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家出人が家出した理由

 その女性は一人で、駅のホームに佇んでいた。手には携帯があり、新しく入ったメールを確認していた。

『兄貴の娘が見つかった。大鬼の眷属よ、集え。新たなる王の下へ。再び、世界に悪夢を見せる為に』

 内容を何度も見直してから、女性は携帯を閉じた。

「……ついに、か」

 憂鬱そうな溜め息を吐き出す。

「ええ、予想していた。予想はしていたわ。だけど、どういうタイミングなのかしらね。意外と言えば意外。『茨木童子』にまだ『酒呑童子』の意思が残っていたこともだけど、娘がいたことも意外。それとも、それがあの人らしいのかしら。いえ、あの人らしいなんて状態はないか。らしさがないのが、あの人らしさなんだから。ええ、理解していた。理解はしていたわ……」

 女性の目はどこか悲しそうな色を帯びていた。

「唯一の裏切り者である私が近くに居合わせたのは、偶然かしら。必然かしら。あの七丁目一言がいる町に足を踏み入れるなんて心臓に悪いけど、背に腹は変えられないってね」

 女性は町に歩き出す。

「ひょっとして貴方もこの町にいるのかしらね」

 女性--唯原葛葉はそんな偶然を期待した。

「久しぶりに逢えるかしらねえ、我が息子、飛翔に」





「………………っと、死んだか」

「残念ながら地獄じゃないわよ」

 仰向けに倒れた御灯光景と、そんな彼の顔をしゃがんだ姿勢で覗き込む満礫みいらがいた。

「どうも、みいら先輩」

「ちーす、光景君」

 体を起こせない光景にみいらはとても軽い態度で返す。光景は首だけを回して周囲を確認する。

「『鵺』は?」

「死んだよ」

 みいらは極めて冷淡に告げた。そこには動揺も逡巡もない。そして光景はみいらの足元に、無残な姿となった『鵺』内縁外縁を発見した。

「無黒からもらった劇薬を試したの」

「道理で出血が異様な訳だ」

「芸術性の欠片もないわ。もうちょっとマトモなの作れないのかしら。やっぱり無黒じゃこの程度ね」

「みいら先輩、無黒にむっちゃ厳しいですよね。あいつ、彼氏のはずでしょ」

「彼氏だからこそ厳しいの」

 みいらは立ち上がり、携帯を開く。

「まだ動かない方がいいわよ。近くについ最近知り合った医者がいるから呼んであげるわ。てか、何されたの? 私が目撃したのは死体みたいに倒れている君がそこのテロリストに大笑いされている場面だけなんだけど」

「あの野郎……」

 舌打ちしそうになる光景だが、相手が死人では何を言ってもしょうがないと考え直した。

「まあ、気体を操る能力者だったみたいで。多分、酸欠でやられました」

「無様ね。何やってんのよ」

「あの、みいら先輩、携帯から一切目を離さず暴言を吐かないでくれませんか?」

「あ。やっと無黒から頼み事の返事が来たわ」

「普通に無視されたぞ、おい。てか、無黒はいつもこんな目に遭ってんのか……」

 光景の言葉にみいらは答えない。ただし、無視した訳ではない。反応出来なかったのだ。予想していた事実が、予想外過ぎた。

 突然頭を抱えるみいらを見て、光景も事態の深刻さを感じ取る。

「み、みいら先輩?」

「有り得ない……いえ、有り得て欲しくなかった……、え? じゃあ葛葉さんが消えた本当の理由は、まさか、そんな……。それじゃあ飛翔君が救われない……、いやむしろ救われた? 藍ちゃんも、この事実に気付いていたってこと?」

