第59話 名を探す旅路
翌朝。
丘の上に立つ風車の羽がゆっくりと回っていた。
空は透き通るような青。
しかし、その青の奥――どこか遠くに、
黒いきらめきが一瞬だけ流れた。
カイはそれを見上げながら、
昨夜拾った黒い羽を掌に包んだ。
触れていると、鼓動のような温度を感じる。
「……名を、探せ」
風が吹くたび、その声が微かに響いた気がした。
リラが家から出てくる。
リュックを背負い、旅支度を整えていた。
「荷物、まとめたよ。
地図と食糧、あとミディアさんから預かった“魔力計”も」
カイは頷く。
「行こう、リラ。
この世界が“再び語られる”前に――
俺たちが、真実を見つけなきゃならない」
◇ ◇ ◇
【東の街 セレニア】
二人が最初に訪れたのは、
古い王国の跡地に建てられた学都・セレニア。
ここには“勇者時代の記録庫”が残っている。
大理石の回廊には、
勇者と魔王の戦いを描いた壁画が並んでいた。
だが、どの壁画にも“魔王の名”は刻まれていない。
ただ「黒の王」「終焉の影」とだけ記されている。
リラが資料を捲りながら言った。
「勇者の名は残ってるのに、魔王の名だけが消されてる……」
カイは唇を噛む。
「“筆の塔”の消滅で、過去の記述が上書きされたのかもな。
でも――誰かが意図的に“消した”可能性もある」
二人は古文書庫の奥へと進んだ。
埃にまみれた棚の隅に、
一冊だけ封蝋の残る古い書物があった。
封には、紫と黒の二重環――勇者と魔王を象徴する印。
リラが囁く。
「これ……勇者の“後期手記”だわ。
公開禁止のはず……」
カイは封を破った。
◇ ◇ ◇
中には、勇者自身の筆跡で綴られた数行の文字。
『私は“彼女”の名を知っている。
だが、それを記せば物語は再び動き出す。
ゆえに封じた。
――名とは、存在の最初であり、終わりだ。』
リラがページを震える手でなぞる。
「……彼女って、魔王のことよね」
カイは頷いた。
「つまり、勇者は“魔王の名”を意図的に隠した。
それがこの世界が静止していた理由だ」
◇ ◇ ◇
その時、外の鐘が鳴った。
音はゆっくりとしたはずなのに、
どこか異様に重く響く。
館の窓の外で、風が渦を巻いていた。
その中心に、黒い羽が数えきれないほど舞っている。
『探す者よ、名を呼ぶなかれ。
呼んだ瞬間、世界は再び“脚本”になる。』
声。
風が語りかけてくる。
リラが震える声で言う。
「カイ、これ……魔王が私たちを試してる」
カイは拳を握りしめ、
「名前を“探す”ことと、“呼ぶ”ことは違う。
俺たちは、語らずに辿るだけだ」
と答えた。
◇ ◇ ◇
二人は街を後にし、
北へ向かう街道へと歩き出した。
地平線の向こうに、
薄く黒い塔の影が霞んで見えた。
リラが呟く。
「……あの影、どこかで見た気がする」
カイは静かに言う。
「きっと、“彼女”が待っている場所だ」
風が二人の背を押した。
チリ……チリ……
あの日の鈴の音が、再び鳴った。
◇ ◇ ◇
【虚空】
紫の勇者が、微かに笑っていた。
「そうか。
君たちはもう、“語り継ぐ者”じゃない。
――“封じられた言葉”を聞く者だ。」
彼の背後で、黒い霧が揺らめく。
その中心に、女の声が響く。
『私の名を、見つけてごらんなさい。
あなたがそれを見つけた時――
物語は、真の終わりを迎える。』




