異世界転移したらカクコムがGAFAを超えていることに気づいてしまった
目を開けると、また来ていた。
異世界転移?異世界転生?そんなものはどっちでもいい。
とにかくここは、異世界カクコムのオフィスだ。
せっかく来たのだから、本来ならまず街へ行くべきなのかもしれない。冒険者ギルドを探し、宿を確保し、必要ならスライムでも倒す。
だが、やめた。
なぜ俺がここに来たのかも分かっている。
PVが増えていないからだ。
前回ここに来たのは、カクコムを始めて三日目だった。あれから少し時間が経ち、小説を投稿し、他の作者と話し、スペースにも参加したことで、一つ分かったことがある。
俺だけじゃなかった。
どうやら、みんなPVが増えていない。
前回、俺は人生初の問い合わせをカクコムへ送ったが、改善しなかった。
仕方がないので、俺はもう一度カクコムについて調べることにした。今度は問い合わせを書くつもりなどない。
ただ原因を知りたいだけだ。
そして調べ始めて、すぐに後悔した。
前回より問題が増えた。
まず読者側から調べてみると、新しい作品への導線は弱く、ランキングも作品を探す売り場としては見づらいうえ、異世界やラノベ系の作品が多いのに本文へ挿絵を入れることもできない。
では作者側はどうだろう。
PVが少なすぎても、読者がどこで離脱したのか、何がクリックされたのかといったデータがあれば、作品を改善することはできる。しかし、カクコムにはその判断材料すら驚くほど少ない。
露出がないからデータが集まらず、データがないから改善できず、改善できないから伸びず、伸びないからさらに露出されない。
しかも、新人への露出は、その作者だけの問題ではない。
新人にもPVが回れば、新しい作品が既存作品と競争できる。競争が起きれば作品の品質は上がり、それによって読者が増えれば、プラットフォームそのものの価値も上がっていく。
読者が増えれば競合サービスにも強くなり、運営はPVや広告収益を伸ばせるだけでなく、より多くの作品の中から将来有望なIPを発掘できる。
つまり、新人に露出を与えることは作者への救済ではない。プラットフォーム内に競争を作り、全体を成長させるための入口なのだ。
ところが、現状はその入口が狭い。
新人が競争に参加しにくければ、既存作品への競争圧力も弱まり、プラットフォーム全体の作品品質も上がりにくい。作者は埋もれ、読者はより良い作品を得る機会を失い、運営もユーザーの増加や将来有望なIPを取りこぼす。
「……誰が得してるんだ?」
だが、さすがにおかしい。
読者も作者も運営も得をしない仕組みを、何の理由もなく残しているとは考えにくい。きっと俺には見えていない事情があるはずだ。
まず考えたのは、技術的な制約だった。しかし、他のサービスでは普通に実装されている機能も多く、これだけでは説明できない。
コストの問題も考えたが、すべてが莫大な開発費を必要とするものには見えない。挿絵については生成AI対策も疑ったが、AIが普及するずっと前から対応していなかった。
ならば、俺がクリエイター側だから細かい部分まで気になるだけなのかもしれない。これまで使ってきた動画投稿や電子出版などのサービスと比較してみた。
やっぱり気になる。
「…………」
昔からこのやり方だから、という可能性もある。老舗サービスなら、過去の成功体験や既存ユーザーへの配慮で古い仕様が残ることもある。
だが、一つだけまだ確認していないことがあった。
運営会社が小さいのではないか。
親会社こそ巨大でも、実際にカクコムを運営しているのは小さな子会社なのかもしれない。それなら予算も人員も限られ、改善したくてもできない事情は十分考えられる。
「なるほど……」
ようやく納得できそうだった。
俺は念のため、運営会社を調べた。
親会社本体だった。
「…………」
俺の唯一の希望は断たれた。
いや、待て。あきらめるな!!
