第百二十三話 伏撃
「真実には確かに人を救う力があると、僕も思うよ。
だけど現実はどうだろうね?
大抵の場合において、人を打ちのめすか無気力にさせるだけなんだがね」
あるジャーナリストの発言より
道の真ん中に立ち塞がっている男二人に関して、洸がまず確認したのは、顔に見覚えがあるかどうかだった。
この国に入ってそれなりに時が経っている以上は、それなりに変な絡み方もされている。特に連れの女性エルフ二人が原因だが。
だが幸い? なことにニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている男共の顔に覚えは無く、その点だけは安堵する。だからと言って問題は解決してはいないのだが。
そしてもう一つの更に重要な要素を確認する。今いる地点の周囲の地形状況である。
木々が密集している森はこれから進もうとしている方向に見え始めており、今の所は樹木という点での遮蔽物は見当たらない。ただし左右には高さの差はあれ盛り上がりというかちょっとして丘ともいうべきものが存在するのが確認できた。
だとすればそこに人員を伏せさせていると考えるべきだろう。
合図とともにこちらの後方をふさぐべく、一部が回り込んでくるに違いない。
そう判断した洸は、即座に手綱を引き馬車をとめる。貸馬車屋からその素直さを保証されている馬は、嘶きながらもすぐに歩みを緩めて数歩で止まってくれた。
男二人との距離は目測で10mほどだろうか。声は届くだろうが、何か小細工をするには心もとないだろう。
「何か用かな?」
どうにもかわりばえのしない台詞を投げかけてみるが、内心では面倒が降りかかってきたと覚悟はしていた。
道の先にいる二人が嫌な笑い方をしているのとともに、その服装がとんでもなく酷かったからである。一目見ただけでも長期間にわたって洗濯をしていないのが丸わかりな程に汚れ切っており、土埃やら雨水やらでほとんど赤茶けていた。
更にその髪型も似たようなもので、生まれて以来一回も櫛を通したことが無いのではないかと思えるほどにボサボサである。右側にいる奴は左の奴よりも幾分か髪が長いが、手入れなどしていないのは同様らしく、余計に薄汚さが際立っていた。
だが何よりも洸の警戒心を喚起させたのは、二人の目である。
小悪党というかチンピラ程度ならば、そこに他者を莫迦にしたような不愉快な色があるものだが、彼らの目にあるのは何も感じさせない闇の深淵のようなどす黒い何かだった。
そこから推察されるのは、こいつらはただの小悪党などではないという事である。少なくとも何人もの人間を殺したことのある本物の悪党であると洸は判断した。
ならば最上というか最速のやり口は先手必勝である。
おそらく目の前の二人は足止め役で、先ほど予想した通り左右に仲間を伏せさせているに違いない。
要するにこちらを囲んでしまおうと企てているのであり、まだ罠の口は閉じてこそいないが、時間の問題でもある筈だった。
ならばさっさと目の前の障害を取り除いてしまい、馬に一鞭当てて逃げ出すのが最も手っ取り早い方法だろう。こいつらの狙いは十中八九荷台にいる若者三人であり、依頼人を危険にさらさぬ為にもさっさと逃げ出すのが最適である。
だが洸はこういう連中を野放しにするのは危険であるとも判断していた。
目の前にいる二人が頭目かどうかは分からないが、殺しに慣れている悪党というのはひどく危ない存在でもある。
しかもこいつらは多分だが強盗団の類だろう。以前結果的につぶした「銀の風」のように、それなりに統率力のある頭目が率いているのならば、不必要な暴力は行使しないだろうというある種の信頼すら抱けるだろう。
しかし今は頭目が誰かなのかが全く判明しておらず、正確な人数さえも不明だった。これでは野獣の群れを相手にしようとするのと同じだった。
そしてその手の群れは、そこの暮らす全ての民にとっての害悪でしかない。
ならば潰す。
洸の考えとはただそれだけである。
「もちろんさぁ。オメェの後ろにいるお貴族さまをわたしてくれよぉ」
短髪の方が口に出した台詞を聞いて、洸はやっぱりかと内心でゲンナリした。
「オレラの子分がきのう町で見つけたエモノなんだよ。一回でいいからああいうのをメチャクチャにしてみたくてよ」
長髪の方が下衆な男の欲望のまま言ってのける。
洸の琴線に触れもせず、それどころか微妙に逆撫でされるかのような感触を覚えて、一瞬だが唇の端を引くつかせてしまう洸だった。
「まぁオメェは関係ねぇからみのがしてやってもいいぜ。そのかわりその両側にいるすっげぇ美人のエルフ二人をおいてけや。なぁ、いいだろう?」
勿論リーアとローザが目に入らぬ訳がなく、しっかりと要求は上乗せされる。それを耳にしたエルフ二人は片方は小ばかにしたような笑いを浮かべ、もう片方は不機嫌そうに眉をひそめているのだが。
なし崩し的というか必然的に交渉役になっている洸は、何とかして姿を見せていない残りの賊をどうやって引きずり出そうかと考えかけた所で、後ろから実に凛々しい声が響いてきた。
「コウ殿、何をしているのだ。さっさと断って先に進みましょう」
思わず振り向くと、レイラが腰の細身のサーベルに手をかけながら立ち上がっていた。
