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殺神犯が崇拝されている理由

「何で来てんだ、クソ兄貴が!」

「……お前こそ」

「うっざいよ! 一々会話に間を挟むな、面倒臭い! そんなんだから、アンタは駄目なんだよ! 問題だらけの欠陥だらけの不良品が!」

「……黙れ」

「何が喧嘩屋だ、筋肉馬鹿が! アンタには何も出来やしないだろうが! 明時さんに拾ってもらわなかったら、自堕落な喧嘩ばっかやって、ゾンビも同然だったじゃないか! てか何も変わってないじゃないか、アンタマジで何がしたいんだよ!」

「……黙れ、と、言っている!」

「落ち着け、この腕っ節兄妹が!」

 絆をどうにか静めて『ホームズ』に戻り、せっかくなのでみいらさんや無黒さんや仮名美を交えてまたぞろ鍋パーティーでもやろうかという話になった時。 塁と業火がやって来た。何故か初見の金髪少女も一緒だったが、それは置いておく。

 問題は、業火と仮名美、つまりは鎌倉兄妹(三分の二)が鉢合わせしたことだ。

 非常に面倒臭いことになった。

「離してください、斑崎先輩! この馬鹿を一刻も早く排除しないと!」

「……離せ、唯原、この愚か者、ぶん殴る!」

「落ち着けって言ってんだよ!」

 本当に面倒だ。

 仮名美は絆と凪茶、業火はぼくと塁で取り押さえた。無黒さんとみいらさんは眼前の事態に対して、ポカーンと口を開けて呆然としている。

「馬鹿兄貴が!」

「……愚妹め!」

 互いに罵り合う二人をどうにか別々の部屋に隔離することに成功。

 業火はぼくの部屋に、仮名美は流水さんの部屋に。いや、流水さんはあの部屋にほとんどいないから、居候である藍の部屋も同然なんだけど。

 ぼくの部屋に連行した業火を、床に座らせる。ぼくと塁、ついでに塁に付いて来た金髪少女も床に座る。

「お前と言うかお前ら。他人の下宿で派手に兄妹喧嘩すんなよ。傍迷惑な」

「……すまん」

「悪い、唯原。ここに来ようって言ったの、俺なんだ」

「相変わらず間の悪い提案しか出来ないのか、お前」

「だから悪かったって。……まあ、鎌倉が落ち着いたら俺ら帰るわ」

「そうしてくれ」

「あ。そうだ、じゃあこいつの紹介ね」

 塁は金髪少女の背中をポンと叩いて前に出させる。

「ほれ、名を名乗れ」

「あ、雨華ッス」

 金髪少女はやや緊張しながら名乗った。背筋がピーンとしていた。

 最初見た時も思ったが、この子……。

「人間じゃあない、よな」

「まあな」

 金髪少女こと雨華ちゃんの代わりに、塁が答えた。金髪少女の頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。

 雰囲気からして多分、妖怪の類だ。金髪ってのは本来の姿の名残だろう。黒目ってことは日本産だな。体のサイズからしてカテゴリーは鬼か獣に確定。獣臭は微弱にあるということは後者、それもかなり種類はしぼられる。

 それに、雨華という名前。雨に華。

 華。花、花嫁?

