双堀訓練校
畦道百足はいい人形になると思った。
かつて『十戒家』のあちこちから令嬢を拉致監禁し、暴行を加えた重罪犯。人間としては小物だったが、犯罪者としては大物だった。
加えて、超能力者としても改造人間としても能力は高かった。
自らが所属していた『グロテスク・エッグ』からも危険視されていたほどだ。
屍笞処刑場でも最下層の独房に収監された。
それに、奴は馬鹿だ。利用するのに知恵は必要ないだろう。
だからこそ、奴が脱獄でもすれば、現在の『屍笞』の欠陥を浮き彫りにすることが出来る。ひいてはそれは、屍笞階段を現当主に仕立て上げた唯原飛翔の鼻を明かすことに繋がる。
唯原飛翔最初の成功を飾った畦道百足が脱獄することは、『屍笞』に濡れ衣を着せることとは別に、奴に精神的ダメージを与えることが出来る。
最後の理由が一番大きかったかもしれない。
まず協力を仰いだのは、御灯風景だった。元より『屍笞』嫌いで有名な男だ。即座に誘いに乗った。
彼の発案で、朝方蒐と朽邦琢磨の協力も仰ぐことになった。
朝方には脱獄用の道具を、朽邦には脱獄成功の占いを頼んだ。『屍笞』の定期検診を担当している奴鉢法規にも話をつけ、監獄内の詳しい様子を知ることが出来た。
準備は完璧だった。
畦道が脱獄した後に知ったが、協力者が全員、畦道に面会していたらしい。馬鹿が。朝方と奴鉢だけで良かったはずだ。
つい昨日、風景が七丁目に喰い殺されたことに、それは関係ないはずがない。おそらく、あの忌々しい交渉人の入れ知恵だろう。
奴がどこまで気付いているかは不明だが、真相に追い付くのに時間は掛からないだろう。認めたくないが、奴は優秀だ。
そういえば、奴に恋人がいたことが発覚したらしい。というか、いたのか。
どんな酔狂な女なのか想像もつかない。七丁目一言を愛して止まない、『十戒家』で最も変わった女と言われる刃宮凪茶に匹敵する変人だ。
興味はあるが、まともにコミュニケーションが取れる相手なのか?
話を戻そう。七丁目が風景を喰い殺した理由としては、畦道が刃宮凪茶か七丁目の信者に何かをして、七丁目はそれを煽ったのが風景だと唯原に吹き込まれたのだろう。
真相は闇の中だ。
風景が煽った証拠はないが、奴ならやりかねない。
奴は、七丁目一言を『御灯』史上最悪の汚点だと思っていたのだから。馬鹿が。
七丁目一言は『十戒家』の恥でしかないだろうに。
その災害を才能のように評価していたことに、本人は自覚があったのか。自嘲の振りに見えた自慢にしか見えなかった。あの怪物を、風景は誇っていた。
まあ、七丁目などどうでもいい。どうにかできる相手ではない。
それよりも、
「問題は唯原飛翔だ」
「呼びました?」
□
「き、貴様」
「驚き頂き、感激の至りです」
不肖ぼくこと唯原飛翔は現在、双堀訓練校校長、双堀武人と対峙していた。対面と呼べるほど、内心は穏やかではない。お互いに。
この爺は今の当主の中ではダントツの最年長で、先の『戦争』を生き残った唯一の当主である。早い話、時代遅れの老兵が生き恥を晒しているのである。
場所は何故か、双堀訓練校校門前だったりして。
ぼくが待ち伏せしていただけだけど。
懐かしいねえ、ぼくも中学生まではここに通ってたんだよ。問題起こして居づらくなったから、ほとんど退学のように中等部を卒業して、今の高校で高校生になったけど。
そこに後悔はない。
後悔しないように生きた結果なのだから。
「久しぶりですね、校長。ぼくの名前を覚えているなんて意外ですよ」
こんな問題児の記憶なんて、さっさと消したいでしょうに。
この爺は、手間が掛かるほど可愛いなんて考え方はしていない。
「一体、何の用事だ、この疫病神が」
「疫病神って」
そりゃ七丁目のことでしょうが。でも、似たようなものか。
ぼくは、あの『戦争』を利用した時点で、七丁目と同類だ。否定する輩は多いだろうが。
あるいは、明時と同類かもしれない。
災厄を撒き散らす道化師。
あれは、ぼくの兄のような存在なのだから。
敵だけどさ、やっぱり兄ちゃんだよ。ぼくは明時を追って、双堀訓練校を退学したと言っても過言じゃないんだから。
