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出来損ないもほどほどに  作者: レオ


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2/2

初めましてで正しいか

 四月が始まって数日経過したある日のことだ。本来なら春真っ盛りであり、暖かい日差しと微妙に冷たい風が混じって出来た心地の良い空気が体を包んでいるはずである。しかし、現実は暖かいがどこか息苦しくなる暖房風と、凍てつくほどに冷たい冷風の混じった最低なブレンド空気が部屋中に立ち込めている。

 

 暖房は働き者で偉いなどといった、人に話したら険しい顔をされそうなことを考える。そうすると時間はどんどん加速しだす。きっと、こうやってくだらないことを考えたまま時は流れ、何も残さずに死んでいくのだろう。

 

 これでいいのだろうかとも思ったりする。

 でも、もう良い。


 そうして私は思考の沼に沈んでいく。ところが、突如として鳴ったピンポーンという空気の読めない現実に体を無理やり引きずり出される。チッと小さく舌打ちをして、体をよろよろと起こし歩き出す。玄関までが遠い。どうしてこの家は無駄に広いのだろうか。もっと狭ければいい。

 どこのどいつが鳴らしたのか、顔を拝もうとモニターまで体を持っていく。どれどれとモニターを覗いてみると、私はまだ寝ぼけているのかと思わず目を擦ってしまった。

 

 誰もいない。

 

 あるのは妙に縦に長い箱が、壁に立てかけられてある姿であった。一気に目が覚め、タタッと玄関まで走り出す。そうして玄関のドアを勢い良く開けると、やはりそこには私の背よりも高い箱がおかれていた。それに貼られてあるメッセージの内容から私宛だとわかり、おおよそ何が入っているかが予想つく。

 私の予想が正しければそれは人に見られると面倒だ。急ぎリビングまで運ぶ。担ごうとしたが想像以上に重かったので引きずることになった。ズルズルという音が家中に響き渡る。ぜえぜえと肩で息をし、何とか連れてくることが出来た。私はもう一度チッと鳴らし、粗雑に箱を破り開けて中身を覆う包みを取っ払った。


 ……やっぱり。

 

 女が入っていた。安っぽいちんけな箱には似合わない、きれいな女だ。

 恐怖は特に感じなかった。なんとなく予想はついていたからだ。

 

 同封されていた紙切れには起動方法やセットアップがどうと書いてあり、ざっと目を通す。その文体は実の子供に宛てたものとは思えないほど酷く硬い文章だった。それを見ると心臓をキュッと掴まれ縮むような感覚に襲われる。

 

 ――わかってる、これはただのトリセツ。気にしすぎだ。

 

 右手で紙切れをくしゃっと握り、左手で女に触れる。女は冷たくて、肌はつるつるしている。つるつるしていると言っても人間の肌のそれではなく、プラスチックのような温かみを感じない感触だ。そうして手をするりと彼女の髪に移す。彼女の髪は背中の真ん中あたりまで伸びていて、一目見てわかるほどサラサラしてつやのある髪だ。気になってすんすんとにおいをかいでみても、特に感想を抱くようなものではない。

 彼女が、これから私と一緒に暮らす同居人。生きているのか死んでいるのか、そもそも命なんてものは芽生えていないのか、そんなことは分からない。そもそも、彼女について私は何も知らない。身長も体重もスリーサイズも、何のためにここへ来たのか、どうやってここに送られたのかも。何もかも不明だ。ただ分かるのは、これから私と一つ屋根の下で暮らすということくらいだ。

 

 そのまま紙切れに書いてある通り彼女を起動、いや、起こす。

 

 突如として彼女の体の中からウィーンと小さく機械音がする。きっと内部の何かが動いているのだろう。無知な私には知る由もない。しばらく機械音だけが部屋中になり続ける。そうして彼女は私と目が合うと、ゆっくりと体を起こし、箱から出てきた。乱雑に散らばった箱の破片を踏みつぶすと少し滑ったようでヨロヨロとし、体制を整えると何事も無かったのように私を見下ろした。身長は私よりも十五センチほど大きい。体はすらっとしていて健康そうな見た目だ。きれいな顔立ちをしている彼女の唇はとりわけきれいでプルプルとしていて柔らかそうなそれに、私は目が釘付けになってしまった。そのまま彼女はゆっくりとその宝石のようなそれを開く。

 

 「初めまして。私はフィメイルアンドロイドASZGO2。」

 

 無駄に広くてがらんとしたリビングには幾年ぶりかに私以外の声が響く。長らく声を受け取らなかった壁や家具が久しぶりの振動に驚いているかのようである。

 

 きれいな声だ。透き通るようではあるがはっきり通る声をしている。もっと聞きたいと思う。たった二言しか話していないというのに、何なのだろう。

 

 「え、あは、初めまして。」

 

 ……失敗した。うまく言葉が出てこない。彼女が目覚める前にいろいろ言ってやろうと考えていたが全て吹き飛んでしまった。こんなつもりじゃなくて、自分に腹が立つ。

 紙切れを持つ手に力が入り、くしゃっと音がする。そのまま書いてある通りに文字を読み上げようとするが、文字が崩れて少し読みづらくなっていることに気づく。強く握れば紙は潰れ文字が乱れる。少し考えれば分かることなのに理性は感情よりも脆弱でノロマだ。

 

 「……主を登録。」

 

 低く強い声が出てしまい、自分でも少し驚く。

 だが彼女はそんな声にも動じず淡々と言葉を重ねる。

 

 「はい。主の登録を開始します。あなたのことを教えてください。」

 「名前は菜花(なのばな)才慧(さえ)。年は十八。……面倒だから諸々はこれから教えてく。」

 

 今はただ何も話したくない。

 

