朽邦神社
そこは、『十戒家』第九部署『朽邦』本家、またの名を朽邦神社。
とある霊山の山奥に隠れるように存在されているが、敷地は広い。本殿の屋根より高い神木に囲まれているその佇まいは、厳かにして神秘的な雰囲気を醸し出している。
人が近寄りがたいなのは、それほどまでに神々しいからか。あるいは、禍々しいからか。
そんな神社の本殿は、『十戒家』の会議室として使用されることが多々ある。そして、本日はその会議の日だった。
会議は基本的に当主代理が来る場合が主だが、今回は壱圏機関機関長にして『十戒家』家長、壱圏極地の命令により、当主本人が会議に参加する運びとなった。
全部署の当主が揃うのは、『戦争』以来、これが初になる……はずだった。しかし、つい先日、当主であった双堀武人が死亡した為、次期当主が未だ決定しない『双堀』のみ、臨時代行ということになる。
神社の本殿には既に、九人の当主の内、五人が席に着いていた。
家長である極地、相談役の満礫みいら、『双堀』の代理人の姿はその五人には含まれていなかった。
ただ、この五人でさえ只者ではない。全員、裏世界最高クラスの要人である。
「……………………」
例えば、『九』の席に座って、腕組みをしてじっと動かない男。
五十代前後といった容貌だが、この中では最高齢のようだ。全く生命を感じさせぬ無表情で、口は一文字に閉じ、目は何故か片目だけを開けている。その瞳は暗闇のようだった。まるで人形。生きていることさえ疑わせる。
不気味という言葉が気色悪いほど似合うこの男こそ、朽邦神社神主、朽邦達磨。通称、『不動の達磨』。
他人を寄せ付けない彼に、この神社は似合い過ぎた。それは、『朽邦』という部署には必然的な一致であり、運命的な合致であった。
「グがあーグがあー……」
例えば、『五』の席に座り、背もたれに体を預けて熟睡している青年。
歳は二十代半ば。目の下には濃い隈。頭一つ高い巨体。歌舞伎役者を彷彿とさせる派手な服に身を纏いながら、その雰囲気に荒々しいものはなく、どこか抜けている。
彼こそ御灯警備局局長、御灯光景。『十戒家』最強と呼ばれる戦士。
もっとも、七丁目一言がいる時代に、最強という肩書きなど虚しいだけだ。本人はあまり気にしていないが。
「もぐもぐ、んまー」
例えば、『八』の席に座り、先程から持ち込みした菓子類を貪っている青年。
歳は光景と同世代。光景がバランス的な長身なのに対して、彼は肥満体型だった。ゴムマリのような身体だ。着ている白衣のボタンは留められそうにない。七三分けに丸渕眼鏡。
彼は奴鉢病院院長、奴鉢定規。
見るからに不健康そうな彼が裏世界最高の名医の一人なのだから、不思議な話である。
「ふーむ。今期のオークションも、盛況になりそうですね」
例えば、『七』の席に座り、思案顔でノートパソコンの画面を眺めている女性。
男性陣より若く、二十代前半。理知的な顔立ちに、上下をスーツで決めて、全体的に秘書っぽい。あまり覇気は感じない。だが、一筋縄ではいかないような、精神を逆撫でするような、警戒心を煽る目つきが彼女の印象を決定付ける。
亡名星十字架。亡名星商会の会長であり、裏世界の金融財政に精通する人物。『十戒家』でも三位の支配力を持つ。この若さでその位置に立ったのは、他の当主達と比べても驚異的な実績とされている。
「……はあ」
例えば、『四』の席に座り、浮かない顔で溜め息を吐く少女。
普通に学生をやっていれば中学生。海賊船船長をモデルにしたであろうジャケットとハット。その服装とは対照的に、彼女の顔立ちはとても可愛らしい。
現在最年少の本家当主、稀代の天才こと屍笞処刑場署長、屍笞階段とは彼女のことだ。
