満礫美術館
双堀訓練校より、双堀武人。
満礫美術館より、朝方蒐。
御灯警備局より、御灯風景。
鹿羽研究室より、鹿羽無黒。
亡名星商会より、銭川木魚。
奴鉢病院より、奴鉢法規。
朽邦神社より、朽邦琢磨。
以上、容疑者。
□
「本家の人間どころか、当主や幹部まで容疑者に入っているんだが」
この容疑者リスト、確かなのか?
「ここ一週間で畦道と面会したのは、この七人だけだ」
「なるほど……」
逆に何で、七人も逢ってんだよ。あんな変態に何の話をしに来たんだよ。共犯者以外は何の用があるってんだよ。
「最悪、七人全員が共犯者って可能性があるが、お前はどう見る? 階段」
「流石に全員はねえだろ。でも一人だけって可能性もまた低いかもな。言っても裏世界の大監獄だ。一人の手引きには限界がある」
「ちなみに、どんな風に脱獄しやがったんだ?」
階段は少し言いよどんだが、意を決したように言った。
「三日前の夜の時点では独房にいた。これは間違いない。俺も確認している。だが……」
朝にはいなかったという訳か。
「朝の見回りで無人になっていることに気付いて、独房の扉がぶち破られていて、中に奴の手錠が転がってたって感じだ。先に言うけど、うちには、『屍笞』には内通者なんていねえからな」
「疑ってないよ」
良くも悪くも、ここの連中は自分の欲求……、もとい職務に忠実だからな。
だからこそ、これまで脱獄がなかった訳だし。
「ならいいんだけどよ。恋人連れまわしてるならちょうどいいや。紹介とか自慢とか言って、各部署の様子見て来てくれよ」
「馬鹿な。ぼくに脳天お惚気野郎になれと言うのか」
「あ? 違うってのか?」
違う。
けど説得力ないよな。こんな監獄に連れて来ている時点で。
やっぱり、『壱圏』の屋敷から出た時に、絆は帰らせるべきだったのだ。遅かったし。いや本当に、自慢とか惚気とか、そんな感情は一切ないよ?
まあ、明るみに出た以上、顔見知りには言っておかないとうるさいから、連れて行く気だけどさ。
「とりあえず様子見はしておくけど、ボロを出すとは思わないぞ?」
「見て来るだけでいい。脱獄の共犯者には、恋人紹介であろうと、お前が来たことに過剰反応するだろうから」
「あんまり気乗りしないな」
「何で?」
「絆を利用しているみたいで」
「……アンタの口からそんな言葉を聞ける日が来るとはな」
失敬な。
とは言えないぼくがいる。
そんなぼくを見て、階段はニヤニヤする。生まれついてのいじめっ子だ。
「今日は遅いし、泊まってくか?」
「遠慮する」
監獄で安眠なんぞ出来るか。
絆も精神的にギリギリなんだよ。
□
唯原飛翔と斑崎絆が帰った後、屍笞階段は部下を三人ほど呼んだ。いずれも『屍笞』最強クラスの処刑官達。加えて、階段より一回り年上。しかし、立場は圧倒的に階段が上だ。
「畦道も裏切り者も、飛翔に任せておけば安心だ。あいつは、こっちが希望する以上の成果を出す奴だからな。意外と仕事人なんだよなあ」
「プライベートは穴だらけらしいですがねえ」
「噂だろ?」
「いやマジだ。一回、藍とあいつと遊園地に行ったんだが、まあ、かなり馬鹿っぽかったぞ? はっきり言って、イラついた」
「あの少女、つまりは斑崎絆さんですが、大丈夫なんでしょうか?」
「さあな。本人に確認するの忘れたけど、交際一年になるらしいし、大丈夫なんじゃね? ま、他人の心配より自分らの仕事だ」
途端に、階段の表情が変わる。厳しいというか、鋭くなった。それを受けて、他の処刑官達も背筋を伸ばす。
「畦道の脱獄、監獄内にどれくらい広がっている?」
「……第一級の連中には完全に知られました。第二級は半分ほど。第三級には獣人など聴覚が過敏な者や超能力者には知られているでしょう。第四級以下にも、何かあったと気付いた連中がいるようです」
「全部でどのくらいだ?」
「三百人くらいかと」
「どんな感じだ?」
「調子に乗っているようですが」
「ふうん」
階段は目を細める。
「全員、半殺しにして来い」
「はい」
「あ。この場合の全員ってのは、囚人全員って意味だから」
まるで、お使いでも頼むように、気軽な調子で、階段は言う。
「屍笞処刑場を、思い知らせて来い。間違って殺しても構わねえから」
部下達は、その指示を待っていたとばかりに、心底楽しそうに、嬉々を隠そうともせず、無言で頷いた。
□
「……畜生」
最悪の寝起きだった。
