第百四十一話 歓談
「トップ同士の会談てのは何も特別なものじゃない。
立場が異なるだけで、やってる事に変わりはないんだ。
だというのに特別に見えたり聞こえたりするって事は、
それだけ組織ってものが面倒極まりないモノだってことの証明だな」
ある新聞記者の後輩への助言より
全てと言うかとりあえず一段落はついた倉庫内は、結構な喧噪が支配していた。
それも当然で、物事は常に後片付けが肝心なのだ。言うなれば大騒動とは常日頃の日常とは一線を画す非日常に他ならぬからである。それを日常に復帰させるにはそれなり以上の手間がかかるものなのだった。
捕縛した連中を外に出して護送用の馬車に乗りこませる治安局の者たちに、残りの一味がいないか追加の捜索を行う冒険者の面々。更にメリアスとロイの手下もそれぞれ駆けつけてきたので、中々に人口密度が凄い事になっていた。その他にも細々とした雑務が多く、怒鳴り声こそしなくとも大声が飛び交っているのは間違いがなく、多人数での宴会じみた状況と化している。
その所為でそれぞれのトップが会談を行うには、この場は相応しいものではなかった。別にこの場の誰かに聞かれても困る類の話ではないのだが、ただ単純に喧噪の中では意思疎通に問題がある。だからこそ二階部分の柵付き通路でメリアスとロイにアイヴァンの三人は、階下の作業を見下ろしながら今後の事について雑談を交わしていた。
「やれやれ、上手くいくかひやひやしてたが、どうにかなってくれたな」
「全くですよ。分の悪い賭けではないと判断こそしましたが、実際に自分の命を囮にするのは胃に悪いですね」
メリアスは柵にもたれかかっており、ロイも壁に背中を預けている。如何にも疲れましたと言わんばかりの頭目二人の物言いに、立場の違うアイヴァンは同意しなかった。
「お前さんたち二人ともそんな演技をしなくてもいいだろうに。嘘こそ吐いていないだろうが、それだけでもないんだろう?」
それを耳にしたロイもメリアスも少しばかり苦笑しつつ、返答をする。
「確かにそうですね。私もロイさんも内部の邪魔者を片付ける得難い機会でしたから。まぁ私は元が単なる商売人ですからね。自分の命を張るのは、あまり得意じゃないんですよ」
「まあな。メリアスはその通りだろうが、俺は昔はこんなのばかりだったからな。自分の命しか賭けるモノが無かった頃が戻ってきたみたいだったよ」
このように返答内容も根本こそ同じでありながら、微妙な違いもある。それぞれの生い立ちやら過去やらが織りなす二種類の布のようなものだった。
「それでゼニアスはどうなりますかね? まさか単なる牢屋行きだけで済ますとか?」
こんな質問をしてくるメリアスだったが、本当はそんな事をあり得ないと確信しているので、実際は単なる確認でしかない。今回の騒動は穏便に収拾するには事が大きくなり過ぎていた。
「当然ヤツは死刑にしかならないよ。おたくやロイの所の三下連中も纏めてな。今の宰相閣下は身内を魔薬で亡くされている方だからな。この手の話を絶対に許さないし、それが政治的に正しい判断でもある。あいつらの誰一人として減刑は有り得ないな」
「良かった。あの手の連中は全て消しておくに限りますからね。誰か一人でも生き残りがいると、後々になって何か面倒の種になりかねないですし」
メリアスはアイヴァンの返答に心底からの安堵を示して、更に柵に顎を乗せる。組織の頭としては気を抜き過ぎでは言われかねないが、こういうそれなりの立場の者しかいなければその限りではない。
他の二人もその点はよく理解している。上に立つ者とはTPOを弁えていなければやっていられないものなのだった。
「まぁいい見せしめになるだろうよ。どこの組織も大なり小なりああいう手合いは抱えているからな。噂が広まれば暫くの間でも、莫迦をやる奴は出ない……と良いなぁ」
ロイの物言いにメリアスは苦笑し、アイヴァンは皮肉気に口元を引くつかせる。
ロイの発言の最後のものは単なる願望なのだが、それが叶えられないであろうことをよく分かっているからだった。
今回のような事を仕出かす阿呆共は基本的に他人の事などどうでもよいからである。つまりは話を聞いたとしても「自分には関係ない」と本気で思う者ばかりなのだった。他山の石や他人の振り見て……などに類する物言いはアースガードにもあるが、そんな思考は連中には欠片も存在しない。しているならこんな稼業を続けている筈もないのだが。