「狐の嫁入り、つまりは狐か」

「正解」

 塁はにっと笑う。笑顔の似合う馬鹿だな、おい。

「それにしても、狐か」

「狐だ。思うとこあるか?」

 ピク。

「思うとこ? 何だ、そりゃ。笑えないジョークだな」

「センスが悪いもんで」

 肩をすくめて嘯く塁。悪いのはセンスではなく、意地だろうが。分かって言っているよな、こいつ。

「もしかして明時が関係しているのか?」

「まあな。よく分かったな。簡単に言えば、あの人に押し付けられた雑用のおまけだよ」

「はあん……。あ、押し付けられたと言えば業火、七丁目から預かり物があるぞ」

 まだ息の荒い業火が頭を上げる。

「……大将から?」

 七丁目の名前が出たことで、多少は血流が落ち着いたと見える。

「多分、生徒会関連」

 カバンに入れてあったクリアファイルを業火に渡す。

 途端に、業火の顔色が悪くなる。比喩無しでサーと青くなる。何かヤバいもんだったのか? てっきり生徒会関連だと思っていたが、五食同盟の方だったか。

「……帰る」

「ん。んじゃ、唯原。後はよろしくー」

「よろしくー」

 そんな感じで、殺し屋と喧嘩屋と、化け狐? うん、化け狐は帰っていた。

 部屋から出た瞬間、仮名美と鉢合わせして一悶着あった。蛇足な展開だった。マジ面倒くせえ……





 今夜は味噌風味鍋だった。

「さっき帰った子達だけど、男の子は鎌倉業火君と麻川塁君でいいのかしら?」

 鍋をつつきながら、みいらさんが誰ともなしに質問してきた。

「あら美味しい。うちの料理人もそれなりだけど、由紀ちゃん天才ね」

「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」

 由紀さんが巣で照れる。花さん、ちょっと自慢げな顔。

「いや、お世辞言うほど性格良くないわよ、あたし」

「自覚あったんですね」

「飛翔君、何か言った? 凪茶も何、その物言いたそうな顔は」

「い、いえ何も」

「私も別に言いたいことなど……」「なら良いけど。で、さっきの質問の答えは?」

「あ、はい、合ってます。仮名美と喧嘩した方が鎌倉業火で、馬鹿そうだったのが麻川塁です。女の子はぼくらも初見で、雨華というらしいです」

 豚肉を取りながら相槌を入れる。

「ふーん。明時君が自らスカウトしたって聞いたからどんな感じかと思ったけど、意外と普通だったわね」

「それは俺も思ったぜ」

「ま、明時や七丁目と比べてみればそうかもしれませんね」

「いや、客観的に比較対象を平均から見て普通なんだぜ」

「? そうですか?」

 いまいち、二人の普通の基準は分からないが。

「……目が肥えすぎてるんじゃないの? 飛翔君ってば」

「んなことないですよ」

 ぼくの本音に、みいらさんは重い溜め息を吐き出した。

「はあ……、この話は水掛け論になるからここで止めるわ。まあ、飛翔君の目が腐っているのはともかく」

 どうやらぼくの眼球は肥えすぎて熟れたらしい。

「あの塁って子はあれなんでしょ? あの『赤闇一族』の生き残りなんでしょ?」

「え? 何だぜ、それ。初耳だぜ」

 いや無黒さん、そんな『何故言わなかった』みたいな視線をこちらに向けないで欲しい。

 だってアンタ、五食同盟の出生については聞いてこなかったじゃないか。

「あかやみいちぞく?」

「何ですか、それ」

 絆と仮名美だけが首を傾げる。凪茶が箸を置いた。どうやら彼女が解説を買って出てくれるらしい。

「二人とも裏世界の三大禁忌についてはご存知ですよね?」

 三つの内二つはお前の身内の奴な。

「一応、触りの部分だけ」

「えーと、凪ちゃんや飛翔先輩の実家と、『百鬼夜行』が入ってるってことくらいは」

 一般人二人は曖昧な返事を返す。

「実は禁忌は元々、七つあったのです。『赤闇一族』とは滅んだ禁忌の一つ、不死身と呼ばれた亜人族のことです」

「不死身?」

「亜人?」

「はい。禁忌に指定されたのは明治以降だと……あ、この明治と言っても守永明時さんではありませんよ?」

「凪ちゃん、つまんない」

「そうですか」

 意味不明に落ち込んだ凪茶に変わって、ぼくが解説を引き継いだ。

「不死身って、非現実的だけど裏世界には意外とあふれてんだ。まあ、『赤闇一族』を含めて大抵は殺す方法が何かしらはあるんだけど。吸血鬼の十字架みたいに」

 ……パプリカ丸ごと入ってやがる。誰が入れた。

「『赤闇一族』は不死身な上に身体能力が高い。プロの殺し屋でも五歳の子供が殺せるかどうかだ」

 まあ、『赤闇一族』自体が殺し屋を生業としていた節はあるが。

「『赤闇一族』の特徴はその強さと不死身。それ以外は他の亜人族と比べても人間に近い。ベクトルとしては、吸血鬼が一番近いんだろうなあ」

「ひっくん、食事中に血を吸う妖怪の話はちょっと……」 繊細だなあ、絆は。仮名美は平気そうなのに。

「ぶっ! アハハハハハ、面白過ぎる! ひっくんだって、何その呼称、アハハハハハ!」

