の巨匠、ゴッホの同類である」
「うそん」
「そもそもゴッホは、希に見るドべである」
「偉人捕まえてドべはねえだろ……」
「いやはやまぱや、ドべで正しい。いくら何某が無知であっても、ゴッホの話ぐらい知っているであろう?」
「ああ、生前は全く売れない無名だったけど、死んだ後にその才能が認められたってやつだろ」
「ぬぺぺ。あれはな、世のゴッホを見る目が無かったのではなく、ゴッホが、普通にドべであったから、普通に売れなかっただけである。元々ゴッホは駄作生産機なのだ」
「ひでえ言いようだな。世界的にも評価されてるだろうに」
「ぎちゅん、世界的に高い評価を受けている。それは事実正しい――ゴッホの晩年の作品は、真に価値ある、希に見る名画である」
「駄作生産機なんじゃ無かったのか?」
「にゅぎん。だから、晩年の作品に限るのだ、高い評価を得たゴッホの作品は。そこに至るまでのゴッホは、駄作生産機であったのだ。初期は落描きのような作品ばかりであろう。ゴッホには元々、絵を描く才能は皆無であった。描いても描いても全く売れず、売れないながらも描き続け、されど成長は限りなく遅く、それでも彼は描き続けた――死ぬまで描き続けた。売れた実績も無く、成長した痕跡も微かであったが、彼は絵を描くことを止めなかった。なぜなら、絵を描くことそれ自体に、圧倒的なまでに強烈な欲求を持っていたのだから――実績や成長から、やる気を供給する必要性すら無いほどの欲求を、彼は保ち続けた。それが彼の才能である。その稀有な才能は、希に見るドべであることも、地位や名声が無いことも、全てを跳ね除け、ついには、あの晩年の名作を残すに至ったのである」
田塚は、そこで一旦区切り、
「……あるいは、やる気など無かったのかも知れない。欲求など無かったのかも知れない。ただ、やる気などなくとも、欲求など無くとも、絵を描き続けることでしか、彼は生きていけなかったのかも知れない」
そこで、田塚は締めくくる。
俺はまとめる。
「一の凡作より百の駄作。時間を掛けて一つの凡作を作っても、得られる経験は僅かで、駄作覚悟でも、とにかく多くの経験を積もうとすること自体の方に、最終的な価値があるってことか?」
「ぷもんぐ。まあ、補足するなら、あくまで初心者の話。一つの作品に時間を掛けて試行錯誤することでしか得られない経験もあるのだから、ある程度修練を積んでからは、とにかく駄作でもいいというわけにも行かなくなってくる。が、それはそこに至ってから考えればいいことである。ほとんどの作家志望者はそこに至るまでに、才能が枯渇してしまうのである。だから吾輩は、全作家志望に――これは漫画家志望でも小説家志望でも、何かクリエイターを志す者全てに言いたいのだ。いいから書け、とにかく書け、ひたすら書け、後は跡から付いてくる、とな」
「なるほどね。でもまー、しゃあねえ部分もあるよな。皆それぞれ事情があるんだから。社会に出たら、夢さえ見てればいいというわけにもいかんからね。現実的に、金の問題、将来の安定性、精神的な問題、周囲の視線の苦痛、時間の問題、家族の問題、環境の問題。考慮するとキリがない」
「るふむ。それでも、日本に生まれたというだけで、目標を見つける“機会”にも、それを達する“機会”にも恵まれていると言えるのである。むしろ、その機会さえも望めない人間が溢れかえっているのであるから、理想論ではあるにしても――成功出来る人間は、原理的に限られているにしても、それでも、すぐに諦めてしまうのは勿体無いと感じることは、やぶさかではないのである」
「ふうん。そんなものかねえ。俺はむしろ、諦めることが出来るから、人間生きていけるんだと思うがねえ……何も諦められなかったら、辛いだろ。生きている限り、何かは諦めなくちゃいけないんだから」
一つを選択するということは、それ以外を諦めるということなのだから。
そしてまた、選びたい選択肢が潰えてしまった場合、諦めることでしか、先には進めないのだから。例え先に何の兆しも見出すことが出来なかったとしても、留まることは出来ない。
これも極論かな。
