交渉人と愉快な住人達
しばらく、ほのぼのパートやるつもりです。
ここで、『ホームズ』について説明をしてみよう。
ハウスシェアする家、つまりシェアハウス。
変人奇人がハンパなく多い町にある、変人が住んでいる家。最寄り駅から徒歩十分。最寄りのスーパーから徒歩八分。警察署や交番からは遠い。
二階建て。全九部屋。一部屋三畳。冷蔵庫・トイレ・風呂共同。庭有りだが、駐車場と家庭菜園で占拠されている。家賃は月二万。駐車場使用は別途。
一号室に、トレジャーハンターと居候の家出人。二号室に、殺人鬼と魔術師が同棲中。三号室に、ストーカー。四号室に、テロリスト。五号室に、医者。六号室に、妖怪。七号室に、ぼく。八号室に、大家の秘密結社構成員。九号室に、新しく絆が入った。
トレジャーハンターこと清水流水は一年のほとんどが県外や海外に仕事に行くので、家出人こと井伊藍が留守番として、部屋を独占することが多い。藍が社会人になれなかったら、責任の半分は流水さんにあるな。
殺人鬼の首塚花道は床屋に勤務している。魔術師の不知火由紀はほとんど『ホームズ』の家事手伝い。仲はかなり睦まじい。いつになったら結婚するんだろうと思う。
ストーカーである刃宮凪茶は、死にたがりの妖刀遣いを標的にしている女子高生。犯罪行為とか怖いじゃなくて、酔狂だ。
テロリストの万屋正義は本職は休業中。副業の外資系を頑張っている。いや、バランス悪い。
如月傘子は医者だが、かなりの漫画好き。『ホームズ』では一番普通の人なのに、二番にダメ人間だ。不思議なことに。
人間を諦めた妖怪、灯台下千影は、かつて『最強』だった。今は落ちぶれて、スーパーのバイト。落ちぶれ過ぎ。
音岳さんは秘密結社構成員であり、『ホームズ』の大家であるが、正体は結構不明。テロリストの正義さんや妖怪の千影さんより不明だ。下の名前もまだ知らないし。
変わり者ばかりだが、良い連中ばかりだ。
いや、変わり者じゃないか。
狂い者だ。
□
「今までと同じように、学校には普通に通える。あまり他言しない方がいいだろうな。身元確認が必要になった時は遠慮なく、ここのことを言って構わない」
「うん。じゃあ電話番号教えて」
「ああ、教えてなかったか。分かった。えっと……」
絆に今、色々と説明をしている。今後のことについて。
明時が具体的にどんな隠蔽工作を行ったか、前夜を通じて知った。あの死神は口が軽いのだ。いや、金に弱いだけか。
非常に気に食わないが、ぼくはあの道化師に借りを作ってしまった。早い内に返したいと思う。絆に関係することだから余計に。そうでなくとも、相手があの明時だ。
しかし、明時のした隠蔽に対して、ぼくの方からミスをする訳にはいかない。あいつにだけは馬鹿にされたくないからな。
「世間的には、君の両親は急な海外赴任、君は海外生活が嫌で残った、みたいな感じ」
「地味にリアルだね……」
絆の両親はどちらともエリートだったらしいから、そう感じるんだろうなあ。調べてみたら、海外への出張も何回かあったみたいだし。裏世界とは関わり、なかったけど。
それにしては、ぼくの危険性を感じ取っていた。勘が良かったのかな?
「てか良かったの? 学校休んで?」
「構わないよ。ノートは業火にでも見せてもらう。出席日数は、後でどうにかする」
どうせ、いつもギリギリだしな。今更だ。
「ん?」
業火の名前を出した途端、絆の面持ちが変わったぞ? 嫌いだったっけ?
