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死して響けブザービーター  作者: 竹の子物語
第1章【漫画家になろう】
3/9

3話『ドロムン鼻もげら』

 田塚(たづか) 治武(なおたけ)は変人である。

 この俺がまともに見えてしまうほどの変人である

 もはや変態といっても過言ではない。

 狂人と言った方がしっくりくるかも知れない。

 いや、合わせて狂態が相応しい気もする。

 具体的にどう狂態なのかと言うと、例えば、箸が転げただけで笑い出すという言葉があるが、田塚の場合、箸が転げただけで連続垂直ジャンプを繰り出し始める。そしてそのまま「天啓である! 天啓である!」と雄叫びながら、自前のメモ帳に高速で何やら書き始める。どうやら漫画のネタになるのだろうそれをしかし、瞬きしている間に己の口へと突っ込み、咀嚼し、「神は我輩を謀った! 駄作の味である!」と言って吐き捨てる。

 これほんとの話。

 詳しく言うと、俺が中学生の頃、皆で一緒に給食を食べていた時の話。

 引くっつうか、普通にキモい。

 本人曰く「芥子粒であろうと吾輩は可能性を見出す」らしく、常時五感全てを、見えない電波を受信するアンテナとして全方位に張り巡らしている。なので、どういう感性をしているのか、箸が転げただけでもそこから着想を得ようと試行錯誤するのだ。異様なのは、その異常な五感でもって“直接”ネタを吟味するという癖。どういうことかと言うと、上記したように、漫画のネタをメモした紙を口に含んでそのネタの味を文字通り吟味してみたり、着想を得た対象物に全身を擦りつけてみたり、一体どの五感を働かせているのかその場で連続垂直ジャンプを試みたり、一貫性も脈絡も無い。

 いっそホラーじみたその人間性は、当然周囲の人間からはあぶれにあぶれるため、まともな社会性は持たない。やる気無い無い星人の俺ですら比べ物にならない非社会性と言える。

 しかし!

 この田塚という狂人、顔はすこぶる良い!

 少女漫画から出てきた爽やか青年かと言わんばかりの端正な、いっそ人間離れした容貌は、黙っていれば、無垢な乙女を十人中十人振り返らせるほどの激烈イケメンである。が、反比例して中身が強烈極まるため、その狂態を目撃した無垢な乙女の十人中十一人は、無垢な心を喪失し、たちまち汚されてしまう。

 あの外見にあの中身は、もはや呪いの類かとさえ思える。

 まあ、黙っていれば、本当に黙って彫刻のように停止していれば、“世紀のイケメン鬼才漫画家”という鬼に金棒なキャッチフレーズがまかり通ってしまうため、漫画界での奴の注目度はなかなかなもの。まあ、奴の醜態の隠蔽に奔走する編集の苦労は忍ばれるが。

 そんな奇人の家の前で、俺は横着する。


「ボロい……」

「ボロいな」

 “会おうぜ”という、高校を卒業してから初のメール送信に、田塚から返ってきたメールの内容は、ただ現住所を記しただけという簡素なもの。それは確実にここを示している。

 表札にもきちんと田塚 治武とある。

 けれど、仮にも漫画界の変態貴公子として結構な額を稼いでいるはずの人間の家とは、とても思えない。

 ボロい、とにかくボロい、ビンテージ三十年ものの雑巾もかくやのボロさ。

 まず、このマンションからして趣が有りすぎる。ここまで続いた短い回廊の床質は、立てば軋み歩けば響き座れば歪むという、逆にその柔軟性が耐震性として優れてしまうのではないかとかいぐってしまう程。実はこういう趣向のこういう材質のこういう高級マンションなのではないか、という訝しみは、しかし試しにコンコンと叩いた壁が無数のボロ屑を撒き散らした光景を前に、霧散する。


「逆に納得出来るとも言えるな」

 俺さんが苦笑いで呟く。


「確かに。あいつ妖怪じみてるからなあ」

 好き好んでこういう場所に住みそうなやつではある。

 関わり合いになりたくないな、と思うものの、既知の仲であることに俺も自然と苦笑いになる。


 しかしまあ、悪い奴ではないのだ。基本的には誰もが表層の奇行を敬遠して、遠巻きに奴を眺めているだけなのだが、どっこい付き合ってみると、その心構えや訓示は意外にモラリスト的であったりする。本当にきちんと話さないと分からないのが難点だが。


「くわばらぎっちょん!!」

「びゃあ!?」

 不意の奇声に心臓が毛穴から飛び出すかと思った。

 びゃあとか俺も奇声発しちゃっただろうが。


「お、おまおまおま、田塚!」

 振り返ると、奇声の主――かつての旧友田塚が無表情で佇んでいた。

何某(なにがし)よ、久々ぶりの面通し、吾輩とても御機嫌麗しゅくある」

 新語を無造作に生産する相変わらずぶりに、過去の姿が重なり、えも言われぬ懐かしさと、複雑な情念が去来する。が、せっかくの再開の場なので、当時のいざこざを思い出すのは堪え、努めて平静を装う。田塚もそこのところは承知の上で、俺の訪問に応じたのだろうから。

