受付開始
ある日、気づけばそこにあった小さな郵便局。
そこでは、誰にも届かなかった言葉や想いが扱われている。
伝えられなかった一言。出せなかった手紙。
行き場を失ったそれらは、形を変えて“届くべき場所”へと運ばれていく。
だが、その配達は、どこか少しだけ現実とずれている。
これは、届かなかったものを巡る物語。
そして――その裏で、静かに積み重なっていく違和感の記録。
第一話 受付開始
気づいた時には、そこに立っていた。
駅から少し外れた裏通り。
昼間だというのに静かで、風の音だけがやけに響いている。
目の前には小さな郵便局があった。
白い壁。今にも倒れそうな古いポスト。そして簡素な看板。
そこにはこう書かれていた。
「あなたの届かなかった気持ち届けます」
(なんだこれ…)
昨日までこんな場所に郵便局なんかあっただろうか。
そう疑問を抱いた瞬間、扉が開いた。
中から声がする。
「お待ちしておりました。黒瀬様。どうぞお入りください」
反射的に一歩下がる。
なぜ名前を知っているのだろうか。
疑問を整理する前に、もう一度声がした。
「今日からここで働いてもらいます」
意味がわからない。けれど、中に入るこの足を止めることはできなかった。
中に入ると、そこは普通の郵便局。受付のあるカウンターが一つ。机が二つ。古い郵便物が数通だけ置かれている。
ただ、空気だけが妙に整っている。
人の気配があるのに、生活感がない。
職員は一人。奥に制服に身を包んだ男が立っていた。
白髪混じりの穏やかな表情。
しかし、どこか人間離れした"間"を持っていた。
「こんにちは。黒瀬様。あなたが新しい担当ですね」
「担当?いや、応募なんてしてないですし、そもそもここに来た記憶も……」
そう即答した。
男はわすがに首を傾ける。
「あれ、なにも聞いてないですか。ここは応募制ではありません。必要な人だけが来るところです。あなたは選ばれました」
意味がわからない。
けれど「帰る」という選択肢だけが、なぜか浮かばなかった。
男は淡々と言う。
「では、まず受付をお願いします」
「なんのですか」
「来ますよ」
カラン、とドアベルが鳴った。
入ってきたのは80代ほどの女性だった。
手にはなにも持っていない。ただ何かを強く抱えているような表情をしている。
「ここ……郵便局ですよね」
「はい」
男が答える
「届けてくれるって聞いたんですが……」
(なにを?)
「はい、何をお届けしましょう」
しばらく沈黙が続いた。そして女性は絞り出すように答えた。
「言えなかったことです」
僕は思わず口を挟む。
「あの…言えなかったことって……なんのことですか。ここは郵便局なんですよね」
男はなにも答えない。代わりに女性へ言う。
「かしこまりました。内容をお預かりします。」
男はカウンターに手を置く。すると、なにもないはずの空間から薄く白い封筒が現れた。
宛名はない。
「これは?……」
男は短く答えた。
「未送達です」
意味が分からないまま女性を見ると、小さく頷いている。
「これを届けてほしくて……」
男は封筒を静かに開く。
中身を取り出し、机に置いた。
そして、一言。
「再配達します」
瞬間、視界が揺れた。
辺りの風景が変わり、気づけば違う場所にいた。
病室のような静かな部屋。
窓際には椅子があり、年老いた男性が静かに座っていた。
老人はなにかを感じ取ったように顔を上げる。
僕たちには気づいていない。
なにか微かに聞こえるが、その音は途切れ途切れだった。ただ、最後に少しだけ聞こえた。
「……あのときは、ごめんなさい。ありがとうございました」
次の瞬間、視界が戻る。
郵便局。
女性は静かに立っていた。
表情が少しだけ軽い。
「届きましたか?」
「はい。確かにお届けしました」
女性は深く頭を下げ、そのまま出ていった。
僕はしばらく動けなかった。
なにを見たのか、整理ができない。
「……今の、なんですか」
男は答えない。
ただ机の上を見ている。
そこにあったはずの封筒は、もうない。
代わりに。
.新しい封筒が一つ増えていた。
「……それは?」
男は封筒を見たまま言う。
「配達は終わりました。」
「次の未配達です」
僕は息を飲んだ。
「これ、誰の……」
男は静かに答えた。
「まだ、誰にも届いていません」
今日からなぜかここで働くことになった。断りたかった。けれどここで働かなきゃいけない。ただそう感じた。
僕の奇妙で不思議な郵便局員生活が始まった。