「どうかした?」
「あ、うん」
何か言いたげだ。
しばらく無言でいると、絆は言いにくそうに、こう尋ねてきた。
「その、鎌倉くんも、『何か』なの?」
ああ、そういうことか。
今更隠すことでもないし、隠せることでもないから、白状しよう。他人のことだが、白状しよう。
「鎌倉業火は、喧嘩屋だよ」
「? 喧嘩屋?」
絆は首を傾げた。まあ、意味は分かっても聞き慣れない単語だしな。殺し屋よりはピンとこないだろう。
どうでもいいけど、可愛らしいぜ。その仕草。
「文字通りの戦闘専門職だよ。殺し屋との違いは、殺しを目的としなかったり護衛もしたりするって所。業火は喧嘩屋には珍しいタイプだけど、特殊な家系の人間じゃなくて、自力の実力で這い上がった。そこを明時がスカウトしたって感じかな」
「スカウト?」
おっと、口が滑ってしまった。これこそ、話さないといけないことだが、あんまり進んで話したいことではないよなあ。
でも、絆は明時の正体も知ったんだし問題はないかな。
□
「『五食同盟』」
「え? 誤植? 何か間違ったの?」
「んー、そういう意味もあるんだけどさ」
意味深な言葉遊びだよな、本当。
「明時がリーダーやってる同盟だよ」
「…………」
しまった。明時の名前を出した途端、絆の顔が曇った。
あんなことがあった後じゃ当然の反応か。まして絆は明時を面白くてちょっと変わった親切な生徒会長だと思っていたのだから、反動も大きいか。
しかしあの男の正体は、不愉快でかなり変わった最悪な道化師。とんだピエロだ。
敢えて無反応を装って、話を続けた。『五食同盟』の話を。
「明時を含めた五人で構成されているんだけど、最悪だよ」
「さ、最悪?」
「明時がいるってのが大きいよ。明時の下にあの四人がいるから、最悪なんだけど」
「その一人に鎌倉くんがいるんだね……。そういえば、教授さんがそんな話をしてくれたっけ。麻川くんも、いるんだよね……。他には誰がいるの? 残りの二人は? もしかして、私の知ってる人?」
首肯するぼく。
「前夜と、七丁目だよ」
「……前ちゃんに、七丁目先輩もそうなんだ」
「ああ、すまない」
場違いとは分かるが、謝った。絆と前夜は仲がいいからな。ショックもあるだろう。
「謝ることないよ」
「ありがとう」
「お礼を言うことないよ」
分かっているけどさ。しょうがないじゃん。反射だ。
「時々言ってた死神って、関係ある?」
今ぼくが誤魔化しても、前夜自身がバラすだろうなあ。金を払うまでもなく。
まあいいや。他人の秘密を勝手に言うものじゃない。
「本人に聞いてくれ。ぼくの口から言うことじゃない」
「……うん」
「あ、ちなみに七丁目は妖刀遣いだよ」
「何でそっちは普通に言うの?」
「隠す意味がないから」
あいつの場合、肩書きが統一しにくい。そういう観点では、『妖刀遣い』も正しくないと言えば正しくない。紛い物の真実など、隠しておいても意味はない。
明時は満場一致で道化師だってのに。
「ちなみに、なぎちゃんはなっちょにゾッコンだよ!」
何やら、ちみっこいニートがぼくと絆の会話に乱入してきた。ぼくと絆の一時に、である。許すまじ暴挙だ。万死に値する。
藍でなければ。
……これは別に、藍と愛を掛けた洒落じゃないよ?
「へえ。やっぱり」
まるで今まで絶対的確信がなかったような口振り。つまり、あのストーカー、自分がストーカーであることは比較的上手に隠しているのか。
「えっと、凪茶ちゃんはどうなの?」
確実に何かある人間という前提が確立した。当然か。ぼくの身の周りの人間なんだし。
しかし真実を言う訳にはいかない。しょうがないから、嘘を吐かずに、真実を隠そう。あるいは、事実を述べて、事実を隠そう。
「凪茶は『十戒家』の人間だよ。『十戒家』ってのは……」
「確か、禁忌の一つだよね」
そうか。教授から聞いたんだっけ。なら話は早い。
「ああ。凪茶は、『十戒家』第三部署『満礫美術館』第八分家『刃宮』当主の第四子、だったかな」
「満礫美術館?」
「まあ『作る』のが専門の部署だよ。絵とか楽器とか彫刻とか剣とか銃器とか爆弾とか」
美術館つうか製作所だな。
「……ごめん、前半と後半の温度差についていけない」
絆は額に手をやっていた。悪いけど、もうちょっと続くから我慢して。
「『刃宮』は特に、刀剣製作を専門にした、刀鍛冶のギルドなんだ」
「刀鍛冶……」
「凪茶も、簡単な武器くらいなら作れるよ」
嘘ではない。少なくとも、嘘ではない。凪茶は本当に、簡単な武器くらいなら簡単に作れる。
「ふうん……」
絆は物思いにふけり出した。
「そういえば、七丁目先輩のことなんだけど」
「七丁目?」
「なっちょ?」
「何で二人とも……ううん。みんな、凪茶ちゃん以外は、先輩を下の名前で……」
「お昼どうしますー?」
部屋の外から声がした。
それは何気ない、キッチンにいる由紀さんからの、本当に『昼ご飯をどうするか』という意図しかない質問。
にしては、ベストタイミング。
「えっと、麺類頼めますかー?」
「うどんならー」
「じゃあそれでー」
頼んでおいて何だけど、由紀さんのことだから、小麦粉から練るんだろうなあ。いや、魔術師だから錬金術よろしく錬るのかな?
「うどんかあ。由紀さんの手料理って美味しいんだよね……ところで、由紀さんは?」
絆の興味が今頃学校で生徒会副会長やっている七丁目から、すぐ近くにいる由紀さんに移った。
「魔術師だよ」
ぼくは間髪入れずに答えた。絆は目を丸くした。信じられなーいって顔で。これまでの交渉人や道化師や殺し屋、刀鍛冶とはベクトルが違うから、これもまた、当然の反応か。
「てことは、白魔術師?」
何でそうなる。最初は皆そう思うんだけど。
「いや普通に黒魔術師」
「でもあの人、髪白いし、暗所恐怖症だよ?」
「そうだけど、黒魔術師は黒魔術師だよ。……今はもう、ほとんど使えないらしいけど、魔法」
「使えないの?」
露骨にがっかりする絆。そりゃあ見てみたいもんな、魔法やら魔術やら。しかし絆よ。人の話はよく聞くもんだぜ?
