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奴鉢病院

「由紀、そこのポン酢取ってくれ」

「はい、どうぞ」

「ゆっきー、あたしにもゴマだれ」

「この肉、もういいんじゃないか?」

「焦るな。もう十秒だ」

「いや細けーよ」

「こんなとこで鍋奉行を発揮せんでええわ。構へん構へん。藍ちゃん、食べよや」

「だね」

「うわ、ひでーな、お前ら。正義さんの立場とか考えてねえの?」

「あ、豆腐がなくなりましたね」

「えー。私、豆腐好きなのに。誰か買ってきてよー」

「じ、自分が買ってきます!」

「頼むよ、鎌倉くん」

「は、はい!」

「いやー、鎌倉くんはホントに便利だ」

「報われないね、業火君」

「全くッス」

「あーあ。今日も一言来てくれなかったなあ」

「まあまあ。なっちょはあれで忙しい人だからしょうがないよ。今の内に慣れないと、結婚してから苦労するよ?」

「もう、藍ちゃんたら」

「うけけけ」

「……お前ら、人の病室で、何を鍋なんかやってんだ!」

 双堀訓練校の校門前でぶっ倒れてから四日後、ぼくは入院していた。

 場所は『十戒家』第八部署『奴鉢』が運営する奴鉢病院の、個室。壱圏さんが特別に用意してくれた。入院費は依頼料からさっぴかられるらしいけど。そもそも貰えんのか、報酬。

 仕事、成功でいいのかな? 個人的には爺を自首させたら大成功だったんだが、頭に血が上って殺してしまった。

 まあ、ギリギリ成功ってことで。畦道百足の脱獄は世間に露呈せず、それが広がることもないのだから。

 それにしても、久しぶりに死にかけた。完全に、油断していたとしか言い様がない。爺だから甘く見た。全く、自覚はなかったが、色ボケしちゃったのかね。

「ところで、何で鍋?」

 現在、ぼくの病室には『ホームズ』の住人と五食同盟。全員には、顔がいくつか足りないが。

「いや皆が集まったから」

 他人の不幸をダシにすんなよ。鍋だけに。

「何で鍋なんかあるんですか」

「こんなこともあろうかと、僕が持ってきたのさ」

「確信犯じゃないですか。ぼく、今病院食しか食えないんですよ。嫌がらせですか」

「その通りさ」

「てか、傘子さん、アンタ職場ここと違うだろうが。仕事はどうした」

「鎌倉くん、まだかなー。遅いなー。使えないなー」

「あいつ、報われないにも程があるッスよ!」

「ああ。笑えねーな」

 涙が出そうで、喉が乾いたぜ。

「なあ、前夜。そのミネラルウォーター、まだ開けてなかったらでいいんだが、ぼくにくれないか」

「え、ええで。ウチ、こんな味のない液体、好きやないねん」

「じゃあ何で買ったんだよ」

 中身がたっぷり入ったペットボトルを受け取る。

「あれ? これ、微妙に少なくねえ?」

「き、気のせいや!」

「そうか? じゃあ、いいけど」

 フタの締まりが軽いけど、それも気のせいかな。

「……そういえば、千影さんに花さんに正義さん。傘子さんはまあ置いといて、アンタらはアンタらで、何を普通に『十戒家』の一部署に来てんですか」

 アンタら、こんな場所には来れないような日陰者だろうが。特に、千影さんは顔が知られているってのに。

「いいじゃん。咎められるようなことはしてないんだから」

 今はしていなくとも、過去にはしたじゃんか。

「あと、絆、いい加減、機嫌直してくれよ」

「……ふん」

 レストランに置いていったことが大層ご不満なようだ。十字架さんの名誉のために、薬を盛ったのもぼくってことにしたから、余計に。

「はあ」

 爺のことといい、世の中、全部はうまくいかないな。





 松葉杖を使って立ち上がり、鍋パーティー会場こと病室を脱出した。

 起きた時、ぼくは病室のベッドにいて、あの夜から二日が過ぎていることを知った。ついでに、病院に担ぎ込まれた時は危篤状態だったことも。

 目を覚ましたら藍が泣きながら抱きついてきたのが印象深い。ひとしきり泣かれた後、ぶん殴られたのも印象深い。

 同じパターンを絆にリピートされたことは更に印象深い。

 病室を抜け出したのは、壱圏さんに正式な依頼報告をしていなかったことを思い出し、病院内に設置してある公衆電話に向かっているから。あの人はあの人で、怒ってんだろうなあ。

