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交渉人の錯乱

 前回は長すぎだったと後悔。これからはこれくらいの分量で刻みます。

 相変わらずの駄文です。

『助けて』

 その一言だけで、電話は切れた。





 とりあえず、ぼくは抱卵していた。

 派手に間違えた。

 ぼくは鳥ではない。

 正しくは、放心して、錯乱していた。

 隣の家で仕事中だったはずの花さんにぶん殴られた所までは覚えている。

「いやはや。僕もさ、二年くらい殺人鬼やってたけど、あんなに取り乱した人間は二度目だよ。一度目がいつだったか、語る必要はないよね」

 目覚めると同時に、花さんの嫌みみたいな声が聞こえてきた。

 状況はよく分からないが、近くに花さんがいて、ぼくが横になっていることは理解できた。

「人を最後に殴ったのは、明時が『五食同盟』を作った時だな。知り合いの息子があんなもん作れば誰だって切れるさ」

「……由紀さんを殴ったことはないんですか?」

「はあ? おいおい。同棲中の恋人を殴るなんて真似、僕がするって言うのかい? あるいはそういう人間だと思われていたのかい? 心外だね。由紀の綺麗な肌に傷なんて付けるはずないだろう? あいつの両親ならともかく」

「すいません。一般の高校生に、最後の一文は重過ぎます」

「一般のつもりか」

 花さんがぼくの額をぺちりと叩く。


 反論出来なかった。


「一般なんてのは、絆ちゃんみたいな子を言うのさ」

「!」

 そうだ! 絆だ!

「は、花さん、絆が」

「落ち着いて話しなよ」

「これが落ち着いて……」「また殴られたいか」

「…………」

 頬の痛みが、一気に血流を落ち着かせた。

「緊急事態こそ落ち着け。それが君の手法だろ?」

「はい……」

「情報を整理しようか」

 花さんはそう言って、紅茶を入れた。

 ぼくは部屋を見渡す。どうやら絆の家のリビングのようだ。見覚えがある。

 見覚えがない点があるとすれば。


 部屋に死体の転がっていて、部屋が血だらけなことだろう。


「まず、これ、何さ?」

 花さんは部屋に転がっている二つの死体を指差す。

 実にぶっきらぼうに。

「絆の、ご両親です」

 見間違えでなければ。そして、出来ればそうであって欲しい。

「だと思った」

 花さんはどうでも良さそうに紅茶を飲む。淡白な反応だ。まあ、死体にも殺人にも縁が深い人だからな。

「しかし、下手くそな殺人だね」

 死体の正体を知っての第一印象が、それか。

「殺人鬼らしい評価ですね」

「僕でなくとも、そう評するさ。例えば、君の親友である殺し屋でもそう言うはずだ」

「親友じゃありません」

 良くて、いや悪くて、悪友だ。間違っても、あの失敗症が親友ではない。


「なら七丁目君とか?」

「縁起でもありません」

 てか、あれに友達なんかいないだろ。道化師は友達や仲間ではなく、同じ穴のムジナだし。


「ふーん。で、絆ちゃんは行方不明、みたいだね」

「さっき、電話が」

 花さんがこちらを向く。

「何て?」

「……『助けて』」

 花さんは渋い顔をした。

「それだけでした」

「『助けて』、ね。それはまた、意味深だね。君があれだけ取り乱すのも分かる」

 自覚はないけど、客観的に見ると、かなり暴れたのだろう。花さんが納得したように、しきりに首を縦に振る。

「殺す者でも戦う者でもない君には分からないかもしれないけど、これ素人だよ」

「分かってますよ」

 馬鹿にしないで欲しい。ぼくだって裏世界の人間だ。プロの仕事かアマの仕業かくらい、ちゃんと判別できる。

「しかし不可解な点がいくつかある。不審とまではいかないが、不可解だ」

「? 何ですか?」

 ぼくはひどく真っ当なことを尋ねたつもりだけど。

「君ってさ、優秀なのに無能っぽいよね」

 すげえ失礼なことを言われた。

 見かけ倒しの逆みたいなものか?

