表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
another real 現実か否か  作者: DELTA1
第七章 最後に笑う者とは……
114/179

第百八話 妄信

「お客さんから見れば大笑いするような見世物でも、

 俺達芸人は本気でやってるもんさ。

 それは素人さんでも一緒だろ?

 だからこういう喜劇ってのは、

裏を返せば悲劇でしかないって事なんだ」


 ある舞台芸人の弟子たちへの警句より

 幸いな事にクラウスとミズンは、二人ともすぐに我に返ってくれた。

 クラウスは外の世界でエルフを見慣れているし、ミズンも子供の頃に似たような経験をしている。それどころかまだ小さい頃にエルフの女性に世話をしてもらった事があるとのことで、特にリーアとはすぐに打ち解けた。

 なのでエルフ二人にシリルを任せて、洸とクラウス夫妻は脱出のための準備に取り掛かっていた。

「兎に角最優先なのは、まだ小さいシリルの為の物です。肌着やオシメの類とかのね。あとは家にあるだけの現金を用意して下さい。すいませんが、あなたたちの物は余程小さな物でない限り、持ち出せないですね」

「構いませんよ。そんな大した価値のある物なんて、この家にはありませんから」

「ええ、私にとっての大切な物なんて、両親の形見であるこのネックレスくらいですし」

 眠る時以外はずっと首にかけているらしいネックレスを片手で触りながらも、ミズンの行動はほとんど停滞していない。このあたりは流石は主婦だなぁと洸は妙に感心してしまった。

 三人はそれなり以上に急ぎつつも、そんな会話を交わしながらの余裕ある作業に勤しんでいた。

 外は既に日が落ちて暗くなっているとはいえ、流石に抜け出すには早過ぎる。出来れば大抵の人間が眠りに落ちてしまう地球世界でいうところの午前二時か三時あたりが望ましい。この時間ならば殆どの者が最も深い眠りの中にあるからである。

 ただし農作業を行う人々というのは、総じて朝が早い。よって遅すぎても、逆に見つかる可能性は高くなってしまうだろう。

 このため洸としては、大体だが夜半過ぎに行動を起こすことに決めていた。

 三人が手早く荷物を纏めている横で、リーアとローザはシリルと戯れている。

 リーアの腕に抱かれているシリルは、彼女の見事な金髪を玩具代わりにしてご機嫌な様子で笑っていた。

 抱いているリーアの方はというとこちらも非常に楽しそうであり、そうでありながらも正に母親そのものの空気を発散している。

 ローザはその横でシリルの頬をつついたり軽くくすぐったりしながら、こちらもリーアと似たような態度で微笑んでいた。

 それを目にした洸はちょっとした疑問を抱き、それを素直に口に出してみた。

「二人とも妙に手馴れてるけど、まさか故郷に子供がいないよな?」

 それを耳にしたエルフ二人は、心外だと言わんばかりに冷たい目で洸を見返してきた。

「失礼ですね、コウ。私はあなたが初めての男性です。あなたならご存知でしょうけど、エルフは子供が出来にくいので、もし生まれたなら里の全員で育てるんです。私も何人かの赤ん坊を世話した事がありますから」

「その点はワタシたちダークエルフも一緒ね。うちの里の五十歳にもならない子供の一番大事な仕事は、まだよちよち歩きの子供の世話だったわ」

 そんな返答を受けて、どうにも似ているのかそうでないのか今一判断のつかないエルフの生態に面食らってしまう洸だったが、おとなしくお言葉を聞き入れて作業に戻った。

 まあローザの言うとおり、エルフにとって五十歳というのはまだまだ子供でしかないのだが、人間にとっては既に盛りを過ぎた歳なのはこの世界でも変わりはしない。

 どうにもその点での感覚というのは、種族的相違としか表現しようのないもので、彼女達が文字通り自分とは違う種類の生き物だということを如実に表していた。

 だが洸は地球世界の日本人でもある。

 そして何よりもオタク趣味の持ち主であるから、ならばそういうものなのかと、他の者からするとえらく簡単に事実を受け入れる事が出来ていた。

 これが一般人ならば受け入れるのに酷く時間を要し、その後もほんの僅かな違和感を抱え続けたであろうが、洸にとってはそんな事は思い悩むだけ無駄なのである。

 どうにも思い切りのよすぎる性格であるが、少なくとも現状には最適とは言えずとも最善のものではあるのだろう。

 くどくどと思い悩み過去を悔いているばかりではやがてどこかで野垂れ死にする運命であった筈で、どうにもこの暢気な性格こそが洸の最高の長所にして欠点でもあると言える。

 ただし本当のところは不思議そうに顔をこちらに向けてきたシリルの無垢そのものの瞳に、どうにも強烈な後ろめたさを覚えてしまったからなのだが。

 そんな三人の部外者の様子を怪訝そうに眺めながらも、クラウスとミズンの夫妻は手早く準備を整えていった。

 ほぼ二時間も経った頃には全ての準備が整い、家の中は少し前と比べるとひどく静かになっていた。

 女性陣は幼子のシリルも含めて横になっている。少しでも体を休ませておくべきだという洸の助言を受けて、ミズンとシリルはベッドに、リーアとローザは小さなソファでまるで姉妹のように体を並べて目を瞑っている。

