第十三話 銃撃
「図体がでかいだけの子供に何ができる! 周りの人間を巻き込むだけしか能の無い屑に用は無い」
ある軍徴兵官の言葉より
M2重機関銃。
アメリカ軍が採用したのが1933年と言う古い代物なのだが、その信頼性の高さと良好な命中精度によって、二十一世紀になっても現役運用されている傑作機関銃である。
そしてその特性は、たとえ別世界であっても何ら変わる事は無かった。
最初の犠牲者であるケインは、程度問題ではあるが、もっとも不幸な死に方をする事になる。
橋の先にいる獲物二人が何をやっているのか確かめようと兜の面当てを取った次の瞬間、その光景を目撃する事となった。
「なっ、何だ? ありゃああ?」
思わず叫んでしてしまったが、眼前の光景が一体何を示しているのか、彼は全く理解できなかった。
何か金属の塊が地面に据えてあり、そこから突き出した同じ金属でできているらしい筒がこちらに向けられている。
獲物の片割れの男がその背後に寝そべって塊の一部を掴んでいるようだが、これも何がなんだか分からなかった。
(何かの魔法か? それともあれで矢でも射るのか?)
そんな考えも浮かぶが、結局ケインはそれを無視する事にした。自分達に抵抗した所で、獲物の最期などすでに決まっているからだ。
(所詮追い詰められた下郎の悪足掻きよ)
程度の低い思い込みで結論付けると、そのまま一歩を踏み出す。
だが次の瞬間、轟音が響いたと同時に腹部に衝撃を感じて、ケインは目線を下ろす。
そして信じられない物を見た。
着ている鎧に大穴が開いていた。鎧を構成する板金は完全に貫通され、その下の衣服はおろか身体そのものにまで穴は続いている。
やがて大量の出血が始まり、経験した事の無い激痛が続く。
「えっ? えっ?」
ケインは訳が分からなかった。こんな事は有り得ない、これは夢だ、幻だ。そんな言葉が脳裏を駆け巡っている。
つい傷口を両手で押さえようとするが、さらに衝撃的な光景が待っていた。
いつまで経っても利き腕たる右手が出てこないのだ。
不思議に思って視線を右に向けると、なんと右手が消失していた。肩から先が引き千切られたようになっていて、そこからも出血が始まっている。
ケインはその途端に岩盤の橋の上に膝を着いてしまい、あらん限りの絶叫を上げた。
「う、腕が。俺の腕がああああ」
だがケインの意識はそこで途切れた。別に意識を失ったのではなく、生命活動自体が停止させられたのだ。
飛来した12.7mmx99弾の一発によって、頭部を丸ごと吹き飛ばされたからである。
殺戮が展開されていた。
洸はまず先頭のケインに向けて数発の試射をして問題が無いかを確認し、さらに本格的な射撃を開始した。
給弾ベルトに詰められている12.7mmx99弾が次々に減っていく。
そして地獄が始まった。
間断無く響き渡る発射音に支配された空間は、標的となっている者の命を情け容赦なく刈り取っていく殺戮場だった。
先頭の頭を失ったケインを皮切りに、次々と致命傷を負っていく騎士たち。肩に大穴を開けられ、腕が僅かな皮膚と筋肉で辛うじて繋がっている者。または腿の所で右足を断ち切られ、その場に倒れたまま出血多量で緩慢な死を迎える者。死に方は様々だが、どれも無慈悲な事に変わりは無い。
M2の使用弾薬である12.7mmx99弾の威力の前には、騎士たちの鎧など裸よりはマシというだけ。たかだか人間が着て動ける程度の鎧に、この弾を如何にかできるような防御力など期待するだけ空しい。
そしてなお悪い事にこの岩盤の橋はほぼ直線であり、しかも幅も目測で3mと言ったところか。左右は水を湛えた池なので、そんな所に鎧を着た騎士が入れば溺死するだけだろう。つまり逃げ場はどこにも無く、彼らは冒涜的且つ奇怪な死骸を晒す事しか許されていないのだった。
無論、騎士たちはそれに抗おうとする。だが全ては無駄な努力だった。
距離を詰めようとしても先に死んだ者達の死骸が邪魔をして、進もうにも進めない。左右も勿論のこと駄目。