 みいらさんが馬鹿受けしてやがる。無黒さんの背中を叩きながら、涙さえ出して。腹立つー。

「でも『赤闇一族』をイメージするなら、変身能力と弱点のない吸血鬼ってのが一番近いんだよ」

「じゃ、弱点なし?」

 仮名美がいい所に食い付いた。

「あの、さっきから気になってたんですけど、その和歌山一族の弱点って何なんですか?」

「和歌山じゃなくて赤闇な。弱点と言えるか微妙だが、ざっくり言えば、妖刀で影を刺すことだ」

「妖刀ですか」

「それもタイプが限定されてんだよ。妖刀なら何でもいい訳じゃない」

 七丁目の『漆喰』は入るな。

 まあ、七丁目が『戦争』で『赤闇一族』を食い潰した方法はこれではないが。あいつはもっとえげつなく、不死身を殺し、不死身の一族を滅ぼした。

 ある意味、七丁目が倒したのは『赤闇一族』ではなく常識の方だったのだろう。

 伝説の一族が殺せないという常識を、七丁目一言は殺した。

「まあ塁は人間とのハーフだから純血よりは死にやすい。普通の人間とは比べ物にならないけど」

 出来が悪い。出来損ない。で、死に損ない。

 果たして、一族がほとんど死んだ中で混血が生き残ったというのは、『赤闇一族』にとって幸いなのか災いなのか。はたまた因果応報なのか。

 あの『戦争』において、罰を受けなかった概念などない。報いを受けなかった存在などない。

 巨大な組織と言うだけで、強大な暴力を保持していると言うだけで、禁忌と言うだけで、曖昧に有耶無耶にされてきた罪が裁かれた。

 例えば、一人の少女が殺害されたとしよう。だが、その死の責任が『十戒家』にあったとしよう。十中八九、少女の無念が晴らされることはない。何故なら、『十戒家』が関わっているから。そんな風に権力や暴力で消し去られた罪が、世界には吐いて腐るほどあった。

 だが、永遠に迷うはずだった少女の無念は晴らされた。『戦争』によって。

 七丁目本人にそんな意志はなかったが、結果としてそうなった。そうとしかならなかった。

 だからこそ、七丁目一言を信奉する者達がいる。

 七丁目が崇拝される最大の理由は奴が『神』を殺害したからだが、それは最大であって最多ではない。

 最多の理由は、『戦争』で彼が禁忌を滅ぼしたことだ。元々、『神』の実在を知っていた人間も少ないし。

 誰にも出来ないはずのことを、『暴力』という手段だけで実行し、実現した。改めて考えると、マジ化け物だよな。

「……人間じゃない、か。なんだか、今日は驚いてばっかり」

 絆は意味深な目で花さんを見た。あの殺人鬼、さては正体バラしたな。テロリストが。余計な知識与えやがって。

 花さんを睨むと、笑って誤魔化された。

「人間じゃないと言えば」

 ぼくは『彼』に視線を向けた。

「ああ、こら! 藍! お前、人の肉勝手に食うな!」

「何さ、名前でも書いてあったの? ちーさん」

「定番の言い訳はいいんだよ!」

 かつて最強と呼ばれた妖怪、灯台下千影。

 まだ双堀訓練校に属していた頃、初等部の一年生で平仮名や足し算と同じくらいの基本事項として、その名前を教わった。

 だが、何の妖怪であるかは教員も知らなかった。知る必要がなかったからだろう。


 何故なら、『最強』に関する知識や『最強』に対する認識など、『最強』であるという一点で十分なのだから。


 現『最強』の七丁目一言だってそうだ。まあ、七丁目は元『十戒家』であったため、知ろうと思えば何かを知ることは出来るが。

「あ、凪茶、てめえも鱈を盗るな!」

「これは元々、私が鍋に入れた物です」

 灯台下千影が『最強』になったのは、二百年前。先々代『最強』の魔神を殺したことで認定らしい。その激戦は山一つを地上から消したとか。

 初等部の修学旅行で、その跡地を訪れた。面影も残っていなかった。当然だ。二百年も前なんだから。時代の流れを感じたっけ。

「花、その豆腐まだはえーよ!」

「構いませんよ。僕、そういうのこだわらないんで」

「こだわれよ!」

「……これが『あの』灯台下千影なのよ、ね……」

「俺達の常識って一体何だったんだぜ……?」

 どうやら『十戒家』当主のお二人は今の千影さんに思う所あるようだ。まあ、これはなあ。

「千影さん」

「何だ、飛翔!」

「千影さんって妖怪なんですよね? 何の妖怪なんですか?」

「何さらっと聞いてんだぜ!?」

「秘密だよ!」

「更に黙秘されたぜ!」

 この反応だと、どうやら無黒さんも知らないっぽいな。裏世界を管理する『十戒家』第六部署鹿羽研究所の所長である無黒さんが知らないってことは、知っている人間なんていそうにないな。ほとんど皆無みたいなもんだろう。

 あれ? つまり世界七大秘密の一つなんじゃね?

「まあ、俺の話はいいだろ」

 千影さんは立ち上がって、何故か玄関の方を見る。やけにギラギラした目で。あれは、戦闘を生き甲斐とする強者が強者を見つけた時の目だ。

 ん? え?

