第3話 甘いものはお好きですか?
時期外れとか気にしない…
今日は2月14日。
世間様ではバレンタインデーなんて言われているそうだ。
「はいっ、敬君! あげるっ!」
「え?」
1年1組の教室では、朝早くからバレンタインのチョコが飛び交っていた。このご時世、何歳だろうがチョコを上げてお返しを期待したいのだろう。
「何も学校でくれなくても?」
「いいのっ! ここであげたいのっ!」
敬の台詞に、若干怒りオーラを発する凛。
精神的な発達は女の子の方が早いと言われているが、さもありなん。
「(敬君は誰にも渡さないんだからっ!)」
凛が母親に「みんなの前で本命チョコを渡すことに意味があるのよ! 私のモノよって周りにアピールして競争相手を早めに叩くの。恋は戦争よ!」などと吹き込まれていることを、敬は知るよしもない。
凛は客観的に見て十二分に可愛い少女だ。
子どもモデルをしていると言ったら100人が100人は信じるだろう容姿は、すでに十分なアドバンテージである。
精神の発達もだが、知能や体の発達も早いようで、学力、運動能力共に申し分なし。容姿と合わせて三拍子揃った実に素晴らしい幼馴染みなのだが、敬はその恵まれた現状に対して気づいていない。
いかにもなラノベの主人公体質である。
何せ、彼は恵まれている状態が当たり前なのだから。
「そ、そっか。ありがと、凛ちゃん。凛ちゃんのくれるお菓子美味しいもんね。きっとお返しするね!」
「うん! 敬君、だぁ~いすきっ!」
こんなところで熱烈告白とは恐れ入った小学1年生である。
いや、1年生だから許されるのか・・・。
「敬君、私のもあげる~♪」
「あ、私も私も!」
お子ちゃま軍団は凛の意図など微塵も気づかずにチョコを敬に渡してくる。
敬も無下に断るなど有り得ないので、にこやかに微笑みながらチョコを受け取っていく。
それを見ている凛は、とても歯がゆい思いをしているのだった。
「じゃあ、敬君、また明日ね~」
「うん。凛ちゃん、またね~」
そう挨拶を交わすと、二人は自分の家へと帰っていく。
「お母さん、ただいま!」
「あら、お帰り。おやつあるわよ~」
テーブルの上にはチョコケーキ。
「今日はバレンタインだからね。お母さんの特別製よ。」
「ありがとう。いっただっきまーす!」
「ふふ。お店に出してるのとは全く別物よ~」
「ホントだ。お店のよりずっと甘いんだね!」
お店。
西都家は、家の裏側(表通り沿い)で「Un rêve」洋菓子店を営んでいる。
両親ともにお菓子職人。二人は修業先のフランスで出会った。
日本に帰ってきてすぐに結婚し、二人の少ない蓄えを持ち寄ってこの店を始めた。結婚してすぐに子どもも授かった。順風満帆な滑り出しに見えた。
だが、修行から帰ってきた二人の始めたこの店は、全くといっていいほど流行らなかった。
何故かはよく分からない。
二人とも腕は確かで、日本に合うような菓子の研究も怠らなかった。
理由はともかく、このままでは店をたたむことになる。腕は確かだったので、再就職の先はいくらでもあっただろう。
だが、せっかく始めたこの店を潰すわけにはいかない。そう考えた二人は、最後の望みを託した2つのメニューを考案した。どちらも素晴らしい出来だった。
どちらを新作として採用するか。
二人は散々悩んだ末、生まれてからこの方、何か不可解な力に守られているとしか思えない幸運を授かった我が子に選ばせることにしたのだ。
ようやくハイハイするようになったばかりの赤ん坊に、人生を賭けた選択をさせる。ある意味常軌を逸した選択だったろう。
だが、2つ並べられた菓子のうち、片方のプリンに赤ん坊は迷わず向かっていった。
その光景を見た二人は、そのプリンに「幸運の天使」と名付けた。
それまでの不振が嘘のように売れたプリンのおかげで、店は息を吹き返した。
偶然と言えば偶然なのだろう。
必然と言えば必然なのかも知れなかった。
Un rêve、日本語に直すならば幻想とか夢想という意味だろうか。
夢は潰えずに済んだのだった。
「バレンタインのチョコはたくさん貰えた?」
「うん。食べきれないよ~。」
「ちゃんとお返ししなくっちゃね。凛ちゃんのチョコはどれ?」
「これだよ~。」
一際立派な包装をされた包みを取り出す敬。
「間違いなく本命チョコよ。どうするの?」
「どうするって?」
「本命ってことは告白と一緒よ! お返しも気合いを入れないと!」
「うーん、気合い入れるってどうすればいいの?」
「そうね、手作りのお菓子をあげるとか・・・。敬は凛ちゃんのこと好きでしょ?」
「好きだよ~」
LOVEかどうかは不明である。
「(ふふふ。二人の恋は順調ね!)」
夢見がちな母であった。