話でしか彼女を知らない人間は、彼女を直に逢った時、大抵は驚く。その可憐さとその強さに。彼女が当主になった時、某交渉人が協力したことは有名で、それによる誤解は多いのだ。
実は階段、普段はまず会議に出ない。今回のように強制参加でない場合、自分は監獄に引きこもって、代理人を立たせる。会議に参加しないのには理由がある。だからこそ、今、彼女の表情は暗い。
「うわあ、やだなあ。帰りてえなあ」
階段はその容姿に似合わない、男勝りな口調で、文句をこぼす。
「仕方ありませんよ、階段さん。私や貴女にいくら権限があろうと、極地様の命令は絶対です。所詮、この世は縦社会。『十戒家』も例外ではないのですから」
十戒家がクールに諭す。目線はパソコンから離れていないが。
「そうだけどよー」
階段は溜め息を重ねる。しかしこれ以上、文句を垂れても仕方ないと諦めた。
「なあ、奴鉢のおっちゃん。そのドーナツ、俺にも少しくれよ」
「え、嫌だよ」
即座に拒絶する奴鉢定規。菓子類の詰まった袋をその太い手で包む。表情が滑稽なくらい必死だった。
「これ、全部僕のだもん」
「……あっそ。あー、早く帰ってアイス食べながら、新しい拷問試してー」
「俺も早く帰りたいよ」
階段の剣呑な独り言に横槍を入れたのは御灯光景。いつの間にか目を覚ましたらしい。
「若人よ、おっさんの愚痴を聞いてくれっか?」
「おう。暇だしな」
階段は頷いた。
「七丁目の野郎が、うちのオジキ殺しただろ? あん時、半端じゃない量の苦情が警備局に殺到してよ。おかげで寝る暇もなく苦情処理に追われてんだ」
「苦情?」
「掻い摘んで言えば『お前のとこの馬鹿は何をやって七丁目を怒らせたんだ!』って」
「そりゃあな。俺もビビったもん。ついに世界終わるかと思ったもん。殺されたのが風景だって聞いた時は畦道が関わっているとは思ったけどよ」
畦道百足脱獄事件。
此度の会議の議題の一つである。脱獄は隠蔽されて、共犯は偽造されるであろうことは、間違いない。
「気まぐれ暴風雨だったらまだ良かったんだが、オジキを名指ししてたから言い逃れも出来なくてさ。畦道なんて名前どころか事件のことさえ忘却してたからな、最初は何が何やら分からなかった」
「しゃーねーじゃん。脱獄なんて、よりによって『御灯』に話せる訳ねえもん。体裁もあるし」
「何、お前、体裁とか気にするようになったの? かー、情けねえな。俺を見ろ、こんな遊び人みたいな格好をしているが、仕事で忙しいんだよ。周囲に反対されたけど、半分化け物の女を嫁にしたしよ」
「服は趣味で、多忙は職種の特徴で、嫁は光景さんの勝手だと思いますが」
「うんうん。でも意外だよね。光景が二十代の内に結婚したのは。まあ、僕の方がいいお嫁さん貰うけどね」
「ほざけ。第一に、俺の嫁以上の嫁なんかいるか。第二に、お前、結婚したかったら痩せろよ。学生時代も相当なデブだったけど、気持ち二倍くらいに膨らんでるぞ」
「失礼だな、三十キロも増えてないよ」
「十分増え過ぎでは」
「おっちゃん、体重に無頓着過ぎ。体に異常とかねえのかよ」
「ないこともないかな」
「定規。旧友としても同僚としても、一人の人間としても言っておいてやる。……健康に被害出たなら痩せろ! 医者なら自分の体を大事にしろ!」
「ダイエットなんかやだよ!」
「定規さんらしいですね。命より食欲を選ぶとは」
「騒がしいな」
部屋に突如として搭乗したのは、強力なオーラを放つ男性。空気が完全に切り替わる。
他者を圧倒するような堂々とした態度。逆らうことは許されないような、支配的にして絶対的な威厳に溢れる威圧感。