 一つの結論に至ったみいらは空を仰いだ。彼女の顔には一筋の涙が流れた。

 そして、幼なじみに電話を掛けた。

「極地君」

『みいらか。聞いたと思うが……』

「井伊藍の処刑命令を、今すぐ取り消しなさい」

『……何を言っている、みいら』

 さすがの壱圏極地も困惑した。詳細を知らない訳でもないだろうに、それでも取消を願うなど正気ではない。

『みいら、貴様の意見でどうこうなる事態では……』

「また飛翔君を失いたくないなら、また飛翔君を壊したくないなら、言う通りにしなさい!」

 飛翔君。

 極地はあからさまにその名前に反応した。

『どういうことだ?』

「いい? 極地君、今から話すことをよく聞いて。……私達は、愚かしい程に浅はかだった!」

 みいらの口から出た驚愕の真実に、極地は数秒間放心した。





「それにしても藍ちゃんが兄貴の娘とはね。こんな偶然なんてないよねえ。はは、いもしない神様に感謝したいくらいだ」

 花道は冗談っぽく言うが、藍は先程から無反応だ。由紀に手を引かれながら、淡々と歩いている。時折後ろを振り返るくらいで、表情にも変化がない。

「ま、感謝なんて僕らには最も縁遠い言葉であり、最も縁遠い行為か」

 感謝を知らないからこそ、『百鬼夜行』は『百鬼夜行』になった。おそらくメンバーの誰もが『酒呑童子』にさえ感謝していないだろう。あるのは世界を敵に回すだけの狂気と揺るがない忠誠心のみ。

「…………」

 藍は変わらず無言だ。また後ろを確認している。追っ手に警戒しているのではない。迎えを期待しているのだ。

「無駄だよ、そんな期待は」

 花道は藍に冷たく言い渡す。

「あの連中が、追い掛けてくるものか」

 あの連中とは、無論、『ホームズ』の住人達を指す。

「君が懐いていた絆ちゃんに、僕の正体を明かしたけど、案の定だった。彼女、自分も人殺しの癖に、僕を化け物みたいに見るんだぜ? あれから正義や音岳を見る目も変わったし、僕らの存在を黙認していた飛翔君にも不信感を抱くようになったみたいだ。人間なんて、そんなもん……」

「黙って」

 藍からの突然の言葉。

 花道だけでなく、由紀も戦慄した。

 命令口調の時だけ垣間見る、重圧的で支配的な声。紛れもなく、あの『酒呑童子』の持っていた異質なカリスマ性の一つだ。 花道は改めて確信する。

「兄貴の娘なだけはあるねえ」

 『百鬼夜行』は復活し、二度目の『七夕の悪夢』を実行できると。

 さしあさって、まずは『十戒家』からの逃亡だ。

「生き残り全員にメール送ったけど、何人間に合うか。あ、間違えて裏切り者の女狐にまで送ってた。まあ、いいか。『鵺』は近場だからそろそろだろ。『大鯰』が来てくれると頼もしいんだが……『子泣き爺』や『三目八面』の足止めは効いてんだろうか」

