道化師が嫌われている理由
斑崎絆が首塚花道から不知火由紀との馴れ初めを聞いていた同時刻。
ある高校の体育館裏で、十数人の少年少女が倒れていた。ある者は白目で、ある者は悶絶して、ある者は失神していた。
彼らの中心には、一人の少年が立っていた。
七丁目一言だった。
手には抜き身の真剣が握られている。あれこそ七丁目一言が妖刀遣いと呼ばれる所以、今や伝説と呼ばれる妖刀『漆喰』である。禍々しいオーラを放っているが、それは七丁目の存在感に打ち消されていた。
彼以外が使えば間違いなく欠陥品の妖刀だが、七丁目には己の力をセーブするのにちょうど良い一振りだ。
そう、力加減にはちょうど良い。
今回のように、信者達に軽いお仕置きをするのには、ちょうど良いのだ。
「すると、だ。お前らは俺と凪茶に下世話な心配をしただけでなく、よりにもよって、守永明時にそのことを相談しやがったってことだ。成る程。理解した」
「ご、誤解です、七丁目様」
淡々としながらも激怒している七丁目に、意識のあった信者の一人が悶えながら口を挟んだ。
「わ、私共は確かに、守永様に妙案を依頼しました。しかし、まさか畦道百足を使うとは露ほども思わず……」
「だろうな。もし予想していたら、お前ら全員の足の爪を潰していたぞ」
さらっと具体的に怖いことを口にした七丁目に、信者達の顔は引きつった。下手に加減されているであろうことも、恐怖を加速させた。
「あ、あの七丁目様」
「……何だ」
あからさまに不機嫌そうな七丁目に怯えつつ、信者は一つの疑問を口にした。
「七丁目様は誰から、今回の真相……いえ、真相と言うのもおかしいですが、誰から事の全てを伺われたのでしょうか?」
信者は誰もが守永明時か唯原飛翔、刃宮凪茶の誰かを予想していた。七丁目一言に、こんな恐ろしいツケ口をするような、巻き添えで死ぬかもしれないような行為を実行できる人間は他にいないのだから。
が、信者達の予想は裏切られる。悪い意味で。
「麻川がチクった」
「…………」
あの殺し屋が……! 小判鮫みたいな分際で余計なことを!
信者達は一斉に内心毒づいた。
「まあ、あれだ。お前らの言うことも一理ある」
「は、はい?」
「言い訳をさせてもらうと、もうじき姉さんの命日だからどうしても凪茶を避けがちになっていたんだ。だが、そうだな。それとこれは別の話だな。今度、デートにでも誘うか」
どうやら、信者達の心配を受け止めてくれたらしい。全員が喜色満面となる。
「そ、それは結構なことで! デートの際はぜひ、我々にご一報を! 全力でサポートいたします!」
「……お前らのそういう気遣いが余計だと思いつつ嬉しいんだよな」
苦笑する七丁目だが、すぐに仏頂面に戻った。
「今度こんなことがあったら、頭と体が今生の別れとなるぞ。今回はその忠誠心に免じて許してやる」
「き、肝に銘じます」
「それと、サポートは要らん。つうか、ついて来るな。俺ら二人の時間を邪魔すんな」
「は、はい、理解しました」
信者達はしきりに首を縦に振る。これだけ言っておけば大丈夫だろう、と判断した七丁目は帰ることにした。
「じゃあな」
背を向けて手をヒラヒラと振る七丁目を、信者達は頭を下げて見送った。
「しかし、だ」
それは、信者達に向けた言葉ではなく独り言だったが、ひどく感情が込められていた。
いつもの仏頂面ではなく、舌打ちしそうな渋い顔になって、
「本当、守永はムカつくな」
□
更に、その同時刻。
駅前のハンバーガーのチェーン店で、殺し屋と喧嘩屋が、かなり遅めの昼食とも少し早めの夕食とも言える食事を取っていた。どちらも疲れ切った顔をしている。
「疲れたなー、鎌倉」
「……同意」
塁はホットドックとコーヒー、業火はチーズバーガーのセット。
だが、彼らの手は積極的にそれらを取ろうとせず、彼らの口は積極的にそれらを求めていなかった。
「ボスもボスだよな。こんな力仕事、大将にやらせろよ」
「……再び、同意」
食事をする余裕も、会話をする体力もないようだ。
そしてその主な理由は、彼らが授業をサボタージュしてまで遂行した、五食同盟としての任務。
「……驚愕。落石、隕石、鉱石。万華鏡、心理学、傀儡、玉ねぎ、トマト、雨合羽、マフラー、サングラス。死体、タングステン、サラダ油」
「ああ。あんなことってあるんだな。ロシア人もビックリだぜ。ギリシャ神話も真っ青だな」
