交渉人がそれでも生きる理由
今更ですが、茜が絆に懐いていたのは、演技です。
勿論、飛翔に悪印象を与えないための。本心では殺したいとさえ思っていました。それだけ邪魔な存在だったのです。
前夜の方は本心から懐いています。彼女は報われないタイプなので、飛翔への恋心は片思いで終わると判断したのでしょう。
なんとも打算的な少女です。
あれは、ちょうど一年前の今頃だったと思う。
当時、ぼくは『百鬼夜行』に対して……いや、父親である『酒呑童子』個人に対して強い憎しみを覚えていた。憎しみ以外の感情はなかった。ぼくや母さんを苦しめたという憎しみと、ぼくという存在をこの世に作ったという憎しみだ。
憎しみであり、苦しみだった。
だから、『百鬼夜行』を殺して回ろうとしたのは、その憂さ晴らしみたいなものだった。
奴らを半分以下にしてくれた七丁目には感謝しているが、正直、余計なことをしてくれたとも思っている。ぼくの分を残してくれなかった。あいつはあいつで復讐だったけど。
そしてぼくは、自分の手で『百鬼夜行』第二十位『姑獲鳥』を殺害した。ほとんど事故みたいなものだった。だから壱圏さんや明時にも内緒だった。
他の『百鬼夜行』のヒントがないかと彼女の自宅を探した。そして、そこである日記を見つけた。『姑獲鳥』本人の日記だった。
子育て日記だった。
『三月十日、茜が私を「ママ」と呼ぶようになった。嬉しい』
『五月五日、子供の日だから茜にかしわ餅を買ってあげた。喜んでくれた。良かった』
『十一月三十日、茜が逆立ちを覚えた。自慢してきた。可愛かった』
『八月二十四日、茜が夏休みの宿題を終わらせた。優秀だとは思うが、夏休み最終日に子供の宿題を手伝うのが私の夢だったのに。なんだか複雑』
『四月十三日、茜の誕生日だ。毎日どんどん可愛くなっていくが、いずれ誰かを好きになったりするのだろうか。ちなみに、嫁に出す気は全くない』
これらを見てのぼくの感想。
親馬鹿じゃねえか。
家には誰もいなかったから、娘さんは別居しているのか、事故か何かで死亡しているんだろうなあ、と思いながら日記を読み進めた。
次の文章がぼくの胸をえぐった。
『分かっている。茜は私の娘ではない。親友とあの御方の子供。私達の希望。我等の未来。いずれ鬼の血に目覚める。いつか茜の存在を「茨木童子」に知らせなくてはならない。だけど、もう少しだけ、あの子には私の娘でいて欲しい』
この文章から、何故か母さんを連想した。最悪な気分になったが、続きを読んだ。最後のページに書かれていた真実が、ぼくの人生を変えることになった。
『五月七日、この日記は今日で終わることになるだろう。茜に親友の日記が見つかった。両親の正体を知ってしまった。自分の正体を知ってしまった。今朝、あの子はいなくなった。ついに別れの時が来てしまったのだ。ごめんなさい、茜。あなたが世界から忌まれる鬼になったとしても、憎むならこの母を憎んで。恨むなら偽物の母親を演じてきた私を恨んで。あなたを愛して死んだ本当の母親を、私の親友を許してあげて。
あなたが万が一、この日記を読むことがあったなら、一つ伝えておかないといけないことがある。
「酒呑童子」には、あなたという娘だけでなく、「息子」もいる。あなたには「兄」がいる。
あなたは、一人じゃない』
この時、誰もいない部屋で、『姑獲鳥』の日記を涙で濡らしながら、ぼくは声を殺して泣いた。
ぼくに妹がいる。ぼくは、一人じゃない。絶対に、逢おうと誓った。
まさか半年後、その『妹』が行き倒れで見つかるとは思っていなかったが。
□
「実は『酒呑童子』という男は今は亡き『神』の遊び心で生まれた存在でな。『神』から二つの能力を与えられたんだ」
ぼくはリンゴをむきながら、極秘情報を解説する。