「あー、久しぶり。俺も御機嫌麗しゅくあるよ」

 片手を挙げ、新語で挨拶を返す。

「ふむ。何某は、此度は何用で参ったのであるか?」

「漫画について意見を拝借したい」

「なんとぎっちょんっ」

 田塚は無表情のまま驚嘆し、

「それはしかり、宴である! 宴である!」

 感極まったのか、連続垂直飛びを繰り出したのだった。

 意味が分からない。というかキモい。


◆◇◆◇


「して。何某は、いかな意思で我輩の知能をたわむるのであるか?」

 田塚家にて。

 辺りには、トラクターのオブジェや国家権力を連想する赤ランプ、三角コーナーを巨大化した編み目状の何か、羽帽子、メトロノーム、屹立するポスト、ゲームセンターの筐体、ペナント、等々がところ狭しに散乱している。とにかく一貫背が無い。むしろ一貫して一貫性が無いとも言える。

 しかしこの部屋、よくよく見るとわりかし広い。というかなかなか広い。用途のうかがい知れない種々様々な品が幅を利かせているため圧迫感を覚えるが、むしろそんな品々に囲まれながらでも一応の暮らしは出来るスペースはある。

 そんな感想を抱きながら、冬でもないのに置かれた炬燵に腰を落ち着ける。出された水道水――客に水道水出すなよ――に口をつけ、答える。

「俺の漫画家としての才能を測ってくれ」

「ぎちょ? いかような風の吹き回しであるかな?」

 田塚は端麗な無表情を傾げる。

「まあ、お前が不思議がるのも無理はない。漫画家になろうと思うんだ、俺」

「ぼっすん! なんと、まことであるか?」

「まことだよ」

「るほうっ、ついに我輩の同胞はらからとなる覚悟が決したか!」

「えー。まあ、そうそれ。同胞ハラキリはらしょー」

 適当に同意しておく。

「同胞ハラキリはらしょー」

 復唱された。

「同胞ハラキリはらしょー」

 復唱し返す。

 ……なんだこれ。

「ぬめう。しかし、愚直の何某よ。破毀はきし日より更々(さらさら)も抜けであった何某が、なぜ此度に及び我が同胞と成り申す?」

 いちいち怪しくまだるっこしい言葉使いだが、今の今までだらけていた俺が、急に漫画家になるなどとやる気を出したことが疑問らしい。

 大体予想はしていたので、滞りなく答えられる。

「いや別に、俺も大してやる気があるわけでもないんだけどさ。安らかな眠りを維持するため、満足するまでは茶番に付き合ってやることにしたんだ」

 黙視していた未来の俺さんに睨まれる。無視無視。

 俺は安眠を、俺さんは成仏を、各自がために行動しているだけであって、同調した覚えはない。

 共同体ではなく協同体。同体ではあるが、意を共にしているわけではないのだ。

 相変わらず俺のやる気は出ていない。このバカらしい生き甲斐探しの先が、だから何であろうと構わない。例えそれが、微塵の興味もない、成り行き任せの指針であっても。

「まぷんば。どっこい解せぬが、懐春の場であるからして、無粋な詮索はよすとしやう。しからば戯れに添うも興であるとしやう」

 心中察してくれたようだ。


「本題に入ろう。用って言うのは、これなんだ田塚。見よ、評し戦け、唸るの才を、たぎり圧する彼のパラパラを!」

 汗と涙と油と垢の結晶とも言える、数時間越しの不眠不休により綴られたパラパラ漫画を、こと自慢気に仰々しい動作をもって取り出す。

 渡されたパラパラ漫画を、田塚の指が掴む。

 そして風切るパラパラ音。


 パラパラ、


 パラパラパラ、


 パパラパラパラ、


 パッパラパルパー、


 パタリンコ。


「咀嚼である! 咀嚼である!」

「吟味するな」

 口に含もうとしたのでビンタする。

「な、何をしやがるであるか!?」

「お前が何をしやがる」

「摩可摩可しきドロムンを感じたであるからして、つい」 

 俺のパラパラ漫画からは摩可摩可しきドロムンを感じるらしい。……ドロムンてなんだろう。

「だからって人の作品食うなよ」

「あいすまん」

 アイスマン? ああ、謝罪してるのか。

「でも、吟味したくなるほど面白かったってことだよな。どうだこの才能」

「いえ、全然。些かな才能も皆無です。言い得てげろんちょ風靡であるます」

 かしこまられてしまった。

 げろんちょ風靡とか……意味分からんが、良い響きとは間違っても思えない。

「えー。でも食べようとしたじゃん。食指動いたじゃん」

「るもんぐ。創作物としては未熟も熟々、愚劣も劣々であるが、どっこい摩可摩可しきは天下苦節でそうろう。ドロムンドロムン」

「頼むから俺にも分かる日本語で喋ってくれ。ズバッと分かりやすく」

「クソだが匂いは強烈」