裏世界三大禁忌の一柱『十戒家』を束ねる壱圏機関の機関長、壱圏極地。
威厳に溢れて、常人には近寄りがたいものがある。近くにいるだけで、見下ろされているような感覚に襲われる。錯覚ではない。
「きょ、極地先ぱ……じゃない、様」
「ふん」
極地は『一』の席に腰を降ろす。
「みいらはまた遅刻か……。相変わらず自分の欲求以外にはルーズな女だ」
極地の口から出た名前に、階段がビクリと反応する。
「どうした、階段。貴様、みいらが怖いのか?」
「ば、馬鹿言っちゃいけねえよ、極地様。俺は……」
極地の揶揄するような言葉に反論しようとした階段だったが、その行為はある人物の介入で中断せざるを得なかった。
「階段ちゅわぁーん!」
何者かが階段の脇腹目掛けて突進してきたのだ。その何者かは、その両腕に階段を抱え込んで、頬擦りを始めた。
「ぎゃあああああああああ!」
階段の悲鳴。
だが、誰も助けようとしない。なんとも形容し難い目で、十三歳美少女が二十代後半美女に抱き締められているという絵を見ていた。
階段は腕から必死の脱出を試みるが、無駄だった。女性の両腕は階段をがっしり掴んで離そうとしない。
「きゃー! 階段ちゃんたらきゃーわいいんだから! 成長期だから日に日に大きくなってゆくのが残念だけど、これはこれで!」
「だ、誰か助けてー!」
「遅かったな、みいら」
助けを求める階段を一切無視して、極地は絶賛セクハラ中の女性に声を掛ける。
「あ。極地君、おはようさん」
裏世界最高峰の権力者に対して、ひどく簡単な挨拶を返す女性。
必死に抵抗する階段をぬいぐるみのように抱き締めたまま、『三』の席に座る女性。
彼女こそ、『十戒家』相談役にして満礫美術館館長、満礫みいら。『満礫』当主より、探偵として名が通っている。
他にも、『毒薔薇』『女ダヴィンチ』、『自由明快』、『芸術家探偵』など二つ名の多い彼女だが、彼女をよく知る人間は大抵、彼女をこう呼ぶ。
変態と。
「助けろよ、おっさん!」
頬擦りをされている階段は、この中では一番頼りになる光景に助けを求める。
「無理。みいら先輩に逆恨みされたら後で何されるか分からん」
「そうだけどよ!」
屍笞階段が『十戒家』の会議に出たがらない理由は、これだ。満礫みいらに逢いたくないから。ただ、それだけ。階段が監獄引きこもりであることも無関係ではないが、それに輪を掛けている感じだ。
「ともかく、『双堀』以外はこれで揃ったか」
「それにしてもムサい部屋ね。さっさと終わらせて階段ちゃんとクレープでも食べましょう」
「話の腰を折るな、みいら」
「うるさいわよ、極地君。そんなだから、飛翔君や明時君に壱圏さんなんて他人行儀で呼ばれるのよ」
「……黙れ!」
苛立ちを隠そうともしない極地。
「貴様、俺が一番気にしていることをこんな公の場で言うんじゃない!」
「落ち着いてくれだぜ、極地様」
「うるさ……ん?」
気付けば、『六』の席に一人の青年が座っていることに気付く。
白衣を着た、ひどく存在感の薄い男だった。
「何だ、無黒。貴様、いつからそこにいた?」
「みいらと同じタイミングで入ってきたぜ」
「そうか。全く気付かなかった」
「いや、さっき『双堀』以外は揃ったって……」
「ああ。お前の存在を忘れていた」
「…………」
「忘れられるほど地味なんですね、無黒さん」
「おい、十字架。言ってはならないことをはっきり言うんじゃないぜ!」
鹿羽研究所所長、鹿羽無黒は叫んだ。
「ところで階段ちゃん。聞いたわよ、この間、飛翔君とデートしたらしいじゃない」
「おーい、みいら。我が恋人、満礫みいら。俺の話を終わらせないで欲しいぜ」