「つぁもんが、成功する確率をより高めるためには、ただ努力すればいい――時間さえ掛ければいいというものでも、勿論ないであるが。方法、環境、運も必要となる」
「えー。めんどくさ。根性だけでなんとかならんの」
「一般的に、めんどくさがられる点は逆なのであるが……」
田塚が呆れる。こいつに呆れられるっていうのも乙だよな。
「ぬーむ。何某が、真面目に漫画家に成りたいと言うのであれば、吾輩は協力は惜しまない所存である」
「つまり?」
「しこたまどっこい。方法も環境も、吾輩が提供してやろう。現役漫画家の指導力を舐めるなよ。行動力と方法論と環境さえ整えば、不確定だが一要素に過ぎない運など、どうとでもなる」
「ほっほう。そりゃ有難い申し出なことで」
「ぬふふふ。吾輩は、これでも大層嬉しいのである。勿論、吾輩は愚直の何某を買っていて、昔から、共に道を歩めたらさぞ楽しいだろうとは思っていたのだが、それ以前に、それ以上に、も抜け果ていた何某が、よもや自ら立ち上がろうというのが、な。動機がどうであろうと、志がどうであろうとである」
生きているのかさえ怪しいほど無機質であった無表情が、そこで始めて、よくよく見なければ分からない程度だが、笑みを象った。旧知の仲にしか推し量れない、不敵な、しかし優しさが、含有されていた。
「自ら、ねえ。まあ、自らではあるか」
確かに“自ら”によって立ち上がったが、“俺自ら”立ち上がったわけではないんだよな。未来の俺を一瞥して、そう心で呟く。
未来の俺は、死んでから、ようやっとやる気が出たというが――それはもう物凄いやる気のようだが、真実は謎だ。今の俺がそういう心境になるとは、どうしても思えないからだ、死んだとしても。既に死んだように生きているのだから。
何か、別の目的があるのだろうかと、嫌でも勘ぐってしまう。過去でしか果たせない何か――取り返しのつかない、何か。
何だろうねえ。
そもそも、曖昧過ぎるだろ。なんだ、“何か頑張らなければならない”って。何かって何だ何かって。そんなことを熱く説かれても、いくらなんでもふわふわ過ぎだろうが。付き合ってはやるが、やる気なぞ起きるかっつうの。
それとも、あれだろうか。もしかしたら、本人も、なぜ“何か頑張らなければ”ならないのか、よく分かっていない?
まあ、この場で考えても仕方がない。後で聞けば済むことか。
「そんな顔されちゃあ、ここでやっぱ止めますとも言えねえよ、田塚」
言ったら、また未来の俺にボコされそうだし。
「他にやりたいことも無いしなあ。寝る以外に」
「ぎっちょん。最初はそんなものでも、いいのではないか。きっかけは些細なことが多い。誰であろうと、何もやらなければ何もやる気は出ないのである。行動ありきの考え遅れにも問題はあろうが、行動せずしては考えも妄想の域を出ない」
いや、俺はそもそも元から行動したくない上に、考えすら無いのだが……俺さんを成仏させられれば何でもいいというか……内緒にしておこう。
◆◇◆◇
田塚は変人です。
しかし主人公も同じぐらい変人です。
本人にあまり自覚はありませんが、むしろ自覚ある田塚よりも天然度の高い変人です。どこかタガが外れちゃってる系です。なので、なんとなくで編集社に潜入しちゃったり、わりと抵抗無くやります。これは彼の適当さ、いい加減さ、どうでもよさ加減の表れで、自分の人生を限りなくどうでもいいと思って日々を過ごしています。本当にどうでもいいのです。気が付いたら三日三晩寝続けていたり、知らない内に日が暮れるまでボーっとしていたり、そんな人間です。
センスもちょっと外れています。本人はツッコミ気質のつもりですが、隙をついてボケます。自分対自分で漫才が素で成立してしまうアレな人間です。たまに自分でもわけのわからない言葉を口走り、ありゃと首を傾げたりします。
ちなみに、この話に出てくる“欲求、実績、成長のサイクル”という理屈は、とあるサイト様にて掲載されている言葉を流用したものです。とても得心いったので、思わず使ってしまいました。すみません。通報しないで下さい。本人も死ぬ気で謝罪の躍動を見せております。許して差し上げて下さい。
それでは、今回はこの辺で失礼します。
また会えることを祈って。