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交渉人の本心

『きっかけは何だったけなあ』

『ああ、そうだ。「戦争」が終わってすぐ、七丁目と凪茶のデートをプランニングしてやった時だったな』

『みいらさんや明時と一緒になってさ、世界を滅ぼしそうになった少年と世界を救った少女の水族館巡りというシュールな情景を影から見守っていたよ』

『盛り上がったなあ、特にみいらさんが。七丁目の信者もいながってさ。時々、七丁目に本気で睨まれるんだよな。あれ、怖かった』

『それで、あの二人の様子を見て思ったんだ。思ったつうか、思い知ったつうか』

『ああ。ぼくは初夏と、あんな風にはなれねえなって。なってはいけないんじゃないかって』

『えーと何から話せれば良いやら』

『とりあえず、ぼくが昔から初夏のことを好きだったということは絶対的前提として明言しておくよ』

『ぼくの親父が「酒呑童子」であることは話したよね?』

『眉唾な話だけど、「酒呑童子」は二つの超能力を持った新人類だったんだ。で、ぼくと茜は親父の能力を一つずつ受け継いだ』

『茜に遺伝した能力は記憶に関するもの。まあ、そっちは今回の話には関係ないから割愛しよう』

『そして、ぼくが受け継いだ能力は、「雷の眼」と呼ばれているものだ』

『こいつの能力はひどく単純だ。曰わく、「眼で見た人物の本質を見抜く」』

『観察力がある、の究極番だ』

『「百鬼夜行」が正体不明の集団とされる理由の一つは、彼らから裏切り者が出ていないことにある』

『何故、裏切り者が出ないか? リーダーのカリスマ性? 強固な仲間意識? 逆だ、逆。理由は単純なことで、絶対に裏切らない人間のみを選抜しただけなんだ』

『組織を作る上で、これほど反則な能力もないもんだ』

『で』

『「雷の眼」を持っているぼくは、親父と同じように他人の本質を見抜ける訳だ。禁忌を創れるほどの能力を、ぼくは物心着いた頃から持っていた』

『この世界が、ぼくにどういう風に見えるか分かるかい?』

『想像する必要はない。どうせ理解出来やしないから。茜にだって無理だろう。彼女が受け継いだのはもう一つの能力、「ブラックペイン」なんだから』

『不愉快なことに、この感情を共有出来るのは地獄の最下層で処刑を受け続けている親父だけだ』

『だからかな。ぼくには理解出来てしまうんだ。親父が「七夕の悪夢」をやった理由やモチベーションが』

『痛いくらいに、分かってしまう』

『まだ自分の正体を知らなかったから、自分は狂っていると思っていた』

『そして、それ以上に、こんな世界で生きるくらいなら死んでしまいたい。そんな気分だった』

『だけど、そんな時』

『初夏を見つけたんだよ』

『「雷の眼」を通して見た彼女は何と言うか、とにかく輝いて見えたんだ』

『いや、母さんや明時兄ちゃん、極地兄さんだって、それなりに輝いては見えるんだよ?』

『でも、初夏は別格だった。何だろう。光が強いってより、色が綺麗なんだよ。すげえ好きな色だった。言葉では説明できないよ。比喩表現が見つからない。それくらい綺麗なんだ』

『そして、その輝きは変わらない』

『変えてはならないんだ』

『なのに、そんな初夏の色を陰らせるゴミどもがいた』

『まだ小学校の話だよ。帰りの時間だったな』

『雨が降っていたのに傘を差さずにずぶ濡れになる初夏を見たんだ。最初は傘を忘れたのかと思ったんだ』

『学年が違うからね。見かけることさえ稀だった。せっかくの機会だから、傘を貸して縁でも作ろうかと思ったんだけどさ』

『雨に打たれる初夏を指差して馬鹿みたいに笑っている連中を見て、絶句したよ』

『同時に、深く強い怒りを覚えたね。自分にも奴らにも。ついでに、そいつらの顔も覚えておいた』

『木陰で雨宿りする初夏に傘を貸して、ぼくはその日の内に行動に出た』

『君には言ってなかったけどさ、ぼくの家ってのは「十戒家」の中でもかなり特殊な家柄でね。「壱圏」の分家ではダントツだ。異質さでは「守永」以上かもしれないかな』

『ん? 何、その顔』

『あ。そういや、「十戒家」とは直接の関係はないって言ってたか。いや、嘘じゃないよ? もう「唯原」という家はなくなって……あ、最近復活したから結局は嘘になるのか。あっちゃー、やっちまったな。まあ、いいか』