何故かと言えば、船の上だったから。加えて言うなら椅子に座ったまま寝たから、首が痛い。隣の絆は、頭をぼくの肩に預けながら天使のように寝ている。図太いねえ。ぼくが過敏なだけかもしれんが。
つうか、何で横になれる場所がないんだ。荷物多いし、座る場所もないし、椅子もベンチみたいなのにしとけよ。横になれないじゃないか。
とにかく、一晩中揺れていたから気持ち悪い。吐きそうだ。
「大丈夫かよ、飛翔」
「大丈夫じゃありません、千影さん」
あ、ちなみにこの船の船長兼持ち主は、人間になることを諦めた妖怪こと、灯台下千影さん。
無駄に三百年は生きていないので、貯蓄と技術だけはあるのだ。バイクのシフトがなかったそうなので、アッシーを頼んだのだ。
我ながら呆れるぜ。元『最強』にこんな雑用をさせるなんて。
「しっかし、屍笞処刑場の次は、満礫美術館? どんなスケジュールだよ」
「行きたくて行く訳ではないですよ」
「いや、惚気に行くんだから行きたくないはないだろ」
千影さんには正しい事情を話していない。事が事だけに。
壱圏さんから口封じもされているし。
「それにしても満礫美術館か。あそこは玩具箱みたいで楽しいからな、絆も退屈しないと思うぞ。比較的、普通だしな」
ぼくからすれば、一番真っ当だけど。その性質故に、好戦的ではない上、面白い奴らが多いし。
面白いより楽しいの方が的を射ているか。
『ホームズ』在住のストーカー、刃宮凪茶も壱圏さんとこのメイドの敷石春夏も、脱獄共犯の容疑者の一人である朝方蒐も、『満礫』の分家出身だ。
『満礫』の仕事内容は、『作る』に尽きる。
武器や防具も作るが、『十戒家』専属って訳じゃない。金、あるいはそれに準ずる何かしらを代償にすれば、どんな相手にも何でも売る。客を極端に選びやがる職人気質も、中にはいるが。
禁忌が七つあった時代は、『百鬼夜行』を除く他の禁忌とも商売をしていた。今となっては、個人単位の取引しかないようだが。いやはや、時代は変わる。
「そういや、飛翔」
千影さんが長くもない髪をなびかせながら、ぼくに言う。
「あちこちでお前のこと、話題になってるらしいぞ」
「ぼくのこと?」
「正確には絆のこと。思うんだが、秘密にしてたこと、各所それなりに怒ってんじゃねえの?」
「は?」
何でそうなるのだろう。
ぼくは『十戒家』の所属でもないし、下請け業者でも専属の交渉人でもない。
それこそ壱圏さんじゃないんだから、怒られる筋合いはない。あの人に怒られるのも不満と言えば不満だが。
まあ、他の部署はともかく、満礫美術館は大丈夫だろう。あの連中は気の良い奴ばかりだ。
「隠し事くらい笑顔で許してくれますよ」
少しして、ぼくはその考えが実に甘かったことを思い知らされる。
□
すげー不機嫌な顔で出迎えられた。
「……いらっしゃい、唯原さん」
「あ、うん。初夏、何か怒ってない?」
「いいえ。全く。欠片も怒っていません。逆に唯原さんが何故そう思うのか不思議です。怒られるようなことに心当たりでもあるのですか?」
やべえ。超ご立腹だ。
たぶん絆のことで怒っているんだろうけど、何故ここまで不機嫌なんだ。ぼくに彼女がいたことがそんなに気に食わないのか。どれだけモテないと思われていたんだ、ぼくは。見下すなら、お前こそ彼氏作れ。可愛いんだから、引く手数多だろうに。
「当主様は現在海外ですので、当主代行として、しいら様が要件を承るそうです」
不機嫌なままの敷石初夏に、応接室に案内される。
『満礫』は『十戒家』の中で最も本家と分家との確執がなく、初夏のように本家に仕えるようになる分家も珍しくない。まあ、当然、優秀な人間に限られるが。
満礫美術館は山奥にあり、ぱっと見は、普通に巨大な美術館だ。しかし中身は美術館というか、製作所の方が正しい。
何せ、武器を作るような場所なのだ。
武器以外にも普通の美術品を作ったりもするから面白いんだが。プラネタリウムもあるし。
「ひっくん、あの子、極地さんのお屋敷にいたメイドさんに似てない?」
絆がひそひそと話し掛けてくる。初夏本人に聞こえないように、そっと返す。
「まあね。彼女、春夏のお姉さんなんだよ」
「お姉さん?」
絆が首を傾げた。
「妹じゃなくて?」
「何を誤解しているか知らないけど、春夏も初夏も、ぼくらより年下だから」
雰囲気が年上っぽいのは苦労人だからだ。後、働いているからだ。純粋に背丈の問題ではない。絶対に。断じてだ!