 花さんはわざとらしくため息を吐き、手を叩いた。

「はい。状況を簡潔に述べよう。まず、絆ちゃんが行方不明。『助けて』と意味深な電話。部屋、それも絆ちゃんの部屋だけが荒らされていた。ついでに親御さんは死亡、ただし素人の可能性高しって感じかな」

「ついでって……」

 ぼくがとやかく言うことではないかもしれないが、そんな言い方はないんじゃないか?

 見ず知らずの他人が、あるいは知人の恋人の親が死んで、その死をそんな風に評するのか。

 何と言うか、この人らしい。

 殺人鬼らしいのではなく。

『親』という概念に否定的な人間、首塚花道、その人らしい。

 だから、ぼくは何も言えなかった。

 ぼくも、いい親には恵まれなかったから。いや、恵まれていないのは、親だけじゃないか。強いて言うなら、恋人には恵まれたかな。

 しかし、その恋人は『普通』でない状況にある。

「ここで注目すべきなのは、絆ちゃんの部屋だけが荒らされていたこと」

 いつの間に、そんなこと調べたんだ? あ。ぼくが気絶している間か。

「て、え? 絆の部屋だけ?」

「ああ。絆ちゃんの部屋だけだよ」

 花さんは唸るような声で答えた。眉間に何本かシワが寄っていた。

「絆ちゃんの部屋だけがね。最初は強盗かと思ったんだけど、それが理由で却下」

「絆にストーカーがいた覚えはないから、そうでしょうね」

 いたらぼくが殲滅している。

「絆ちゃんの電話だけだと誘拐とも考えられる。けどさ」

「けど?」

「両親が殺されているんじゃねえ」

「…………」

「いや、誘拐犯と殺人犯がいるってパターンもあるよ? 何と言っても、道化師や殺し屋や妖刀遣いが学生やって、怪盗の根城があって、テロリストが幼女を視姦して、妖怪が限定スイーツの行列に並んで、この通り殺人鬼だった床屋が普通に商売できるような町だ」