 廊下で、ある人物に逢った。よく知った顔だ。

「やあ、飛翔。元気かい?」

「元気だったら入院なんぞしてないよ、明時」

 守永明時が、そこにいた。相変わらずの、中身に似合わない人懐っこい笑顔。

「だからさ、僕、一応は年上なんだから、呼称だけでも敬意を払えよ」

「昔みたいに、兄ちゃんと呼べってのか。今更だろ、明時」

 明らかに今の台詞に反応して、明時は卑屈な笑いを浮かべる。

「今は、敵同士なんだから」

 明時は強いて冗談っぽく言う。

「お前、マジ不良になったなあ。明時兄ちゃんは悲しいよ」

「兄貴面すんなよ。ぼく達の関係は、本来あるべき姿じゃないんだから」

 ぼくは右手で自分を、左手で明時を示した。

「お前は『守永』で、ぼくは『唯原』だ」

「母さん達は、仲良かったじゃん」

 明時は即座に否定した。

「それに、『唯原』はもうない。『守永』もだ。つまんない自作自演の対立関係は、僕らの代で終わりだよ」

 壱圏機関の分家、『守永』と『唯原』。マッチポンプのマッチとポンプ。

「だとしても、ぼくには資格がない」

「何の資格だ?」

「守永明時を兄ちゃんと呼ぶ資格が」

「僕は許すけど」

「ぼくが許さねえんだよ」

 本当に、今更なんだから。

 ぼくは明時の隣をすり抜ける。明時はすれ違い様に言った。笑顔だった。

「いつでも、また兄ちゃんと呼んでくれ。家族に戻ってやるから。敵じゃなくて、家族にさ」

「……」

 ありがとうと言えないようでは、当分は無理だと思った。





『畦道は死んだか。階段には俺から言っておいてやる。後は、風景と武人だが、まあ問題ないだろう。どうせ俺の政策にケチをつけていた異物だ。後釜はいくらでもいる。いざとなれば、分家から繰り上げる。後の連中の処分は、これからだ。お前の要望通り、情報提供をした朝方蒐の処分は緩めにしておくように、みいらには言っておいた』

「ありがとうございます」

 効果はないだろうけど。でも約束は果たしたから文句は言わせないぜ、蒐さん。

『しかし何だ。階段が俺に隠し事とは、進歩したな。あのガキが本当に成長したもんだ』

「その感慨はぼくも覚えました」

『お前もきちんと報告はしろよ。畦道の死を、俺はみいらの土産話のついでに知ったんだぞ。時系列的に、七丁目が風景を殺した時は既に死んでいたんだろ。何故言わなかった』

「意味はありますよ。壱圏さんには裏切り者の話をしていませんでしたから、話がややこしくなりますから」

『今聞いても十分ややこしいがな』

「すいません」

『それと、みいらが尋常じゃないくらい憤慨していたから、次の入院費を先に振り込んでおけ。多めにな』

「怖いこと言わないでくださいよ!」

 本気で恐怖に値する。永遠に入院していたい。生存率で言えば、七丁目の方がよっぽど高い。

『しょうがないだろうが。勝手に恋人なんか作ったお前が悪い』

「みいらさんは別にぼくの保護者でも何でもないんですが」

 電話の向こうで、壱圏さんも苦笑しているようだった。

『仕方ないだろう。あれはそういう女だ。世話焼きではなく、快楽主義者だ。あいつは全てを、他人の為ではなく、自分の為にやっている。全てな。タチが悪い。だからこそ、館長と探偵なんか兼任しているんだが』

