第二十六話 勧誘
「手強い敵は、敵のままでは後が面倒だ。上手く味方にするか、そうでなければ局外に追い込むべきである」
ある士官学校の講義より
「フィンリイ」
王都でも名の知れた高級クラブである。
クラブとは言っても、若者が屯している安っぽい宴会場ではない。
一流のスタッフと一流の酒を揃えた、社交場と言うか秘密の会談場所である。
酌をしてくれるその手の若い女性は一人も居らず、スタッフは男性のみ。
バーカウンターもあるが、基本は個室使用というあからさまに密談向きの構造だった。
それなりの財力を有する商人達や、彼等と秘密裏に会談したい貴族が主な顧客である。その他にも裏社会の人間も当然利用しているらしい。
しかし保安局の誰かと裏で密約を交わしているらしく、たまに手入れが入るがこれまで捕まった悪党はいなかった。
どこの大都市にも一つや二つは存在する、高級でありながらも後ろ暗い店。
ここはそんな場所である。
「で、御用件は?」
個室の一つに案内されソファーに腰を下ろした途端に、洸は前置きなど糞食らえとばかりに切り出した。
この手の雑談の必要性を認めていないのではなく、ただ単にこちらを観察させる余裕を与えたくなかったのだ。
意図的に弱い光しか発していない夜光灯の明かりの中でも、不機嫌そうな表情は丸分かりだった。半ば演技ではあるが、本音を隠している訳ではない。少なくとも自体の打開を図るには、不可欠である事は認めている。
ではリーアは如何かというと、彼女は洸の左隣に座った後は何もしていなかった。
きちんとソファーに腰掛けて、無言で対面を見詰めている。
そこにはここまで来ているのにフードを脱がない例の人物が座っているのだが、未だに目深にかぶっているフードの所為で顔が全く分からなかった。
判明しているのは女という事だけだが、これですら声からの推測に過ぎず、よって正体不明のままである。
当人も接触の時に声を掛けてきてから一言も喋っておらず、この店に入った時も応対したウェイターにさえ無言だった。
まあそのウェイターはこの人物を良く知っているらしく、毛ほども取り乱さずにこの個室に案内した。
それだけでも普通の相手でない事は分かるが、どうにも不安は拭えない。
「ああ、さすがにこのままでは失礼ね」
こちらの視線の意味を察したのかやおら立ち上がると、ゆっくりとフードを後ろに戻しついでにマントも脱ぐ。
その正体を見て、洸もリーアも一瞬だが目を見開いてしまった。
「ダークエルフ」
リーアの淡々としつつも明らかに驚きも含まれた声が個室内に響いた。
洸は目の前に立っているダークエルフの女性を見て、少しばかり感慨に浸っていた。
ダークエルフとくれば、エルフの変異種というか陽に対する陰の存在として、ファンタジーでは有名である。
要するに悪役であり汚れ役なのだが、この世界では事情が違っているのは承知していた。
昔の知り合いのエルフから話は聞いていたし、以前ダークエルフの冒険者と短い間だが小規模な隊商の護衛をした経験もある。
もっともそのダークエルフは男だったが。
(生でピ○テースを見る日が来るとは思わなかったなあ。いや、スタイルはもっと凄いかな?)
表情は目を細めての観察だが、頭の中ではこんなある意味失礼な思考をしていた。
何しろその肢体は、洸からしても生唾物だった。
明らかにリーアよりも豊満であろうバストと、何か間違えていると文句を言いたくなるウェストの細さだった。
それを黒皮のワンピース……というよりボディスーツ? で包んでいる。
お陰でこれでもかと胸が強調されており、まともな男性であれば目の毒としか言い様が無い。
スーツは肩と腿の所までを覆っており、言うなればワンピースの水着じみている。
よって二の腕と腿は剥き出しだが、そこから先は同じ素材のロングブーツと長手袋を履いていた。
言うなればSMの女王様だった。これで鞭を持っていれば完璧である。
さらにその顔も硬質の美貌としか表現できず、肩にかかる程度のプラチナブロンドの髪と綺麗に研磨されたルビーの宝玉のような瞳とまできては、もう文句の付けようも無かった。
地球なら二次元の中にしか存在しない筈のダークエルフが目の前にいるのだ。感慨が沸くのも仕方が無かろう。
このような事を考えていた洸だが、脳の一部は迅速に取るべき行動を指示していた。そして肉体は何の躊躇も無くそれを実行する。
「あなたが「ペイン」の頭目かな?」
それを聞いたダークエルフは軽い笑い声を上げると、再びソファーに腰を下ろし上体を後ろに預ける。
両腕を背もたれに置いて、ついでに足まで組んでしまった。
ある意味で尊大に感じられる態度だが、どうにも似合っている事は否めない。
少なくともこのような態度を取る事に慣れているのは確かだった。
「あら、光栄だけどそれは早とちりね。ワタシはそうね……言うなれば取次ぎよ。副官か秘書といった所かしら」
それを聞いて洸は「成る程」と一応納得したような態度で返した。ただ微妙な違和感が拭えない。それを自分でも上手く説明出来なかったが。
「少なくとも関係者ではあるのですね。ではお話を伺えますか?」