「誰か来るぞ」

 その言葉に戦慄が走る。

 前『最強』があんな目をしているんだ、よほどの化け物だろう。まさか七丁目ってことはないと思うが。

 だが、ぼくは何の気配も感じない。これは逆に戦闘にどれだけ精通しているかを現している。あるいは、殺しにどれだけ慣れているかを。

 ぼくが部屋に置いてある拳銃を取りに行こうとした瞬間だった。

 リビングの壁がぶち破られた。爆弾でも起爆したような爆音と土煙が辺りに溢れる。

 そして、壁をぶち破った本人の姿が見えた。

「あーん? 何で、みいら先輩や無黒がいんだよ」


 二メートルを越すであろう長身を歌舞伎役者が着るような派手な衣装で身を包み、炎のような熱い威圧感を放つ男がそこにいた。

 直に逢うのは、二年ぶりか。

「御灯光景……さん」

「ん? よう、飛翔じゃねえか。相変わらず気持ち悪い目してんな」

 ひどい再開の挨拶もあったもんだ。それほど親しい仲でもないってのに。いや、親しくないからなのか。

 だけど、壁ぶち破ってくるほど嫌われてたっけ。

「御灯光景、なるほど『御灯』か。道理で。その気迫、その風格だ。家柄抜きで、こいつは強そうだ」

「んん? お前、もしかして灯台下千影か? へえー」

 みいらさんや無黒さんみたいに一昔の常識がまだ抜けていないはずの光景さんは、灯台下千影を前にして、実に不敵な目でニヤニヤしている。余裕綽々な態度、威風堂々とでも評そうか。

「全く何よ……、って光景君じゃないの! 何の権限があってあたしの食事を邪魔してんのよ! しーちゃんに学生時代の女遊びについてバラすわよ!」

 ちなみに、しーちゃんとは光景さんの奥さん。結婚式で見たことがあるが、怖い感じの美人さんだった。

「そ、それはマジで勘弁してくれ!」

 本気で動揺する光景さん。余裕綽々でも威風堂々でもない。

「落ち着いて聞いてくれよ、先輩! こ、これには訳があるんだ!」

「どんな訳よ!」「極地先ぱ……じゃない、極地様からの指令なんだよ!」

 その名前に、ぼくの緊張はピークになった。え? 極地兄さ……壱圏さんからの指令? そんな厄介な事項はないよ。

 やべー、逃げてー。

 だけど、逃げられないよな。相手が『十戒家』最強の男じゃな。

 それにしても、壱圏さんがわざわざ光景さんを寄越すような指令? 状況からして、穏やかな内容じゃなそうだ。

 光景さんはせき払いしてから、仕切り直すように表情に殺気を浮かべる。

「……まあ、話すからよ。とりあえずみいら先輩、『そいつ』から離れろ」

 光景さんは、ぼくを指差す。震えているように見えるが、武者震いか。

 なるほど、理解した。立ち上がり、光景さんと向き合う。正直怖いが目を逸らさず、向き合う。

「ついに壱圏さんが、ぼくを邪魔だって判断したってことですか」

「…………」

「確かに、この間の七丁目を騙すってのはやり過ぎですよね。いくら従兄弟だからって見逃す訳にはいかないですよね」

「…………」

「でもひどいとは思いません。むしろ当然だと思います。あの人もこれでようやく完全な支配者として、完成しましたね」

「…………」

「だけど抵抗はさせてもらいますよ。ぼくだって死にたくは、」「飛翔、お前もだ。速やかに、『そいつ』から離れろ」

 ん? お前も? あれ、光景さんの目的はぼくじゃない? 早とちりだったか。うわ、恥ずかしい。死にたい。

「って、え?」

 じゃあ、『そいつ』って?

 前『最強』千影さんか、あるいは『百鬼夜行』の花さんか?

「いいか、もう一度言うぞ。お前ら、『そいつ』から離れろ」

 光景さんの指先はやはり、ぼくの方を指差している。

「今すぐに、『そいつ』から離れろ」

 その指先は震えていた。それは武者震いなどではない。彼の目には、恐怖がある。

 恐怖? 御灯光景ともあろう者が、何に恐怖する?

「『そいつ』から、井伊藍から離れろ」

 見れば、藍はいつの間にかぼくの背中に張り付いていた。光景さんを見ながら、怯えていた。まあ、あんな壁ぶち破って巨漢が出てきたら怖いよな。

 ぼくは安心しろという意図を込めて、藍の頭を撫でる。

 藍から離れろってのは、どういう意味だ?

「どういうことだぜ、光景」

 無黒さんの声も張り詰めている。

「どういうこと? 知りたいなら教えてやる。後悔すんなよ、てめえ。いいか、よく聞け」

 光景さんは藍を震える手で指差しながら、その『真実』を口にした。


「そのガキは、『酒呑童子』の娘だ」


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