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血の伯爵夫人の独白

作者: 隼 光

 初めて彼女の存在を知ったのは、まだ幼い少女時代だ。

血と恐怖と闇と。

そして死に彩られた彼女の生涯は、幼い私の心に強い印象を刻みこんだ。

真紅と闇色に満ちた彼女の存在は、私を酷く魅了した。

幼いながら自分で知りうる限りの情報を集めた。

小学校の図書室詣でから始まり、住んでいる町の図書館、行動範囲内の本屋や古本屋めぐり。

古い少女漫画から、悪女と名高い彼女の生涯を扱った歴史小説まで。

彼女について調べるだけ調べ、知識として蓄えた。

何年もかけて貯めたお年玉貯金でノートPCを買った。

もちろんインターネットで彼女のことを調べるために、だ。


 成長して彼女を知るごとに、私は彼女になりたいと思うようになった。

中学生のころは、彼女に成りきって文化祭で独り芝居を演じた。

独りよがりの芝居は不評だった。

とことん不評だった。


ごめんなさい、今の私はあなたになれません。ごめんなさい。


遠い過去に生きた彼女に、心のそこから謝った。

貴女になりきるには、私は力が足りない。

圧倒的に足りない。

海よりも深く反省した私は、彼女になりきるためと演劇の道に足を踏み入れた。

それから十数年。

現在は、迫真の演技をする舞台女優ナンバーワンと評価されている。

…私の演劇人生は、彼女とともにあったといえるだろう。



 冬枯れの荒野に、冷たい風が吹き荒れていた。

地面から巻き上がり枯葉や土ぼこりを供として、小さな竜巻がいくつも通り過ぎてゆく。

轟々と大気を切り裂き、私の周りをふきぬけてゆく。

乱れた髪をまとめなおし、私は遠くの廃城をみつめた。

やっと。

私はここにたどり着いた。

彼女が生きた大地へと。

風の吹きすさぶ荒野へと。


 かつては、この風の荒れ狂う荒野も肥沃な大地だったという。

あの見る影もない城も、かつては多くの人々が住まう賑やかな城であったという。

最後の城主であった女伯爵が、自分の若さと美貌を保つため若い娘の生き血を求めた。

その数、数百人。

 彼女の使用人たちが、近隣の村や町から平民の犠牲者を集めた。

哀れな彼女らを拷問にかけ、女主人の要望にこたえた。

村も町も荒れ果て、若い娘の姿を見ることはなくなった。

それでも、女伯爵の若い娘の生き血に対する欲望は衰えることがなかった。

ついには、貴族の娘にまで手を出し始めた。


 それが女伯爵一味の命取りとなり、使用人は全員、その身をもって罪を購った。

女伯爵は、死ぬよりも辛い結果となった。

搭の部屋に幽閉され、窓も扉も全て封じられた。

生きたまま埋葬されたようなものだ。

女伯爵は死ぬまでの3年間、暗闇の中で生き抜いた。

彼女の名は、エリザベート・バートリー。

「血の伯爵夫人」として名高い、稀代の悪女と呼ばれている。



※                   

                     *


なんじゃと、なんと無礼な!

吾をエリザベート・バートリーなどと、野蛮な国の言葉で呼ぶでない。

吾は誇り高き、マジャールの青き血の末裔じゃ。

バートリ・エルジェベトと呼ばぬか。

よいか。

エリザベートではなく、エルジェベトじゃ!

誇り高き青き血の一族、バートリの末裔ぞ。

このチェイテの城の女主人ぞ。


……。


ほほっ、こんなことを申しても誰も吾の言葉を聞かぬわな。

誰も彼も、吾の死を待っておるのじゃから。

日にただ一度、この小さき窓から、食事が差し入れられるだけ。

窓も扉も、全て、隙間なく塗りこめられておる。

陽の光も、月の光も、星の光さえ吾の目には届かぬ。

食事といっしょに差し入れられる、一本の蝋燭だけが。

唯一の慰めじゃ。


誰も吾に声をかけぬ。

吾は生きながら死人として遇されておる。

吾が罪多き女だからじゃそうな。


それならば、吾の命を奪えばよい!

このように、暗闇の中に閉じ込めて、まるで亡き者として遇するならば、それならば!

いっそ吾を殺せばよいのじゃ。


そうする勇気もない、下界の愚かな者どもよ。

全て呪われるがよいわ。

吾が死んだら、吾の財産を、全て自分達の手にするつもりじゃろう。

それぐらい、吾にわからぬと思うてか。


吾は自らの手で死を選んだりせぬぞ。

自害などしたら、神の御許には往けぬからのう。

愚かな者たちの思い通りになってなぞやらぬ。


吾がどんな罪を犯したというのじゃ。


下賎の者どもの血を、少々絞っただけではないか。

あの者どもの血は、高貴なる吾の青き血の中で、吾の若さと美しさの贄として永遠に生きるのじゃ。

感謝されこそすれ、恨まれる事なぞありはせぬ。

そんなことも解らぬ愚かな、欲に目の眩んだ者どもよ。

吾は許さぬ、御前達を許しはせぬぞ。



 血を吐くような貴女の言葉を聴いたような気がした。

荒れ狂う風の音に混じって、貴女の狂笑が聞こえたように思えた。

禍々しい廃城の、崩れかけた搭。

彼女はあそこに今も居るのだろうか。

ぞくりと背中に走る寒気を感じながら、私はいつまでもその搭を見つめ続けた。


やっと、私はあなになりきれそうだ。

はるばるマジャール人の国ハンガリーの、古びた廃城を訪ねてよかった。


私がバートリ・エルジェべトの役を舞台で演じたのは、この旅行の数ヶ月後の事だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エリザベート・バートリーに魅了され、彼女を演じようとする名前を持たない語り手の独白と、歴史上のバートリ・エルジェベト本人の独白の部分で、文体を変えており、どちらも破綻を来たしていない点が素…
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