第7話 偽りの英雄譚
王城の会議室。
重厚な扉の向こうで、王と廷臣、軍の将校たちが並び立っていた。
地図の上に駒が置かれ、北方に魔物の群れが描かれている。
「勇者よ」王が声を上げた。「北方の街道を塞ぐ魔物の群れを討伐してほしい」
「群れ……ですか?」僕は問い返す。
「盗賊を退けるよりは危険、だが竜を倒すほどではない」将校が口を挟んだ。「いわば、中規模の試練だ」
……中規模。
予定調和の“見せ場”。王国は僕を英雄として飾り立てるために、この舞台を用意したのだろう。
昨夜の仮面の貴族たちの囁きと符合する。
◇ ◇ ◇
「勇者、いよいよだな!」
ジークは剣を抱え、瞳を輝かせていた。
「これまでの依頼とは違う。王都の兵を率いて戦う。胸が高鳴る!」
「胸焼けしそうですわ」ミディアは呆れ顔で肩をすくめる。「勇者ちゃん、台本通りに活躍する気満々じゃないですか」
「でも……人々が安心できるなら、意味のあることです」アマリアは静かに微笑んだ。「神もきっとお喜びになります」
仲間たちの声を聞きながら、僕は心の奥で別のことを思っていた。
──舞台は用意された。ならば、台本を壊すのも演出家の仕事だ。
◇ ◇ ◇
翌朝。
王都の北門には兵が百名以上集められていた。鎧を着込み、槍を構え、緊張と興奮の入り混じった顔で僕らを見ている。
「勇者さま!」
「俺たちを導いてください!」
期待と崇拝の視線。
……これが観客。彼らは僕を信じ、僕の動き一つに一喜一憂する。
ならば、見せてやろう。
“勇者”という役を演じる僕と、その裏に潜む“黒幕”の矛盾した二重奏を。
◇ ◇ ◇
魔物の群れは街道を埋め尽くしていた。
狼のような牙を持つ獣、岩のように硬い皮膚の巨人、空を舞う翼竜。
地鳴りと咆哮が兵たちの心を削る。
「陣形を崩すな!」ジークが剣を掲げ、兵たちを鼓舞する。
ミディアは魔法陣を展開し、炎の矢を次々と放つ。
アマリアは負傷兵を癒やし、祈りの声で兵士たちを立ち直らせる。
僕は前へ出た。
「行くぞ!」
叫びと共に剣を振るう。
光の剣閃が群れを切り裂き、兵士たちが歓声を上げる。
「勇者だ! 勇者が道を開いた!」
……予定通り。台本通り。
だが僕は剣を振りながら、心の中で別の言葉を唱えていた。
──役を与える。
お前たちは獣でも怪物でもない。恐怖の演者だ。
観客を震え上がらせるための存在。
群れの中の一匹の翼竜が、僕の視線に反応したかのように咆哮し、兵士たちの列を襲った。
悲鳴。混乱。
だが僕は止めない。むしろ舞台が盛り上がるのを待っていた。
「勇者! 援護を!」ジークの声が飛ぶ。
僕はぎりぎりまで引きつけてから、剣を振り下ろした。
光が翼竜を貫き、炎が爆ぜ、兵士たちは息を呑んだ。
歓声と安堵が広がる。
……観客の心は完全に掌の中だ。
◇ ◇ ◇
戦は終わった。
兵士たちは勝利に酔い、勇者の名を讃えた。
「勇者さまのおかげだ!」
「まさに王国の盾だ!」
僕は笑顔で手を振り、称賛を浴びる。
けれど胸の奥では冷ややかに呟いていた。
──違う。盾じゃない。
僕は舞台を操る者、黒幕だ。
◇ ◇ ◇
その夜、王城の回廊で再び出会った。
黒外套の青年。
祝宴の喧騒の影で、ワイングラスを傾けている。
「見事な演技だったな、勇者」
青年の声は冷たいが、どこか楽しげでもあった。
「演技? 違うな」僕は肩を竦めた。「これは演出だ」
青年の目が細められる。「ならば次はもっと大きな舞台を用意しよう。王都全体を震わせるような幕を」
僕の胸の奥で、青い火花が弾けた。
英雄の仮面を被りながら、魔王に憧れる黒幕の物語は──ますます燃え盛っていく。