「確かに遊園地には行ったが、半年も前の話だし、デートじゃねえよ。藍もいたんだし」
「完全に無視されたぜ」
「私も誘ってくれてもいいじゃない! 仕事バックレてでも……アイって誰?」
「はっ! しまった!」
自分の口を押さえる階段を見て、みいらは目を細める。
心底、楽しそうに。
「アイ、ねえ。女の子の名前っぽいなー。誰なのかしらねえ?」
「い、言わねえぞ」
「ふーん……………………れろ」「ぎゃああああああああ!」
再び、階段の悲鳴。
「何しやがる!」
「耳の裏を舐めたの」
「マジな変態だな、アンタは!」
「……相変わらず怖いな、みいら先輩」
光景は意味深に呟いた。
「さあさあ、さっさと吐いちゃいなさい。でないと、どうなるか分かるわよね?」
「ひっ……ざけんな、俺は屈しねえよ!」
十分後。
「ひっく、ひっく、ひっく……。もう、お嫁に行けない……」
泣きながら、床に這いつくばる階段の姿が、そこにはあった。ハットを深く被って隠れるようにしている。服もはだけて、その様子はまるで手篭めにされた町娘。この上なく哀れだった。
この状態になっても口を割らない辺り、階段の意志は硬いらしい。
「くっ。前なら二分もすれば何でも吐いたのに」
「というか、みいらさん。井伊藍さんのこと、知らなかったんですか?」
「え? 何、十字架ちゃん、その、周知の事実です、みたいな発言。極地君、知らないわよね?」
「知っているどころか、直に逢ったこともあるぞ」
「極地様。アンタは階段の努力を無駄にする気か? まあ、俺も知らないんだけどな。アイって奴のことは」
「光景、飛翔君との接点ないからね。自然とそうなるよ」
「飛翔君の関係者なの?」
みいらが目ざとく反応する。
「それにしても『双堀』は遅いな! 臨時代行を寄越すって聞いたけど、いつまで待たせるんだろうな!」
わざとらしく話題を変える階段に、無黒が答える。
「『双堀』の代行らしき奴なら、神社の鳥居でノビてたぜ」
「何で?」
「どうも琢磨を見てビビったみたいだぜ」
無黒は依然として微動だにしない達磨を親指で差す。
「正確には、旦那に処刑された琢磨の死体に驚いて気絶したんだろうぜ」
「うわー、軟弱ー。あの程度の死体、監獄には毎日出るってのに」
階段はやはり見た目に合わない爽快な笑い声を上げる。
今、朽邦神社の鳥居前には一つの死体が晒されている。件の畦道脱獄の協力者が一人、朽邦琢磨の死体が。両手両足を引きちぎられ、首をねじ曲げられ、腹をぶち抜かれ、顔面が潰されて、カラスにその肉を食われている死体が。
無論、『朽邦』当主の達磨が、部下の琢磨に下した処分の結果である。
達磨は、会議の決定を待たず、琢磨を処刑したのだ。
だが、家長の極地を含め、誰もそれを咎める様子はない。もっとも、咎めるつもりがあったならこの部屋に入った時点で咎めただろう。
鳥居前ということは、全員が見たはずなのだから。無残な琢磨の死体を。
「そういえば、定規さんはどうしたんですか? 屍笞処刑場の見取り図を畦道に流した奴鉢法規を」
「ん? 入院中の患者に人喰い種がいたから、食べてもらった」
「お前さ、患者に変なもん食わすなよ」
奴鉢定規もまた、会議の決定を待つことはなかった。部下であり親戚である人物を処分した。そして、そんなことは何の問題でもなかった。
「そろそろ時間だ」
極地の言葉に、場は静粛となる。階段は自分の席へと戻る。定規は間食を中断する。十字架はパソコンを畳む。光景は姿勢を正す。
どうやら、鳥居前で気絶したらしい『双堀』を待つ気は皆無のようだ。
「ではこれより、第七百八回『十戒家』会議を始める」