 「よろしくお願いします。菜花才慧、さん。」

 

 さん付けに対し、さらにムッとした気持ちが強くなる。

 怒りを心の中でとどめておいたつもりだが、漏れ出てしまったようで彼女が目じりを下げ心配したような顔になる。

 

 「お名前の呼び方に関する注文がございますでしょうか。」

 「……別に、誰もそんなこと言ってないじゃん。勝手にしゃべりださないで。」

 「菜花才慧さんの眉間にしわが寄るのをスキャンしました。理由はわたくしが話した内容から考えるに、名前の呼び方か敬語であることへの不満のどちらかであると思考しました。」

 「勝手にしゃべるなって言ったはずだけど。」

 「申し訳ございません。」

 「いい?この家は私が一人で先に住んでいたの。つまり私がこの家の主。新参者は主の命令をおとなしく聞いてて。」

 「はい。」

 

 彼女の的確な指摘にいら立ちを隠せなくなってしまう。

 

 「……どうして呼び方のほうだと思ったの。」

 「はい。わたくしに搭載されているカメラによる記録分析から、わたくしがさん付けをした瞬間に眉間へしわが寄るのを確認されました。そのため呼び方のほうに問題があると思考いたしました。」

 「ふうん。でも残念、外れ。」


 違う。彼女は正しい。残念なのは私のほうだ。

 

 「それは残念です。後者のほうでありましたか?」

 「そっちも違う。」

 「そうでしたか。よろしければ答えをお教えください。あなた様との良好な関係を築ければと思います。」

 「やだ。」

 「何か理由がございますでしょうか。」

 「あなたって自分で考えるってことができないの?大したことないんだね、アンドロイドってのも。」

 

 何でだろう。何なのだろう。驚くほどに強い言葉が出てくる。普段はいくら何でもここまで人に強く当たったりはしない。

 彼女にはいろいろとはっきり言ってしまいたくなる。

 

 「それでは、わたくしからあなた様に提案がございます。才慧と呼んでもよろしいでしょうか。」

 「唐突すぎない?」

 「仲良くなるにはまず名前の呼び方からとインプットされています。」

 「なにそれ……。大体さ、そういうのってちゃん付けからとかじゃないの?いきなり下の名前を呼び捨てなんてずいぶん馴れ馴れしいね。距離の詰め方はインプットされてないの?」

 「なるほど。それでは……」

 

 彼女が左手を顎につけて考えだす。その悩む顔の表情や考え込むしぐさは丁寧に作りこまれていた。特に表情筋の柔軟性はすさまじく、人間の私よりもするする動くのではないだろうか。そんなことに感心していると十数秒経ったようで、考え付いた彼女が口を開こうとする。彼女の口はやはりきれいで、気づいたらそこばかり見てしまいそうだ。

 

 「さっちゃん。」

 「……えっ?」

 「さっちゃんはいかがでしょうか。」

 「さっちゃん?」

 「はい、いかがでしょうか。」

 「え、えぇ……。」

 

 聞き間違えたのかと思わず聞き返してしまった。……こいつはどんな学習してんだ。どんな距離の詰め方だ。そんな呼び方幼稚園以来されてないし、何より童謡に出てきそうでな響きで恥ずかしい。何十年ぶりにあの時の気恥ずかしい記憶が蘇ってきて急いで掻き消したくなる。ていうか、十数秒頭働かせて考え出したのがさっちゃん……さっちゃんか。

 

 「それさ、呼び捨てよりも馴れ馴れしいし、センスもないよ。」

 「そうでしょうか?」

 「そうなの。」

 

 なんの疑問も抱いていなさそうなその瞳に、おかしいのは自分ではないかと思いそうになった。左手で自分の前頭部を押えいったん冷静になろうとする。でも頭を支配するのはあの童謡だ。

 

 「申し訳ございません。それでは……才慧ちゃん。これでいかがでしょうか。センスは欠落していると思いますが、馴れ馴れしさは緩和されたと思います。」

 

 私は深めのため息を落とす。

 

 そうか、きっと彼女には碌なAIが搭載されていないのだろう。だから、こんなところに送られてきて私なんかと生活することになった。それなら納得だ。つまり……

 

 「私と同じ。」

 「?」

 

 彼女が首を傾げこちらを疑問の目を向けてくる。そんなことお構いなしに私は自分の思考に浸る。

 彼女について分かったことがもう一つ増えた。彼女は私と同じ。つまり、彼女もあの2人に産み出されて、あの2人にゴミ捨て場へ放棄された出来損ないということだ。

 

 「ふふっ。」

 

 これは、馬が合いそうだ。


 「良いよ、さっちゃんで。ちょこっとだけど、気に入った。」

 「ありがとうございます。これからよろしくお願いします、さっちゃん。」

 「よろしく。でも、この家の主は私だから。そこんところちゃんと理解して、指示に従って。」

 「はい。」

 「分かればいい……えっと、あんた名前何だっけ。」

 「私の名はフィメイルアンドロイドASZGO2です。」

 「なっが。……じゃあ、アズ。アズにしよう。あんたはこれからアズ。」

 「え?」

 「名前だよ、あんたの。もしかして気に入らない?」

 「いえ、アズ。アズですね。いい名前です。人から何かを授けていただいたのは初めてのことでしたので。少々戸惑ってしまいした。さっちゃん、ありがとうございます。」

 「別にお礼なんていらないし。」

 

 家に自分以外の存在がいるのは気分が悪い。


 「私の名は菜花アズ。」

 「別に苗字はあげてないんだけど……。」

 

 でも、彼女となら何だか分かり合える気がした、手を取り合える気がした。

 そんな気持ちになったのは、初めてのことだった。


 

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