おおよそ第三者には予測出来ない事態に遭遇した塁と業火は、早くもしみじみとしていた。
「一日だけの大冒険だよなあ。やっぱり、あの人の下だと退屈しないねえ。……と、それよか、鎌倉。この後どうする? 予定ないなら付き合えよ」
「……拒否」
「いやせめて内容聞けよ……ん? メールだ。唯原からだな。何々、ふーん」
携帯の画面を見て、神妙な顔になる塁。麻川塁という人間に似合わない表情に、業火は違和感を覚える。
「……何事?」
「『覚えておけよ』だって」
「……何事?」
「ちょっと余計なことをチクっただけさ。いや必要なことかな。ま、どっちでもいいや」
塁は適当にはぐらかして、携帯を閉じた。
「それでさっきの続きだけど、この後、『ホームズ』に行こうぜ」
「のった」
「いつもの、……みたいな間はどうした」 その分かりやすさに苦笑する。
「ならワチキもその、『ホームズ』に連れて行きなさいな」
と、甘ったるくて舌足らずな声が二人に割って入る。
「……」
「……」
塁と業火は黙る。顔を一瞬だけ合わせて、眉間を押さえる。
そして、声のした方をそっと見る。塁と業火は二人で席に座っていたが、二人きりではなかった。
十歳手前の少女がそこにいた。天然の金髪だが、黒眼なので染髪だと勘違いされるだろう。今回の依頼成功の報酬と言うか代償と言うか、ともかく結果だった。
「アンタらの話していた『交渉人』のおるんが、その『ホームズ』やろ?」
「まあ、そうだけどよ」
「興味あんわ。アンタらみたいな変人に、狂人呼ばわりされている『ヒショウ』にな」
その方言と標準語を混ぜた喋り方にイライラしながら、塁は少女に告げる。
「言っとくが、『ホームズ』には交渉人以外にも、殺人鬼やら魔術師やらテロリストやら元『最強』の妖怪やら普通の殺人犯までいるんだからな。ビビって逃げるなら、今の内だぞ」
「悪いが、ワチキの辞書に恐怖の二文字はない」
「お前、つい二時間前に俺の背中で泣いてたの忘れてたのか?」
「忘れたの」
このガキ、いつか絞める。
密かな誓いを立てた後、塁は立ち上がった。
「まあ、いいぜ。これからお前とは長い付き合いになるんだ。あのイカレ交渉人には早い内に逢っておいた方が最善か」
「口が悪いなあ、アンタも」
少女が浮かべる悪戯っぽい笑みに、殺し屋は既視感を覚える。
塁につられるように、業火と少女も立ち上がる。トレーを返却場所に戻してから、三人は店から出た。
「そういや、ワチキにはまだ名前と住処がないが、それはどうなるんじゃろうか?」
歩きながらの質問というか要求に、塁は業火に丸投げしたかったが、業火の家庭環境を思い出したので、
嫌々渋々、塁が請け負うことにした。だいたい、こいつは引き受けないに決まっている。真面目であっても、善人でも偽善者でもないのだ。
「分かったよ。俺ん家来い。狭いアパートだけど、お前みたいに小さいのならなんとかなるから」
「ワチキとしては、先に名前を与えて欲しいんだよ」
「名前? とー、お前の属性に合った名前が最善だけど、玉藻も葛葉も知り合いの血縁者にいるしな……。んー、雨華なんてどうだ?」
「雨華、ですか」
殺し屋の与えた名前に、少女は破顔した。気に入ったようだ。
「うん。今日からワチキは雨華な。ありがとう、塁」
「急に名前で呼ぶなよ、ちょっと照れるだろうが」
「ワチキは今、幼女と呼べる年齢じゃぞよ? アンタ、ロリコンなのですか?」
「とりあえず口調統一しろよ、雨華」
「それもそうだな。だけど簡単には治らないんだよね」
ばつが悪そうに頭を掻く雨華は話題を移行する。
「『ヒショウ』はこれから逢うとして、『メイジ』はどうするんじゃよ?」
「明時? ああ、ボスな。どうするもこうするもボスにゃあ逢わないのが最善だろ。大将ほどじゃあねえけど」
「大将とは、例の七丁目一言のことじゃね。そっちは知ってるぜ。しかし、アンタの言からはまるで『メイジ』が七丁目一言と競えるほどの危険人物のように聞こえますよ」
「実際、そうなんだよ」
雨華は目を見張った。正に絶句した。雨華は生涯初めて(当然、雨華という名前を与えられる前も合わせて)、二度目の驚愕を受けた。
最初の驚愕は、七丁目一言の登場。雨華は訳あって世間知らずだが、さすがに七丁目一言のことは知っていた。あの禁忌の存在を、思い知っていた。
その前知識があったからこそ、衝撃が大きかった。
歴史を食らった怪物に並ぶような別次元の化け物がいる?