□
「以上が、畦道百足の脱獄とその計画者双堀武人の末路だ」
極地は当社達に、唯原飛翔の報告を聞かせた。既に彼らが知っている情報もあれば、初耳の情報もあった。飛翔が七丁目一言を騙したことなど、その最たるものである。
「七丁目を騙したって。命知らずにも程があるだろう、飛翔の奴」
「違いないな」
「その可能性は考えてなかったわね。凪茶から畦道の話を聞いた時は、確かに風景ならやりかねないと思ってたから、完全に信じてたわ」
「あの子、僕達なんかよりずっといかれてるね」
「だからこそ、この件の真実を漏らすことは許さん。元より秘密裏に処理する気だったが、七丁目が関わったとなれば話は別次元だ」
極地の言葉に、全員が同意する。
こうなれば、『十戒家』の話だけでは済まないのだ。
「表向きには、処分を受けた連中が画策して七丁目に喧嘩を売ろうとしていたことにするか。爺や風景も含めて。畦道はそうだな、拷問をやり過ぎて獄中死したことにしておけ」
「分かりました」
「さて、この件についてはこれで終わりに……」
「ちょっと意見いいかしら」
極地の言葉を遮って、みいらが挙手する。返事を待たず、みいらは己の疑問をぶつける。
「今回の件、何か変じゃない?」
場が不穏な空気に包まれる。
「みいらさん、と言いますと?」
「一番不自然なのは、凪茶が拉致されたこと」
畦道百足は自らの所属していた組織を潰した七丁目一言に復讐をしようと、彼の大切な人である刃宮凪茶を拉致した。
一見すると不自然なことなど何もないが、天性の探偵であるみいらにはそうは思えなかったらしい。
「何が不自然だと言うんだぜ、みいら」
「第一に、凪茶を誘拐するなんて悪魔や天狗にも不可能よ。確かに、凪茶が通っている高校は飛翔君や明時君や七丁目君とは違うわ。だからこそ、あの学校には七丁目君の信者達が、凪茶を警護しているのよ? 何と言っても、世界が七丁目一言に対して唯一保持している切り札なんだから」
「だけど、畦道は誘拐のプロで……」
「畦道百足は監獄に六年もいたのよ? ブランクもあるし、ブランクがなくともやっぱり不可能よ。たかだか改造人間の超能力者に、あの大食漢を狂信する異常者は出し抜けない。絶対に」
まして、畦道百足の時間と次元は、六年前で停止している。今には、ついていけない。
「という訳で、ご説明戴けるかしら? 明時君」
「あ。やっぱり分かちゃいました?」
どこからともなく、爽やかながらも陽気な声が場に響く。
必然的に、みいらと達磨以外の全員の視線が、声のした方に向けられる。
そこには、爽やかな笑顔の少年、災厄を撒き散らす道化師こと守永明時がいた。
その姿に一番に反応したのは光景だった。
「明時、てめえ! 七丁目の見張り、ちゃんとやっとけよ! うちにどんだけ苦情の電話が来たと思ってんだ!」
「国際電話込みで、十万五千八百三十六件くらいですか?」
「計ったのか!?」
「いえ、諮りました」
明時はペロリと舌を出した。やけに無邪気な仕草の似合う少年だった。
「もしかして、今回の黒幕は明時、貴様なのか?」
「そうですけど?」
何のことなしに自白した明時は、周りの反応もよそに、空いていた『二』の席、つまり極地とみいらの間に座った。
「今回は『双堀』の代理人ってことで同席ってことで」
「まあ、それはいいのよね、明時君」
「良くはないんだがな。明時は今、『十戒家』の直接の人間ではないんだから」
「細かいことはいいじゃない。……で、どういう腹積もりなのかしら?」
みいらの問いに、明時はつい笑ってしまった。
直後、殴られた。顔面を。グーで。
