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another real 現実か否か  作者: DELTA1
第一章 終わりにして始まり
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第二話 状況

「愚か者、その定義は色々有るだろうが、私に言わせれば想像力の欠如だろう。自分の行動が未来に何をもたらすか、他人がどう判断し行動するか、これらを想像できない者が常に最悪の結果をもたらすものさ」


 ある智者の例え話より

 眠りから覚醒する時のあのなんとも言えない感覚のまま、洸は目を開けた。

 見回してみると周りは白一色の何も無い空間で、その果てがどこまでなのかすら分からなかった。

(VRの起動時の表現みたいだな)

 洸の経験はそんな風に現状を分析している。

「て、そんな訳があるか!」

 勿論すぐに脳は現在の異常を認識した。

 どう考えてもここは普通ではない。VRコンソールは起動に失敗したならば、即座に使用者を現実に引き戻す様にセーフティプログラムが組み込まれている。今のような起動直前のような状態で留めておくのは、製品の設計上有り得ないのだ。そんな状況を引き起こせばS○Oの二の舞であり、企業イメージに回復しようの無いダメージを与えてしまう。安全設計はコンソールの最も重視された要素なのである。

 ならばここは何なのか?

 まさか信じたくは無いが、死後の世界とやらではあるまいな?

 そこまで思考が進んだとき、解答は目の前に現れた。

「驚かせてしまったようだね」

 いきなり眼前に簡略化された人型が現れ、若い男性の声で話しかけられ、洸はこれまでの人生で最大の驚愕を覚えた。

「うわっ、何なんだ」

 当然の反応をすると、ゼエゼエと荒い呼吸をしながら目の前を見る。

 よく見るとその人型は身長は洸と変わらずせいぜい175cmといったところで、頭部に毛髪は無く、服を着ているようにも見えない。

 顔も目鼻の陰影が感じられる程度で、個人を特徴付ける顔としての機能を全く果たしていない。

 要するに目の前の存在は明らかに人間では無かった。

「あ、あんたは一体? そしてここは何処なんだよ」

 洸の質問に人型は優しく答える。

「順番に答えよう。私はこの世界<アースガード>の管理者だ。そしてここは私の執務空間だよ」

「か、管理者? いや、ちょっと待て。アースガードだって?」

 聞き逃せない上に聞いたことも無い単語を耳にして、洸は呻いた。そんな地名は洸の知る限り地球上に存在しない筈で、よってここが現実の世界では無いという疑いが更に強くなっていた。

「そうだ、ここは君の故郷たる地球では無い。君達の認識で言えば異世界というやつだな。君は天文学的、いやそれすら超えた確率でここに来てしまったのだ」

「来て……しまった?」

 さらに聞きたくも無い単語が追加されて、洸は狂騒状態の一歩手前だった。まあ、この状況に陥って見た目が冷静でいられる者は、現実認識がおかしくなっているか、それ以前から狂っていたかだろう。世間の一般人の反応は洸と大差のないモノになっていた筈である。

「君がここにきたのは、はっきり言えば偶然なのだ。つまり私が君を選んで連れて来たのではない」

「さっき管理者と言ったよな。だったらあんたは神様みたいな存在なんだろう? ならどうとでも出来るんじゃないのか?」

「君の言うところの神とは、要するに全能の創造者だろう? 私はそこまでの力は無い。その名の通りこの世界を観察して管理するのが仕事であって、世界そのものに干渉する事はできないんだ」

「まあ、つまりだ」

 洸は諦めというか、絶望も含みつつ人型に尋ねた。

「僕は……帰れないんだな?」


「その通りだ」

 バッサリと言われて、洸はへたり込みたくなった。その欲求に従い、とりあえず腰を下ろす。人型の話は続き、

「向こうの世界での君の肉体自体が消失してしまっている。それに世界間の境界を越えるのは、我々の力をもってしても不可能なのだ。すまんが諦めてくれ」

 人型(いや、いい加減に管理者と呼ぼう)の隙が無くも、謝罪も含んでいる発言に洸はうなずくしか無かった。

 実の所、向こう側に未練があるかというとそんな事も無いのだ。なにしろ両親はいない、付き合っている女性もいない、まだ卵の殻が取れた程度のひよこでしかない自分が消えても会社は困らないだろう。例の大仕事は完全に終わっていて、今は残務整理だけになっている。そうでなければ、洸も休暇など取れなかっただろう。