ならば後方に逃れようとするが、M2の有効射程は2000mにも達するのだ。これは森の外縁まで逃げても、無駄であることを示している。最後部のビルゾンまで100m無い状況では焼け石に水でしかない。
しかも中には一人目を貫いた後に、その後方にいた二人目まで貫通してから、やっと弾速が落ちて消滅する弾丸まであった。いや、全ての弾丸がその威力を発揮しており、偶々数発しかこの状況を作らなかったからに過ぎない。
どちらにしろ彼らはまるで災害に遭ったかのような突然の死を強要されていた。
殆どの者は即死と言うかなり慈悲深い死を迎えた。他の者の大半もそれから数分以内に息が絶える。
ケインに比べて幸運と言うべきだろう。自分の身体に何が起きたのかを、全く自覚できなかったのだから。
そしてついに射撃が止まった。発射音が途絶えた森の空間は、鳥の声さえ聞こえぬ完全な静寂だけが残っていた。
洸はU字型の銃把から手を離すと、岩盤の橋の上を見渡した。
何とかなったな、というのが本人の感想だった。
実はM2をこの世界で使用するのは、今回が初めてだからである。
これまでの旅路では、ここまで大人数と相対する事が無かったのだ。
また極力自分の能力について秘匿しようと努めてきたので、基本的にパーティーを組まず、独力で解決してきてもいる。
おかげでこれまでリーアを除いて、洸の真の力を知るものは居なかった。
だがリーアとの邂逅によりこの点も変化した以上は、ある程度は自分の能力を他者に開示する事も有り得るだろう。
そこまで考えた所で、意識を目の前の現実に戻す。
見える限りにおいて動く者はいないが、油断は出来ない。
死んだと見えた敵が実はまだ生きていて、そいつの最後の反撃で死んだ兵士はいつの時代も絶えた事が無い。
だがとりあえずは大丈夫だろう。
M2の威力は十分に発揮された上に、万が一の確率で生きている者がいたとしても、その精神的衝撃にしばらくは動けまい。咄嗟に行動に移れない兵士など、素人と代わりが無いのだ。少なくとも脅威では無い。
後ろを振り返るとリーアが呆気に取られていた。
「リーア」
声を掛けても反応が無い。完全に放心している。
「リーア」
再度の呼び掛けと共に、頬を二度軽く張ってみる。
「はっ?」
スイッチが入ったらしく再起動を果たしたリーアだが、眼前の光景が目に入ったのかまたも絶句していた。
「大丈夫か?」
「はっ、はい。何とか……」
洸の問い掛けにすぐに反応する。とはいえ血生臭さまで漂ってきたのか、ヒクヒクと小刻みに鼻が動いていた。
「しかしまあ、あなたの武器は相変わらず凄まじいですね」
それなりに付き合いの長い彼女だからこその反応だった。別の者ならどうなっているか。想像はつくが、洸はそれを放棄した。
「まだやる事はあるんだ。さっさと片付けよう」
橋の上の死骸を一つ一つ調べていくのは、かなりの精神的疲労を伴った。
用心にハイパワーを右手に持ちつつ、左手で頚動脈を確認していく。勿論、頭の無い死体はそのまま放置して。
「おっ、こいつまだ息がある」
最後尾にいたビルゾンはまだ生きていた。
どうやら被弾したのは右脇腹だけのようだ。
ただ残りの人生を全うできるかと言うと、それは無理そうだった。
かなりの深手であり、今すぐ治療を受けても、恐らく助かるまい。
「たっ、助けてくれ」
まあこちらの所見など知る訳が無いビルゾンは、側で片膝立ちをしている洸に救いを求めてくる。うつ伏せに倒れていたのを引っくり返して仰向けにさせたのだが、顔色の悪さが進行していて、イケメン振りが台無しだった。
「コウ?」
傍らに膝を着いているリーアが尋ねてくる。洸は仕方が無いとばかりに、返事を返した。
「分かったよ」
それを聞いてリーアは驚愕し、ビルゾンは安堵の笑みを浮かべた。
「但しその代わりこっちの質問にも答えてもらおう。嫌ならこのまま帰るからな」
「わっ、分かった」
それを聞いてリーアも納得したようである。情報を聞き出すための演技なのだと。
洸はすぐさま質問を始めた。
「まずはあんたの名前は?」
「ルベル伯爵の次男、ビルゾンだ」
「この状況を把握してるのは、あんたの親父だけなんだな?」
「そうだ、父上しか知らない。他に知っているのは部隊の者だけだ」