「ほとんど使えないけど、逆に言えば少しは使えるんだってよ!」
「な、何だってえ!」
オーバーリアクションだ。
「何だってー」
お前まで驚くなよ、藍。ノリ良い奴か。あ、良い奴だったか。
□
昼食のうどんを食べながら、由紀さんの魔法を見せてもらうことになった。
「あの、あんまり期待されても困りますよ?」
由紀さんは恥ずかしそうに謙遜する。
「ひひれふよ。ひつをひへは、ほれほろひらいしへひまへんのれ」
「喋るのか食べるのか、はっきりしろ」
あと、実は失礼なこと言っていないよな? 由紀さんみたいなタイプは怒らせると怖いんだぞ?
「ゆっきー、ダシ変えた?」
味に敏感なニート。
「はい。いつもは昆布と鰹なんですが、干し椎茸を試してみました。どうでしょうか?」
藍は親指を立てた。格好付けているのか無言で、決め顔。しかし小生意気な娘にしか見えない。それが逆に可愛らしい。
それに対して、由紀さんはガッツポーズをした。自信作だったみたいだ。
気付かなかった自分が恥ずかしい! ……いや、分かんねえ、味の違い。ぼくの舌は藍以下ということらしい。味音痴なのかもしれない。
「それで、魔法でしたね。それならこのコップでやってみましょう」
やってくれるらしい。
由紀さんは水の入ったコップに、そっと触れた。
その瞬間、コップの水が空中に踊り出した。
種も仕掛けもございません。ただし魔力はあります。
絆が目を丸くする。意識が眼球に集中して箸を落とした。呆然としたままなので、その箸を代わりに拾う。
藍は水族館の魚でも見るような目で見ながら、うどんをすすっていた。流石に慣れたもんだ。
当の由紀さんは半眼閉じた眠そうな目で、宙に浮かばせた水を見つめている。由紀さんが人差し指をくるくるさせると、水もそれに合わせて動く。
魔法というか超能力ぽいな。
二つの線引きは人それぞれと思う人も多いだろうが、裏世界では、この線引きは厳格なのだ。だから魔法使いと超能力者は仲が悪かったりする。
まあ、『ホームズ』に超能力者はいないから問題ないけど。ちなみに、ぼくの知り合いには当然のように超能力者もいる。かなりいっちゃってるけど。
元気かな、外さん。
「すごい……」
ようやく絆の口から出た感想は、感嘆の言葉だった。
由紀さんは満足そうに微笑む。この辺り、年上のお姉さんって感じがする。
未成年でも通用するくらい幼い感じのある由紀さんだが、実は今年で二十八。見事にアラサーだ。
同棲相手の花さんは二十六。あっちはあっちで若いが年相応の見た目だから、由紀さんの方が年下に見られることが多々ある。てか、ほとんどだ。人間って不思議だね。
と、閑話休題。
由紀さんの魔法の話だった。絆が思い付いたように弱々しく拍手すると、由紀さんは水をコップに戻した。
若干照れている。
「正直、これくらいのことが限界なんですよ。昔は魔法陣を敷けばバスタブくらいの水量はいけたんですけど」
コップを持ち上げて、下に敷いてあったコースターを示す。そこには、小さな魔法陣が書かれていた。
「それって、魔術師全体では、どれくらいのことなんですか?」
「十段階評価の二です」
最高クラスの魔術師なら、論理上は琵琶湖全部でも楽勝らしい。試されたことはない。理由は、流石に隠蔽しきれないから。
規模の問題ではなく、目撃と記録の問題。その気になれば隠蔽も出来なくもないが、魔術師という特性上、目立つ行動は御法度なのだ。
「じゃあ今のは一くらいですか?」
「いえ。零以上一以下の、小数点ですね」
基本ですらないらしい。
「も、もしかして、訓練すれば私にも魔法、使えますか?」
絆の目が期待に光る。
「残念だけどさ、きずなん。魔術は小さな頃から英才教育しないと使えないんだって」
どうやら、藍も同じ質問をしたことがあるようだ。
拗ねたような顔になった藍に代わって、由紀さんが補足する。
「よほどの才能があるなら別ですが、そういう人は、何らかのオーラを感じます。魔術師、即ち、私には一目瞭然です」
「わ、私からは?」
「残念ながら」
「がっくし」
うなだれる絆。
蛇足な話だが、ぼくもオーラを計ってもらったことがある。判定は思った通りだった。
あの時の話、内緒ですよ? と、由紀さんとアイコンタクトを交わした。
「どうしました? 飛翔君」
「……いえ」
わざとらしいな、この人も。
「うどん、美味いですね」
「ありがとうございます」
他愛のない返事だった。
ん? 何やら視線を感じる。
「ひっくん、何デレデレしちゃってんのよ」
「ひっしょんも胃袋から落とされるタイプか」
絆が不機嫌そうに、藍が楽しそうに。
「…………」
誤解だよ。