「笑ってんじゃないわよ、このピエロ野郎が! 終いにゃあぶん殴るぞ!」
明時の胸倉を掴んで、脅しの言葉を掛けるみいら。やっていることは完全にヤンキーだった。数分前、階段相手にセクハラをしていた人物とある意味、同一人物とは思えない。
「ちょ、タイム! 言います言います! 言いますから、その拳を引っ込めてください!」
守永明時の慌てふためき動揺する姿は、ここにいるほとんど全員が初見だった。
「最初からそう言えば良かったのよ。明時君たら、お馬鹿さんなんだから」
明時には、そのみいらの素敵な笑顔が怖かった。
「えーと、みいらさんの指摘と僕の登場で大体察したと思うけど、七丁目の信者達に凪茶ちゃんが畦道に拉致されるのを見過ごすように指示したのは、僕です」
「飛翔もだが、お前ら、危ない橋渡り過ぎ。どうせ、拉致自体もお前が畦道を唆したんだろ」
「七丁目の奴が最近、凪茶ちゃんに冷たいんじゃないかと、信者達に言われてまして。こりゃ使えると思って、脱獄に成功した畦道に密かに接触して、それで、まあ」
「道理でだぜ。飛翔の報告書にある畦道の知識に、都合いいつうか都合悪い偏りがあると思ったぜ」
「明時の兄ちゃん、まさか脱獄にも一枚噛んでないよな?」
「いやいやいや。僕はただ、監獄の囚人を脱獄させる計画を爺が立てているって聞いて、それを畦道にするように色々手を尽くしただけさ」
「また意味不明な介入をしましたね、守永さん」
「介入しようが阻止しようが、あたしには関係ないのよ。問題は、何でそんなことをしたのかしら? 明時君。よりにもよって、うちの可愛い初夏に乱暴しようとした畦道百足なんてゴミ野郎を脱獄させるように仕向けたのかしら?」
「痛い痛い痛いです! お願いですからアイアンクローは止めてください!」
「初夏たらね、畦道の脱獄を聞いた夜、魘されているみたいなの。トラウマだもの、当然よね。でも、畦道の脱獄は口外していいようなことじゃないから誰かに相談することも出来なかったの。飛翔君が翌日には畦道を殺してくれたから良かったものの、あのゴミ野郎が初夏を逆恨みしてまた襲ってきたら、どうするつもりだったの? 脱獄してすぐに接触した訳でもないみたいだし?」
「だからストップ! そうならないように、絆ちゃんのことバラしたんじゃないですか!」
「……」
「ほら、畦道が初夏ちゃんのことを逆恨みしているとしても、飛翔の方をより強く恨んでいるはずでしょう。だから、僕が畦道に接触するまでに畦道が誰かを拉致するとしても、それは絆ちゃんな訳で……」
「……が」
「はい?」
「あの交渉人、何を勝手に彼女なんか作っとんじゃあ!」 満礫みいらが切れた。知り合いの少年が勝手に彼女を作っていたという理由で。立ち上がって、自分の座っていた椅子を蹴り倒すほど怒っていた。
「ふざけてんじゃないわよ! アンタには初夏がいるでしょうが! 勝手に彼女作るのはいいけど、秘密のお付き合いって萌えるけど、相手は初夏にせんかい!」
「みいらさん、自分が今、何を言っているか理解していますか?」
極地が咳払いをする。
「みいら」
「何よ、極地君」
「勝手に彼女を作っている点に関しては同意だ」
「……極地様?」
「俺の認めていない女と、俺の許可なく交際など、俺は絶対に許さん!」
場が、悪い意味で沈黙する。
「何で俺達のトップは威厳ある癖に、弟分のことになると馬鹿丸出しなんだ」
「みいら先輩もしかりだね」
光景と定規の独白が聞こえないくらい、極地もみいらも頭が沸騰していた。
「しかも秘密にしているって何だ。悪事働いている訳じゃないんだから」
「反対されるのが目に見えたからでは」
「きっとタチの悪い女なのよ」