「一つが『雷の眼』。人間の本質や本性を見抜く目だ。『百鬼夜行』には母さんを例外と考えると、裏切り者は皆無。これは『酒呑童子』が裏切らせないカリスマを持っていたからじゃない。それもあるだろうけど、本当は裏切り者になりかねないような奴が入っていないからなんだ。つまり、ピュアな連中ばっかで構成されてたんだよ、『百鬼夜行』って集団は」
だからこそ、母さんは裏切り者とされている。多分だけど、クソ親父にとっては母さんの裏切りも予想の範囲内だったんだと思う。
なにせ、母さんが『百鬼夜行』を裏切った理由は、ぼくを妊娠したからだ。遺伝子を後世に残し、裏切り者を出すことで結束力を高めた。本当にクソな親父だ。
「そして二つ目の能力、『ブラックペイン』。こいつがむしろ肝だな。早い話、『自分に関する記憶と記録を消し去る能力』だ」
これがあったからこそ、『酒呑童子』の記録が世界のどこにもなかった。ぼくは引き継がなかったが、茜は引き継いだ。
この能力の面白い点は、消す対象は選べず、消さない対象を選ぶところ。つまり、発動しない人間を選ぶのだから、消すのは楽だが、消さないのは疲れる。
裏切らない人間を厳選し、仲間である以上は能力の対象外にしなければならない。だから『百鬼夜行』は少人数、具体的に百人になるしかなかった。
むしろ百人は多いくらいだったのだ。よく親父は管理出来たと思う。
「まあ、この話は七丁目が『神』から聞いた話だから又聞きなんだけど。前に七丁目に『神』の話のついでに聞いたんだ。ついでって言うか、こっちが本命って感じではあるけど」
よし、リンゴがむけた。うむ、我ながら上出来。皿ごと渡す。
「『神』、因果さえ操ることが出来た存在ですか。『ブラックペイン』が『神』の創作した能力なら頷けます」
「ああ。気まぐれに作ったにしては醜悪だな」
この話を『神』本人から聞いた七丁目もぶち切れて、怒りのままに『神』を殺害したらしいな。
「飛翔さん、その話、私にして良かったんですか?」
「ダメに決まってんだろ。誰にも言うなよ、あの『酒呑童子』の秘密だぞ? 幽霊の正体は知らないに限るんだよ、初夏」
どっかの暴力馬鹿なお兄さんに『ホームズ』を解体してくれやがってから、三日後。
不肖ぼくこと唯原飛翔は病院のベッドにいた。例によって、奴鉢病院の個室である。
お相手は、満礫美術館所属、敷石初夏である。また大量のリンゴを持っていただきました。
「そうですか。なら墓場まで持っていきます。ところで、退院はいつですか?」
「今回は無茶して開いた傷の再治療とドーピングの反動だからな。あと一週間って感じらしい」
「驚異的なスピードですね」
素で驚く初夏。
「でも食事は普通に食べられるんですよね?」
「一応は」
「でしたら……」
初夏はぼくの渡したリンゴの一つにつまようじを刺して、ぼくの顔の前に差し出した。
「あーん、です」
「……」
ど、どういう状況だ、これ。軽くパニックだ。あれ? 初夏って今、恋してんだよな。なのにぼくにこんなことしていいのか? あ、あれか。本命の時に向けての練習か。なら仕方ないな。
「あーん」
口を開けて、待ち受ける。
と、その瞬間だった。
「……ひっくん、何やってんの?」
いつの間にか、病室に絆が入ってきていた。気付かなかった。初夏に気を取られ過ぎていた。
学校から直行したのか、制服姿だ。
「えーと、その子、美術館にいたなんたらって子だよね?」
「私はなんたらって名前ではありません。初夏です。敷石敷石です。理解してもらえましたか? 斑崎さん」
ぼくの口にリンゴを突っ込みながら初夏が応じる。いや、痛いから。つうか、何で敵意むき出しよ。
「今、私と飛翔がいい感じだったんです。ちょっと見れば分かりますよね? なのに何故部屋に入ってきているんですか? 空気読めないんですか? それとも気を遣えない恥知らずなんですか?」
初夏、お前そんなに喋るタイプじゃないじゃん。今日はどうした?
