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殺人鬼と魔術師が恋した理由

「ええ!? 飛翔先輩の彼女って、斑崎先輩だったんですか」

「仮名美、知らなかったんですね。絆さんの中学時代の後輩なのに」

「ぼくが意図的に隠したからな」

「ひっしょんらしいね」

「全くだぜ。俺もたまにここには来ていたが、あんな女の子の存在にはこれっぽっちも気が付かなかったぜ」

「無黒に気付かれないってどんな隠し方してたのよ」

「企業秘密です。では、絆を追い掛けて来ます。いやマジでヤバいんで!」

「あたしも行くー」

「では私も」

「先輩、お供しまーす」

「無黒もついでに行って来なさいよ。あたしは由紀ちゃんと二人でお茶してるから。ぶっちゃけアンタ邪魔」

「分かったぜ…………くっ」

「ドンマイ、無黒さん」

「優しくすんなだぜ!」





 その頃、花さんこと首塚花道が仕事を終え、『しゃぼん玉』を歌いながらスクーターを走らせていると、川の土手で見知った顔を発見した。一人きりで、何やら膝を抱えて沈んでいるので、スクーターから降りて、声を掛けることにした。

「おーい、絆ちゃん。どうしたんだい、こんな場所で」

「……花さん」

「なんか深刻そうな表情だねえ。お兄さんに話してみなさい。相談に乗るから」

「実は……」

 絆は先程見た光景について話した。

「成る程。理解した」

 花道は力強く頷いた。

「多分、いや間違いなく、その女性は満礫みいら氏だね」

「満礫って、あの美術館の人ですか?」

「館長だよ。満礫美術館館長。つまりは『十戒家』第三部署『満礫』当主。君が逢った満礫しいらさんの実の姉さ。裏世界じゃあ半端じゃない有名人なんだ」

「へえ。でも何でそんな有名人さんが、ひっくんと」

「古い顔馴染みらしいよ。年が一桁の頃からの付き合いらしい。抱き付いてたのは多分、スキンシップじゃないかな。凪茶ちゃんや無黒君から聞いた情報から推測するに。人に触れるのが好きらしいし」