すかさずリーアが絶妙なタイミングで口を挟んできた。
チラッと横目で見ても、何か隔意を感じさせる様な態度は見受けられない。
以前聞いた話の裏付けが取れて、洸は内心で安堵した。
「まずは自己紹介ね。ワタシはローザ。ローザ・ラインズ。種族は見て分かる通りダークエルフ。今言ったとおり「ペイン」の副官をやってるわ。あなた達の名前も教えて貰えるかしら?」
「コウ・サナダ。しがない冒険者だ」
「リーア・シュバルドです。同じく冒険者で、種族はエルフです」
礼儀の積もりで自己紹介を返した二人だが、ローザは苦笑いと共に返してきた。
「嘘を吐かないでちょうだい。しがない冒険者が組織の者をああも簡単に返り討ちに出来る訳がないでしょ? それに貴方」
ローザは視線をリーアに向けると、核心を込めて言い切った。
「単なるエルフにしては、精霊力が強すぎるわね。つまりハイエルフ。どう? 間違ってるかしら?」
それを聞いて洸は流石に誤魔化せないかと唇の端を歪めた。
最初の襲撃で死骸をもう少し隠しておくべきだったと、後悔の念が湧き上がる。今更なのは承知しているが、どうにも不手際だったのは確かだ。
リーアはどうやら大して動揺していないようだった。
ほぼ同族と言って良いダークエルフとほぼ対面状態なのだ。ばれない方がおかしいとまで思っているのかもしれない。
「まあ、僕達が何者なのかはどうでも良いとして、最初の質問に戻りましょう。用件は何です?」
「ええ、簡単な事よ」
それを聞いて洸は内心で疑問が浮かんだ。
こちらの正体、特に洸のことを更に追及しないのはどういう事だろう?
暗殺に二度も失敗したからには、標的の詳しい情報を知ろうとする筈なのに。
何よりもあんな殺し方をする奴を警戒していないようなこの素振りは何故だ?
しかしこの疑問も、次のローザの台詞で消し飛んだ。
「ねえ、貴方達。我々の仲間にならない?」
個室内を沈黙が支配している。
事の発端であるダークエルフは先程からの姿勢のままに微笑んでいるが、洸とリーアは絶句していた。
予想ではこちらの正体を徹底的に追求してくると思っていたのだが、その斜め上を行かれた。
完全に想定外だったため、一瞬だが思考回路がダウンしてしまう。リーアも似たような心境らしい。
だがそれが許される訳は無く、次の瞬間には再起動が果たされ洸の頭脳は覚醒した。
とにかく即答は避けねばならない。是非は問わずにだ。
ならば時間を稼がねば。
「……どういう意味です?」
無理矢理搾り出した様に質問する。だが帰ってきた答えは、ある意味で予想通りのものだった。
「どういう意味も何も、言葉通りよ。あそこまでの反撃が可能な標的なんて今までいなかったもの。しかもその手段すら判明しない。あなたは正体不明の怪物も同じなの。なら如何すべき? 簡単ね、取り込んでしまえば良いのよ」
簡潔かつ明白な説明を聞いて、この女性がかなり頭が切れると洸は判断した。
暗殺組織であるが故の柔軟さと言えばそれまでだが、手強い相手に対して我武者羅に襲い掛かってこないのは評価すべきだろう。
少なくとも何処かの阿呆な猟犬共より遥かにマシだ。
「あなたの腕前は勿論として、リーア、貴方も入らない? ハイエルフの高度な精霊術は、支援としてはこれ以上望めない物なの。ペインは種族云々で差別なんかしないわ。要は実力、それだけよ」
以上終わりとばかりに組んでいた足を戻し上体を起こしたローザは、期待の眼差しで洸達を見詰めてくる。
微笑を浮かべた顔は断られる事を想定していない……程には確信の色は無かった。
ただこちらの返答を楽しみにしているのは感じられる。明らかに心の何処かでこの状況を楽しんでいる目だった。
(さて、どうするかねえ)
洸は溜息と共に考える。
すぐ思い浮かんだ事は、これが渡りに船である事だった。
何しろ仲間に加わった以上は、今後不利益を働かない限りは「ペイン」の暗殺対象からは確実に外れるだろう。
これは望みとしては十分以上と言って良い。
だが問題もある。
組織に加わるならばある一定の期間はこの王都に留め置かれるというか、余所には行けないだろう。
本来の洸の目的は、この世界を旅して回る事だ。
冒険者をやっているのも、その目的の為に都合が良いからに過ぎない。
ほかに良い手段があるのならば、最初からそちらを選んでいる。
それにこの手の後ろ暗い組織と繋がりがあるというのは、長期的に観れば利益となるのだろうか?
その点がどうにも引っ掛かった。
ならばリーアはどうだろうかと視線を向けると、微妙に嫌そうに目を細めている。
これまでの付き合いからして、彼女は潔癖症な性格ではないが、好き好んで悪事を働くのを肯定するタイプではない事は分かっている。
洸が望めば付いて来てくれるだろうが、内心では如何なのだろう? 考えるだけであまり楽しい未来が想像できない。
(じゃあ答えは決まってるな)
一瞬目を閉じて心を決めると、洸は視線を正面に向けて、腹に力を入れる。
そして軽く息を吸い込み、返答した。
これもある意味でテンプレですね。
今後の展開も似たような物かな?
感想と評価もよろしくお願いします。