「そうだ。たった二人の賊など切り捨ててしまえばよいではないか」
溌剌とはしているが、言い換えればただそれだけのジェイルの声がして、同じくサーベルを抜く音がする。もう一つ同じ音がして、ファルステンも同様である事が知れた。
そして洸が返事をする前に三人は馬車の側面から飛び降りると、馬の前に集合して二人の賊に向けて刃を構える。
その構えそのものは堂々としたもので、三人が正規の剣の訓練を受けていることを如実に表していた。
ただそれは相手にとって実に好都合でしかなかった。皮肉な話だが洸にとっても同じなのだが。
ただここまで堂々とまるで物語の騎士であるかのように颯爽と登場したあたり、状況をまるで理解していない証でもある。
「ほほぅ、やっぱりいるじゃねぇか。おい、おめぇら出てきやがれ」
短髪の方が大声をあげた途端に、左右の丘に人影が生じる。
洸が視線だけ動かして確認したところでは、ざっと左右合わせて十五人ほどといったところだろうか。
全員がナイフやらショートソードといった軽めの武装をしている。中には槍持ちが二人ほどいた。
さらに洸の予測どおり何人かが馬車の後方に駆け出て、こちらの退路を塞いできた。
ただこれは洸にとっては予想していた事であり、驚きもしなければ取り乱しもしない。
リーアは出会った頃なら兎も角として、今はそれなりに旅の経験をつんできたし、洸やローザからその手の知識を教えられており、のほほんとした態度を崩していなかった。
ローザはもともとこの手の連中のもっと凶悪な同類の親玉だったのだから、やり口など熟知している。薄笑いを浮かべた顔には、汗一つ浮かんではいなかった。
しかしレイラ達にとっては、まったく話が違っているようだった。
「か、囲まれているのか?」
素人ですら焦っていると見破られるであろう音声でそう口に出したジェイルは、左右と後方を確認して蒼くなっていた。レイラとファルステンも同様らしい。
三人とも見事なまでに腰が引け、構えた剣先が小刻みに震えていた。
(やっぱりそうだったか)
洸はこれまでの会話などから考えていた別の予想が当たっていた事を確信していた。
ただし全くありがたくない事だったのであるが。
最初に会って以来、洸の中にはある疑問が湧いていた。
それはこの若者三人が実戦経験、平たく言えば人を殺したことが無いのではないかという事である。
まぁアースガードは地球世界の日本と比べれば、どこもかしこも命が安い場所ではある。スラムであれば死体が転がっていても誰も驚きはしないし、何らかの組織同士の抗争があれば死人が数人出ることなど珍しくもなんともない。
だが基本的に治安の維持された都市部で育てば、殺し合いの果ての死体など生まれてから一度も見たことがないというのも可笑しくはないのだった。上流階級の生まれともなれば猶更である。
それは騎士団、つまりは軍隊であっても変わりはない。
基本的に前線で苦労するのは兵隊の仕事であるから、騎士の仕事というのは彼らを指揮する事である。直接剣を交えての命のやり取りは、状況が逼迫した時にだけ起こりうるものなのだ。
だからこそまだ若い彼らが命のやり取りを、要するに自分の手で誰かを殺したことはない確率が高かった。
これは何処の世界でも同じだろうが、本当に戦争を生き抜いてきた人物であれば、フィクションというかエンターテイメントとしての戦争など絶対に楽しめない。
それがどれほど救いが無く、浪漫や英雄的要素など無いかを実地で経験しているのだから。無論それでその手の作品にイチャモンをつけるのは筋違いであるから、殆どの軍人は何も言わないだけである。
中には変な拗らせ方をしたのが、絶対に出てくるのも事実ではあるが。
そんな訳でレイラやジェイル、ファルステンの反応は洸の事前予測を物の見事に裏付けていた。
重ねて言うが全くもって嬉しくない事に。
「へっへっへ、分かったろう。この人数にかかっちゃ、もうどうにもならねぇだろ? おとなしくつかまれや」
「そら、ちょうどよくおむかえも来たぜ」
その声に反応して視線を道の先にむけた洸の視界に、大きな二頭引きの馬車がこちらに向けてやってくるのが見えた。
西部劇によく登場するような大きな幌付きの馬車で、荷台に何かあるのかそれとも空なのかは判別できない。ただし更なる増援の可能性が高いと、洸は判断した。
ならばこれ以上様子見を続ける余裕はない。
レイラ達三人は完全に臆してしまっており、小刻みに震えだしてしまっているありさまだった。
ならば自分たちの邪魔はすぐには出来ないだろう。
洸は即座に決断し、自分の左右に座る二人のエルフにはっきりとした声で命令する。
「リーア、ローザ。左右の奴らをどうにかしてくれ」
同時にMP5を実体化させ安全装置を解除、最初からフルオートを選択する。
そして目の前で起こっている事に全く対応できていない短髪と長髪に向けて、それぞれ五発ずつの9mmパラベラム弾を撃ち込んだ。
戦闘の入り口にしかたどり着けませんでした。
どうにも説明が長くなりすぎている気はしますが、ご勘弁の程を。
あと馬車に関して説明が足りていなかったので、百二十一話に加筆しております。
そこから読み返していただければ、矛盾はないかと思います。
感想は随時受け付けております。