「どんな人ですか」

 絆は深い溜め息を吐き出す。

「ひっくんって、私に話してないこと、まだ山のようにありますよね」

「あるだろうね」

 疑念をなんなく肯定した花道に、絆はふと疑問を感じた。

「花さんは、由紀さんに隠し事ってありますか?」

「あんまりないかな。身の上についてはお互い知り尽くしているし、一緒に生活している以上、ある程度は個人情報の特定は出来るし」

「身の上……」

 絆は不知火由紀が魔術師だとは聞いた。低級魔術師だとも聞いた。だが、詳しい身の上話は聞いたことがない。

 花道に限った話ではない。恋人の飛翔の過去さえも、絆は知らない。

 だからだろうか、絆は花道にこんなことを希望した。

「良ければ、花さんと由紀さんの馴れ初めを聞かせてくれませんか?」

「……うん?」

 突然のお願いに怪訝そうな顔をする花道だったが、特に疑問を感じた訳ではないらしく、

「いいよ」

 と快諾した。

 そして花道は、宙を見つめて唸る。

「うーん。どこから話したもんか。やっぱり、これかな」

 これ。

 花道がそう示したのは、眼帯。独眼竜がしたような黒い本格的な眼帯ではなく、医療用の白い眼帯だ。眼帯に隠された目の中に、中身はない。

「これが馴れ初めの始めだしね」

「あ。もしかして、由紀さんを庇って出来た名誉の負傷とかですか?」

 不謹慎な言い方とも思ったが、この場合は間違っていないはずだ。

 だが、花道は首を横に振った。

「違うよ」

「違うんですか」

 予想が外れて少し落ち込む絆だったが、花道の口から出た次の言葉で、そんな落胆は吹き飛んだ。

「僕の目玉をえぐったのは他でもない、由紀なんだ」





 改めて自己紹介しようか。

 僕の名は、首塚花道。今年で二十六歳になる。

 床屋に勤務。結婚を前提とした恋人はいるが、家族はいない。家族みたいな連中はいるが、家族はいない。

 だが、兄貴はいる。正確には、いた。

 かの不滅にして不明のテロリスト集団、『百鬼夜行』を率いた、史上最悪の犯罪者、『酒呑童子』。彼こそが僕の『兄貴』さ。

 血の繋がりはないけど。

 それどころか、僕は、いや、僕でさえ兄貴の素性や正体は知らない。本名さえも知らない。だけど、知る必要はなかったし、ない。

 昔、十六年前のある夜、一人でいた僕の前に突然現れて、こう言ったんだ。

『お前、俺の弟になれよ』だとさ。

 ふざけた話だったけど、僕はその話に乗った。兄貴はそれだけ、魅力的だったんだ。

 多分、『百鬼夜行』の他の連中もそうじゃないかな。兄貴の正体を知る奴はいなかったが、知ろうとする奴もいなかった。

 幽霊の正体見たり、枯れ尾花って言うしね。

 あるいは兄貴がそういう奴を集めただけかな。人を見る目と言うか、人を見抜く目を持っていたんだ。

 その目に魅入られ、『百鬼夜行』第二位、童謡好きな殺人鬼『茨木童子』は誕生した。

 実を言えば、兄貴に逢う前から、歳が二桁になる前から、僕は殺人鬼ではあったんだ。

 良かったね、絆ちゃん。君以外にも、人殺しがいて。

 ともかく、『酒呑童子』に逢うことで、僕は『茨木童子』になった。

 君も名前くらいは聞いたことあるだろ。『七夕の悪夢』の前後に発生した連続殺人事件と、その犯人『茨木童子』の名前くらいは。

 あれ、僕なんだよ。

 ちなみに、『茨木童子』って名前は、『酒呑童子』と同じくらい正体不明だったからマスコミが付けたあだ名であり、僕が『百鬼夜行』として動く時のあざなさ。

 兄貴と逢ってからは、割と派手に動く必要があったから、前まではやっていた死体の処理はしなくなったのに、何故か誰も僕に辿り着けなかった。兄貴の言う通りに動いたからね。兄貴は、天才だったのさ。完璧な計画によって、不可能犯罪と未解決事件を量産しやがった。

 まあ身内の自慢はここまでにしておこうか。

 で、九年前。『七夕の悪夢』から、兄貴の死から五年後。

 兄貴が死んでから、僕は兄貴の遺言に従って殺人鬼として動いていた。まあ、派手な動きは控えたから報道はされなかったんだよ。

 ん? 何の為にって? そんなの決まっているだろうに。

 二度目の『七夕の悪夢』を引き起こす為さ。

 失敗したけどね。

 最大にして唯一の失敗は満場一致で、あの『戦争』だよなあ。

 え? 『戦争』を知らない? 飛翔君から聞いてないのかい?

 そうか。不親切だな、彼も。普通に裏世界の常識だから、聞いておくべきだね。

 その『戦争』なんて全く予知していなかった僕は、さっきも言ったけど兄貴の遺言で人を殺していた。

 そのリストの中に、ある魔術師の夫婦があったんだ。その夫婦の名前は、不知火。由紀の両親だよ。

 在宅中の二人を襲って殺した。殺人鬼って言うか、強盗だね。

 その時、娘もいるっぽったからついでに殺そうとしたんだ。リストにはなかったけど、生き残りは許せなかったんだよ。殺人鬼として。

 魔術師の家だけあって、地下室があったんだ。そして、薄暗い部屋の中にいた女を見て、僕はゾッとした。

 暗闇の中で、ボロ雑巾みたいな服を着て、体中痣だらけで、足を鎖で繋がれた由紀がそこにいた。

 ある意味、見とれていた。そんな壊れた状態の女を見て、美しさを感じた。魅力的だった。異常だと思うかい? 自覚はあるよ。

 でもあの時の由紀にとって、僕は危険な侵入者でしかない。攻撃されたよ。由紀は異様に伸びた爪を僕に向けた。

 そして僕は、右目を失った。





「その後、由紀は由紀で目から血を流して笑っている僕に一目惚れしてね。最終的に一緒に生きることにした。いやははは。我ながら、笑える恋バナだな」

 笑えない。

 それが、首塚花道と不知火由紀の馴れ初めを聞いた斑崎絆の感想だった。

 花道は自分の目玉を潰した相手を、由紀は自分の両親を殺した相手を愛したのだ。許す以前に、憎む以上に、愛した。

 自分の両親を殺した絆にこんなことを言う権利はないのかもしれないが、この二人は異常だ。

 絆が何より驚いたのは、花道の素性だ。あの『百鬼夜行』の一員で、あの『酒呑童子』の弟?

 そんなもの、はっきり言って、忌避と侮蔑と恐怖の対象でしかないではないか。

 嘘を言っているようには見えない。真実だとしたら、飛翔はこのことを知っているのだろうか。

 絆はもう二度と、花道をこれまでと同じ目で見れないだろう。彼は、花道の正体を知っているのだろうか。知っている上で、同じ屋根の下で生活しているのだろうか。だとしたら……

「ちなみに、兄貴の残した殺人リストは完全に遂行した。あれ以来、人を殺したことはない。だけど『戦争』で全部台無しになった。由紀に会えたから、無駄骨だったとは言わないけど」

 それに、由紀のこともある。何故、彼女は地下室にいたのか。花道はそれに関しては全く口を開いていない。

 だが、聞いてはいけない気がした。

「もう一つちなみに、正義や音岳も『百鬼夜行』のメンバーだから」

「え」

「第五十七位『子泣き爺』と第二十四位『三ツ目八面』。どっちも皮肉な名前だ」

 あの醜悪なるテロリストが三人も。

 絆は気が狂いそうだった。真実かどうか、疑う余裕もなかった。

「おーい、きずなーん」

 良い意味で場違いな、可愛らしい少女の声が聞こえてきた。井伊藍だ。唯原飛翔の姿もあった。刃宮凪茶や、絆の後輩時代の後輩、鎌倉仮名美の姿もあった。

「飛翔君は敢えて見逃して、凪茶ちゃんにはどうでも良くて、仮名美ちゃんには教えてない。『十戒家』の連中にはバレてないはずだ。今海外にいる清水の姉さんも知らない。ま、嬉しいことに、周囲の認知度は低い。公然の秘密じゃあない」

 絆が自分の疑問を頭で文章化するより早く、花道は言う。

「実は飛翔君、『百鬼夜行』を憎んでいる。理由は知らない」

 意味深にそう言って、花道は立ち上がった。

「はっきり言おう。君はまだ、引き返せる」

 花道は微笑んだ。

「今からでも飛翔君の手を振り払って、『そっち』に戻るべきじゃないかい?」

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