プロローグ
からり。
足元で石が鳴った。
じり…とそのまま後ずされば、
足にあたった石がからからと音を立てて崖下へと落ちてゆく。
その音を、カティアラはどこか遠いものとして聞いていた。
ただ、ただ。
意識の全ては目の前の玲瓏たる青年に向かっている。
「さぁ、なんでもいいよティアラ、嘘を吐け」
青年が顔を近づけるのに合わせて、
薄水がかった銀糸が揺れて頬にかかる。
アイスブルーの瞳の奥で、温度の高い炎が揺れているのが見えた。
知らなかった、こんなにも憎まれていたなんて。
「このまま、僕が刺し貫いてもいいんだよ。ティアラ、そうするかい?」
青年の掲げる銀の突端が陽光を受けてきらめき、
獲物であるカティアラに正しく狙いを定める。
うすらと笑みを浮かべるその表情は、いつもの通りなのに。
「さぁ、嘘をつけティアラ。きみの盟を破るんだ」
青年の持つ銀器が胸に迫り、
カティアラの瞳から堪えきれなかった涙がこぼれた。
「…っ」
その瞬間、どうしてか唖然としたように見開かれた水宝玉が、
濡れてゆらめく視界に映って、
思わずといったように笑いをこぼしてしまった。
いい。
もういい。
あなたがそう望むのであれば、
その通りにしよう。
「…おにいさま、」
どこか茫然とした様子の、玲瓏たる美貌をこちらから覗き込んで、こぼれるように笑いかける。
「あなたなんて、だいきらい」
その瞬間、白の皇国リゼファイアムから、第三皇女のカティアラは消失した。