 花道は知らない。

 この時点で、『子泣き爺』、『鵺』、そして急行していた『大鯰』も既に『十戒家』に敗北していることに。

 そして、『七夕の悪夢』はもう起こりようがないことに。起こしようがないことに。

「『姑獲鳥』でも来てくれたらなあ」

「そいつはぼくが殺しましたよ、去年の夏にね」

「そうだった……ん?」

 花道は本気で驚いた。由紀も目を疑い、藍は目を見張った。


「やーっと、見つけたぞ」


 唯原飛翔がそこにいた。

「探した探した。いや、花さん、少女連れて街中どれだけ歩き回るんですか。本気で結界の外に出たんじゃないかって、心配になりましたよ」

 先程まで使っていたはずの松葉杖がない。顔色が異様に悪い。

「杖なしで平気かい?」

「無黒さんからドーピング薬もらったから大丈夫です」

「成る程。顔色が異様に悪いのはその所為か。君も後先考えないねえ」

「『十戒家』から逃げようとしているアンタに言われたくないんですが」

「成る程、ごもっとも」

 肩をすくめて、懐から鋏を取り出す花道。鋏は彼の得物。すなわち、戦闘体制だ。

「だけど、戦闘力のない君から逃げるなら楽勝だ」

 しかし飛翔は、

「取引しましょう」

 両手を上げて、交渉を持ち掛けた。

 交渉人の肩書き通りに。

「多分断るけど、内容は?」

「見逃してやるから、藍を返せ」

「断る」

 花道は考えるまでもなく即答した。

 当たり前だ。藍の存在は、棚から落ちた牡丹餅どころではない。ダイナマイトだ。この世界を変革する起爆剤だ。渡す訳がない。

 それ以前に、『兄貴』の娘なのだ。みすみす見殺しにはしたくない。

「そういや、前から聞きたかったんだ。最後に聞こう。唯原飛翔、君は何故、『百鬼夜行』を憎む」

「…………」

 途端に、飛翔の顔色がさらに悪くなる。やがて、絞り出すような声で飛翔は答えた。

「ぼくの母さんが、ぼくを捨てて行方不明になったことは話しましたよね」

「聞いたね。父親は誰か分からないだったっけ?」

「母さんが失踪した理由は、ぼくが母さんの昔の日記を読んで、母さんの正体を知ってしまったからなんですよ」

「ん?」

「母さんは、『百鬼夜行』第九位『玉藻前』なんですよ」

 その名前に、花道は強く舌打ちした。

「君があの裏切り者の息子とはね」

「裏切り者ですか」

「ああ。ただ唯一の裏切り者さ。兄貴が厳選し、勧誘し、支配した九十九の中でただ一人、兄貴を……いや、僕達『百鬼夜行』を裏切りやがったんだよ、あの狐は。……そうだ、君の母親のあだ名も確か、『狐』だったか。ただの偶然だと思っていたが、あの狐が『唯原』なら納得だ。食えないはずだよ、全く」

 当時のことを思い出したのか、花道はつい歯軋りをしてしまう。

「そして『百鬼夜行』を恨むようになった、か。親子揃ってタチが悪い」

「ええ。よく言われますよ。そして、同じことを『姑獲鳥』、藍の育ての親にも言われましたよ」

「はー、成る程。じゃあ君は兄貴の娘の存在を知っていた訳だ」

「それもイエスです。家出の後でしたけどね」

「それは良かった。『姑獲鳥』が育ての親だとすると、実の母親は『座敷童』かな。兄貴が二人だけに命じた極秘任務だったんだろうなあ。後継ぎ育成計画。『座敷童』は『七夕の悪夢』から一年後に事故で死んだけど、その報告は『姑獲鳥』からだったな。何でこいつから? とは思ったけどな」

「どうやら『座敷童』のサポートとして『姑獲鳥』が選ばれたらしいです。子育ては大変ですからね。だが、『座敷童』が死んでしまい、鬼を継ぐ者『鬼童丸』は『姑獲鳥』一人で育てることになった」

 飛翔は言葉をそこで切り、藍を見た。藍も飛翔をじっと見つめ返している。

 表情から感情は読み取れない。

「そして、藍……いえ、もう本名で呼びましょうか」

 飛翔は知っていた。井伊藍の本名を。『姑獲鳥』から聞き出していた。『七夕』の前日、『座敷童』に宿ったばかりの彼女に、彼女の父親『酒呑童子』自らが名付けたという名前。

 それが、藤代ふじしろあかね

「茜は自分のルーツを知ってしまった。ちょうどぼくと同じそうです。遺品、『座敷童』の日記を見て、自分に『酒呑童子』の血が流れていることを知った。で、いいんだよね?」

