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another real 現実か否か  作者: DELTA1
第二章 全ては流れ行きて
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第十話 王都

「人とは何か? 寝て食うだけが取り柄なら、獣と同じその一生」


 ウィリアム・シェークスピア

 ミランダ王国の王都たるエアル。

 人口約十万人を誇るベルド大陸でも有数の都市である。

 大陸の南部で此処を超える規模の都市は、他に数える程でしか無い。

 幾つもの大街道が交わる所謂結節点に存在する王都は、王国の建国以前から商業都市として名高かった。

 つまりミランダ王国よりも歴史は古く、王都になったのもその地勢的特性によるついでだと言って良い。

 おかげで権威の象徴たる王城もそれに付随する官庁郡も、この都市のど真ん中ではなく、東側にずれた場所にある。

 要するにまず商業都市たるエアルがあって、その隣に王城が付随しているというのが正しい。

 これは建国の際に、初代国王がミランダの商人たちの後押しを受けていた事が原因だった。

 事が成った後に初代はエアルを造り替えたりせず、その隣に王城を増築したわけだ。

 かくてエアルは更なる発展を遂げる。

 一国の首都にして世界有数の商業都市という地位は、建国八十年を経て未だに健在だった。




 エアルの街中にある冒険者ギルドは、付近の建物と比較してもあまり目立たない外観をしていた。

 それなりの大きさではあるが、看板が出ていなければ冒険者ギルドの建物だとは誰も気が付かないだろう。

 やがて扉が開かれ、そこから二人の人物が出てきた。

 一人は人族の若者で、もう一人はエルフ。

 もちろん洸とリーアである。

「ギルドへの登録ってこんな簡単に済んでいいんでしょうか?」

 リーアの疑問に洸はあっさりと答える。

「いいんだよ。そりゃあ札付きのお尋ね者なら話が別だけど、そうでないならこんなもんさ。しかも君はエルフだろう? エルフの犯罪者なんて滅多にいないしな」

 会話から分かるとおり二人は王都のギルドを尋ねて、リーアの冒険者登録を済ませたばかりだった。

 何の問題も無く登録は済んだが、どうにも拍子抜けだったらしく、リーアは微妙に不安そうである。

 それを見て取った洸はさらに続ける。

「それにエルフの冒険者ってかなり貴重なんだ。社会に出てるエルフは珍しくないけど、冒険者になってるのはかなり少なくてね。うん、だからあんなのも出てくる訳で」

 洸は後ろのギルドの内部を親指で指し示す。

 そこには柄の悪そうな男が見事に気絶していた。


 少し前の事だ。

 洸とリーアがギルドのホールに入ってくると、ギルド内部の喧騒が一瞬で止んだ。

 エルフが入ってきた上に、リーアは他のエルフ女性と比べても明らかに別格だったからである。何しろ気高さと美しさを兼ね備えた美貌。極上の金を溶かし出したような長い金髪。人族の女性の嫉妬の対象でしかないそのスタイル。もし彼女に迫られてその気にならなかったら、そいつはある種の別の疑いが掛かるだろう。

 おかげで続いて入ってきた洸は、そこにいる男共の殺気の混じった視線を受ける羽目になった。

(くそっ、こうなると思ったよ)

 洸は心の中で毒づく。

 リーアほどの美女を連れていれば必然的にこうなるだろうという予測はあった。まあ予測というより確実な未来だと言うべきか。

 かくてその通りになり周り中からの刺すような視線を浴びていると、その居心地の悪さは想像以上だった。

 地球でもこのアースガードでも傍らの美女を見せ付けるように歩く色男という存在がいるが、洸はそんな連中が何を考えているのか未だに理解できない。

(要するに恋人だろうが奥さんだろうが、そいつらにとっては獲得品トロフィーなんだろうな)