「はあ? 何言ってんの? そっちこそ、人の彼氏に何馴れ馴れしくあーんやってんの? 馬鹿なの? 常識ないの? アンタこそ彼女が来たんだから気を遣ってスッといなくなりなさいよ。あ、いなくなるってのは病室からじゃなくて世界からだから間違えないでね」
絆も絆だ。敵意どころか殺意向けてないかな?
「何ですか? やりますか?」
「上等じゃないの」
戦闘モードに入る二人。
ちょっと君ら、ここ病院! それから、ぼく病人!
しかしここで、救済の声が入る。
「ヤッホー、元気かなー? 私の可愛い可愛い飛翔ちゃーん」
訂正。
混沌の声でした。
「誰!?」
絆が突然の乱入者に驚く。初夏も目を丸くしている。
ぱっと見、元気そうな女性。狐目が特徴的で、髪はポニーテール。スタイルが良くて女優みたいだ。……顔は少しだけ老けたけど、あまり変わってないな。月日ではなく心労が祟って老けて見えるだけかもしれない。
「二人とも、ちょっと悪いけど席を外してくれないか?」
「いや、ひっくん、何言ってんの。この人、誰なの。まずはそれに答えて……」
「分かりました。本日はこれで失礼します」
「え!?」
「また来ます。では斑崎さん、行きましょうか」
「いや何言ってんの、アンタ。まだ話は終わってないし……」
「なあ、絆」
「何よ、ひっくん!」
「聞いているかいないか分からないけど、ぼくの父親は『酒呑童子』だ」
「…………え?」
この反応だと聞いてなかったか。
絆はショックのあまり固まってしまった。放心状態になった絆の手を初夏が引き、強引に病室から連れ出した。
ぼくと女性の二人きりになる。と思ったら、野球帽を深めに被った少女が静かに入ってきた。
「や、ヤッホー」
少女からぎこちない挨拶。ここまでは女性と一緒に来たのだろう。
女性は初夏の座っていたパイプ椅子に座り、ぼくの横顔を覗き込む。照れ臭くなったので顔を逸らすが、それに合わせて顔を動かす。少女もベッドの脇に立ったまま、女性に便乗して顔を見てくる。
「何やってんの」
「いや、七年振りに見る我が子の顔をよく見てあげようと。お父さんに似てきたねー」
「そういうのいいって、母さん」
女性の名前は唯原葛葉。言わずもがな、我が母親だ。
「そっちは?」
少女の方を見る。
「い、いや、これまで顔、しっかり見たことなかったなあーって思って」
「改めてってことかよ」
「あたしのお兄ちゃんだけあって、チョーカッコいいよ」
「自分誉めかよ」
少女の名前は藤代茜。こっちはぼくの腹違いの妹だ。
そう、ぼくも茜も生きている。
□
茜は塁に撃たれた。正しい、麻酔銃にだ。
花さんには実弾だった。
通常、麻酔と実弾が同じ銃から出せるはずはないが、塁の拳銃は特殊過ぎるくらいに改造されていた。
だから、実弾で腹をぶち抜いた後、麻酔弾で眠らせるという芸当つうか狂言が実現された。茜がぼくを庇って撃たれる必要もあったが、そこは兄妹愛を信じた。
花さんが見事に騙されてくれた。眠っている茜に向かってぼくが絶叫したら、絶望したような顔で逃げ出した。由紀さんと二人だけで逃げて行った。みいらさんがその姿を目撃したらしい。
まあ、みいらさんがぼくの父親の正体に気付いてしまったようだけど。あの人に隠し事は出来ないなあ。色々とその後の歯車が狂った。
ぼくらの予定では、誰か来る前に眠らせた茜を塁が自分のマンションに隠す。誰か来ればぼくが対応して時間を稼ぐ。そして、みいらさんが町から消えれば、七丁目に茜のことをしばらく頼む。ほとぼりが冷めたら再会する。という感じだったが、そこまで含めてみいらさんには見抜かれた。
挙げ句、ぼくと塁は共犯関係が壱圏さんや明時にまでバレた。めっちゃ怒られた。
主に、七年前の事実やぼくと茜の正体を隠していたことについて。
一通り文句を並べた後、二人は怒りながら泣きながら言ってくれた。
「鬼の子だろうと馬鹿だろうと、それでもお前を愛してやる!」
