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傍観者の手記・『戦争と最強』

閑話みたいなものです。

 力とは正義ではない。

 絶対でもない。

 絶対以外の絶対だ。





 私は名も無き傍観者。

 この手記に、後生の為、ある『戦争』について記す。

 裏世界の全てを巻き込み、あらゆる常識が塗り替えられ、あらゆる定石が塗り潰され、誰もが被害を受け、誰もが利益を得なかった、不毛にして理不尽な、あの『戦争』について。

 本心を言えば、私もこんな記録を残すことは不本意だ。だが、これは使命なのだ。そして、現実なのだ。

 心して聞いて欲しい。



 あの『戦争』の規模を知る尺度として、禁忌の話をしよう。

 三大禁忌。

 絶対に敵に回してはいけない勢力の総称だ。

 この手記を読んでいる君が『表』の人間か『裏』の人間か、私には分からないが、どちらにしろ『百鬼夜行』のことは知っているだろう。

 あの『七夕の悪夢』を実行した、いかれたテロ集団だ。彼らの特徴は、『不明』の一点に限る。噂では、とんでもない化け物がいるらしいが、曖昧な上、定かな情報ではない。とにかく、奴らのことは『分からない』だけだ。実在さえ疑う奴がいる。本当の、妖怪のように。

 まあ、妖怪は実在するのだけど。幽霊は知らない。逢ったことがないから。

 反対に、裏世界の人間なら誰もがよく知っている組織がある。『壱圏いちかこい機関』を筆頭とする『十戒家じっかいけ』だ。

 勢力図が巨大過ぎて、内部の人間でも詳細を把握できていないらしい。

 簡単に言えば、彼らは裏世界の警察。裏世界の規則を作り上げ、従わせ、背いた者を罰する者達。マフィアだろうと殺し屋だろうと妖怪だろうと死神だろうと陰陽師だろうと傭兵だろうと暗殺者だろうと秘密調査員だろうと、その管理下に強制的に置いてしまう。

 どちらも、敵に回せば無事では済まない。有事でも済まないと言った方が、的を射ているか。

 三番目の禁忌だが、これに関しては説明を後回しにしよう。私の精神的衛生上の問題で。

 ともかく、禁忌の異常性だとか忌避性だとかは理解して貰えただろう。

 では。


 元々、禁忌が七つあったと言えば、貴方は何を思う?


 あの『戦争』は、禁忌の数を変化させた。

 増える分には前例がある。例外的なことではあるが、前例がある。現に、『百鬼夜行』は『戦争』の八年前に禁忌に加えられたばかりだ。

 だが、減少した。それも、印象が変わる程、激減した。中には千年続いた組織さえあったというのに。

 四つも減った。

 正確には、五つ減って、二つ残って、一つ増えた。


 その増えた一つこそ、三番目の禁忌。


 『あれ』は敵に回すとか味方に付けるとか、そんな生易しい次元ではない。そんな簡単な問題ではない。

 はっきり言って、『百鬼夜行』も『十戒家』も、三番目の禁忌の名前が出れば、その威光も脅威も霞んでしまう。

 いや、先の組織二つが禁忌と呼ばれるほどに、不滅で絶対だからこそ、三番目の名前が生きると言っていい。

 何故なら。

 七大禁忌が三大禁忌まで減った直接の原因こそ、その三番目なのだから。


 『戦争』の原因であり、『戦争』の主流であり、『戦争』の唯一の加害者であり、『戦争』そのものであった。


 人は『百鬼夜行』の頭領を『不滅』と呼んだ。人は『十戒家』の機関長を『絶対』と呼んでいる。

 かつて存在した禁忌のおさ達も『究極』『完全』『超越』『伝説』と呼ばれた。

 ならば。

 今なお脅威とされ、他の禁忌の威光を根こそぎ食らっている三番目が何と呼ばれているか、想像に難くない。

 人々は呼ぶ。

 不滅を上回る恐怖と絶対を上回る畏敬、更には究極や完全や超越や伝説さえ超えた崇拝を込め、人々は彼をこう呼ぶ。

 実にシンプルに。



 最強と呼ぶ。



 そう、『彼』。

 三番目の禁忌、『最強』は、一人の個人なのだ。先代の『最強』も人間ではこそないが個人だった。しかし、今の『最強』は、前の『最強』とは違う。前の『最強』よりも、最強なのだ。