『どうせ、こいつは死ぬんだし』

『で、どこまで話したっけ。ああ、初夏をイジメてたゴミの掃除をしようって話だったか。愛する母さんの教育のおかげで、ぼくは情報収集に関してはそれなりだった。掃除の基本は大きなゴミから片付けていくことだろ? だから同じことをした』

『まず、イジメの主犯を片付けた』

『それから後はチリゴミの掃除だ。数年かけて、一つずつ片付けた』

『中学生の内に、あの訓練校にいる内に全部片づけられて良かったよ。だから心置きなく立ち去れた』

『さて』

『何で君と付き合うかに至ったか』

『早い話が、身代わり人形とか人柱とかそんなんだよ』

『笑える話だよ』

『しかしながら簡単な話だ』

『みいらさんが初夏をぼくにくっつけようとしてたからさ、女にトラウマ作ろうと思ったんだ。恋人が死ぬって、かなりのトラウマになるよな』

『それでぼくが恋愛に対して拒絶するようになってもしょうがない、みたいな暗黙の了解をみんなに持ってもらおうかなーと考えたんだ』

『理由は単純だよ』

『初夏は、ぼくと一緒にいたら絶対に不幸になるからだ』

『なんつうか、悟った』

『勘が良いのも、未来に対して見通しが利くのも考え物だね』

『君を選んだのは、例によって「雷の眼」を通して見た君の色だ。君は、早死にする奴の色をしているんだ。自覚はないだろうけど』

『ぼくみたいな奴と一緒にいれば、確実に半年以来に死ぬ、はずだった』

『だけど、君は生きている。おかげで計画は狂い始めた』

『茜と逢って……ああ、言い忘れてたけど茜は生きているんだ。それで腹違いの妹に初対面してさ。ぶっちゃけ慌てた。君と茜じゃあ茜の方が何億倍も大切だからね』

『茜が君を嫌ったらどうしようかと思ったよ。まあ、杞憂に終わったんだけど。いや、あれって結局は演技だったらしいから実は杞憂じゃなかったっていう壮絶なオチが待っていたんだけどね』