「分かったよ。つまり僕はここで生きるほかないってことだよな」

「ああ、重ね重ねすまんが、そういう事だ。納得してくれて助かった」

「完全に納得できた訳じゃない。諦めるしかない状況だからさ」

「だろうな、本当にすまない」

「それでだ」

 洸は色々と質問があった。

「この世界……アースガードだっけ?基本的なことを教えてくれないか?」




 つらつらと当時のことを思い出していると、誰かが店に入ってきた。

 見た目は普通のどこにでもいる若い男だが、入ってすぐに周囲を一通り観察し裏口と窓の位置を確認しているあたり、裏の世界に通じた男であることは明白だった。

(あいつが繋ぎだな)

 依頼人から聞いていた特長と一致する態度から判断し、洸は男に向かって右手を上げた。それに気づいた男は足早にテーブルに近づき、そのまま椅子に腰掛ける。

「あんたがコウ・サナダか?」

「そうだ、君がダーランの言っていた連絡役だな?」

 依頼人の名前を出して、確認を取る。こちらの名を知っている以上は問題は無い筈だが、万が一替え玉だったなどという事態が発生しないように気を付けねばならない。

「ゲイルだ。で、早速仕事の話だが……」

「いや、待て。もう少し確認させてもらおう。ダーランの話では、報酬はアークス金貨二枚で、仕事は殺しではない。繋ぎのあんたが前払いで払って、実行は七日以内、これで合ってるか?」

 アークスとはこの世界の流通貨幣の単位の一つであり、アス銅貨、アルス銀貨、アークス金貨という順で価値が上がっていく。

 アークス金貨一枚は大体の価値としては、百万円くらいだろう。それが二枚=二百万となれば、冒険者の報酬としても破格に過ぎる。つまりそれだけ色んな意味で危ない仕事なのだ。

「へえ、慎重だな。アンタみたいな連中は大抵が金さえ出せば、どんな仕事か聞きもしないで引き受けるんだが」

「まあ、そういう連中が多いのは事実だな。ただしそいつらは絶対に長生きできないがね」

 洸の返答にゲイルは感心した様に目を上げた。とは言っても冒険者云々はともかくとして、日本の社会でそれなりに生活してきた洸にとって、この程度の契約の確認は日常茶飯事だった。

 まして冒険者は自己責任の名の下に、かなりの自由行動が国家や地方領主に許されている。

 契約の確認もしない、要するに頭の悪い奴がどうなるか? 決まっている。もう少し頭の良いろくでなしに便利な駒として使い潰されるだけだ。

「とにかくさっきの話の通りで間違いない。じゃあ仕事の内容だが」

 ゲイルの話した内容はこういう事だった。

 決行日は三日後の午後の遅い時間。(ゲイルが昨日来なかったのは、この情報を確認していた為だった)洸の仕事はこの時間に街道を走ってくる一台の馬車を足止めする事。足止めの手段は問わないが、中の荷物には極力被害が出ないようにする。