「……あのメイドさん、何歳なの?」
「学年で言えば中二」
絆が面食らった。よほど意外だったらしい。
正確な歳を言わないのは誕生日を知らないから。初夏は七月ってのは知っているんだが。
「で、初夏は高一。凪茶と同い年」
気付かれないように本人を指差す。
今度は見た目相応だと判断したのか、無反応。
「先に言っておくけど、当主も当主代行も若いから」
「ふうん」
やはり芳しくない反応。
なんてやっているうちに、応接室に着いた。屍笞処刑場の後なので、あまり広く感じなかった。ここもそれなりに大きなはずなのだが。
「では私はこれで」
終始不機嫌だった初夏が立ち去ろうとする。早足で。
たぶん仕事に戻るんだろうなあ、『敷石』の専門職である建築の研究でもやるんだろうなあ、と漠然に考えていた。時間をこれ以上取らせるのは悪いとも思ったが、もしかしたら、怒っている原因に関係しているかもしれないので、一つ確認した。
「初夏さ、髪型変えた?」
初夏の足並みがぴたりと止まる。一時停止だ。
「前のより似合ってるよ」
半分本心半分お世辞。
後者の半分は悟られないことを祈る。
「お、お世辞なら結構です」
まさかのお見通しだった。声が少し上擦っていたから照れ隠しだといいけど。こっちに振り返ることなく、ダッシュで逃げられた(ショック!)。
その背中をしばらく見ていたら、足を踏まれた。
「ぎゃ」
勿論、絆の仕業だった。すんごい眼で睨んでいる。逃げたくなったが、足を封じられているので不可能だった。
「ひっくん、女の子にいい顔し過ぎ」
「絆は嫉妬し過ぎ」
更に足を踏まれた。普通に激痛。
裏世界の人間と言えど、ぼくは肉体は強くないのだ。精神も太くない。死ににくいだけで。それだって運があったから。
ともかく安全靴を買おうと思った。
□
「飛翔さんは久しぶり、そちらのお嬢さんは初めまして。わたくし、『十戒家』第三部署『満礫』当主、満礫みいらの代行、満礫しいらと申します」
と、しいらさんは挨拶をくれた。
純和風の美人。若奥様と呼びたくなる。ぼくの中では『十戒家』で一、二を争う美人だと認定している。琴でもやっていそうだが、実際は作る方を生業としている。楽器以外にも何でも作れる人。どれも一級品。専門家ならぬ万能芸術家。本人的には絵画を描くのが好きらしい。姉であるみいらさんはその上をいくが。
どうやら、怒っていないようだ。有り難い。
「それで、何の用でしょうか、飛翔さん。アポ無しなんて、あなたらしくもない」
「あー、すいません、突然で。まあ、謝罪と紹介ですね」
「謝罪と紹介?」
分かっているだろうに、怪訝な顔をされる。
「黙っていてすいません。不肖ぼくこと唯原飛翔は、こちらの斑崎絆さんと交際しております」
右手で絆を示す。
しいらさんはにっこり笑った。逆に怖かった。
「別に飛翔さんが誰と付き合おうと好きにすれば良いと思うのですが、わたくし達にも黙っていたというのは好ましくありませんね」
「これでも一般人ですから」
「確かに、わたくし達は一般人が関わって良いような存在ではありません。お互い知らない方が良いには違いありません。しかし、それにしては一番危険な人が、そちらの斑崎さん……」
「絆で構いません」
こら、攻撃的な表情で、友好的な発言をするな。
幸い、しいらさんの逆鱗には触れなかったようだ。普通ににっこりしている。先程とは違う、穏やかな笑みだ。
「絆さんのこと、よりによってあの人が知っていたそうですが? 敵対関係にあるあの方が知っているのに、わたくし達が知らなかったのは、不公平だと思うのですが、いかがでしょう」
「は、反論の余地もございません」
「わたくしは良いのです。しかし、初夏などは……」
ん? 何故ここで、初夏の名前が? まあ不機嫌だったけど、それだけじゃないのか?