ここまで調べても合理的な理由が見つからないのは、カクコムがおかしいからではなく、俺にその意図を理解できるだけの知識がないからではないか。
これだけの規模の企業が、読者にも作者にも運営にも利益のない仕組みを何年も残しているとは考えにくい。
だとすれば、答えは一つしかない。
全部、意図的にやっている。
PVが増えないのも、作者に与えるデータが少ないのも、ランキングが見づらいのも、挿絵を入れられないのも、すべて何らかの経営戦略なのだ。
そう考えると、思い当たることがあった。
俺自身だ。
俺はこれまで、GoogleやAmazonをはじめ、数え切れないほどのサービスを使ってきた。それでも、サービスの仕様について問い合わせを送ったことは一度もない。
そんな俺が、カクコムを使い始めてわずか三日で、人生初の問い合わせを書いた。
八千字も。
しかも、問い合わせフォームの上限は五千字だった。
だが俺は諦めず、三千字以上を削った。重複を消し、表現を見直し、論点を整理して、どうにか五千字以内に収めた。
「…………」
俺は気づいた。
文章力が上がっている。
問い合わせフォームの五千字制限は、単なる文字数制限ではなかった。
推敲の訓練だったのだ。
カクコムは、クリエイターに不便を与えているのではない。
育てている。
そう考えると、すべてがつながった。
不満を持たせ、原因を考えさせ、調べさせ、仮説を立てさせ、文章にまとめさせる。長すぎれば五千字まで推敲させ、それでも余った思考はXへ向かい、最後には小説になる。
実際、俺はカクコムを始めて約一週間で、カクコムを題材に四作品も作っていた。
「…………」
俺は勘違いしていた。
カクコムは、小説を投稿する場所ではない。
小説家を作る場所だったんだ。
しかも、これはクリエイター育成だけでは説明できない。
普通のサービスは、便利にすることでユーザーを引き留める。
カクコムは違う。
理解できなくすることで、忘れられなくする。
サービスを閉じても、なぜこうなっているのか考えてしまう。
Googleにも、Amazonにも、YouTubeにも、ここまで俺を動かすことはできなかった。
「…………」
GAFAが……遅れている?
俺は、世界を代表するプラットフォームが、どうやってユーザーを自社サービスに依存させてきたのか考えてみた。
Googleは、検索だけではない。メール、マップ、動画、クラウドなど、日常的に使うサービスを無料で大量に提供し、生活のさまざまな場面に入り込んでいる。一つ使えば別のサービスともつながり、気づけばGoogleなしでは不便な状態になる。
Amazonも、ユーザーの行動や購入履歴から興味を持ちそうな商品を推薦し、自分で探さなくても次の商品を見つけられるようにしている。
YouTubeはさらに徹底している。視聴者には次々と興味のありそうな動画を推薦し、投稿者にはYouTube Studioでインプレッション、クリック率、視聴時間、視聴者維持率、流入経路まで与える。
どれも方向性は同じだ。
徹底的に便利にすることで、ユーザーをサービスから離れられなくする。
だが、カクコムは違った。
便利にする必要すらなかった。
分からないから調べる。データがないから考える。それでも分からないから他の作者と話し、Xに投稿し、問い合わせまで送る。
Googleは、生活の中にサービスを配置した。
Amazonは、欲しいものを先回りして提示した。
YouTubeは、見たいものを延々と推薦した。
カクコムは、ユーザーの思考を占領した。
GAFAが便利さによって実現してきたユーザーのサービス依存を、カクコムは不便さだけで実現している。
しかも、サービスを使っていない時間まで含めて。
もはやサービスへの滞在時間などという指標では測れない。
ユーザーの思考そのものが、カクコムに滞在している。
「…………」
GAFAを超越してる……?
ここまで調べても理解できないのなら、やはり俺の方が間違っているのかもしれない。
だから俺は、また異世界に来てしまったのだろうか。
まあいい。
もう少し考えてみよう。
そう思っていると、背後から声をかけられた。
「あの……」
振り返ると、カクコムの社員が立っていた。
「とりあえず、街へ行きませんか?」