「逢ってもいないのに決め付けるなよ」
「君こそ一度しか逢ったことないのに、あんな女の肩を持つんじゃないよ、階段」
「明時の兄ちゃんもそっち側なのか!?」
「当たり前だろ?」
「なら明時。貴様、何故、俺に黙っていた」
「壱圏さんの耳に入る前に別れさせようとしたからに決まってるでしょうが。ここ一年の五食同盟の活動は、直接的にしろ間接的にしろ、そういう内容ですよ」
見事なまでの職権濫用に、組織の私物化。だが、極地が食い付いたのはそこではなかった。
「その壱圏さんって止めろ。兄貴分に対して余所余所しいぞ」
「断ります」
「何故だ!」
「そんな話はどうでもいいのよ。このままだと、初夏が飛翔君とくっついても泥棒猫呼ばわりされてしまうわ。それだけは回避しないと」
「どうでもいいとは何だ!」
完全に極地と明時とみいらの超個人的な話になってきた。話が横道に逸れ過ぎだ。こんな会議をしていてもどの部署も問題なく動くのだから、ある意味、この会議の無意味さが浮き彫りになるというものだ。
「ん? どうした、光景。トイレか?」
無黒の言葉に、光景は首を横に振った。
「帰っていいだろ、これ。俺、片付いてない仕事もあるし、家に帰って嫁の飯を食いたいんだよ」
「手術の予定があるから、僕も帰ろうかな」
「私も、近々開かれるオークションの準備がありますので」
光景に続いて、定規と十字架も立ち上がる。
「じゃ、じゃあ、俺も」
階段も逃げようと……もとい、帰ろうとするが、
「階段ちゃんはここにいなさい!」
「きゃあ!」
みいらに捕獲された。
「先に言っておくがな、みいら。俺はお前のところの初夏も、決して飛翔にふさわしいとは思っていないからな」
「何ですって!」
「当然だろう。あれは『残骸財団』の血と智を引く女だ。まして、『満礫』の分家だぞ? もし結婚しても、飛翔が『十戒家』に戻るには弱い」
本人がいないところで、結婚まで話が膨らんでいた。
「愛さえあれば身分なんて関係ないわよ! ていうか、初夏の腹違いの春夏をメイドとして貸してんのに、あの子のことを悪く言うなんてどういうつもりよ」
「悪いが借りた覚えはない。貰った覚えならあるがな」
「いやあげないわよ!?」
「返すつもりはない。最低でもあいつの体が大人になるまでは。今でも十分、楽しめそうではあるが」
「生々しいから止めてください、壱圏さん」
「そうよ。もし春夏に何かしてご覧なさい、あたしも極地君のことを壱圏さんと呼ぶわよ!」
「な、何ぃ!?」
今日一番の動揺を見せる極地。壱圏さん呼ばわりは相当嫌らしい。
「お前にまで壱圏さんと呼ばれたら、誰が俺のことを昔ながらの態度で接してくれるんだ!」
「極地様がメイドに手を出さなきゃいいだけの話じゃねえか」
階段は憂鬱そうに溜め息を吐いた。
「……帰るか」
「そうだね」
「失礼します」
「またいつかー、だぜ」
ちなみに、朽邦達磨は全く動かなかったし、全く喋らず、いつの間にか姿が消えていた。
結局、裏世界の三大禁忌の一つ『十戒家』の第七百八回目の会議は流れ解散となった。
だから。
みいらと無黒と階段が退室した後、極地と明時がこんな会話を交わしたことを本人達以外は知らない。
「明時、調べてもらっている件はどうなっている?」
「何一つ進みません。懸念が何一つ消えません。このままだと、最悪のシナリオを迎えそうです」
「なら、最悪に備えるだけだ」
「ええ。本当に最悪ですけど。最悪以上に最低ですけど」
「ああ。だが、これも運命だ」
その言葉には、明時以上に極地本人が納得していないようだった。
「最悪の場合、井伊藍は殺すしかない」