マジありがてえ。つうか、ぼくも泣いた。『姑獲鳥』の日記を読むまでもなかったんだ。
ぼくは一人じゃなかった。
「ところで、何で二人一緒なの?」
結構、複雑な関係のはずなのだが。
しかし母さんはケロリとした顔をして、茜の頭を撫でながら言う。
「何よー、私と茜ちゃんが一緒にいたら悪いの?」
「そんなことないけど」
「と言うか、茜ちゃん可愛いわー。あの人と『座敷童』の子だものねー、そりゃ可愛いわ。私もこんな娘、欲しかったわー」
「う、うきゃー」
茜が嬉し恥ずかしそうにする。
「飛翔」
「何? 改まって」
「ごめんね。突然いなくなって」
「大丈夫。言うほど恨んでないから」
「嘘ね」
「まあね」
「やっぱりね。母親相手に隠し事出来ると思ったら、甘いぞー」
全くだ。
みいらさんは、母さんのこういう部分の影響を受けてんだよな。
「今更、かな?」
「そうでもないよ。それより、母さん。一つ聞きたいんだけどさ」
「何?」
これは本来、聞くべきではないのかもしれない。特に、茜の前では。
だけど、どうしても聞いておきたかった。
「ぼくは、生きてていいのかな?」
親父の存在を知ってから、誰かに聞くのが怖かった。誰かに確認するのが怖かった。自分を否定されてしまいそうで、考えることさえ拒否していた。
あの化け鬼の血を引き、あの『戦争』を引っ掻き回し、母や妹を苦しめ、たった一人の少女を守ることさえ出来ない、こんなぼくが、生きていていいんだろうか。
母さんは、ぼくを産んで後悔してはいないだろうか?
そんなぼくの苦悩を、母さんはたった一言で振り払った。
「馬鹿ね。アナタがいなかったら、私はこんなに苦しまなかったわよ」
「……」
「つまり、生きているって実感出来なかったわ」
「……そっか」
そうか。そうなのか。
「アナタの母親であることを恥じたことならあるわ。逃げ出したものね。息子が壊れるのが怖くて、逃げ出したものね。だけど……」
母さんはぼくの顔を撫でながら、笑った。
「アナタが息子で恥じたことなんて、一度もない」
ぼくはつい俯いてしまった。母さんの顔を見ていられなくなったのだ。
「アナタは、自慢の息子よ」
「うん。あたしにとっても、最高のお兄ちゃんだよ」
母さんに続き、茜が断言した。
ああ。ああ、ああああああ。
堪えきれなくなって、両目から涙が溢れてしまう。構うか。どうせ、二人は家族だ。みっともない姿を見せたから、何だってんだ。
「い……」
そして、ぼくは吐き出す。
自分が『酒呑童子』であることを知ってから……いや、生まれた瞬間から言いたかったけど言えなかった台詞を
。
「生きてて、良かったぁ……!」
これで、ぼくは自分を許してやれる。
「ねえ、飛翔。感動しているところ悪いけど、一つ提案」
母さんが涙を浮かばせながら、笑顔を向けてくる。ぼくは母さんの笑顔が好きだ。というより、好きな人の笑顔が好きだ。
「何?」
「また、一緒に暮らさない? 茜ちゃんも加えて、三人で」
「とても魅力的だけど、ごめん。もう少し待って」
「そっか。無理には言えないよね。あの家を崩壊させた原因は、私なんだから」
「母さんは悪くないよ」
本心では、母さんとまたあの家で暮らしたい。だけど、ぼくはまだ『不戦』としてやり残していることがある。
それを終わらせなければならない。
「すぐには無理だけど、いつか戻ろう。あの家に」
ぼくは茜の頭に手をやった。
「勿論、お前も一緒だぞ、茜」
「うん!」
茜は破顔一笑した。
親父、アンタには恨みや憎しみばかりだけど、一つもとい二つだけ感謝してやるよ。
母さんをぼくの母さんに選んでくれて、ぼくに茜を残してくれて。
ありがとう。
□
「どうも、由紀さん」
『どうも、明時君』
「花さん、もとい『茨木童子』さんはどんな様子ですか?」
『ただの屍のようでした』
「でした? つまり今は違うと?」