 飛翔は『姑獲鳥』から聞いた情報を茜に確認するが、本人は無反応だ。相変わらず、飛翔を見つめるだけだ。

「たく、いなくなったなら僕に一報くれて全部話せば良かったんだ」

「いずれ自分の役目を理解して、自分から行動してくれると信じて疑わなかったみたいですよ」

「うわ、その気持ち、すごくよく分かるよ。さすが我が同志」

「アンタらの意見の共通なんかどうでもいいよ。くだらねえ幻想だ」

 本当にどうでも良さそうに、飛翔は言い放った。

 そして、これからはどうでも良くない話だ。

「茜を、そんな子供を、アンタらの叶わない幻想に付き合わせるなよ」

「……言ってくれるね。何の権利があって、君がそれを言う?」

「同類だからさ」

「殺そうとしているんだろう?」

「そんなこと一度も言ってない。茜は殺さないし、殺させない。絶対に。壱圏さんを敵に回しても守ってみせる」

「最初の取引の意味は?」

「あれは花さんと由紀さんに、無駄な抵抗をせず茜を渡すか、無駄な抵抗をして茜を奪われるか、という二択をしてもらったんですよ」

「……同じ屋根の下にいた時間は、僕達の方が長いよね? それなのに何故、そこまで藍、いや、茜に執着する?」

「同類だから」

 それ以上の理由はあっても、それ以下の理由は飛翔にはない。

「お話はここまでにしましょうよ、『茨木童子』」

 飛翔の右手には愛銃のマグナムが握られていた。

「渡さないなら交渉は決裂だ。アンタを殺して茜を取り戻す」

「……らしくないね、熱くなって。いや、むしろ熱いのが本来の君なんだっけ? 明時がぼやいてたな。ああ、明時は知っていたのかな? 君の母親について」

「当然ですよ」

「食えない連中だ。明時も父親が『百鬼夜行』だから僕を毛嫌いしていたな。もっと早く気付くべきだったよ。君があの汚らわしい女狐の、薄汚い息子だとね」

「黙れ、この悪鬼が!」

 飛翔が怒号を上げる。

 銃口から弾が飛び出るが、花道はそれを有り得ない反射で避ける。

「はははは! 自分を捨てた母親の侮辱が許せないのかい? 僕には理解出来ないね! 親に捨てられたロクデナシ同士、君には親近感を抱いていたんだけどね!」

 花道はそのまま鋏で切りかかるが、飛翔はそれを銃で受け止める。

「アンタに、アンタらに分かるのか! 化け物でもねえのに、純粋な人間だってのに、親共々、逢ったこともない鬼の所為で人生狂わされたぼく達の気持ちが!」

「分からないねえ! 少なくとも僕は、好きで兄貴に付いていったからさあ! それに君は……」

 ここで花道は妙な違和感を覚えた。

 何かを見落としているような、何かを見過ごしているような、何かから無意識に目を逸らしているような、そんな違和感。

 そんな花道の違和感を刺激するように、背後から声が掛けられる。

「何で?」

 声の主は、藍改め茜。

 無表情というよりは悲壮感に満ちた顔で、今にも泣きそうな声で、意味深な言葉を投げかける。

 そしてその相手は、飛翔だった。

「ねえ、何で?」

 花道と距離を取り、飛翔は茜に聞き返す。

「何でって、何が?」

「何で、あのことを言わないの?」

 あのこと?

 花道と由紀は訝しげにするが、飛翔の顔色が冷や汗を流して顔色を悪くしているのを見て、『あのこと』やらが飛翔にとって重大な内容であることがうかがえた。

 茜にとっても重大であることも、明らかだ。

「な、何のことだか、さっぱりだ。茜、お前は何を言っている? ぼくには、『百鬼夜行』に関する隠し事なんて、母さんの正体とお前の育ての親を殺したくらいだ」

 その台詞は逆説的に、まだ『百鬼夜行』と何らかの関係を持っていることを示していた。

 茜は最初からその答えが返ってくることを予想していたかのように、こんな質問を重ねた。

「何で、あたしを助けるの?」

「ぼくが、お前に、生きて欲しいからだよ」

「花さんは殺せるのに? 『姑獲鳥』さんは殺したのに?」

 茜の質問の意図に、花道は気付く。そして、先程の違和感の正体にも気付く。

 あの違和感は、『何故、唯原飛翔は藤代茜をここまで特別視しているのか』という疑問だったのだ。

 不自然を通り越して、異常だ。

 飛翔はあの『十戒家』を敵に回してでも藍を守ると言った。そこに嘘はないと花道は感じた。

 だが、それはおかしい。

 つまり、『不戦』が『十戒家』を裏切ると言ったのだ。兄も同然の従兄、再従兄や親戚連中を『敵』に回して、『戦う』と言ったのだ。

 何もかもがおかしい。熱くなる以上に、唯原飛翔らしくない。

 彼は、自分を殺して、主義を曲げて、背景を捨ててまで、何故、心底憎む『酒呑童子』の娘を守ろうとする?