「クソ!?」

「ゴミともつかぬ」

「ゴミ!?」

「されど匂いは鼻もげら」

「鼻もげら!?」

 言いたい放題じゃないか。

 そう言えば編集者風の人も似たようなことを言っていた。

 ええと確かこうだ、――この作品を敢えて評すなら……ドロムン鼻もげら。

 お前らのドロムンは共通認識なのか。



【緊急ミーティング】

「おいおいおいおい、どうする俺さん。俺達の作品が鼻もげらだってさ」

「まあまあまあまあ、落ち着け俺。実はな、俺も薄々気付いてはいたんだ。――これクソ漫画だと」

「ちょ、あんた、そこは俺とあんたの暗黙の了解じゃなかったの? とりあえず自賛したはいいものの、互いが互いの自賛に乗り過ぎて、明らかなクソを才能の産物と錯覚してしまおうとする図を、ここに来てぶち壊してしまうのか!?」

「お前の解説で完全に崩壊したがな」

「じゃあ、崩壊ついでに聞いちゃうけど、俺さんよ、ぶっちゃけあのパラパラ漫画の内容、最初見た直後の感想どうだった? ちょっと、俺達の作品が本当はどうだったか、もう一度振り返ってみようぜ」

 パラパラ漫画の内容を回想する。


『勇者が歩いている。

 魔王に出くわす。

 バトル。倒す。

 魔王が仲間になりたそうな目でこちらを見ている。

 仲間にしますか?

 しませんか?

 唐竹割りしますか?

 唐竹割りする。

 裂けるチーズを半ばまで裂いたような状態の魔王と勇者が踊る』


「唐竹割り!?」

「猟奇的過ぎだろ勇者」

「そして魔王は本物の魔過ぎる!」


『大賢者が仲間になりたそうな目でこちらを見ている。

 仲間にしますか?

 しませんか?

 お茶割りしますか?

 お茶割りする。

 体成分の半分が和みテイストとなった大賢者を加え、三人で宇宙へと飛び立つ』


「お、お茶割り?」

「こっからもう意味が分からんな」

「なぜ飛び立ったし」


『大提督が仲間になりたそうな目でこちらを見ている。

 唐竹割りしますか?

 お茶割りしますか?

 おかわりしますか?

 おかわりする。

 ほかほかの湯気を放つ二杯の大提督を加え、四人でテンジクを目指す』


「つまりどういうこと」

「大提督は二杯で一人と数えていいみたいだな」

「ていうか仲間にする気は欠片もねえの?」


『仏様がいやらしい目でこちらを見ている。

 通報しますか?

 通報しますか?

 通報しますか?

 仲間にする。

 いやらしい目をした仏を加えることにより、完成されるパーティ。

 混沌に包まれる世界。

 俺達の戦いは、これからだ!』


「通報して!」

「こいつは仲間にしちゃあかんだろ」

「そりゃあ、混沌に包まれるわ」

「酷すぎる」

「酷すぎる」

「これもう、言い逃れのしようがないでしょ。誰だよこれ作ったバカ」

「主にお前。このクソ生産機が」

「あ、あんたなんて、俺が長時間せっせとクソ生産してる一方で即効投げ出してたじゃねえか! 暇潰しにゆりかごダンスしてたじゃねえか!」

「うっせ、俺はゆりかごダンスに命張ってんだよ遊びじゃねえんだよ」

「あんた死んでるでしょ!? 大体何なんだ、そのゆりかごダンスへのこだわり! 授かっちゃうの? お子を授かっちゃいたいの?」

「あのなあ、十年前の俺よ。お前は俺の十年間を知らんだろうがな……」

「え、なになに。何か、ゆりかごダンスに縁ある何かがあったとか――もしかして、あんた、子供を、」

「いや別に独身貴族だけど。俺みたいなプーさんが無計画に子供なぞ作るか」

「くそう、それはそれで聞きたくなかった!」


【緊急ミーティング終了】



「田塚。どうやら、俺に漫画家の才能は無いみたいだ」

 緊急ミーティングにより得られた悲しき真実。

「ぎちゅん。さもありなん。我が同胞を標と据えるに、端からパラパラという着想がズレ迸る」

 漫画家を目指すのに、パラパラ漫画作ってくることがそもそもズレていると言いたいらしい。

「えー。でも知らないし、漫画家の成り方とか」

「くわばらビシュヌ!!」

 つつかれる。前ならえのポーズでつつかれる。

「いきなり前ならえするなよ、ちくっとしちゃうだろ」

「これなるは、憤怒の所作である。漫画家なめんじゃねえ」

「いや、それはごもっともです」


 それから、俺のなめ腐った志を矯正するために、“創作物とは”という、作家による作家のための作家口座が、田塚によって開かれたのだった。

 ちなみに標準語で。

 お前まともに喋れるんじゃねえか……。

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