 生臭い事を考えても視線は消えてくれない。面倒くさくなった洸は、その全てを無視する事にした。

「本日は当ギルドに御用ですか?」

 受付嬢の声がした。受付カウンターに向かったリーアが早速申し込みを行っている。

「ギルドへの登録をお願いしたいのですが」

「はい。ではこちらに記入をお願いします」

 受付嬢は用紙を差し出すと、羽ペンとインク壷を示す。

 リーアは必要事項をサラサラと書き記すとそのまま受付嬢に手渡した。

「では暫くお待ち下さい」

 受付嬢は奥の扉を開けて中に入ると、そのまま出てこなかった。

(おそらく人事担当に相談しているな)

 少し離れた場所に立っている洸がそう判断したとき、いきなり声を掛けられる。

「よう、兄ちゃん」

 筋骨隆々とした冒険者がすぐ後ろに立っていた。

 2m近い巨体を恐らく鉄製だろう鎧で包み、体に似合った大きさの大剣を腰に下げている。

 顔は……まあその体に似合いとしか言えないごつい造りで、ニヤニヤといやらしく笑っていた。

「なんだよ?」

 実に典型的な状況になってきて、洸の返答も面倒臭さが滲み出ていた。

「あのエルフはテメエの女か?」

「だったら何だ」

 実の所この返答も面倒くさいがための殆ど反射的なものだったが、これを聞いたリーアは少し顔を赤くしている。その様子を見た大男はさらに語を重ねる。

「簡単さ。オメエの女を俺に譲れや」

 案の定だった。以前も似たような事があったためまた頭痛がしてくる。リーアが悪いのか、それとも見た目が大した事が無さそうな自分が悪いのか、正直両方だろうなあとは思っている。

「オメエみてえな半端なガキが連れていい女じゃねえってのよ。俺みてえな強えのがふさわしいんだよ。なあ、悪い事は言わねえからよう。もちろん夜の方もじっくり面倒見てやらあなあ」

 性根の下品さ丸出しで交渉……と言うよりは脅しを掛けてくる大男に洸はいい加減に切れかけていた。

 周りを見渡すと、ほとんどの連中は(またか)という表情でこの状況を見ている。おそらくこの大男はこの手の脅しの常習犯らしい。残りの少数派は「いいぞ、やっちまえ」と喝采を上げていた。そいつらは見た目と雰囲気がものの見事に大男と似通っている。

「ああん? 返事はどうした」

 洸が断るなどとは欠片も思っていないらしい大男は余裕ぶった笑みを消さぬまま返事を要求してくる。

 もちろん洸の答えは決まっていた。

「寝言は寝てから言え」

 絶句する大男。予想していた返答と違い過ぎて、頭が働いていないらしい。洸はさらに続ける。

「お前みたいなやつに彼女を預ける気は無い。大体お前が彼女に気に入られるなんて、この世に終わりが来てもありそうに無いね。とっとと失せろ」

 一瞬またも沈黙があたりを支配し、次の瞬間ホール中に爆笑が巻き起こった。男も女も関係なく、そこにいた冒険者全員が笑い転げていた。ギルド職員たちは流石に笑ってはいなかったが、微妙に口元を引き攣らせているところからして、内心がどうなのかは丸分かりである。

「テテテテ、テメエ」

 顔を真っ赤にしながら詰問してくる大男に、洸はさらに挑発まで始めた。

「聞こえなかったのか? じゃあもう一度言ってやる。とっとと失せろ。相手が欲しけりゃあ、娼館にでも行け。そのつらで相手してくれるのがいればだがな」

「こっ、このガキが」

 ついに切れたらしい大男は、拳を振り上げると思い切り殴りかかってきた。だが洸にとってはどうという事は無い。

 鎧が肩までしか無いため剥き出しになっている男の右手首を掴むと、学生時代に授業で教わっていた柔道の要領で、そのまま投げて床に叩き付ける。もちろん掴んだ手首は離さず、首の後ろに足を置いて首の骨を折らないようにもしている。死んでしまうと後が面倒なのだ。