 何が彼をそうまでさせるのか。

「あのことを言えば、花さんと戦わなくていいじゃん」

 茜の台詞に、花道は更に混乱する。

「あたしを守ってくれるんでしょ? ていうことは、これからはずっと一緒にいてくれるんでしょ? あの女より大切にしてくれるんだよね? だったら、その理由を言ってよ、教えてよ、伝えてよ!」

 ムキになったように喚く茜に、飛翔は弱々しく尋ねる。力のない笑みを浮かべながら。

「お前が大切だからじゃあ、ダメかな?」

「ダメだよ、そんなんじゃあ! 理由が分からないと不安になるもん! 『姑獲鳥』さんが……お母さんがそうだったもん!」

 無表情な態度捨て去り、茜は感情をぶちまける。

「あたしは実の子じゃないのに育ててたのは、愛してたのは、あたしを化け物にするためだった! 本当のお母さんじゃないのに愛してくれて、嬉しかったのに、お母さんは、あたしを娘とは見てなかった! お母さんにとってあたしは、ただの後釜だった! 自分の娘じゃなくて、『酒呑童子』の続きだったんだ!」

 嗚咽を混ぜながら、茜は続ける。

「だから家を出た! そして知った! 自分が、自分の中に流れる血がどれだけ嫌われているか、憎まれているか、怨まれているか! 一人だった! 独りきりだった! もう死のうとした時、あなたに出会った!」

 茜は飛翔に攻め寄る。由紀も花道もそれを止めない。

 止められない。

 これは自分達が立ち入っていい領域ではない。

「最初は嫉妬した。あたしと同じ癖に、なんて幸せそうなんだろうって、強そうなんだろうって……でも、本当はあたしより弱くて、あたしと同じで……だから一緒にいたくなった。ようやく見つけたと思った。邪魔な女はいたけど、ようやく一人じゃなくなったって」