 前の『最強』だって、世界相手に戦争は出来なかったのだから。

 一人の人間が、五つもの禁忌を滅ぼした。生命に容赦なく、歴史に遠慮なく、享受に躊躇なく、狂気に忌憚なく。

 無情にも、全てを食い尽くした。

 あの『戦争』の被害者は、世界だった。

 極端なことを言えば、世界が現存していることさえ、奇跡なのだ。裏世界ではなく、世界。奇跡のようなではなく、奇跡。『戦争』を生き延びたなら、誰だってそう言うだろう。いや、そうとしか、言えない。

 被害総数が、馬鹿げている。よく『表』に対して隠蔽出来たものだ。あそこまで行けば、被害ではなく、災害だ。

 裏世界故に、被害総額は曖昧だが、死者は明確な数字が判明している。

 三万七千五百八十三人。

 それだけ死んだ。と言われている。

 かつての『七夕の悪夢』には及ばないが、逆に言えば、比べることさえ出来る死者数だ。

 しかも、個人でそれだけのことをやってしまった。

 これを災害と言わず何と言う、最強と恐れず何と恐れる。もしもあると言うなら、私に、教えて欲しい。

 与えられた二つ名も数知れない。

 先程から繰り返す『最強』に始まり、『天変地異』、『殺神犯』、『食い尽くし』、『傍若無人』、『紅き鉄拳』、『終わらない悲劇』、『時代破り』、『誇り祓い』、『十三番』、『たった一人の加害者』。

 どれも規格外の二つ名だが、彼を表現するには物足りないと思う。彼に出逢ったことのある私としては。

 逢った時は、彼が『最強』だとは思わなかった。思えなかった。想像していたより普通だったから、というのもあるが、想像していたより弱そうだった。というのが正直な感想だ。

 三万以上の命を奪ったとは思えない、人間一人さえ殺せそうにないような、そんな小さな人間だった。

 彼と話しても、それは変わらなかった。戦闘能力を除けば、彼はむしろ、善人の部類だった。

 それでも、彼が三万以上の命を奪った『戦犯』であるには違いない。『戦争』で、唯一の『戦犯』にして、無二の『英雄』。

 そんな彼の名前は--





 そこまで読んで、少年は本を閉じた。

「ふうん。しかし、まさか、こんな記録があったとは。探してみるもんだ。世界は広いねえ。弱いけど、広いねえ」

 少年の名前は、守永もりなが明時めいじ。災厄を撒き散らす道化師と呼ばれている。

 明時は本をゴミ箱に向かって投げた。入らなかったが、明時は拾おうとしない。椅子に座ったまま、床に転がった本を眺めていた。蜘蛛か百足でも見るような目で。

「それにしても、だ。あの『傍観者』の一族に生き残りがいたとは。てっきり『戦争』の時に全滅したと思っていたけど」

 明時は立ち上がり、ようやく本を拾う。ゴミのように摘んで持ち上げる。そして、そのままゴミ箱に破棄。一通り読んだので、もう要はないのだ。

「生き残りがいるのか……本の状態からすると書かれたのはここ一、二年だな。すると、生きている可能性が高い。早めに殺すか?」

 物騒なことを言う明時だが、それは決して冗談でも戯言でもない。

 本心と言うより、決定事項だ。

「『傍観者』を自称する名も無き一族。禁忌が七つあった時代の、隠された八番目。『十戒家』の十番目。『百鬼夜行』の監視役。『天流八武衆』の師範代。『赤闇一族』のご意見番。『残骸財団』の最高顧問。『グロテスク・エッグ』のスポンサー。あちこちの禁忌、しかも上部に関係していた」

 明時は小さく嘆息した。

「まあ、どっちにせよ、もう禁忌と呼ばれるような人数はいないか」

 明時は本棚から一冊の本を抜き取り、ページを開いた。

 再び椅子に座り、本を読み始める。

「だが問題は早めに摘み取るかな。『傍観者』自体はそこまで厄介じゃないが、あの本の著者は面倒くさそうだ」

 明時はこうして、名も知らぬ傍観者を殺すことを決意した。

 しかし、すぐにその決意を忘れた。今読んでいる本に、興味の全てを引き付けられたからだ。

 一冊の面白い本が一人の傍観者の命を救ったことは、誰も知らない奇跡として、始まることなく終わった。

 『戦争』とは違って、今は平和だ。剣呑とした裏世界の、安定期だ。

 人が死ぬ必要は、ない。

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