 かくて大男は背中から床に叩き付けられ、その衝撃によりあっさりと気絶した。

 おかげでギルドはちょっとした地震に見舞われ、ほかの部署から職員が駆けつけて来る騒ぎになった。

 しかし事情を聞いた当直責任者は洸を不問に付した。投げ飛ばされた大男はギルドにとっても問題視していた輩だったからである。

 ただ洸は少しばかりの説教は喰らった。さすがに何も言わずに返すというのもギルドとしても出来なかったからである。




 そして無事にリーアの登録を済ませた後、二人はギルドから少し離れた所にある宿屋に入った。

 この宿屋は「青の高原亭」という名で、洸が以前パーティーを組んだ冒険者から「王都で泊まるならここが良い」と太鼓判を押された宿である。

 その理由はオーナーが元冒険者であるというのが大きい。一流とまではいかないがかなりの金額を稼いだオーナーは、大怪我をしたのを機会に冒険者から足を荒い、稼いだ金を投じてこの宿を始めたのである。そして冒険者時代に培った人脈を駆使して経営を起動に乗せると、実に元冒険者らしいサービスを開始した。

 現役冒険者に限っては宿泊代を安く設定し、もし冒険者になって一年経っていない新人ならばツケも効くという、まだ金欠気味な新人たちにとっては実にありがたいサービスである。

 かくて「青の高原亭」は冒険者御用達の宿として王都でも有名になった。

 もちろん冒険者に限らずその最高度の安全性に惚れ込んだ商人達も常連となっているが、やはり冒険者の専用宿屋というのがここに対する世間の評価だった。


 洸とリーアはその宿の一室で各自のベッドに腰を下ろしていた。

 リーアはギルドの加入証明書兼身分証明書であるギルドカードを手に持ってじっくり眺めている。

 カードは地球世界でのキャッシュカードより少し大きいくらいの代物で、名前と登録日と登録したギルドが何処か、文字で記載されているのはそれだけだった。

 実の所本当に重要なのは、このカードに登録者本人の魔力波が記録されている事なのだ。魔力波には同じ波は二つと無いと言って良い特徴があり、これを個人識別に利用している訳である。その点からすると魔力波はDNAよりも使い勝手が良いだろう。

「へえ、そんな事までできるんですねえ」

 リーアは先程から感心しきりだが、洸に言わせればもっと色々出来るんじゃないかと考えてしまう。何しろその点での文明度が遥かに進んでいる世界から来たのだ。これ以上もやろうと思えば出来るんじゃないか? そんな考えがカードを見る度に頭に浮かんでくる。

 単純に考えてもこれで個人識別が出来るのだから、重要な場所への立ち入り制限やそれに付随する記録の確認は鉄板だろう。個人の鍵としても使えるだろうし、下手すれば何処にいるかを感知するGPS紛いの事も可能じゃなかろうか? と思っている。

