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第53話 語り手の資格

塔が唸っていた。

金属ではない、言葉の悲鳴――

文の奔流が階層を貫き、天井から降る。


カイは剣を掲げて受け止めた。

刃に紫の光が宿り、無数の文字が弾ける。

「……こいつら全部、“書きかけの物語”なんだな」


リラが魔法陣を展開し、片手で魔導書を開いた。

「物語に“完結”を与えれば、存在が崩壊する……!」

詠唱の声が響く。

「――《終章フィナーレ》!」


爆ぜた光が階層全体を照らす。

未完の登場人物たちが次々と霧散していった。


だがその中央、アークスだけは静かに立っていた。


◇ ◇ ◇


『やはり面白い。

 勇者の残響が選んだ“語り手”は、

 破壊ではなく“再構成”を望むのだな。』


声が塔の中に反響する。

アークスの身体が文字の光に包まれ、

鎧の隙間から無数の文が流れ出した。


『だが、世界に矛盾は許されぬ。

 お前たちの“自由な物語”は、混沌を生むだけだ。』


カイは一歩前に出た。

「混沌があってこそ、物語は息をする。

 勇者だって完璧じゃなかった。

 不完全だからこそ、心が動いたんだ!」


『心……。またその言葉か。』


アークスの声が揺れる。


『勇者もまた心を語ったが、

 結局、彼自身も“脚本通り”に滅んだ。』


リラが叫ぶ。

「違う! 勇者は自分の意思で終幕を選んだのよ!」


◇ ◇ ◇


アークスが右手を掲げた。

塔の床が裂け、光の奔流が空間を満たす。

そこに――勇者の最期の記憶が映し出された。


紫の炎の中、勇者が微笑み、

黒の勇者を抱いて消えていく。


『この結末さえも、私は知っていた。

 脚本に刻まれていた。

 “勇者は自己を受容し、終焉を迎える”と。

 ――それが“整合性”だ。』


カイの瞳に怒りが宿る。

「それを“整合性”って呼ぶのか……?」


彼は一歩踏み込み、

剣の切っ先をアークスに向けた。


「だったら俺が書き換える。

 勇者の物語を、

 誰かに決められた“終わり”で閉じさせない!」


◇ ◇ ◇


塔が震え、周囲の文字が一斉に動いた。

床、壁、天井――すべてが原稿用紙のように変わり、

その中央に、巨大な“羽根ペン”が浮かび上がる。


アークスの声が鋭く響く。


『語り手の資格を試す。

 もしも本気で世界を描くつもりなら、

 その筆を掴み、ひと文字でも書いてみせろ。』


カイは剣を収め、

紫の光を帯びた筆を握った。

瞬間、頭の中に膨大な声が流れ込む。


“世界をどうする?”

“人をどう描く?”

“終わりをどう迎える?”


――“語り手”の重み。


足が震える。

書こうとするたびに、

無数の存在の声が否定を囁く。


『矛盾は消さねばならぬ』

『筋道を破壊する者は不要』


リラが叫んだ。

「カイ、負けないで! あなたの“言葉”を信じて!」


カイは歯を食いしばり、

震える手で筆を走らせた。


「――《物語に心を与える》!」


紫の光が弾け、塔全体が振動した。

空気が変わる。

散らばっていた言葉たちが集まり、

一つの詩を紡ぎ始める。


“勇者は死なない。

 心が語り継がれる限り、

 物語は終わらない。”


◇ ◇ ◇


アークスが初めて沈黙した。

彼の身体の文字がひとつ、またひとつと剥がれ落ちる。


『……これが、お前の描く世界か。』


「完璧じゃない。

 でも、“心がある”。

 それだけで十分だろ?」


『……矛盾だらけだ。

 だが、確かに美しい。』


アークスは微笑した。


『ならば、私も書こう。

 整合性を求めるのではなく――

 矛盾と共に生きる“観測者”として。』


彼の身体が光に変わり、

塔の壁に刻まれた文字が静かに消えていった。


◇ ◇ ◇


静寂が戻る。

筆の塔は、ただ柔らかな光を放っていた。

リラがそっとカイの肩に手を置く。


「……書いたのね」

「ああ。

 勇者が守った“心”を、俺たちが繋いだ」


カイは空を見上げた。

天井の裂け目から、紫の光が差し込む。


それはまるで、

初代勇者が“拍手”しているようだった。


◇ ◇ ◇


【虚空】


観客席の影たちが静かに見守る中、

紫の勇者は小さく笑った。


「やっぱり君は、“黒幕勇者”の後継者だね。

 観客を満足させるより――

 舞台を壊してでも、本当の心を描こうとする」


彼の声が消えると同時に、

塔の上空に新たな文字が浮かんだ。


――“第二の筆が、語り始める”

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