 自覚はあったが、他人の口から聞くと、改めて物騒な町だ。日本では間違いなく一番危険な地区だろう。

「そんな町だからこそ、可能性は零じゃないが、零でないだけだ。限りなく零に等しい。……もっとも君は、その限りなく零に等しい可能性に賭けている商売だけどね」

「誉めてます?」

「嘲っているよ」

 花さんは、否。伝説の切り裂き魔『茨木童子』首塚花道は言う。

 心底、嘲るように。


「塵に等しい物に縋って、生きっているって実感出来るのかい?」






 可能性の一として、ぼくの所為で絆を裏世界の事情に巻き込んでしまった、というのがある。

 はっきり言って、最悪の最善パターンだ。

 目的は、ぼくへの復讐、恐喝か。どちらもありそうで、どちらも有り得そうだった。

 そう思って、試しに塁に言ってみた。

「いやねえよ」

 全力で否定された。

「お前相手に人質? 人質解放するのが主な仕事の奴に人質って。馬に鰹節食わせるって言うようなもんだろ」

 よく理解できない比喩だった。

「馬に鰹節か……。あはは、確かに無意味だ」

 花さんは笑ってピザ一切れを飲み込んだ。

「つうかよ……」

 塁が帽子のツバをつまんで、苦い顔をした。

「今、俺バイト中なんだが、何で唯原や花さんと、斑崎の家で、死体の転がった部屋で、ピザ食ってんだ?」

「いや君が来たのは偶然なんだけどさ」

 流石は、間が悪いことで有名な殺し屋。ピザを頼んだら、偶然、塁が来た。殺し屋がピザ屋でバイトとは世知辛い。そして、世間は狭い。

 偶然にしては面白いと、花さんが招き入れたのだ。

「ちょっと問題に煮詰まってね。ぼくって、ピザを食べると脳の回転が早くなるんだ」

「どんな脳細胞だ。花さんも食べ過ぎじゃないッスか?」

「ん? 仕事終わったばかりで空腹なんだよ」

「いや死体の前でよく食えますねって話ッス」

 花さんは首を傾げたが、すぐ隣にある死体を見て、納得したように頷く。

「意外であり、心外だね。君みたいな殺し屋にそんなことを言われるなんて。殺した人間なら、比べるまでもなく、君の方が多いだろうに」

 花さんの揶揄するような言い方に、塁は不本意な表情で反論する。

「俺とアンタじゃ、殺しのモチベーションが違うんだよ。同じサバンナに生きてる猛獣でも、ライオンとチーターに見える景色は違うように」

「説得力あるね。まあ、こっちは引退した身だ。現役にとやかく言うのは止めよう」

 言いながら、ピザを咀嚼する花さん。

「つうか、俺バイト中なんで帰っていいッスか?」

「ちょっと待ってくれ」

「んだよ」

「今回のこと、『五食同盟』の仕業じゃないよな?」

 塁は露骨に嫌悪感を露わにし、眉をひそめる。

 違ったようだ。

 いや、塁が知らないだけって可能性はあるけど。あの道化師の性格からして、その可能性はかなり高いと思うけど。

「お前、『不戦』を名乗るなら、火種になるような発言は自粛しろよ」

「努力はする」

「……はっ。戯言だな」

 塁は苦虫を潰したような顔のまま、部屋から出た。

 そういえば言い忘れたけど、塁にはバイトのツナギがよく似合っていた。

「そういや、君免許は?」

 花さんがピザを食いながら尋ねた。

 忘れていたが、ぼくも塁も十七。免許を取ることは校則で禁止されている。なら、どうやってピザの配達やってんだ?

 塁は面倒くさそうに、頭をかきながら答えた。

「チャリで」

 あるんだな。チャリでピザ届けるピザ屋。

 流石、変人しかいない町。





『絆ちゃんの両親が殺されて、本人は行方不明?』

「掻い摘んで言えばな」

『けったいなことになっとるなあ。それでウチに電話したんか』

「ああ。『五食同盟』は関係しているのか? 前夜」

『いややなあ、唯原はん。ウチらかて節度はあるんやで? アンタみたいなのの女に手なんか出すかい』

「ご挨拶だな。それに、君らに節度があるって? 一昨年の今日でそれを言うかい?」

『勘違いしなさんなや。あれは頭領の独断や。ウチや七丁目の大将は巻き込まれただけやがな』

「被害者ぶるな、死神が」

『手厳しいわあ』

「それで? 実際の所、どうなんだ?」

『どうって?』

「関わっているなら白状しろ。違うならお前の能力で絆の居場所を教えろ」

『後者やけど、ウチがアンタの言うこと聞く義理はないなあ。頭領の意向も聞かなあかんしなー』

「金は払う」

『毎度おおきに』

「助かる」

『ええわ、ええわ。唯原はんに貸しを作るのも悪い話やない。地獄の沙汰も金次第や』

「お前が言うと、冗談に聞こえないどころか問題発言だな」

『ついでに聞くんやけど、なんか泣ける映画知らん?』

「何がついでなのか分からないし時間が惜しい。映画なんて知らないからさっさと教えろ」

『せっかちやな。まあ、絆ちゃんが行方不明ともなれば……、ああん? こりゃ、どゆことや?』

「ど、どうした、前夜」

『唯原はん、思ったよりまずい事態かもしれん』

「どういうことだ?」

『絆ちゃん、思ったより近い場所におったわ。ああ、アンタやのうてウチの近くな。そんなには違わんけど』

「絆は、どこにいる?」

『あのマッドサイエンティストの所や』

「……教授の? すると鹿羽研究所か?」

『まさか「十戒家」全体が絡んどるとは思わんけど、急いだ方がええんちゃう? 絆ちゃん、解剖されかねんで』

「……ちっ」




 面倒くさいことになった。

 最初から、今年一番の面倒事だけどさ。

 最初からってのは、具体的に言えば昨日から。

 ……本当、面倒くさい。

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