「にわかには信じられんなあ。七丁目一言の場合は疑う余地さえありませんでした。だからこそ、七丁目一言に匹敵する危険人物などいないばずだよ」
「その七丁目一言を詐欺に引っ掛けるような馬鹿をどう思う?」
「……頭大丈夫か? そいつ」
「大丈夫じゃねえよ」
即答した後、塁は苦笑した。
改めて、あの二人が信じられないような馬鹿であると認識した。その認識は、この世界で生きていくのに必要なものだ。死なない為に、必需なものだ。
「だけど、こいつを聞けば納得するはずだぜ」
得意そうにする塁に、雨華はムッとする。
「もったいぶらずに、教えろよ」
「ああ。ボスは」
あの道化師は。
あの交渉人の兄貴分は。
「『百鬼夜行』の眷属なんだよ」
□
あ? 『百鬼夜行』を知らない?
世間知らずにも程があるだろ、お前。
どこから話したものかねえ。犯罪の概念を教えるのに似たものがある。
まあ、簡単に言えば、十四年前の七夕、一日で十万人を殺したテロリスト集団だよ。七月七日だから『七夕の悪夢』と呼ばれる。口に出すのもおぞましいね。
ただな、『百鬼夜行』の真の恐怖はそこじゃない。そこですらない、だな。正確には。
あの鬼達の恐怖は、頭領である『酒呑童子』を含めた全員の正体が不明なことだ。一切がな。
頭領の『酒呑童子』はな、十四年前の『七夕の悪夢』、十万人を虐殺した後に自殺した。民衆の目の前で、見せ物みたいに派手に死んだ。死体は当然、警察が回収して、『十戒家』が解析したよ。
だがな、何一つ、分からなかった。
まるで世界に最初から存在しなかったみたいに、どこの誰だか分からなかった。それこそ突然現れた幽霊みたいに。いや、幽霊は死者が元だから何かの痕跡が、そいつが人間だった頃の記録が、世界のどこかに存在するはずなんだ。
だが、『酒呑童子』にはなかったんだ。彼が生きた痕跡が。彼が存在していた証拠が。
未だ、あれが何だったのかは分からない。だからこそ、『百鬼夜行』は禁忌になった。極端な話になるが、『百鬼夜行』を禁忌に認定させたのは『酒呑童子』一人に対しての恐怖だ。
死人に対して、世界中が恐怖した。裏も表も戦慄した。
そんな鬼の部下達、『百鬼夜行』の第七位『天邪鬼』てのが、守永明時の父親なんだよ。
母親が『守永』ってだけでも狂ってやがるってのに。
あ。これ、オフレコだから誰にも言うなよ。
『百鬼夜行』のメンバーなんて、一人殺しただけでも英雄扱いだ。それだけ連中は、忌み嫌われてやがる。今は無き『赤闇一族』や『グロテスク・エッグ』なんて比べ物にならないんだからな。
まあ、どっちも大将が滅ぼしたんだけど。『百鬼夜行』だって、大将が半分くらい殺したらしいし。やっぱり、大将はすげえ。やべえとも言えるが。
そんな大将を詐欺に掛けるのが、どれだけ危険な博打か。子供にだって分かる。いや、子供には分からないかもな。危機感を楽しむのが子供だから。そう考えたら、ボスは子供だな。
あの人はガキなんだよ、唯原飛翔と同じようにな。
□
「ガキ、ですか。ならワチキと同じじゃないか」
それが、塁の話を聞き終えた雨華の感想だった。
「お前はガキの姿してるけど、あいつらはそうじゃないけどな」
「もしや、『ヒショウ』も『百鬼夜行』の眷属なのかえ?」
「返答はしないでおこうかな」
その言葉そのものが肯定の台詞だったが、塁は澄ました顔をしている。
絵に描いたような確信犯だった。
「塁、やっぱりワチキは七丁目さんに逢うべきだと思うんだよ」
「今日は機嫌が悪いから、その内な」
「ん? 何で機嫌が悪いの?」
「半分は俺の所為」
肩を上げておどける塁。
「アンタ、何をやっているんだ。自殺志願か」
真顔で抗議する雨華。
これから養ってもらう相手に死んでもらっては困るのだ。
「心配すんな。俺は死なないよ。簡単には死ねないんだ」
意味深な台詞に、寂しげな横顔に、雨華は言葉に詰まる。代わりに、塁の手を握った。
最初は戸惑っていた塁だが、甘んじてその行為に甘えることにした。
「これからよろしく、化け狐」
「こちらこそ、殺し屋さん」
先程から全く口を開かない喧嘩屋を含めた三人は、並んで歩き出す。
交渉人のいるはずの『ホームズ』に向かって。