『いやあ、ついこの間さ、ほっぺを膨らませて「何で恋人なんているの!」って言うんだよ。あの時の茜、可愛かったなあ』

『と、話を戻すか』

『君は中々死ななかった』

『最終手段として壱圏さんに逢わせた。階段にも逢わせた。十字架さんの店に置き去りにしたのに、十字架さん何もしないんだもんなあ』

『畦道の野郎が君より先に凪茶に手を出した理由は未だ分からないけど。明時が何かやったのかな』

『終いには壱圏さん、君じゃなくて茜を殺そうとするしよ』

『世の中、思ったようにはいかないね』

『ぼくは運命を甘く見ていた。こうして、初夏が君を殺そうとするしね。今日のこれは、最大の計算違いだ』

『何が交渉人だ。笑えるな』

『初夏が殺人を犯す?』

『裏世界にいながら、今日まで手を汚させずにきたのに?』

『しかも、ぼくの為に?』

『……ふざけんな』

『それだけは、それだけはダメなんだよ!』

『初夏の輝きが色褪せるなんてことは、絶対にさせない!』

『だから!』

『毒が回り切る前に、ぼくがこの手で殺してやる!』

『ぼくがここで殺せば、初夏はちょっとただ毒の着いた彫刻刀で君を切っただけだ! そんな誤差みたいなもんで済む! 初夏は変わらない!』

『…………何だよ、その眼は』

『ぼくの君に対する真意を聞きたいってか?』

『実の親を殺してそのことを後悔しながらも自殺の一つも出来ないのによ』

『ん? 君が毎晩悪夢に魘されていたのは知ってたよ。あれだけ呻くなら、そのまま自殺しろよ。そうしたら、こんなことにはならなかったのに。君にはつくづくがっかりだ』

『希望に応じて、最後に言おう』

『君のことは別に嫌いじゃなかったよ』

『好きでもないけど。現在形で』





 レコーダーから乾いた発泡音が聞こえる。レコーダーに記録された内容はそこまでだった。

 七丁目はレコーダーを懐にしまう。

 場は、静かだった。

「…………」

 誰もが無言だった。

 場所は朽邦神社。

 そこにいるのは、『十戒家』当主全員と五食同盟、唯原葛葉、唯原茜、刃宮凪茶、鎌倉仮名美。

 更に『殺神犯』七丁目一言と、彼の傍らに立つ『断言教』教主、イコール。

 イコールは、天使と人間のハーフで飛翔と同じ『神殺しの共犯者』である。飛翔が七丁目に『神殺し』を提案し、イコールが天門を開くことで可能にした。

 彼らが今日ここに集まったのは、七丁目から『聞いて欲しいものがある』と言われたからだ。

 そして、全員が集まると七丁目はレコーダーを出し、大した前置きもなく、あの内容をこの場にいた全員に聞かせた。

 誰も言葉がなかった。

「……なあ、何だよ、今の」

 沈黙を破ったのは、屍笞階段だった。彼女の声は震えていた。

「いや、あんまり接点ないのにこんなの聞かされた俺や定規の気持ちも考えてくれねえか?」

 御灯光景がとても気まずそうに言う。

「うん。僕ら、帰った方が良くない?」

 奴鉢定規もやはり言いにくそうに親友に提案する。

「『神』よ。お前は何がしたい?」

 壱圏極地は重い口を開き、正面に座る『殺神犯』を見据える。

「既に目的は終了した。お前らにこれを聞いてもらうことが俺の目的だからな」

 七丁目一言はレコーダーをかざす。

「正直真意が見えないわよ、七丁目君。分かっていると思うけど、ここには凪茶もいるんだけど?」

 満礫みいらは引きつった笑顔を浮かべる。

「一言、一体何がしたいの?」

 刃宮凪茶は泣きそうな顔をしていた。

「そうです、七丁目さん。説明してください」

 鎌倉仮名美は抗議めいた声を上げる。

「場合によっては、俺らにも考えがあるぜ?」

 鹿羽無黒が普段と違う剣呑な空気を醸し出す。

「まあまあ。皆さん、落ち着いてはどうです? また『戦争』をやって、今度こそ世界を終わらせる気ですか?」

 亡名星十字架は慌てたように憤る同僚達を宥める。

「十字架さんに同感だ。とにかく、状況を整理しましょうか」

 あくまで冷静を装うのは双堀武士。

「………………」

 朽邦達磨は相変わらず、いつもの通り口を閉じたままだ。

「……理解、不能」

 鎌倉業火は渋い顔で首を傾げる。

「ひ、飛翔はん、何で、何でなん……」

 桟前夜は泣いていた。

「整理? 双堀さんよ、アンタ本気で言っているんですかい?」

 麻川塁は鼻を鳴らした。

「確かに、簡単だね」

 唯原茜は溜め息を吐いた。

「私の息子が、自分を含めた色んな人を騙していた……」

 唯原葛葉は茜を抱き寄せて、彼女の頭を撫でた。

「いや。そもそも、嘘は言っていないよ。あいつはあの娘を『恋人』とは言っていたけど、『好きな人』と呼んだことはなかったね」

 守永明時は立ち上がった。そして、七丁目一言と向かい合う。

 そして、一つの懸念をぶつけようとする。

「なあ、七丁目」

「気安く我らの主様の名前を呼ぶな、人間」

 明時の言葉を、イコールが殺意と敵意をむき出しで遮る。

「イコール。今日お前を連れてきたのは、会話の邪魔をさせる為じゃない」