 茜は飛翔に抱きついた。飛翔の服が、目から流れ出れる涙で濡れていく。

 だが、飛翔も泣いている。

「ねえ、あたしは何? あたしはもう知っているんだよ、何で隠すの?」

「……言ってやりたかったんだ」 飛翔は呟く。

「血だけが全てじゃないと、君に言ってやりたかったんだ」

 自分自身、苦しんだ。だから。

「こんな状況になったら、言ってやりたかった。血だけが全てじゃないと。関係ないと。それでもお前を愛すると、言って、楽にしてやりたかったんだ」

 飛翔も茜を抱きしめた。壊れ物を扱うように、優しく、弱く。だが、壊れ物なのは飛翔もまた同じだ。

「あの鬼の血が流れていようと、誰からも愛されないなんてことはないと、君に知って欲しかった。だけど、同じ血が流れているんじゃあ意味がないじゃないか」

 同じ血。二人は母親が違う。ならば、それが意味するものは、一つしかない。

「飛翔君、君はまさか……」

 花道がそれを確認しようと前に出た瞬間だった。


 バーン。


 銃声が響いた。

「があっ!」

「っ! 花ちゃん!」

 撃たれたのは花道。衣服の腹部が赤く染まる。

 うずくまる彼を由紀が支える。

 飛翔は茜を背中に隠し、今まで気付かなかった襲撃者を見る。よく知った顔がそこにあった。今日も逢ったばかりだ。

「塁か」

「よお、唯原」

 麻川塁。間が悪い殺し屋。旧禁忌『赤闇一族』の生き残り。デザートイーグルの銃口と敵意や殺意に満ちた笑顔をこちらに向けていた。

「ま、まさか君が出てくるとはね」

「心配すんなよ、大将は来ない」

 花道の懸念を口に出す前に打ち消すが、それは善意ではない。むしろ、俺が殺すからという無言の宣言だ。

「忘れてるかもしんねえけどさ、俺は恩人をアンタら『百鬼夜行』に殺されてんだよな。さっき斑崎から連絡あってビックリしたぜ」

「……? 絆から?」

「ああ。藍が『酒呑童子』の娘らしいと、かなり混乱した様子で言ってたぜ? まあ、怒りもあったみたいだけど」

「怒ってたの? 何で?」

 茜からの質問に、塁は苦笑しながら答えた。

「『騙されてた』、だとさ」

 その瞬間、茜の顔が悲壮に歪んだ。

「当然だよな。『酒呑童子』の血縁者? んなことを黙ってるなんて、騙してるようなもんだぜ。ボスなら、騙すより悪いって言うだろうけどな」

「確かにな。鉄板だよ」

「ああ。で、その『騙すより悪いこと』をしていた奴が、俺の目の前に二人いるんだよなあ」

 茜の服を掴む力が強くなったのを確認し、飛翔は彼女の頭を優しく撫でる。

 塁は、口の端を吊り上げる。

「悪いな、親友。仇を討たせてもらう」

「良いよ、悪友。好きにしろ。……でも、一つだけいいか?」

 マグナムを塁の方に投げ捨てて、飛翔は人差し指を立てた。

「何だ? 今更殺すなは無しだぜ?」

「ぼくを殺すなとは言わない。でも、茜はダメだ」

 それは、最後の交渉。いや、友人としての頼みだった。

「ぼくは殺す代わりに、茜を見逃してくれ」

「……分かった。一人殺せば十分だし、どうせお前が死ねば何も出来ないだろうよ」

「悪いな」

「それは俺の台詞だ。……後の世話は、大将にでも丸投げさせてもらうぜ。俺はお前と違って、自分を殺すかもしれない奴と飯は食えない」

「七丁目なら安心だ。十分過ぎるよ。茜以外にも心残りが一つだけあるけど、今のあいつなら大丈夫だろ。ぼく以外にも、支えはいる」

 交渉人は目を閉じた。

 殺し屋は目を開けた。

「ま、待て、飛翔君! 君はこんな場所で死ぬべきでは、ぐふ!」

 花道の制止は、最早聞こえない。

「あばよ、『不戦』」

 塁は引き金を引いた。

 それとほぼ同時であった、あるいは数瞬前だったろう。

「ダメぇ!」

 飛翔の背中を押しのけて、茜が前に出た。

 突然のことで、飛翔は行動出来なかった。

 そして弾丸は、

 藤代茜の心臓に命中した。

「……え?」

 飛翔が間の抜けた声を出した時、茜は地面に倒れていた。

「……あ、茜?」

 飛翔は恐る恐る、茜の名前を呼ぶ。

 だが、返事はない。

「茜!」

 飛翔の思いに応えるように、茜はうっすら目蓋を開ける。

 そして、薄く、だが確かに、笑っていた。


「無事で良かったよ、お兄ちゃん」


 再び、茜は目を閉じた。

「茜?」

 飛翔は名前を呼ぶが、今度は反応がない。目も開かない。

「あ、あかねえぇぇぇぇぇぇぇ!」

 飛翔は叫んだ。

 だが、彼の『妹』はその声に応じることはなかった。

飛翔が藍(茜)に『ひーちゃん』と呼ばれたくなかったのは、『兄ちゃん』に似ているから。

『兄』であることを無自覚でいたかったから、その呼称では呼ばれなくなかった。

本心では、めちゃくちゃ呼んで欲しかったはず。お兄ちゃんって。ここだけ読むとすげー変態っぽいですけど。


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