 とは言っても根本的に魔法が使えない洸にしてみれば、単なるアイデア止まりなのも確かだった。

 自分の発想が別世界の、つまり文明のかけ離れているが故の突飛過ぎる物であるという自覚がある。

 「必要は発明の母」という言葉通りで、その内に何事かを面倒臭がった天才が新たな使い道を発見するだろうと達観していた。

 どれほど進んだ知識があろうと、たった一人の何ら後ろ楯の無い個人が世界に与えられる影響など高が知れている。

「さて腹も減ってきたし、食事に行こうか」

「あ、はい。ええとその……」

「何? 何か問題が?」

 リーアの返事に何か不審を感じた洸は問い掛けた。

「あのー「ホーム」のベッドを使っちゃ駄目でしょうか?」

 もじもじしながらリーアが聞いて来る。呆れた洸は言下に撥ね退けた。

「駄目だ」

「そんなあー」

 リーアの抗議の声を無視して腰を上げると、さっさとドアに向かう。寸前で立ち止まるとさらに言葉を重ねた。

「あそこを使うのは非常時だけ。普段から使ってると体が慣れ過ぎて、こういうベッドで眠れなくなるぞ。贅沢は許さん」

「ううう」

 リーアは未練たらしく呻いている。

 以前の誘拐未遂の時に「ホーム」のベッドを使って以来、リーアはその虜になってしまっていた。何しろ寝心地を追求するという欲望の果てに出来たと言って良い地球世界のベッドである。この世界のベッドと比べて、彼女があれに取り憑かれてしまうのも無理は無い。だが駄目なものは駄目である。

「ほら、僕等は昼食を食べてないんだぞ。もうすぐ夕方なんだ。早く行こう」

「うう、はーい」

 実に不承不承という調子でリーアは頷いた。立ち上がると洸に続いて部屋を出る。流石に食欲には勝てなかったらしい。




 宿として見てもかなりの床面積を誇る「青の高原亭」は一階の殆どが食堂になっている。ざっと四分の三といった所か。その隅の一角のテーブルで洸とリーアは食事を摂っていた。

 洸は所謂定食風の焼いた鶏肉とパンとスープとサラダのセットで、リーアはスープとサラダだけ。

 エルフは別に完全菜食主義ではなく肉も食べられるのだが、好き好んで食べるという事は無いらしい。大抵の場合はこんなメニューである。

 ナイフとフォーク、たまにスプーンを動かしながらも会話は続けられていた。ある意味一番重要な件に関して。

「これからの予定はどうなっているんですか?」

 リーアの質問に、洸は噛んでいた鶏肉の塊を飲み込んでから答える。

「取り敢えずは王都ここで旅費を稼がないとなあ。手持ちは十分だけど、豪遊が出来る程じゃ無い。とにかくあんな危ない依頼は当分やりたくない。真っ当な依頼で稼ぎたいんだ」

「まあ分かりますが、冒険者の言う真っ当って世間では後ろ暗い事と同じ意味ではないでしょうか」

 見事な突っ込みに洸は吹き出しそうになった。実にその通りでグウの音も出ない。

「その通りだけどさ、限度はあるだろう? 誘拐の手伝いなんて完全に犯罪だからね。もう少しまともなのはある筈さ。じゃあ逆に聞くけど君は何かあるのか?」

「そう言われると」

 リーアは困った顔で答える。

「私はとにかく外の世界が見たかっただけですから。具体的な目標と言われても」

「だろう?」

 安心させるように洸も答える。

「僕も同じさ。ただ世界を回りたいってのが目的だからね。だから焦る事は無いさ。気の向くままに進めば良いんだ」

「はい」

 リーアは頷いた。

 実の所は彼女は洸に付いていければ何処でも良いというのが本音だった。自分を窮地から救い出してくれた洸にそういう気持ちを抱いたのはあの事件の終わりにだが、洸と旅をする内にその気持ちは日に日に深まっている。初めてのキスを奉げているから脈はある筈なのだが、今回のような相部屋であっても手出しをしてこない洸に少しばかりイラついていた。

(まあ焦っても仕様が無いですよね)

 そう結論付けてリーアは食事を続ける。エルフは寿命の恩恵なのか、非常に気の長い考え方をする種族なのだ。それにまだ出会って大した時間も過ぎていない。それに面倒事は御免だと言う洸の発言も同感だった。何しろ誘拐されかけたのである。あんな事態はあれっきりにしたい。

 だが現実は無情だった。

 災厄はすでにすぐ傍まで来ていたのである。




「失礼、冒険者の方とお見受けしましたが」

 隣のテーブルに着いた男が、二人に語り掛けてきた。

「ええ、そうですが貴方は?」

 返事をするリーアに男は柔和な笑みと共に話し出す。

「実はお二人に頼みたい依頼がありまして」


 かくて続きです。

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