「はっ。出過ぎた真似をいたしました」

 イコールは七丁目に頭を下げる。

「七丁目。先に聞くが、会話の邪魔をさせる為じゃないなら、何故その天使もどきを連れてきた?」

 明時と同じ疑問を、その場にいる全員が抱えていた。イコール本人でさえだ。

 この世にもあの世にも二人しかいない『神殺しの共犯者』であること以外、彼と飛翔に接点はない。

 いや、飛翔と接点がないのは、光景や定規、達磨にも言えることだが。

「簡単な話だ。紹介する為だよ、貴様らにイコールをな。顔と名前は知っていても、直に逢ったことのある連中ばかりだろ」

「ああ。確かに、僕と極地兄さんくらいしか逢ったことはない。お前らしくない行為だが、建て前の理由にはなるな。だが、それは本当の理由じゃないだろ?」

「まあな」

 七丁目が指を鳴らす。その瞬間、イコールが天使の翼を広げた。神々しく美しい翼を。

 全員の警戒がマックスになる。

「イコールの天使としての能力は『封印』。今日は貴様らの大好きな唯原飛翔が大好きな敷石初夏の頼みで、ある物を封印に来た訳だ。本心はそれだけだ」

「封印? 何を封印する気だ、貴様。初夏は何を封印させようとしている!」

「『ブラックペイン』だ」

「……っ!」

「な、んだって」

 先程の録音でも流れた、唯原茜が父親の『酒呑童子』から受け継いだ能力。自分に関する記憶・記録を抹消する因果を崩壊させる力。『神』に与えられた異常。

「茜。勝手なお節介だと断る権利はお前にはないぞ。唯原の『雷の眼』と違って、お前の『ブラックペイン』は未来には必要のない力、いや障害だ。お前自身、その能力はもう不要と感じていると思うが?」

「そ、そんなこと」

「では、何故必要だ? 兄に自分を忘れて欲しいのか?」

「……」

「構わん。やれ、イコール」

「御意」

「ちょ、ちょっとま……」

 イコールの翼が強い光を放つ。やがて光が弱くなり、消えた。

「な、なくなったの?」

「ああ」

「何で……何でこんな勝手なことを!」

 茜は七丁目の胸元を掴んだ。イコールは止めない。

「茜。何故怒る?」

「何でって、それは……!」

「あれは、忌々しい父親から受け継いだ能力だろう?」

 途端に、茜は口をつぐむ。

「認めろ、茜。お前は父親に会いたいと思っている。母の日記を読み、兄に会い、家族の愛を知ったお前は、『酒呑童子』に会いたいと思っている。だからこそ、『ブラックペイン』を失いたくない訳だ。命や名前と共に、父親からもらった物の一つだから」

「そ、そんなこと、ない!」

 あるはずがない。『姑獲鳥』の元から家出してから兄に会うまでの半年。何度か自らの出生がばれたことがあった。その度に迫害され、『ブラックペイン』を使う羽目になった。

 だから、父を、『酒呑童子』を求めてなどいない。

「あいつは、認めたぜ?」

 茜には、それが誰を差しているかすぐに分かった。

「お兄ちゃんが……?」

「ああ。文句のついでに感謝を言いたいそうだ。感謝については主に母と妹のことらしいが」

「……」

「すぐに決める必要はないさ。気持ちの整理がついてから兄貴と会いに行け。地獄の往復切符と入場許可証はこっちでどうにかしてやる」

「……」

 茜はただ小さく頷いた。

「ま。これで本当に目的は達した。帰るぞ、イコール」

「御意。我らの主よ」

 七丁目は席から立ち上がって、出口に歩く。イコールもそれに続く。

「待って、七丁目君」

 だが、それを制止する声。満礫みいらであった。

「何か用かな。『戦争』ならいつでも受けるが」

 物騒なことをいう七丁目に、みいらは訊ねる。

「ねえ、そのレコーダーの録音、誰がやったの?」

 七丁目は隠さずに述べる。

「敷石初夏だ」

 ほぼ全員が驚愕の表情を浮かべるが、みいらと明時だけが『やっぱりか』という顔をした。塁と凪茶は何故か素知らぬ顔をしているが。

「あいつは麻酔で眠らされる直前に、ポケットに入れていた録音機のスイッチを入れたんだ。これはそれをコピーしたもので、原音は初夏が持っている」

 七丁目はそう補足した。

「七丁目」

「何だ」

「お前、初夏ちゃんといつからグルだった?」

 明時からの質問に、苦笑をこぼす七丁目。

「いや? 今回の計画は麻川塁からの発案だったりするが?」

「ちょっと大将!」

「凪茶様もこっち側だったりします」

「イコール! そういうのはバラさなくていいから!」

「まあ、斑崎に死相が出たことを唯原に話していた死神や、唯原や斑崎の情報を初夏に売った喧嘩屋もいるけどな」

「な、何のことやろうな?」

「……黙秘」

「じゃ、じゃあ何か? 五食同盟は頭領の僕を差し置いて、全員が今回の件に何かしらの形で関わっていたってのか?」

「まあな。唯原が斑崎をここ最近雑に扱っていたのは、そこの死神から死相について聞いたからだろうな。最初から捨てるつもりだったんだ。もうじき壊れるのなら、例え嘘でも大切にする必要はないからな。最低限の演技はしていた訳だし」