「探偵ですか」

 その肩書きは、あの人の為にあるようなものだ。少なくとも、ぼくよりは似合う。昔『ホームズ』から出て行ったあの人よりも。

『あんなに自分の部署から離れることが多い当主なんて、歴代でも皆無だ』

「だからこそ、怖いんですよ。あの人、何するか分からんでしょ」

『近々、全部署の代表が集まる会議があるから、そこで言っておいてやろう。お手柔らかにしろって』

「お、お願いします」

 切実に頼む。壱圏さんの対応次第では、寿命が変わってくる。それに、これ以上、病院生活なんてやる余裕はないんだよ。主に出席日数の問題で。

「もしかして、会議の議題はぼくについてですか?」

『自惚れるな。議題はいくつかあるが、全部お前じゃない』

 つまり、いくつかはぼくに関することだと。先が思いやられるぜ。

「とにかく、みいらさんについては、本気で頼みます」

『あっはっは。大変だな、お前も』

 何で笑ってんだ。いい気味とでも思ってんのか。

『さすがに「十戒家」の当主殺してタダでは済まん。俺が絶対に無罪放免にしてやるが、完全に黙らせることは出来ん。ほとぼりが冷めるまでは、大人しく学生やっていろ』

「言われなくてもそうしますよ、壱圏さん」

『それと、だ』

 壱圏さんは声を凄ませた。

『その壱圏さんってのはやめろ』

「んー、無理です」

 ガチャンと。

 切ったはずの公衆電話が鳴り出す。相手が誰かは確かめるまでもない。でも、番号はどうやって調べたんだ。

『爺を撃ったのは』

 壱圏さんは神妙な声で尋ねた。

葛葉くずはの名前を出したからか?』

「まあね」

『……そうか』

 ブツ。

 プープー。





「ちょっと昔の話、していいか?」

 壱圏さんへの報告の後、ぼくは病室に戻った。鍋会の皆さんは、お帰りになられている。ゴミを病室のゴミ箱に捨てている以外は、飛ぶ鳥跡を濁さず。

 で、一人寂しく退屈に、前夜からもらった水を飲んでいたら、敷石初夏がやって来た。大量のリンゴをお土産に。

 基本的に病院食以外の飲食に禁止されているので、リンゴくらい食わせろよ。

 折角なので、初夏に食べてもらうべく剥くことにした。

「いえそんな、病人にリンゴを剥かせるなんて! 飛翔さんは私に恥をかかせる気ですか!」

 無視した。初夏には何かをしてもらうより、何かをしてやりたいんだよな。初めて逢った日から、そうだった。

 ぼくの周りには変わらない連中ばかりだ。

 ただ剥いているのは暇だし、初夏を待たせるのも悪いので、無駄話をすることにした。

「昔、ですか? 飛翔さんの?」

「他に誰がいるんだよ」

「あ、そうですね。すいません」

「謝るな。それで、聞きたいか?」

「聞きたいです。お願いします」

 初夏が微笑む。やっぱり、初夏は笑顔が似合うねえ。そうやって笑っていろ。

 もう、お前は怯えなくていいんだから。畦道を殺した甲斐があったってもんだ。

「そうだな。お前ってさ、ぼくと明時の関係について、どのくらい存じている?」

 いきなり出た明時の名前に首を傾げつつも、初夏は答えた。

「明時さんは、七丁目さんを制御しつつ利用しつつ管理する五食同盟のリーダーで、飛翔さんは、その監視役を極地様より託された、のですよね」

「合ってはいるが、足りないな」

 でも世間の認識としては、そんな感じだよな。

 五食同盟とは、七丁目一言を管理する為の組織。建て前はな。実際は明時の娯楽だ。七丁目を管理なんか出来るはずないし。人間は災害を支配出来ないのだ。

 そして、ぼくはその監視役を壱圏さんに一任されている。表向きはな。実際は明時と遊びに付き合っているだけだよ。悪意と危険の度が過ぎているがな。

「後は、お二人が仲の悪い兄弟のような、不思議な関係だと」

「ふうん。じゃあ、ぼくの実家の『唯原』と明時の生家の『守永』については知っているか?」

「確か、どちらも『壱圏』の分家でしたよね。元々衰退していて、『戦争』の時に両家とも潰れたと……」

 初夏がハッとした顔で口に手をやる。

「すいません」

「構わんよ。事実だ。でも、詳しくは知らないか」

「一度調べてみたんですが、よく分からなくて」

 あんまり表舞台に立つ部署じゃなかったからな。敢えて記録に残されないように存在していたんだし。

「『守永』と『唯原』は対でさ。『十戒家』のマッチポンプな訳だ」

「マッチポンプ、ですか?」