『二つほど、素敵な情報をあげたので。それで元気回復です』
「二つ? 一つは藍ちゃんもとい茜の生存だとして、もう一つは何です?」
『その前に、明時君、茜ちゃんのこと呼び捨てなんですね』
「ええ。だって飛翔の妹ですよ? つまり、ぼくや極地兄さんの妹も同然じゃないですか」
『調子いいですね。殺そうとしていたのに』
「ちゃんと謝りましたよ。飛翔にも茜にも。まあ、飛翔にも謝ってもらいましたが。それで? 花さんに何を言ったんですか?」
『明時君』
「はい」
『私、お母さんになるの』
「……うおう。それは、まあ、何と言えば良いか。とりあえず、おめでとうございます」
『ありがとう』
「花さんが父親ですか、想像出来ませんね」
『それで、花ちゃんと正式に結婚することになりました』
「それは重ねておめでとうございます。まあ『百鬼夜行』はもうダメでしょ? 後継者二人は平穏に生きる気ですし、残った眷属は一桁で、その全員が『七夕の悪夢』の再来なんて諦めている。花さんは何と言ってますか?」
『同じことを言っていました。あの人自身、親友の「鵺」の死で心が折れたようですから』
「『百鬼夜行』第三位『鵺』、内淵外縁ですか」
『ええ』
「なら、その言葉を信じましょう。『十戒家』は手を引きます。『五食同盟』も介入しません。花さんに良い父親であってくださいと言ってください。貴女のお腹に宿ったのは、『百鬼夜行』幹部の子。つまりは僕の同類だ」
『はい。だからこそ、君や飛翔君が導いてくれたら良いと思います』
「そうなんでしょうね。面倒ですけど、困ったことがあったら相談してください」
『ありがとう。あ、そういえば確認したいことが』
「何でしょう?」
『塁君ですが、彼は何故、飛翔君に協力したんでしょう? 彼にとって「百鬼夜行」は恩人の仇、つまり飛翔君も憎い相手のはずなのに』
「いえ、そこに矛盾はありませんよ。むしろ塁の願いは叶っていますし」
『え?』
「だって、完全に終わったじゃないですか、『百鬼夜行』」
『まさか、最初から、それが目的だったんですか?』
「みたいです。飛翔の奴、塁にだけは父親と茜についてバラしていたみたいで。その上で、今回のようなケースになった場合の作戦をいくつか用意していたそうで」
『「酒呑童子」の子を餌にして、群がってきた眷属達を一気に殺し、事実上の壊滅に追い込む。塁君の目的はそんな感じですか?』
「ご名答。さすが白魔女」
『昔の名前です。花ちゃんと出会って、それは捨てました。だから、私は花ちゃんと、お腹の子と一緒に生きていきます』
「そうですか。まあ、お好きに。『百鬼夜行』を再興させようとする以外なら、止めはしません」
『はい。明時君も、生きていてください。では』
「生きていてくださいか。……何気に難しい注文だよなあ、飛翔」
□
「つうか、極地先輩。仕事に私情入れ過ぎだろ。俺が言えた義理じゃないけどよ」
『ああ。お前にも世話をかけた』
「いいって。らしくねえ。守るべき家族や大切な友人、愛する恋人の為なら世界を巻き込むのが、『唯原』だろうが。そうでなくても、自分勝手に支配すんのが『壱圏』じゃねえか」
『……そうだな』
「それはそうと、極地先輩。アンタさー、井伊藍だか藤代茜に関して散々なこと言ってたよなー。飛翔の妹ってことで手のひら返したけど、言ったことは消えないよなー。それを俺、飛翔に言った方が正しいよなー。あいつ怒るだろうけどー」
『っ! 何が望みだ。言ってみろ』
「無駄働きされたんだ。口止め料も含めて、有給くれ。嫁と二泊三日の温泉旅行に行きたいんだ」
『……良いだろう、箱根でも熱海でも神戸でも行ってこい!』
「まいどー」
□
一つのシェアハウスが破壊され、一つの禁忌が壊滅し、一人の交渉人が家族を取り戻し、一人の中間管理職が有給を手に入れた。
此度の一件は、そのような形で幕を下ろしたのだった。