「何の用事かは、貴方が一番良く分かっているでしょう? 逆に聞きますけど、貴方こそどこへ行くつもりですか。『双堀』の当主ともあろう御方が、護衛も側近も連れず、こんな時間に一人で、どこへ行くつもりですか。しかも、そんなまるで隠れるように」
「き、貴様には関係ない」
「弁解すら無し、か」
何か言い訳を取り繕えよ。夕涼みに出掛ける途中だったとか言えよ。
「貴様なんぞの顔など見たくもない、さっさと消えろ!」
「畦道百足」
校長の顔つきが変わる。
校長。この呼称はぼくから見れば微妙だが、まあ、名前で呼ぶような間柄でもないしな。
「畦道がどうかしたか」
「はい。言質頂きました」
ぼくはこれ見よがしに、録音機を掲げる。ちなみに中身はない。さっきゴミ捨て場で拾ったもんだし。
「校長」
「何だ」
「貴方、畦道が誰だか何故分かるんです?」
校長は意味が分からないようだった。老人の頭にも理解出来るように、噛み砕いて話してあげよう。
「畦道百足は『グロテスク・エッグ』の幹部でした。奴を有名にしたのが、『十戒家』を標的とした多発誘拐事件です。『御灯』も動きましたが、『十戒家』は馬鹿げたスケールの組織です。本家ならともかく分家まで人手は割けません。畦道はそれを理解していたからこそ、分家の跡取り以外を標的にしていました。やっていることはいかにも小物です。だが、『十戒家』内で問題にならないはずがない。畦道は愉快だったでしょう。あの『十戒家』を手玉に取れて」
だが、悪事が長く続くはずがない。
「奴は、ぼくが六年前に捕まえました。畦道が監獄に送られて、事件は終わりました」
被害者以外にとっては、終わった。
終わった事件はいずれ忘れられる。
「なのに、何故、貴方は畦道が誰かすぐに分かったんですか?」
「どういうことだ」
おいおい。
まさか、まだ分からないのか。
「ぼくはこの数日、畦道の名前を色んな人に出しました。だが、その名前にすぐにピンときた人はいませんでした」
七丁目や前夜、畦道に面会した鹿羽無黒でさえ、畦道百足の名前に反応するには時間が掛かった。
あの事件に『双堀』が直接関わることはなかった。分家はともかく本家は被害を受けなかったから。
まして六年も前の事件だ。
タイムラグ無しに反応出来るのは、被害者以外には有り得ない。
校長はこの後に及んで、不遜な態度で応じる。
「ふん。何を言わせたいかは知らんが、分かったのは当たり前じゃろうが。畦道の被害者は当然、この訓練校にもおる。そんな無関係とは言えん重罪人が脱獄したと聞いていたから、頭にあっただけじゃ」
「はっ」
口を滑らせたな。
「校長、畦道が脱獄したってのはどういう意味です?」
「それは…………」
気付いたようだな。
「畦道百足の脱獄は、壱圏極地と『屍笞』しか知らないはずだ」
厳密には、絆や春香は壱圏さんとぼくの会話を聞いているし、初夏と七丁目と凪茶と前夜にはぼくから話したし、みいらさんや十字架さんにはバレているが、だからといって、双堀武人が知っている理由にはならない。
ぼくだって人と場所は選んだ。
畦道百足脱獄が、世間に漏れるような要因はどこにもない。
あったとすれば、七丁目が風景を殺す時に畦道の名前を出したことだろう。が、それを脱獄と直接繋げることは不可能なはずだ。
脱獄の共犯者達も、七丁目の行動により畦道の脱獄をバラしづらくなったはずだ。なにせ、共犯者の一人が御灯風景であることが七丁目に知られ、殺されたのだから。自分も同じ目に遭いたいような狂人は、さすがの『十戒家』にもいない。所詮は『十戒家』も生物の集まりだ。
みいらさんの推理が表に出た可能性は皆無だ。あの人がぼくの邪魔をするはずがない。するとしたら、思い切り遠慮なくやる。
初夏や前夜が誰かに話すとは思えない。初夏は思い出したくもない相手のことだし、前夜には『金にならない情報』の体で話したので興味の外のはずだ。
絆は、最初から怪しんでない。裏世界に世間話の相手はいないだろうし。
その他についても同じような理由で却下。
だから。
「アンタが畦道百足の脱獄を知っているはずがない」
脱獄の共犯者でない限りは、な。
□