 ちなみにシリルはミズンの母乳をお腹いっぱい飲んだ後に、まるでスイッチが切れたかのように簡単に眠ってしまった。子育ての経験など無い洸は軽くでも驚いてしまったが、その他の大人達は平然としていた。その事に軽い疎外感を覚えつつも、洸も休めようとしている。

 ミズンもシリルほどには熟睡はしていないだろうが、あれこれと先行きに不安を感じて目を覚ましているよりはマシであろう。そんな行為は大抵精神に悪影響を及ぼす。救助対象者がそんな様子では、洸のような立場の者にとっては仕事がやりにくくなるだけで、何の益もありはしない。

 では男二人はどうであったかというと、緊張感からかどうにも横にもなれず、テーブルで水をちびちびと飲んでいるだけであった。

「コウさん。大丈夫でしょうか?」

 どれだけ手を尽くして手筈を整えても、やはり夫であり父親であるからには不安からは逃れられないのだろう。クラウスは短く内心を吐露する。

 それを察した洸だが、少し躊躇したものの正直に答えた。

「大丈夫ですと言えればいいんですが、正直な所は分かりません。僕は神様じゃありませんからね。全てを見通す事など出来はしませんよ」

「そうですよね」

 洸のちょっとした皮肉に、クラウスも苦笑を返す。

 この村の主神というか祭っている神であるアルイスは人の守護神であり、その全能の力を全て他の種の排除の為に振るうとされている。

 しかし村人の信じているこの教えも、現実には既に破綻しているのだった。




 理由はどうにも単純だった。

 世界には純血の人間種というのは既に存在していないだろうというのが、世間の常識であるからである。 この場合の純血というのは、当然先祖代々が人間であるという意味だ。

 しかし実際はエルフや獣人の血が混じっていない血統など、各国の王家ですらもういないだろうとまで言われているのだった。

 ちなみにアースガード世界には、地球のファンタジーでいうところのハーフエルフなどのいわゆる相の子とでも呼ぶべき存在はいない。

 理由は簡単で、アースガードでは()()()()()()()()()()()()()()()()()からである。特に外見は完璧といってよいまでに父親の影響が見て取れないほどだった。

 かと言って父親の遺伝子が仕事をしていないのかというと、そんな事も勿論無い。

 こちらの遺伝は性格や肉体の内部などへの影響が色濃く出るとされている。

 例えば父親がエルフならば一般の人よりマナを見る力が強い傾向があり、獣人ならば全般的身体能力が高いといった風に生まれてくる。

 性格の方もやはり男子であろうが女子であろうが、父親によく似るというのが定説だった。

 そうでありながら種族的特性もやはり母親と同じであるからには、寿命などの点でも変わりはしない。よって育児放棄などという事態は、何か特別に過ぎる理由がない限りは滅多に起こらないのだった。

 そして子育てという仕事においては、父親のやるべき事などどうにもタカが知れている。

 母親がしっかりしていて周囲のサポートが受けられる限りは、父親が誰であろうがほとんど気にもされないのが普通なのだった。

 よってたいていのファンタジー世界での大問題と認識されている種族的差別などというものは、アースガードの世間では皆無と言って良いものなのである。

 長年の間にそれが世界の常識と化してしまい、大した不利益など見つからぬまま現在も続いているのだった。

 要するにこのモルド村のような純血と考えて間違いのない人間種こそ、よほどの希少価値があることになる。

 そしてこの傾向は現在も加速度的に広まりつつあり、逆の事態などほぼ起こりえないと断言しても間違いではなくなってきていた。

 そう、モノルーダ教徒の唱えるアルイス神の教えというのは、前提が既に崩壊して久しいのだった。

 だが当然この村の者達は、クラウス一家を除いてそれに気付いていない。いや、正確には疑ってすらいないのだった。

 自分たちの常識がここ以外の全ての場所での非常識となっており、しかもそれを一切分かっていない。

 これを悲劇と呼ぶべきなのか喜劇ととるべきか、あるいはその両方なのか?

 洸にはどうにも判断がつかなかった。




 誰しもが明日に備えて眠りについた夜半過ぎ。

 洸はゆっくりと戸を開けて外に出てみる。

 夏場のあの生命力に満ち満ちた草花の香りが漂ってきて、鼻腔を刺激してくる。

 外は満点の星空が広がっているおかげで、かなり明るかった。たとえエルフでなくとも、暗さに目が慣れれば歩行すること自体に困難はないであろう程に。

 男月と女月は相変わらず空に鎮座しており、少し不気味さすら感じさせる。これを吉兆ととらえるか逆に思うかは、人それぞれであろうが。

 洸は室内に振り返り、軽く、だが慎重に頷いた。

 クラウス一家と金髪と銀髪のエルフがそうっと動き出す。

 すぐに全員が扉を抜けて最後尾のローザがゆっくりと戸を閉めた。

 そして室内は静寂に包まれる。

 かくて今回の仕事の最後の、そして最も難関であるフェイズが始まった。

 気が付いたら説明回になってしまいました。

 まぁこの説明文は話の途中で入れる予定でしたが、大騒動のときだとスピード感を殺してしまうかと思ったのでここに持ってきたのですが。

 次からやっと騒動が始まる予定です。

 今後も気長にお付き合いください。


 感想は随時受け付けております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