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第6話 王宮の陰謀

王都に来てから数日。

昼は城の訓練場で剣を振るい、夜は祝宴や会議に顔を出す。

「勇者」という役は、忙しい。忙しいが……退屈だ。


王城の回廊を歩きながら、僕はため息をついた。

白い大理石の柱、赤い絨毯、壁にかけられた大きなタペストリー。すべてが完璧に飾られている。だが、完璧すぎる舞台はつまらない。仕掛けがない。裏側が見えない。


けれど、その裏側はすぐに顔を出した。


「勇者殿、少しよろしいか」

背後から声をかけられ、振り返ると、一人の廷臣が立っていた。

青い羽飾りのついた帽子をかぶり、細い指に宝石の指輪をいくつもはめている。


「なにか用かな?」


「表彰の折、勇者殿の目の輝き……実に興味深く拝見しました。王国のため、力をお借りしたいのです」

廷臣は薄い笑みを浮かべて囁いた。「できれば、内密に」


◇ ◇ ◇


王城の裏手にある小さな応接室。

そこに集まっていたのは数名の貴族だった。顔を覆う仮面をつけ、声を潜めている。

廷臣は彼らを指して言った。


「勇者殿。これが“王国の真の守り手”でございます」


「ほう……正義の味方がまた増えるのか?」僕は椅子に腰を下ろし、飄々と返した。


「いえ」廷臣は目を細める。「我らは正義ではなく、秩序を守る者。正義は民衆に与えるもの、秩序は上に立つ者が築くものです」


仮面の貴族が口を開く。「陛下は老い、後継ぎの王子たちはまだ若い。我らは王国の未来を憂えている。ゆえに……勇者殿に協力をお願いしたい」


「協力?」僕は笑う。「それはつまり、舞台裏で役を演じろということか」


「お察しの通り」廷臣は声を潜めた。「近く大規模な魔物の討伐が予定されています。そこで“勇者殿が大きな成果を上げる”──そうした筋書きを整える必要があるのです」


◇ ◇ ◇


ジークなら激怒するだろう。

「政治に利用されるのはごめんだ」と剣を叩きつけるはずだ。

アマリアなら涙ながらに「真実を隠すのは神の教えに背きます」と祈るだろう。

ミディアなら皮肉を言いつつも、魔導学院の研究資料と引き換えに喜んで乗るかもしれない。


……だが僕は違う。


「面白い」僕は唇の端を上げた。「脚本家気取りかと思えば、案外センスがある。僕が成果を上げる筋書き? いいね。拍手喝采のシーンは大好きだ」


廷臣の目が光った。「では、お受けいただけると?」


「条件がある」僕は身を乗り出す。「舞台の中心に僕を立たせろ。その他大勢じゃない。英雄の役でもない」


仮面の貴族たちはざわめいた。

廷臣は薄く笑い、静かに頷いた。「……承知しました」


◇ ◇ ◇


部屋を出た後、夜風が肌を撫でた。

廊下の窓から見下ろす王都は灯火に溢れ、まるで星空が地上に降りてきたようだ。


──王都の陰謀。

王国の未来を憂う仮面の貴族たち。

だが僕にとっては、ただの舞台装置にすぎない。


観客の男が言った。「大きな幕が上がる」と。

それはきっと、この筋書きの延長にある。


僕は舌の裏で“仮名”を転がし、夜空に囁いた。

「英雄ではない。救世主でもない。僕がなるのは──黒幕だ」


◇ ◇ ◇


その夜、夢を見た。

舞台の幕がゆっくりと上がる。

観客席には無数の人影。彼らの顔は見えない。

ただひとり、フードの男だけが、最前列で僕を見ていた。


「勇者よ。幕はすでに上がった」


目を覚ますと、胸の奥で青い火花が弾けていた。

燃え広がるのは、もう時間の問題だ。

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