 要するに誘拐か強盗が目的だろうが、ここまで高い報酬を支払うということは、馬車の中身は余程の重要人物か価値の高い物なのだろう。

 地球世界、特に日本で生まれ育ったならば、たとえ直接的に関与はしないという条件であっても、こういった犯罪行為に手を貸すことは人によっては躊躇する者もいるだろう。

 しかし今の状況が自分の育ててきた倫理観をそのまま受け入れてくれるものだとは、洸には思えなかった。

 どれほど人として称えられる行為であっても、それが常に自分や周囲を幸せにすると妄信するほど子供ではない。

 無論のこと自分を完全な犯罪者に落とす気は無いが、周りの状況が変化したならば自分も多少は変わらざるを得ない。

 それが洸の正直な感想である。

「場所はこの街道の西側にある緩い曲がりがあるところか。当然速度を落とすだろうから、やりやすいだろう」

「そういう事さ。とにかく荷物を傷付けるな。そういわれてる」

 これで説明は終わりとばかりに、ゲイルは席を立った。報酬の入った小袋をテーブルに置きながら。

 だが少しして立ち止まると、補足があるのか付け加える。

「ああ、お前さんに助っ人のあてはあるのか? 三日じゃ今から人数を揃えるのは難しいぜ。出すものさえ出してくれるなら、俺に伝手があるが」

「いや、いらないよ。俺にも伝手が無いわけじゃあないんだ」

「そうかい」

 そう呟くとゲイルは今度こそ店を出て行った。

 一人残された洸はもう一度今回の依頼内容を頭の中で確認する。

 ブラックでは無くとも限り無くそれに近いグレー。破格と言ってよい報酬とそれなりに手馴れている裏社会の人間も関わっている。

 これだけでも危険な香りがプンプンするし、さらに標的が何なのか具体的には判らない。

 危険度は限界まで来ていると普通は判断するだろう。

 だが一度受けてしまった以上は、この契約は破棄できない。

 某13の彼ではないが一度受けた依頼は完遂せねばならないし、危険度が高いということは途中で抜ければ何らかの不利益が今後の自分に降り掛かってくるだろう。

 よって途中降板は得策では無い。

 行き着く所までいって、そして状況を見極めるしか手は無い。

 こういう事は中途半端が一番危険なのだ。

(身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれってな)

 まさかこの言葉を自分が使う日が来るとは思わなかった。

 実に迷惑千万だが、それ以上に自業自得という単語が頭に纏わりついて離れない。

 まあ生活の為なのだから、仕方ないと割り切るほかに手は無いのだった。

(さて行くか)

 今のうちに例の襲撃地点を事前偵察して、どうするかを大まかな所だけでも決めておいた方がいい。昼前の今の時刻ならさほど人の通りは少ないからだ。身を隠せる所は何処か? 襲撃する連中は何処に伏せているべきか? 退路を遮断するには何処に予備を置けばよいか? そして何よりも自分は何処から仕事をするべきか? 現場を見て判断するのが一番適切だろう。

「親父さん、ありがとう。迷惑をかけたな」

「なに、いいさ」

 洸の謝罪に店主はどうという事は無いとばかりに、ニヤッと笑った。

「まあ、これはちょっとした迷惑料だ」

 洸は10アス銅貨一枚を店主に手渡した。チップというか心付けというか、まあとにかく迷惑を掛けたのは確かだったからだ。

「おっ、悪いな。だが有難くもらっとくよ。じゃあ、お前さんも良き旅を」

「ああ、おたがいにね」

 この世界の旅人の挨拶を交わしながら、洸は店を出た。西の方に向かう彼を見ながら、店主はやはり心配だった。

(大丈夫かねえ?)

 見た目がさほど強そうに見えない彼がどうやら厄介事に巻き込まれたらしいことは何となく察していた。ただその割には悲壮感の欠片も無い洸に、店主は疑問が尽きない。ああいう状況に陥ったら、自分の殻に閉じこもってガタガタ震えているか、自棄になって周囲に当り散らすかなのだ。無論どちらも店主は見たことがある

(ホント、不思議な奴だな)

 まあ、大丈夫かと根拠の無い判断をして、店主は厨房に戻った。彼の長年の経験が囁いたものだが、それが完全に当たっていることなど単なる酒場兼食堂の店主である彼には分からなかった。




