表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/67

最終話 風の記録

季節が巡った。

世界は静かに、けれど確実に息づいていた。

戦も伝説も遠くなり、

語られることのない日々が、

今という名の物語を編んでいる。


◇ ◇ ◇


丘の上の家。

風車は軋むこともなく、穏やかに回っている。


カイは庭の草を刈り、

リラは窓辺で手紙を書いていた。

その手紙は誰に宛てるでもない――

けれど、いつのまにか机の上に

何十通もの“風の便り”が積まれていた。


「今日も、風は良い調子だね」

リラが顔を上げて微笑む。

カイは頷きながら、

刈った草を風に乗せた。


「うん。

 たぶん、この風が運んでくれてる。

 僕らの、まだ言葉にならない日々を」


◇ ◇ ◇


夕暮れ。

リラが小さな箱を抱えて丘の上に上がった。

中には乾いた花びらと、

古びた鈴がひとつ入っていた。


「これ、覚えてる?」

「……ああ。勇者が最後に残した音」


リラは箱をそっと開き、

鈴を吊るした。

風が吹くと、やさしい音が響く。


チリ……チリ……。


その音はもう、祈りではなく、

ただ“今日”という時間を祝福しているだけだった。


◇ ◇ ◇


夜。

二人は家の前に腰を下ろし、

星を眺めていた。


リラが呟く。

「ねぇ、カイ。

 もしもこの世界のどこかで、

 また“語られる物語”が生まれたら――」


「そのときは、風が運んでくれるよ。

 僕らは、もう“書き手”じゃない。

 風の“記録”の中で生きてるんだ。」


リラは目を閉じ、

風に頬を撫でられながら微笑んだ。


「……それって、きっと素敵ね」


◇ ◇ ◇


空を渡る風が、

どこか遠くへ吹き抜けていく。


その風の中で、

誰かの声が微かに重なった。


『語りは終わった。

 けれど、心はまだ生きている。

 ――それを、風と呼ぶのだ。』


◇ ◇ ◇


朝が来る。

新しい一日。

どんな言葉もいらない。

どんな名前もなくていい。


ただ、風が吹いている。

それだけで、世界は続いていく。


◇ ◇ ◇


【虚空】


紫の勇者が最後の頁を閉じた。

「……これで、本当に終わりだ」


背後でナリアの声が囁く。


『いいえ、これは終わりじゃない。

 あなたが読んでくれる限り、

 風はまだ語り続ける。』


紫の勇者は目を閉じ、微笑んだ。

そしてその身を風に溶かした。


◇ ◇ ◇


――終幕――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