その瞬間だった。
手に持っていたテープレコーダー(拾得物)が、ぼくの手から
弾け飛んだ。
衝撃が伝わって手がジンジンする。とっさに痺れた手を押さえた。
その一瞬の隙をつかれた。
腹部に殴られたような激痛が走る。次は肩に。そして足に。最終的にクレームでもぶつけられたように、身体が吹っ飛んだ。
「がふっ!」
地面に叩きつけられてから、ようやく何が起きたか理解する。
双堀武人の仕業だ。『双堀』直伝の合気道だか気功法だか知らないが、触れずに相手を殴り飛ばす技。名前は知らない。習う前に退学したからな、あはは。
いや笑えねえ。体が動かねえや。仰向けに倒れたまま、体が起き上がらない。
「調子に乗るなよ、クソガキが」
クソ爺が何か宣っている。
「ワシを誰だと思っている。双堀武人だぞ。本物の生き残りだぞ!」
偽物が誰を指しているのかは知らないが、お前だって本物には程遠い。
爺は録音も何もされてないレコーダーを拾い上げると、それを握り潰した。さっきの気功といい、身体能力はそれほど落ちていないのかもしれないな。
精神的にはかなり落ちぶれたようだがな。監獄から囚人を脱獄させるなんて、正気の沙汰じゃねえよ。
「ぼくを殺す気?」
頭を蹴られた。
カルシウム足りてねえな。軽口くらいで怒るなよ。
「黙れ。貴様なぞ、生まれたこと自体が間違いなのだ」
分かってるよ。今更言うな。
「貴様さえいなければ、『十戒家』がこんなに弱体化することなど、なかったのだ」
いやそれは違うでしょうに。『十戒家』が変革を余儀なくされたのは、誰がどう考えても『戦争』のせい、つまりは七丁目に責任があるんだし。その『戦争』のきっかけだって、前時代の『十戒家』にそもそもの責任があるんだ。
もし前の『十戒家』が正しかったら、『戦争』だって起きなかったはずなんだ。
七丁目の弁護になるかもしれないが。それとも、ぼく自身への自己弁護かな?
「『十戒家』は誇り高き集団でなくてはならないのだ。あの道化師が生まれた瞬間から、全てが狂いだした」
おや、明時まで責任を転嫁されちまったな。大変だね、と他人事。
「貴様らが、『十戒家』を歪ませたのだ!」
あー、はいはい。
さすがは時代に取り憑かれた石頭。言うことが最高に馬鹿らしいぜ!
あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっは。
「あの狐さえ死んでいれば、全てが正しいままだったのだ!」
はははははは……あん?
あの狐? それはあれだ、母さんのことかな?
「奴こそが、諸悪の根元だ!」
おい。
それ以上喋るな。
「あの女えいなければ……!」
「…………………………………………………………………………」
ぼくを貶めるのは、理には適っていないが自然な行動だ。
明時だって同じだ。災厄を撒き散らしているんだから。
七丁目だって、非難される謂われしかないだろう。
だけどな。
ぼくの前で、母さんのことを悪者みたいに言うんじゃねえよ。
「いい加減にしとけよ、爺さん」
どうにか動く左手で銃を取り出し、銃口を爺に向ける。が、鼻で笑われた。
「はっ。『無敵』と言われた貴様ならとももく、『不戦』などに腑抜けた貴様に引き金は引けまい。撃たれぬ弾丸の何を恐れろと……」
「引けるけど?」
ばーん。
□
「いくら当主でも、歳には勝てないか」
昔聞いた武勇伝の中に、十発の弾丸を受けても倒れなかったというのがあったはずだけど。ああいう話には尾鰭が付くものだから、実際はそれほどでもなかったとか?
「油断し過ぎ」
殺意は感じたけど避けられると思ったのか、ぼくには撃てないと高をくくっていたのか。どっちにしても楽観的だ。数々の修羅場から生き延びた人間らしくもない。『戦争』で何を学んだんだよ、爺さん。
どうにか起き上がって、凶弾に倒れた双堀武人を見る。
まだ息があるようだ。しぶとい。急所を撃ったから時間の問題だろうけど。
「き、貴様……、不戦などと宣っておきながら、人を殺すのか……」
「ぼくは『不戦』であって、『不殺』じゃない」
七丁目にも言ったけどさ。誤解すんなよ。戦い以外でも、人間は死ぬんだぞ?