 件の襲撃地点を偵察しつつ、洸は回想の続きを思い返していた。

 この世界の基本的な政治状況は概ね平和と言っていいもので、特にこのミランダ王国のあるベルド大陸は百年前の大戦争以来大規模な紛争も起きていない。

 これは大陸の各王家が遠いとはいえ縁戚関係にあることと、極端な生産量の差が各国に無いこと。エルフやドワーフといった亜人種と良好な関係を築くことにより、森林や大河や湖、鉱山や街道の整備といったインフラが整ったことで、収奪を目的とした戦争などしなくても国を富ませることができるようになったからである。小さな不満が無くなることはないが、根本的に飢える事が無いなら、人間は行動も思考も極端にはならない。要するに自国を栄えさせるのに忙しくて、他人の所に手を出す必要が無いのだった。

 また他に二つあることが分かっている大陸も似たようなものだった。 多少の違いはあれ、戦争に訴える必要が無いという点が。

 それにこの三つの大陸は、どちらも間に激流といってよい速さで流れる海で隔てられている。行き来は不可能ではないのだが、貿易や旅行などで人員や物資を大量に運ぶには更なる技術の発展が必要だった。

 それともう一つの特徴がアースガードにはある。

「魔力?」

 どうにもファンタジー極まれる単語に、洸はつい聞き返してしまった。

「そうだ、つまり魔法が存在するのだ」

 例の管理者は丁寧に返してくれた。

「この世界にはマナ、つまり魔力の素が大量に溢れていて、どんな人間でも魔力の流れを感知する事くらいはできる。人々はこれを上手く利用することで文明を発展させてきたのだ。この利用するという点には勿論個人差があって、正確に且つ大量に魔力を使える者は魔導師、あるいは魔法使いとして重宝されている」

 魔法という言葉がファンタジーでしかない地球人として興奮を覚えた洸だが、いやいやと思い返して当然の質問をする。

「僕にも魔法がつかえると?」

 だが現実はそう上手くは行かなかった。

「いや、君には無理だ」

「そうか……」

 目に見えて落胆する洸に、管理者は言葉を続ける。

「魔法という点ではな。君はこちらに転移してきた訳だから、本来あるべき肉体がこちらに無い。魔法を使うには、生まれてすぐにこの魔力に触れ始めなければならないのだ。そうでなければどう魔力を構成するべきか頭で理解ができないのでね」

「なるほど、魔法を使用する為のプログラムが僕の頭脳には入っていないわけか」

「話が早くて助かる。だが悪いことばかりではない。先ほどこちらにはあるべき肉体が無いと言ったな。だからこの世界は君の肉体を、このマナを実体化してさらにそれを再構成して創り上げねばならない。要するにここでの君の体は純粋且つ高濃度なマナの塊なのだ。よって魔力量はそこいらの魔導師が束になっても敵わないレベルだろう。だから君がここで実体を持ってまずすべきは、マナをコントロールしてどれだけの魔力持ちかを隠す術を身に付けることだろう。それとだ」

「え? まだ他にあるの?」

「君は転移した時、何かの遊戯をしようとしていたな?」

「ああ、another real warfareの事か」

「そうだ、その為にその遊戯の記録がこの世界に持ち込まれて、君と同化している。だから君の体はそれを基に創られるし、能力と技能も同じだろう。どうやらその遊戯で使っていた道具も実体化できるようだ。実際は行ってから確認してみるしかないが」

「arwの武器や能力が使えるのか」

 洸は安堵のため息をついた。なにしろ何の縁もゆかりも無い世界に身一つで飛ばされたのだ。肉体的に弱点を抱えたままだったら、そのまま野垂れ死にしてもおかしくはないだろう。だが、これならば人によってはチートだズルだと罵りかねない高いアドバンテージを得られる。少なくともすぐに命の危機という事態は避けられるだろう。

「でも別に不死身ではないんだろう?」

「もちろんだ。これは遊戯ではない。君の命もたった一つだ」

「よかった」

 もっとも肝心の質問の答えに洸は胸を撫で下ろした。

 勘違いしたままではろくな事にならなかっただろうし、不死身などというチートというよりは化け物となって、このアースガードが滅びるまでは死ねないというのも御免こうむる。