 初夏は理解出来ないって顔だ。

「『守永』が火種を作って」

 今の明時みたいに。

「火種が火事になったら『唯原』が消火する」

 今のぼくみたいに。火事になる前に消火しないのが、ミソだ。

「その役目の意味は、個人の成長と組織の変革を促すこと」

 だから、今のぼくらの関係はそれの延長上にある。

「過去の『十戒家』が関係する事件の発生には『守永』が、解決には『唯原』が暗躍している。確率としては、三割弱だな」

「それ、『十戒家』の歴史と全体の規模から計算すると、一万や十万では足りませんよね……」

 呆れ顔の初夏。

「でも、それにしては飛翔さんも明時さんも目立ち過ぎでは?」

「家が潰れたのに、引っ込み思案でいる理由はねえよ。ぼくら、根は目立ちたがり屋さんなんだ」

「分かる気がします」

 分かんのかよ。

 切り終えたリンゴを皿に乗せて差し出す。初夏はそれを恥ずかしながら受け取る。リンゴをかじる姿は、小動物を連想させた。

「話の続きだけど、明時の両親は明時が四歳の時に事故で死んでね。あんな部署だから親戚から継ぎたい奴もおらず、なし崩しに『守永』は明時が継いだ。形の上でだけど」

 あの屍笞階段が当主になったのが十歳。それより早い。隠匿されがちな部署だからこそ可能だった。

「でも、いくら明時さんでも四歳では、『守永』の仕事は出来ませんよね。でしたら、明時さんが成長するまで、マッチの役目をやっていたのは誰なんですか?」

「ぼくの母さん」

 初夏は目を見張った。まあ、当然ながら驚くよな。

「『守永』と『唯原』は仲が悪かった訳じゃない。最低でも、先代と先々代はな。根拠は、ぼくの母さんと明時の母さんは親友で従姉妹だったから。母さんは『唯原』でありながら『守永』をやっていたんだ。まさにマッチポンプって感じ」

「母親同士が従姉妹ってことは、飛翔さんと明時さん、再従兄弟なんですか?」

「『十戒家』では珍しくないだろ」

 元々の始まりは同じだから、皆親戚だしな。『十戒家』の誰もかれも、あちこちの部署や他の組織の血が混ざっている感じだ。

「ぼくと明時はガキの頃、一緒に暮らしてたんだよ。楽しくやってた」

 まだ母さんもいたし。

 あの頃より楽しい毎日を送ることが、ぼくの目標だ。昔には、もう戻れないからな。

「あの、飛翔さん。何故、その話を私に?」

 かなりの困惑顔。そりゃ困るわな。こんな話、いきなりされたら。

「他意はないよ。ただ、なんとなく昔を思い出したから、なんとなく誰かに話したくて」

「……ありがとうございます」

 礼を言われる筋合いはないんだが。

「飛翔さん、あんまり思い出話とかしてくれたこと、なかったですから」

「男は過去ではなく、未来を語る生き物だからな」

「未来の話も聞いたことありません」

 折角の決め台詞が、使用者がぼくでは意味を持たなかった。

「飛翔さん、いつも明日には死にそうでしたから」

「そうか……」

 だとしたら、今は違うのかな。変われたってことかな。周りは変わらないってのに、ぼくだけ変わって良いのやら。

「そういや、初夏。みいらさんがひどくご立腹らしいんだよ。どうにか機嫌を取る方法はないかな?」

「みいら様は遠い人ですから。私には機嫌の取り方が分かりません。よく分からない人ですし」

「だよなあ」

 脱力するぼく。まあ、いいや。どうにかなるだろう。みいらさんの逆鱗に触れるなんて初めての経験だが、生き延びて見せようじゃないか。

 ぼくは『不戦』だ。

 今再び、そうだな……このリンゴの皮にでも誓おうか。

「リンゴ、ご馳走様でした」

「持って来たのはお前だけどな」

 去り際に、ふと思い出したことがあったので、初夏に聞いてみた。

「恋は順調か?」

 初夏はにっこり微笑んだ。この笑顔を守ったと思うと、自分に誇りを持っていいんじゃないかって考えてしまう。

「秘密です」

 あっそ。

 扉が完全に閉じてから、数秒だけ、『今』を噛み締めた。

「あー、幸せではないけど、不満はねえや」

 平和って素晴らしいね!

 しばらく、こんな感じだといいけど、そうはいかないよな。何年も交渉人をやっている勘が疼いている。

 とりあえず、みいらさんの逆鱗を沈める方法でも考えておくか。

次回で『十戒家』編を終わらせます。

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