いや、今回のこれは『不戦』ですらないか。まあいいや。どうせいつか破ると思っていたし、こいつしか目撃者いないんだし。
「アンタは死ね。先に畦道と風景も送っておいたから」
場合によっては、もう三人くらい追加されるかもね。朝方蒐とか奴鉢法規とか朽邦琢磨とか。
てか、ぼくも死にそうだ。さっきの気功が効いた。身体が悲鳴を上げてやがる。立っているだけでライフケージが減少中だよ。
「わ、ワシを殺して、タダで済むと思うなよ……。双堀訓練校の威信に懸けて、貴様は殺される」
「それはないな。ぼくに弱味を握られている双堀さんは多いし、『双堀』にそんな自主性がないことはアンタが一番分かっているでしょうに」
いざという時は、また七丁目でも騙すさ。
御灯風景の時みたいにな。
「あ、地獄で話が噛み合わないといけないと悪いから、教えてやるよ」
「な、何を」
真実を。
「畦道百足は刃宮凪茶を誘拐し、七丁目一言を誘き出そうとした」
爺さんは血が足りずに青くなっている顔に、皺を増やす。悪い予想が当たっていたって感じか。
「七丁目に畦道の黒幕が風景だと教えたのは、ぼくだ」「はっ。だと思った……」
「だけど、それは嘘だ」
「…………………………な、に?」
どうやら、御灯風景は共犯者にまで、七丁目に喧嘩を売る馬鹿だと誤解されていたらしい。人望がないってつらいね。
「考えてもみろよ、爺さん。御灯風景は万全を期して物事に当たる。犯罪者を知る『御灯』の幹部にしては、どこか抜けた部分が多いだろ」
共犯者の許しなく、畦道を利用したというのは不自然だ。極秘の調査が入るのは目に見えているんだから、しばらく行動は控えるべきなのに。
七丁目に喧嘩を売るというのも妙な話だ。
「『戦争』を知る人間が、七丁目一言の暴力を片鱗でも目撃した人間が、七丁目に正面からでも背後からでも喧嘩を売れるはずがない」
だからこそ、畦道百足は単身で七丁目を怒らせるような真似をした。が、無知は罪。そして罪には罰。
「畦道が凪茶を誘拐したと聞いた時、絶対に畦道の勝手な暴走だと確信していたよ」
同時に、使えるとも思った。
「朝方蒐の自白で、蒐さんに話を持ち掛けたのが御灯風景であることは事前に知った。つまり畦道脱獄の共犯者だ。ひょっとしたら主犯かもしれないとさえ考えたね。まあ、アンタだったんたが」
メンバーの繋がりからして、どっちかが最初の提案者であることは分かっていたけど。
「とにかく畦道脱獄を世間に知らせないようにする必要があった。誰が広めるって言えば、アンタら脱獄させた連中だ。一発ビビらせる意味でも……」
「き、貴様、自分が何をやったか自覚しているのか!」
爺さんはせき込みながら、ぼくを非難してくる。顔には残り少ない寿命を減らしてまで発動させたであろう鬼気迫るオーラがにじみ出ていた。
「まあ濡れ衣着せた風景のオッサンには悪いと思うよ。でも畦道を脱獄させたのはそっちなんだし……」
「そんなことを言っているんじゃない!」
「え?」
「貴様は、あの七丁目一言を騙したのだぞ! それこそ、『戦争』を知る者として神経を疑う行為だぞ! 自分のやったことが、世界をどんな危険にさらしているのか、理解しているのか!」
「さあね」
爺さんの顔から血の気が引く。ただでさえ負傷している部分から流血しているから足りないのに。
「自分が何を言っているのか、分かっているのか……?」
「交渉人だからな」
自分の言葉には責任を持つさ。
「七丁目にはもう世界を道連れに自殺しようなんて狂気はないよ。ぼくの嘘が露呈しても、ぼくの命一つで丸く収まる」
何か言ってくるかと思ったが、爺さんは無言だ。表情も固まったまま、動かない。
「あ、死んでら」
人の話の途中で、と文句を言うほど落ちぶれてない。いや遅いか。
一応、心配と呼吸と瞳孔を確認。
うん、間違いなく逝去なされた。
かの『十戒家』第二部署『双堀』当主、双堀武人はこうして永眠した。穏やかとは程遠い死に顔だ。
「一応、黙祷はしてやるか」
黙祷。
さて、帰りたいが色々と後始末があるからな。
何から、するかな、って、あれ?
「と、と」
体が倒れた。今度は地面にこんにちは。結構痛かった。
そ、そういえば、体が動かないんだった。全身が悲鳴を上げてんだった。おのれ、爺。
うわあ、なんか久々に死にそう。
あー、ダメだ。
意識が 遠 の く
書いていくうちに、どんどん主人公がすれていく気がする。まあ、むしろコッチが素ってことで。