 始まりがあれば、終わりもある。Α(アルファ)に始まり、Ω(オメガ)で終わる。この世というより生き物の基本だろう。その理念から外れて正気を保てるか、はっきり言ってまったく自身が無かった。

「こんな所だろう。後は、自分の目でこの世界を見てほしい。では良き旅を。これがこの世界の別れの挨拶なのだ」

「気に入ったよ。良き旅を、か。まったくもってその通りだ。じゃあ」

 右手を上げて歩き出した洸を、白の膜が徐々に覆っていく。そしてそれが治まった時、真田洸はアースガードのベルド大陸南端にあるミランダ王国の辺境の山の中に転移していた。




 日が落ちてきていい加減に空腹感を覚えた洸は、宿場町に引き返して夕食をとろうと脇道を急いでいた。

 偵察自体は上々で、少なくとも自分の仕事をしくじることは無いだろう。逆に言えば、自分の仕事さえ済ましてしまえば目的がどうなろうと問題では無いのだった。

 旅慣れた者の常でマントを羽織っている洸は大して寒さを覚えていないが、周囲は明らかに気温が下がってきて風も出てきている。

 空にはこの世界独特の二つの月が地平線に見え始めている。男月と女月、単純にそう呼ばれている月は洸にここが地球ではないことを自覚させた最初のモノだった。

 ふと気付くと道の先に三人の人影が立っていた。

 近付いていくとさらにはっきりして来る。

 三人とも見かけは若く服装も普通の物だが、発散している空気は明らかにチンピラのものだ。何が可笑しいのか嫌な笑いを浮かべながら、こちらを見ている。三人とも手元を隠していて、何か得物を持っていることは確実だった。

 あと五・六歩というところで洸は三人組に声を掛ける。

「そこのお三方、俺に何か用か?」

「へっ、もちろんさ。用がなきゃこんなとこでテメエをまってねえよ」

 真ん中の頭らしき男が如何にも心外だとばかりに口を開く。口の利き方からして、チンピラだという推測は間違ってはいないらしい。

「そうかい、だが俺にはお前等に用が無いんだ。通らせてもらうよ」

 さっさと脇に寄ろうとする洸に、リーダーがひどく早くキレた。

「ふざけんな、用があるつったろうが。テメエなめてんのか」

 あまりにもテンプレな言葉に洸は苦笑しつつ、話くらいは聞いてやろうとその場に立ち止まる。

「わかったよ、それで用って何だ?」

「なに、カンタンさ。テメエがうけたってあの話のカネをよ、おれらにゆずれってのよ」

「成る程ね」

 ある意味予想通りの展開で、頭痛がしてきた。恐らく実入りの良さそうな話を聞いたこいつらは、遊ぶ金欲しさから洸から依頼金を巻き上げようとしているのだ。まあ、自分がいかにも強者だという見掛けではないのは確かだが、ああいう話を望んで請ける冒険者がたかだか街のチンピラの手に負える相手ではないと分からないのだろうか? まあ、分かっているならチンピラなんかやっちゃあいないだろうが。

「おい、あにきの言うことを聞いたほうがいいぜ」

「そうそう、あにきはケンカに負けたことがねえんだからよ」

 取り巻きの二人の声が鬱陶しい。洸はさっさと済ませることにした。

「断る」

 言下にそう言われた事が一瞬理解できなかったらしいリーダーが、次の瞬間に大声を上げた。

「ざっけんな、テメエ死にてえのか」

「何度でも言ってやろう。お前等にやる無駄金は1アスだろうが無いんだ。さっさと失せろ」

(まあ、これで消えてくれるわけは無いよな。)

 マントの下で準備をしながら、洸はその点は諦めていた。

「へへ、こいつマジで死にたいらしいぜ」

 実に頭の悪い発言をしながら、リーダーは両手を晒して大型のナイフを見せる。取り巻き二人もそれぞれナイフと棍棒を出すとニタニタ笑いを強くしつつ手で弄ぶ。これで相手がビビルとでも思っているのだろうが、洸にとってはこんなものは脅しにもなっていない。それが分かっていない三人組は遂に実力行使に出ようとしていた。