 素っ気なく答える七丁目に、明時は涙が出そうだった。

「まあ、あたしはこの状況、正直嫌じゃないけどさ」

 満礫みいらは苦笑しながら言う。

「七丁目君、もしかして初夏は今……」

「唯原のとこだよ」

「何の為に?」

「言わずもがなだな。無論、愛の告白って奴だ」

 その言葉に、茜が頬を膨らませる。

「うー! あたしのお兄ちゃんなのにー! せっかくあの女が死んで独占出来るはずだったのにー!」

 狂った価値観を晒す茜だが、それをたしなめる人間はいなかった。

 当然だ。

 この場にいる全員、茜の発言も価値観も狂っているとも歪んでいるとも思っていないのだから。

「まあまあ、茜。大丈夫だ。僕もいるから。飛翔の妹なら、僕の妹に等しい。さあ、呼んでくれ! お兄ちゃんって!」

「あれ。明時さん、そんなキャラでしたっけ?」

「べーだ。めっちゃんはめっちゃんだもんね!」

「くっ。諦めないぜ、僕は」

 弟のような少年と妹のような少女が戯れるのを見て、壱圏極地は溜め息を吐く。

「では『神』よ。最後にいいか?」

「手短に頼む。この後、信者どもに有り難くもない説法をする予定なんだ。で、何だ? 裏世界の支配者よ」

「弟が、彼女が出来た報告をしてきた場合、俺はどう返すべきだろうか?」

 そんな下らない質問に、七丁目は珍しく笑顔を浮かべて、真摯に答えた。

「知るか。てめえで考えろよ、人間」





 初夏がレコーダーのスイッチを切る。

 死人が相手だと思ってべらべら喋るべきではなかったか。まさか、録音されていたとは。

「飛翔さん」

 初夏がぼくの名前を呼ぶ。お返しに、ぼくも彼女の名前を呼ぶ。

「何だよ、初夏」

「好きです。愛しています。慕っています。信頼しています。一生一緒にいたいです。結婚を前提に、私と交際していただけないでしょうか?」

 初夏は笑顔だ。不思議とぼくも笑顔になってしまう。こうしているだけで幸せを感じる。

 だけど。

「なあ、初夏。それにも録音されているけど、ぼくといればお前は間違いなく不幸になるぞ?」

「飛翔さんと一緒になることの何が不幸なんですか? 夢みたいな幸福じゃないですか」

 ぼくにとっても、そうだけどさ。

「それに、飛翔さんと一緒にいられないより不幸なことなど、私には考えられません」

 言ってくれるな。

 お前だけだからな。ぼくが『不戦』と呼ばれようが、『十戒家』を追放されようが、『酒呑童子』の息子だと明かそうが、『神殺しの共犯者』だと告白しようが、全く気にしないでいてくれたのは。

 だから。

「飛翔さんと一緒にいれば、不幸は不幸じゃありません。だから」

「待て。初夏」

 ぼくは初夏を制した。

 深呼吸して、息を整える。

 よし。

「敷石初夏。ぼくと一緒に生きてくれないか?」

 目を丸くする初夏だが、すぐにその目に涙が溜まった。顔を赤くして、答えてくれた。

「はい……」

 短い返事だが、ぼくには十分。

 嗚咽を漏らす初夏をぼくは優しく抱き締めた。頭を撫でて宥める。

 ぼくは今日から、彼女と生きる。

 そう決めた。




 後に『不戦』の交渉人、唯原飛翔は『十戒家』に籍を戻し、裏世界の生きる伝説として歩いていく。

 彼にとって斑崎絆との偽りの恋愛関係は、その下地として胸に刻まれたのであった。



 十年後には、存在さえも忘れてしまうのだが。


ご愛読ありがとうございました。


さようなら。


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