「あと何人いる?」
「五人だ。そいつらはみな親族で、その所為で今日は参加できなかったんだ」
「あの食堂で話し掛けてきた商売人らしい男はお前らの手下か?」
「ああ、昔から使ってきた小悪党で、裏の世界にも通じてるからな」
「名前は? あとどこに住んでる?」
「ガ、ガルガだ。商館街の隅に表向きの店を構えてる」
「よし、聞くべきことは聞いた」
洸は立ち上がるとリーアに頷き、そのまますたすたと森の出口に向かって歩き出した。当てが外れたビルゾンは狂ったように叫び出す。
「きっ貴様。助けると言ったではないか」
「ああん? 何を言ってるんだ。俺は分かったと言ったが、助けるなんて一言も言ってないぞ」
洸は立ち止まると、正に詭弁以外の何者でもない台詞をさらっと口にした。無論最初から助ける気など毛頭無かった。
「この下郎め。やはり貴様ら平民は誇りを知らぬ。恥知らずの屑め。貴様は父上に歯向かって無事でいられると思っているのか? そうはいかんぞ」
「言いたい事はそれだけか?」
充血した瞳と鬼気迫る表情でまくし立てたビルゾンだが、洸の発言に込められた冷たさに悪態が止まる。
「お前らはどうやら、これまでも何度か俺達と同じ冒険者を餌食にしてるな。なら中には救いを求めた者も当然いた筈だ。そいつにお前らはどう対処したんだ?」
ビルゾンは返事が出来なかった。これまでそんな事があっても、当然の如く全て無視して来たからである。一度たりとも獲物を生かして返さなかったのだ。
「あと歯向かうとか、それこそお門違いだな。よく考えろよ。お前らを殺したのが俺だと、誰が証明できるんだ? そのガルガか? そいつは俺達を引っ掛けようとしただけで、他に証言出来ることと言えば、俺達が今日月光草を採りにこの森に向かった事くらいだろう」
洸の説明を聞いている内に、ビルゾンの顔色は加速度的に悪くなっていった。たとえ自分達が死んでも洸達がただでは済まないと思っていたのに、それが物の見事に否定されたのだ。
つまり自分達は名誉も糞も無い犬死である。
この森の中で誰とも分からない相手に皆殺しにされた、騎士の風上にも置けぬ屑と永遠に看做されるだろう。
もっともそのまま受け入れられる訳が無いから、公式には病死や事故死として処理されるだろう。
まして高位の貴族の子弟であるからには、かなりの迅速さで処理が為されるに違いない。
かくて二重の意味で彼らの誇りは泥に塗れる訳だ。
「やだ。嫌だあ。誰か助けてくれえええ」
洸とリーアはとっくにその場を去っていたが、ビルゾンは気付いていなかった。
薄れていく意識を必死に繋ぎ止めて、あらん限りの力で助けを呼ぶ。
だが全ては無駄だった。何しろ生きている人間は彼の他は森の中にいないのだから。
やがて遂に息絶えるまで、ビルゾンの声が絶える事は無かった。
「何だか以前と似たような状況ですね」
リーアの何となくの感想に、洸は内心で頷く。
森を出た洸とリーアは繋がれている十八頭の馬の傍を通り過ぎると、そのまま東にある北に向かって伸びている大街道を歩いている。とは言ってもこのまま北に向かう訳では無い。南に行けばそのまま王都なのだ。
「まあね、だけど前とは別の面倒くささだな。今度は王都の貴族かよ。僕は呪われてんのかなあ」
洸の発言も愚痴交じりである。だが、それに続く発言は冷静な分析と打開策だった。
「でもこれを解決しない限りこの国を出られないな。騎士団の顧問ならそれなりに発言力があるだろうし。それにあのガルガって男は、僕達の顔を知ってる。証拠は無くても、疑いを向けられるのは避けられないな」
リーアの頷きを見つつ、さらに続ける。
「ならまずは前回と同じく相手の行動を待とう。まあいろいろと調べられる事は調べながらね。とにかく準備を怠らずに。あっ!」
「えっ? な、何か失敗したんですか?」
緊張するリーアに洸はしれっと答える。
「ついでに月光草を採ってくるんだった」
やっと戦闘? シーンが出てきました。
M2大活躍です。
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