「やい、かまわねえ。オメエらやっちまえ」

 物騒な発言と同時に洸に駆け寄ろうとするリーダーだったが、マントの中の何かを掴んだ洸が、それを取り出し自分に向けて「パン」という音がした瞬間、手首に激痛を感じて絶叫した。

「ギャアアアアアアーーーー。痛え、イテエよおおーーー」

 今まで感じたことの無い激痛に泣き叫びながら視線を下ろすと、右手首の真ん中に穴が空いていて、そこから真っ赤な血が垂れている。いや、問題は手首から先の右手の感覚が何故か全く無い事だった。切り落とされたならともかく、きちんと繋がっているのに手が動かない。よってナイフはもちろん取り落としてしまった。リーダーは発狂寸前だった。

「で、どうする? まだやるか?」

 洸の発言に、何が起きたのか分からなくなっていた取り巻き二人は我に返ると顔を見合わせる。洸が何かしたのは分かる。何をしたかが分からないのだった。恐怖を煽るのはいつの時代でもこういう未知のものだ。何かわからない、どう対処すればいいのかも不明、これほど人の恐怖の素となった要素は無い。

 なら逃げるしかない。リーダーなんか放っておいてさっさと逃げるんだ。至極当然のこの行動を起こそうとした二人は、見捨てようとしたリーダーの次の大声で全く逆の行動を取ってしまった。

「なにやってんだテメエら。こいつをやっちまええ」

 長年一緒になって行動してきたリーダーを二人は見捨てようとしていたが、この絶叫は二人の人間としての何かを刺激したらしい。大声を上げながら洸に駆け寄ろうとするが、無駄だった。

 「パン」「パン」という二回の異音とともに、一人は肩を、一人は腿に謎の深い傷を負い、その場でへたり込む。

 もう駄目だ。俺たちはここで殺されるんだ。そんな思考が三人の脳裏を駆け巡っていた。


 地面に倒れて泣き呻いている三人を見ながら、洸はこの後のことを考えていた。このまま殺してしまうのは簡単だが、後始末が面倒なのだ。三人もの死体を始末するのは大変で、完全に見つからないようにするのはさらに難しい。

 ならばどうするか? 開放するのだ。ただし、存分に脅してからだが。

「おい、聞けよ」

 自分なりに低めに出した声で、手首を押さえて呻いているリーダーに命じる。

「俺はお前らの命になんか興味は無い。このまま見逃してやるよ。ただしだ」

 さらに低く静かに声を出す。ここからが肝心なのだ。

「俺にやられたこと、俺にしようとしたこと、依頼の話、これらを一切誰にも喋るな。もし一言でもお前らから漏れたと分かったら、俺は必ずお前らを殺しに行く。安心しろ、誰が漏らそうが三人仲良く殺してやるよ。苦しみが一瞬ですむか、ひどく長引くかは運次第だがな。さあ、さっさと行け」

 がくがくと頸を縦に振ると、三人はよろよろと町のほうに歩いていった。

 洸は暫くその様子を見守ると周囲を見回し何か異常が無いか確認すると、リーダーの落としたナイフを近くの藪に投げ込んだ。

 そしてマントの下から先ほどの惨劇を起こした元凶を取り出す。銀色の光沢を持つ合金製の凶器は、午後の光の中で酷く無機質な外観を晒していた。

 洸は薬室の弾を確認し、スライドにも異常が無いことを確認すると、この長年の相棒を懐に収めた。


 そう、この銃はこのアースガードに本来あってはならない筈の物だった。

 その名を「FNブローニング・ハイパワー」という。

 

 登場する銃器の種類は、完全に私の趣味です。

 あっ、あと1つ宣言を。

 私はザ・レジメントが大好きです。

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