「兎に角私らの方はこれで片が付きました。それであの坊ちゃん二人と嬢ちゃんの方はどうなるんです?」
メリアスが目線だけをアイヴァンに向けながら聞いてきた。ロイも当然興味があるので、彼も視線を向けてくる。
「大丈夫だろう。言っては何だがあのお三方は、この件で誰も傷つけていないからな。それに家名の方も心配はない。事件そのものは世間に公表するが、三人が関わっていた事は表に出されないだろう。そうなればあの子たちは何事もなくこれまで通りに生きていける。何年、いや何十年か経ったら若かった頃の失敗の一つとして笑い話に出来るだろうよ」
アイヴァンの答えにロイもメリアスも満足そうにうなずいた。
大の大人としては、身分が違うとはいえ子供に酷な経験をさせる事の意味は分かっている。今回のように取り返しがまだ付く程度であれば、人生のいやな経験の一つとして昇華できるだろう。
また逆に言えば彼らにとってはその程度の事なのだった。
あの三人に関して詳しい経緯を知らないし知りたくもない。何でもかんでも抱え込めるほど、彼らは暇人ではないのだから当然である。
だからこそ三人の内の一人の特殊事情など知りもしなかった。ただ単に若者たちの未来を潰さずに済んだことを三人揃って喜んでいるのだった。
その頃の洸達はというと、レイラ達三人に状況というか真相を説明していた。
場所は倉庫内にある小部屋である。調度品と言えそうなものは幾つかの簡易な椅子だけという、誰かが詰めている場所というよりは物置としか呼べなさそうな場所だった。
しかし説明を受けている三人にはそんな事を気にしている様子はない。左からレイラ、ジェイル、そしてファルステンという順番に座っているのだが、室内の埃の積もった汚さにも気を掛けていないようだった。
見たところ未だに放心状態が抜け切れていない様子で、ふだんのそれなりに的確な受け答えが出来る精神状態ではないのだろう。
ただしこれでも実の所まだマシになった方である。
ここに連れてこられる時など、ジェイルとファルステンは洸に。レイラはローザに支えてもらわなければ足元がおぼつかなかった程だったのだ。ちなみにリーアは先導役とドアを開ける係だった。
何とか椅子に座らせ、三人がそれぞれ懐に持っていた簡易的な水筒から水を飲ませて、それから数分が過ぎてやっとこの状態まで戻ってきたのだった。
「…………」
勿論洸が話をしている間も、全員一言も口を利かない。ただ目線だけは洸の方を向いているし、呼吸も規則正しいものである。その点からしてきちんと話を聞けていると洸は判断していた。
「そんな訳でファルステン、君の家のルイスさんからの依頼を受けて、僕らは君たちを護衛していたんだ。最終的にこうなるとは思わなかったが、何とか達成できて良かったよ」
そう話を結んだ洸に対して暫く無言を続けていた三人だが、レイラとファルステンだけは反応を返した。
「そう、だったんですか」
「私達は、ものの見事に、騙されていたのね」
ファルステンは少し俯き気味になり、レイラは髪が乱れるのにも構わず頭を抱えていた。
対面状態にある洸は勿論のこと、その傍らで聞いているリーアとローザも、彼らの内心がどうなっているのかは簡単に想像がついた。
どうにもならない程の羞恥心と自分への罵りが頭の中に渦巻いて止まらないのだろう。貴族としての躾けが無ければ、大声で怒鳴りだしていたかもしれない。
いや、それともショックが大きすぎる事による放心状態の影響だけで、躾けは関係ないだろうか?
そんなどうにも失礼な事を洸は考えていた。
「……ジェイル?」
ふとレイラが隣でこの期に及んでもまだ無言のままのジェイルに声をかける。
その事に気付いたファルステンも目線を右側に向けるが、その途端ジェイルは目を見開きいきなり立ち上がると、洸に向かって怒鳴り声を上げた。
「嘘だ!! 嘘だ、そんなこと」
やっと書きたかった部分の入り口までたどり着きました。
次回こそが今回の山場です。勿論銃器は出てきません。
こういう話をもっと上手く展開できるようになりたいものです。
あと百二十七話を少し修正しました。話の繋がり上おかしな部分が出てきてしまったので。
これで違和感なくいけると思うのですが。
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