「まあ、わたくしが言うようなことでもないでしょう」
と、しいらさんは話を打ち切った。
そして、
「飛翔さん。本当は、どんな理由で来たのですか?」
「は、はい? 何を言っているのかさっぱり……」
「極地様から連絡を戴きました。『飛翔の奴に重要な依頼をした。協力を惜しまないように』と」
「…………」
「ただし、『当主及び当主代行以外には極秘とする』、と」
あ、あの人、余計なことを。たぶん、『御灯』以外には全当主に通達してんな。容疑者の中には当主だっているのに。
極秘が意味を成していない。
「加えて、昨日は屍笞処刑場に立ち寄ったそうですね。しかし一般人だという絆さんに、いきなりあの『屍笞』を見せるなんて、飛翔さんの人間性に反します。察するに、飛翔さんは『屍笞』関連の依頼を極地様から受けた。そして、それはこの『満礫』に、あるいは『十戒家』全体に関係している。と推測しますが、いかがでしょうか?」
「完敗ッス」
両手を上げた。すると、しいらさんは上品に微笑んだ。
「今のは姉様の推理だったのですが、いかがでしたか?」
「完敗の二乗です」
又聞きの話だけで、そこまで見抜くか。流石は芸術家探偵。性格に難がある分、頭が切れている。……その理屈でいくと全当主にこちらの思惑がバレていることになるが、どうしよう。
考えても仕方ないか。あるいは考えるだけ無駄だ。
「これは勝手な憶測ですが、絆さんは、飛翔さんの生きている世界を見たいがために、『壱圏』にも『屍笞』にも、そしてこの『満礫』にもついて来た。違いますか?」
話を振られて、絆が目線を反らす。正解だと言っているも同然だ。
「飛翔さんの恋人だけあって、意志がお強いようですね」
「何も考えていないだけですよ」
とっさに本音を言ったら足を踏まれた。またまた絆だった。
今回はどう考えてもぼくが悪いので、猛省。
しいらさんが、えへんと咳払い。あまり様になっていないが、自覚はあるのだろうか。どうも『十戒家』には自分の容姿について把握していない人物が多いな。屍笞階段もしかり。
「それで飛翔さん。内容は聞かないので、要件だけ言ってください」
「蒐さんと、逢わせて貰えますか?」
しいらさんの表情がこわばる。
「呼びましょうか?」
「いえ。警戒させるとまずいので、ぼくから行きます。今、どこにいますか?」
ぼくの態度と壱圏さんからの指示、みいらさんの推理で、しいらさんも事態の重大さを察したようだった。
「今は、彫刻を作っているはずです」
「有難うございます。それじゃあ……」
「ただし、少し条件があるのですが、よろしいでしょうか」
それは確認ではなく、要請だった。
声音から察するに、素直に聞いた方が良さそうだ。
「何ですか、条件って」
「簡単です」
しいらさんは手の平を返して、絆を示した。
「絆さんと少しお話をしたいので、彼女はここにいてもらって構いませんか?」
まあ、それくらいなら。
絆、そんな眼で見るなよ。別にしいらさんだって、取って食わないよ。置いていく訳でもないんだし。すぐ戻るから。
「では、案内は初夏にさせましょう」
「え? 場所は知っていますよ?」
しいらさんは含みのある笑顔を向けて、
「察してください」
凄んできた。
ははあん。
見張りってことか。随分、信用されていないな。
□
満礫美術館第一展示室--通称、彫刻の間。
石の塊と向き合う、『十戒家』第三部署『満礫』第一分家出身にして『満礫』本家相談役、朝方蒐の姿が、そこにあった。
彼の周りには常人には理解不能なセンスの彫刻が立ち並んでいる。毎回思うが、不可思議な空間だ。
「おや、飛翔ちゃんじゃないか。久しぶりだね。凪茶ちゃんの引っ越しの面倒を見てくれた時以来じゃないかな?」
部屋に足を入れた途端、蒐さんがこちらを見ずに挨拶を向ける。
ぼくより一回り年上だが、非常に砕けた、真剣さのない態度がデフォルト。
あの道化師とは似て非なる存在。それだけに不快だ。
ぼくは挨拶には応えず、
「蒐さん。いや、朝方蒐。単刀直入に訊ねたいことがある」
「何だい?」
「つい先日、『屍笞』からある囚人が脱獄した」
「へえ。それはすごい。あの監獄から脱獄するなんて、『百鬼夜行』のメンバーを見つける次くらいに難しいんじゃない?」
ぬけぬけと言いやがる。
「お前、この件に関係しているか?」
蒐さんは頭を掻いた。
そして、彼は事実を告げた。白状した。
「あー、いやまあ、ちょっとね」
照れんな。




